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ALICE ―Look me, and Die―  作者: 安藤真司
1/16

import Prologue;

少女が記憶と心を信じて世界を相手に戦っていく物語です。よろしくお願いします。

再度アナウンスしますが、現実にある言葉と造語が入り乱れております。ご注意ください。

夜闇に甲高い金属音が反響する。

一定のリズムを保ちながら移動する影が二つ、非居住区域(アネクメーネ)に華を添えている。

既に生命の呼吸を失ってから久しいこの辺りには、どこからか漏れ出たオイルの臭いに溢れている。

或いは、原型を留めていない何某かの死体の腐食臭か。

その劣悪な環境下を、それら、は臆することなく闊歩する。

四本の細い足で体を支え、体には人が乗る程度の面積が確保されており、体の前面には地面を僅かに照らすライト及び地形を判別するためのカメラ機能を有した頭部が縦長に装着されている。

その外観は馬そのものであるが、しかし、ライトやカメラが装着された馬など存在しやしない。

それは金属の塊、金属部品の緻密な連動によって稼動する人類の英知の結晶だ。

所謂ロボット、である。

馬形のロボットはその名や外観から察せられる通り、人や荷物を背中に乗せて移動するための機械である。

多少の負荷には耐えられる設計になっているが、幾分揺れが大きいため、随分と古い時代に失せたはずの代物でもある。

今もリズムをキープしながらもバランスを今にも崩しそうな危うげな足取りで進んでいる。

そのそれぞれに、人が乗っている。

二人共、ひどい空気に触れることを拒むかのように全身を布で覆い、極力顔を露出しないようにしている。

片や、小さな体の少女。

片や、巨漢の大男。

二人は並んで、馬型ロボットをただ前に進ませている。

少女は不慣れなためか、ロボットに振り落とされないように必死である。

「これ、もっと普通に動かないの?」

「無理だろうな、発明当初も散々乗り心地の悪さを叩かれて、それで衰退した乗り物だ」

少女の不平に、大男は笑いながら答えた。

まるで、自分はちゃんと乗れるけどな、とでも言いたげに。

「本当に、これなら安全なん、だよね?」

「あぁそれは心配ない、こいつでならこの世界のどんな情報照会(スキャン)も受けねぇさ」

「本当にこんな人もいない場所にあなた達住んでるの?」

「はっ、さすがに外には住めんな」

少女の声は幼さすら感じさせるものであり、どうして非居住区にいるのか、皆目見当もつかない。

大男とどのような繋がりがあるのかも不明である。

「それで、さっき言っていた情報照会って?」

「あぁ、非居住区ってのは当然、世界に報復しようと画策する組織が隠れていそうだろ?」

「当然かどうかは知らないけどまぁ人目にはつかないか」

居住区域(エクメーネ)であっても、怪しい動きをこそこそしている輩なんぞどこにでもいる」

「でしょうね」

「だから、入っちゃあまずい場所には必ず情報照会がかけられるようになっている」

「つまり、認証システムってこと?」

「そうなるな、認証するのは人も機械も衣服も何から何まで全てだ」

「全部、ってどうやって」

少女は疑問を口にする。

大男はその質問には「知らん」と返す。

即答された少女が無言の圧力をかけると、大男が慌てて弁解を始めた。

「い、いやだな、仕組みを知らん、というだけで、現象は知っている!ほれ、あそこだ」

大男がそう言って前方を指差すと、そこには不可思議な形状のゲートが設置されていた。

馬型ロボットがかろうじて通れる程度のサイズだろうか。

周りの風景を見渡すと全く手入れされていない、何かに汚染されたかのような街並みなのだが、そのゲートだけは不気味に小綺麗で光沢を放っている。

馬型ロボットがそのゲートを通ろうとすると、大男は少女に向けて静かにするように手で合図をした。

少女もそれには従う。

次の瞬間、機械音が鳴り響いた。

<< Start Scanning >>

(随分と流暢な発音)

と、少女は内心どうでもいい事に感動を覚えた。

馬型ロボットは乗せている主人達を目的地に届けようと止まることなく進んでいくが。

そして、何もないはずの空間にレーザー光のような水色の光が迸る。

どこから飛んできたのかわからないが電子回路の如く、地面に平行な面を折れ線のように駆け抜ける。

少女や大男の体はすり抜けたが、馬型ロボットにぶつかると光は弾け、弾けた先で小さな立方体の形で宙を舞う。

水色に輝く立方体もやがては『0』と『1』の光る文字となり、そして消えてゆく。

馬型ロボットと光がぶつかった部分には『Debris』の文字が浮かび上がり、そして先に同じく消えていった。

Debris、つまりは瓦礫、ごみといったところか。

それ以上は特に何も起こらず、音の無い場が広がって数秒が経った後に。

<< Finished >>

と、再度機械音が一言鳴り、今度こそ完全に沈黙の時間が流れた。

そのまましばらく歩いた後に、大男が漸く口を開く。

「今のが情報照会だ、ああやって光にぶつかった物が瞬時にデータとして解析される」

「解析っていうか、今の光どこから現れたの?あのゲートから出ていたように思えないんだけど」

「驚いただろう?あれは嬢ちゃんのいた時代には存在しなかったはずだ」

「全く見たこと無い、私のいた世界でも結のいた世界でも」

「はっ、今更だがそうか嬢ちゃん、あの野上結(のがみむすび)のオリジナルか」

「そ、何か問題ある?」

大男は初めて回答に困惑を混ぜた。

それでも即答したのは、彼が迷うことを嫌う性格だからだろう。

「ねぇな、何も問題ないぜ、話を戻すか」

その迷い無き大男の思考に、少女は密かに安堵する。

「あの水色の光こそ、時代を変えてしまった技術、『情報の可視化(Visualimation)』だよ」

「へぇ、『Visualimation』」

少女はその聞きなれない言葉をなぞる。

考えるまでも無く、『情報』と『可視化』を合わせた新しい言葉なのだろう。

「そのままだな、今や者でも物でも関係なく、個を特定するためのデータが存在している、それをあの光で照会するってわけだ」

「じゃあ、このお馬さんに光がぶつかっていたのは?」

「照会しただろうな、風か何かでたまたま転がってきただけの、過去に壊れた金属片をな」

「金属片ねぇ」

人を乗せれるサイズの馬型ロボットはどう見てもただの金属片には見えないが。

前時代の遺物らしいこの馬型ロボットはごみとして処理される、ということなのだろう。

これで変に反応があれば、そのデータは全てメインサーバーを管理している者の元に届くのだろう。

いつ何処で誰がどんな姿でゲートを通ったか、それらが全て情報として処理されてしまう。

そんなシステムを情報照会(スキャン)と呼ぶらしい。

しかし驚愕すべきはその技術である。

何もなかったはずの空間に光が走ったことも。

その光が、実際に存在している現実の物体と相互作用(インタラクション)を持つことも。

その後弾け散った光が形を変えて消えていくことも。

ただ光がどこからともなくやってきた、というだけでは説明がつかない。

文字通り、情報を可視化するための技術要素が無数に絡んでいるのだろう。

「技術の進歩は目覚しいな、学のない俺には難しすぎてわからないことも多いが」

「私初めて見るものばかりだから、簡単な説明は助かるかな」

「そうかい」

実際、少女にしてみればこれら目に見えた現象を口で説明されてもその半分も理解することは難しいだろう。



しばらく進んだ後に、エレベーターのような箱型の移動装置に乗り移ると大男は身に纏う布を取り払った。

少女も真似て顔周りの布を剥ぐ。

どうやら屋内に入ってしまえばそれほど鼻をつく臭いは気にならないらしい。

馬型ロボットには乗ったまま、重力に反旗を翻しながら二人と二台のロボットを乗せた装置は下降していく。

大男はイメージ通りガタイの良さが顔からも伺える、人相の悪そうな風貌をしている。

少女の方はその対極に位置するような、背の小ささからまま分かるような幼さを滲ませた顔つきをしていた。

メルティブラウンに染まった、ふわふわとした髪を後頭部で一つに縛っている。

「嬢ちゃん中々可愛いじゃねえか」

「あら、私の大人な魅力に気付いちゃった?」

「冗談言うな、年の離れた親戚の子供がいいところだろ」

「あ、そ」

少女が頬を膨らませる。

その様も含めて、やはり大人な魅力が存在しているようには見えない。

「世界は大きく変動した、その原因は元を辿れば一つしかないわけだが」

「次元Ig(イグ)の発見、『Discovery』ね」

「あぁ、さすがに嬢ちゃんが知らないわけないよな」

「当事者、みたいなものだからね」

「次元Igを発見した黒田一葉(くろだいちよう)と野上結を恨んでいない奴はここでは少ない、あまり簡単にその名は出さんほうがいいぞ」

「心に留めておく」

さすがに少女の表情が曇る。

気まずさを隠そうともしない。

次元Igの発見、『Discovery』と呼ばれる事件に関して、何か思う所があるのだろうか。

大男が右手の示指と中指を眼前でスライドさせると、少女と大男、二人の前に大きな光の画面が現れた。

まるで映画館にでも来ているかのようにそれは、スクリーンもないのに宙にはっきりと画面を映し出していた。

「これも、情報の可視化?」

「そうだな、嬢ちゃんの世界じゃ拡張現実感(オーグメンテッド・リアリティ)ってな表現が一番近いだろう」

「ここまで来ると複合現実感(ミックスド・リアリティ)とかに近しい気もする」

「どちらにせよ大差はないさ、かつてはコンピュータ・グラフィックスを人間に提示するのにディスプレイ端末が必須だったわけだが、今や当たり前にそれが視える」

「町全体が大きなディスプレイ、ってわけ」

「よく気付いたな嬢ちゃん!その通りだ」

町全体が、ディスプレイ。

かつて拡張現実感と呼ばれた技術は大男の言うように、コンピュータで作成した何かしらの情報を、現実世界に重畳するように提示するシステムを指した。

その技術の決定的な欠点は、提示するために必要なデバイスを使用者が身に着けていなければならなかった、という点である。

かくて人はそのデバイスを持ち歩きが可能な携帯端末や眼鏡に形を変えていったわけだが、それでも普及には限界があった。

最終的には目に入れるレンズ型のものまで登場はしたのだが、そもそもそれを入れる、という行為自体に嫌悪を示すものも多かった。

そこでとある都市が実験的に行ったのは、デバイスを小さく小さくするのではなく、逆に町全体を覆うくらいに大きくする、というものだ。

正確には町ではなく、空気に投影する技術及び、光が宙に止まるように空気中に微細な粒子を漂わせる技術を発展させてきた。

その結果、長い年月はかかったものの情報の可視化は世界中どこでも共通のシステムにまで至った。

「でだ、その文面読んでみろよ」

少女は目の前に浮かんだ光のディスプレイに書かれた文書に目をやる。

そこには次元Igに関する歴史が簡単に記述されていた。


<< 次元Ig >>

じげんいぐ。

Igは『虚(imaginary)』から名付けられたと考えられる。

人類の認識した、第五番目の次元。

実世界の裏側、つまり虚な世界。

ex)

1. Line

2. Surface

3. Space

4. Time

5. Imaginary

時空間を凌駕した概念と推測される。

発見者は黒田一葉及び野上結の両名。

同じく黒田一葉によって、擬似的に次元Igを用いた世界製作(ワールド・メイク)が提案された。

次元Igとは、世界そのものである。

余人にはパラレルワールドという呼称が望ましい。

黒田一葉の提案した世界製作によって、人々はそのパラレルワールドに足を踏み入れることが可能となった。

次元Igの生み出す世界は人々の理想を反映させる。

当初は、人々が自由に理想の世界を築き上げることが出来る、と誤解されていたがそれは表面的な結果であり、実際には人々の理想を認識した次元Ig側が勝手に『よく似た世界』を創りあげていた。

その違いはつまり、次元Igの世界において、創作者は神ではないということであり。

認識を間違えた者は次元Igの中で死んでいった。

また、現実と理想によって生まれた次元Igとが乖離しすぎた結果、内部で戦争が勃発する事件も確認されている。

→(『Taboo War』を参照)

だが本質は人の欲望に対して重要な要素に成りえない。

人々は眼前の欲を解放せずにはいられなかった。

自分の理想の世界に近しい世界を創れる、そこで自分は理想の自分でいられる。

その欲に負けた人類は突如として、この世界から消失した。

次元Igへの逃亡を始めた。

全てに満ち溢れた理想郷へと自身を隠した。

結果、世界の人口は新世紀を待たずして半分以下となった。

新政府の誕生もこの次元Igの発見に起因する。

→(『政府(ガバメント)』を参照)

→(『世界大戦』を参照)

→(『未来』を参照)


少女はそれら光の文字群を読み流し、大男の仕草を真似て指でディスプレイをスライドさせる。

思い通り、ディスプレイは空間的に横に流れ、綺麗に霧散した。

「なるほどね、この世界に人間が全然いないのは、つまり一葉さんの所為、と」

「そういうこった」

「その後は?人が消えるようになって、その後世界はどうなったの?」

「あぁ、そこからはわかりやすいぜ、俺でもわかる理論さ」

屈託もなくへらへらと笑う大男に、少女は何故か嫌悪感を抱かない。

共通点もなさそうなのだが。

わざとおどけている雰囲気を少女は大男に感じていたからかもしれない。

それが真実かどうかを見極めようとはしなかったが。

「人がいなくなる、すると、今まで人が行ってきた何かが消えていくだろ?」

「仕事とか?」

「あぁそうだ、人が当たり前に生きていくためには誰かの存在が必要だと、世界は思い知らされたわけだな」

(学がないようには思えない饒舌さね)

淀みなく語る大男に少女はやや認識を改める。

実際本人の言うように学はないのかもしれないが、その説明は随分と簡潔でわかりやすい。

「人が抜けた穴を埋めたのは、まぁロボット、アンドロイド、そんなところだな」

「でしょうね」

「その技術発展も恐ろしいまでの速さで進んだ」

ロボットの発展。

それには大きく二種類の技術が必要である。

言うまでも無く、ハードウェアとソフトウェアだ。

ハードウェアとはつまり、装甲、外郭、材料、関節など、外見や機動力に関する技術。

ソフトウェアとはつまり、それら関節を稼動するためのプログラムに関する技術。

既にその二つの技術に関して、大きな革命が起きている。

曰く。


「『AI』と『人形(ヒューマノイド)』の完成だな」


そのどちらも少女には聞き覚えがある。

しかし、その意味は掴めない。

「先に完成したのは『AI』だった」

「AIって、人工知能のこと?えと、Artificial Intelligence(人工知能)だっけ?」

「ある意味間違いないが、それとは全く別物だな、嬢ちゃんの知ってるAIってのはどんなものだ?」

少女は記憶から自分のイメージを呼び出す。

「うーんと、なんか、ロボットが自分で考えて、人みたいに自分で判断して成長する、みたいな技術、かな」

「あぁ、まさにその通りだ、なんだ嬢ちゃん博学だな」

「お世辞はいいから」

「大きく違うのは、完成したAIってのはだな、ボトムアップ型の知能だってことだ」

また分からない言葉が出てきた。

少女は首を捻る。

「ボトムアップて、トップダウンと反対の、なに、下から理論を積み上げているイメージ、でいいのかしら?」

「大体合ってるよ、古くは『人のプログラムした通りに学習する知能』のことを『AI』と呼んでいたわけだが、今言う『AI』ってやつは『プログラムが自らを書き換え、人の手に依存することなく学習する知能』のことを指す」

「それって、人そのものじゃない」

「そう言っても差し支えないな、スタートが人の手で組まれたものである、ってだけで今や『AI』作成用の『AI』がいる始末だ」

「なんだかよくわからないわね」

「ま、そこは追々出会うさ、百聞は一見にしかず、と昔の人間は良い言葉を残す」

少女はわかったような、わからなかったような、微妙な顔をしつつも、ひとまずは言葉通り、先を促す。

「完成した際、本当は別の言葉を付けたかったらしいが、『AI』ってのがかなり浸透していたからな、そのまま利用したかったらしい」

「なら、もしかしてAIの意味は変わっていたりするの?」

「あぁ、『Absolute Intelligence』ってな」

「『完全知能』ね、中々趣味が悪い」

「だろう?まるで人間の知能が、完全である、と驕りを隠そうともしていやしない」

少女が突っ込みを入れたのはロボットが完全である、という部分に薄気味悪さを感じたためであったが。

大男は別な感想を持っているらしい。

少しずつ世界の概要が見えてきた少女は、気持ちが暗くなっている自分を感じる。

この世界はあまり、道楽には向いていない。

元より道楽しに来たわけでもないが。

「これで、人と同じように学び、感情を知り、常識に則って行動するロボットが登場してきた、と」

「恐ろしいか?」

「まぁね」

「ふ、根源的恐怖は拭えないもんだろうな、常々俺も感じているよ」

「本当に?」

「さてね、それで『人形』の方だがな」

「ならそっちは、ハードウェアな話よね」

ヒューマノイドと言えば、人そっくりなアンドロイドを指す、『human』と『android』を組み合わせた造語であるが。

恐らくはこれも異なる意味合いとして利用されているのだろう。

「もちろん、意味合いとしてはそのままだ、人型のアンドロイド、だからヒューマノイドってな」

「ふぅん」

「これも見たほうが早いか」

言って、先ほどと同じ要領で光るディスプレイを広げて見せた。

その光景にデジャヴを感じつつ、ついでに、

(っていうかいつまで下に降りているのかしらこのエレベーター)

と、現在位置が把握出来ないことに不安も微量に感じながら、そのことを億尾にも出さない。

感情の消し方を、知っているかのように。

感情の隠し方を、学んだかのように。

少女は不安を、表に出さない。

浮かび上がった光に今度は、文書ではなく画像が表示されていた。

ディスプレイは全体が水色の光で構成されているのだが、画像に関してははっきりと現実と変わらぬ色彩のものが映っていた。

そこに映っていたのは、女性の顔。

「これは?」

「人だと思うか?ロボットだと思うか?」

なるほど、と少女はすぐに大男の意図を把握する。

「そういう質問が来たから、たぶんロボットなんだろうけれど、そうね、予備知識がなかったなら、私の元いた世界でなら、千人が千人、人だと答えるでしょうね」

「くっくっく、意地が悪いな嬢ちゃんは、俺も人のことは言えねぇが」

「全くよ、で、正解は?」

「ロボットだよ、そいつ」

「そ、これが、ロボット、か」

少女はその画像をよく眺める。

髪の質感。

肌の陰影。

こちらを見つめてくる、黒い瞳。

そのどれを細かに見ても、人にしか見えない。

そして何より不気味なのは、不気味さを一切感じない、ということだ。

「不気味の谷」

少女の呟きに、大男はひゅう、と口笛を吹いた。

「よく知っているな、そうだ、人形ってのはつまり、不気味の谷を越えたロボットの開発に成功したって革命を指す」

不気味の谷、とは。

ごくごく簡素に説明するならば、つまりは人の機械に対する嫌悪感のこと、とでも言えばいいのだろうか。

まずここに、人型を模した、棒人形のようなロボットを持ってくる。

動きも非常にカクついており、およそ人とは似ても似つかない動きをしている。

人はそれを見て「これは人である」とは思えない。

もっと言えば、そう談じることに嫌悪感を抱く。

その嫌悪感は、ロボットが人に近づけば近づくほどに薄れていく。

その外見が。

その挙動が。

人になればなるほど、「これは人である」と簡単に言えるようになる。

であれば、ロボットが完全に人に近づいたとき、およそ人と全く同じになったときにだ。

「これは人である」と言えるか、というと。

事はそう簡単ではない。

人の防衛本能なのか、あるいは他の心理的要因なのか、人は、限りなく人に近い何かを見ると、全く似ていないものの比ではないくらいの嫌悪感を抱くことがわかっている。

その現象を、その、決してロボットが人にはなれない境を。

不気味の谷と呼んでいる。

呼んでいた。

「その不気味の谷をも越えちまった、当時は大騒ぎだったらしい」

「そう、でしょうね」

「結局、最重要だったのは、眼、らしい」

「眼?」

「人とは異なる何かである、と人が認識する最たる理由は、眼から来ていたらしい」

眼。

人と世界を繋ぐ、主要な機能。

五つの感覚を有する人にとって一番情報量が多いとされるのは視覚だ。

その視覚を司る眼が重要なのは、あくまで個々人にとってだとばかり考えられていたが、しかし、その者が世界と繋がっているかどうかを判別する手段でもあった。

眼を見れば。

分かってしまうのだ。

ちゃんと、世界を共有しているか否かが。

人は周囲に焦点のあっていない眼があればすぐ気付く、という所から研究者たちはその推論を立てたらしい。

そして実現してしまったのだから、末恐ろしい。

「なぁ、オリジナルな嬢ちゃんは思うところがあるんじゃねぇのか、こと視覚に関しては」

「どうかな、確かに視覚を共有することはあるけれど」

少女の瞳が、宙を捉える。

今、自分の眼が見ているものは、本物だろうか。

本当に世界を見ているのだろうか。

少女にはよく、わからない。

「私にとって視えないものは、ないも同然だからな、視えるものならなんでも信じちゃう」

少女の言葉に、大男は何も返さなかった。

少女の発言の意味がわからなかっただけかもしれないし、特に意味も無いのかもしれないが、少女にはそれがありがたい。



ようやくエレベーターが静止した。

辺りを見るに、完全になにかしら建物の内部らしい。

明りは点いているものの、それほどの明るさは無い。

工場の地下のように、パイプがそこいら中を這っているが、それがなんのパイプなのか少女には皆目検討もつかない。

「いい加減こいつに乗らんでもいいんだがな」

大男は自身の乗る馬型ロボットをぽんぽんと小突いた。

「だが、こいつらも定期的に動かさないとすぐに故障するからな、たまの運動くらいはさせてやろう」

「ふふ、可愛い表現だ」

「笑うなよ」

軽く笑い合ってから、少女は先の話を続ける。

まだまだ知らなければならないことは山積みだ。

「次元Igに人が消えた、外も中も人にそっくりなロボットが現れた、ロボットが人の穴を埋めた、それでこの世界の完成?」

「まさか」

大男は首を振る。

わかっているんだろう?と少女に眼を向ける。

「ほらよ」

再び、光の画面。

少女は恐る恐るそれに目をやった。

そこにはまた、文書が書かれていた。


<< 世界大戦 >>

せかいたいせん。

世界各国が、世界の主導権を握るために争った、未曾有の大災害。

この戦争において最も人そして動物を殺した兵器は自律型核兵器『ヒューマトム』であった。

→(『ヒューマトム』を参照)

人との見分けの一切つかないヒューマトムは世界各地で無慈悲に、一瞬で、多くの命を奪った。

次元Igに人が消え、世界の人口が減ったことによって起きた、世界の行方を我が物にしようと画策した権力者技術者たちが暗躍した戦争でもある。

さらには、『AI』の中にも自身の同胞がただの兵器として使われることに嫌悪を示し、人類に反乱を起こすという災害も同時に起きた。

人同士、機械同士が互いに殺し合い壊し合い、その傷痕は今なお残っている。

結果としては、誰も勝たず、戦争は終結する。

勝者のない戦争。

ならば、それを未然に防ぐことが出来なかったのか否か。

いまだ議論は絶えない。

これにより、この世界の危うさが露呈した。

戦争そのもので死に至ったものがあり。

踏ん切りがついていなかっただけの者が次元Igへと、自身の理想へと姿を消した。

具体的な数字はもはやわからないが、今や世界の人口は最盛期の十分の一以下であろう。

→(『政府』を参照)

→(『次元Ig』を参照)


「当たり前だよな、いつの時代も技術と戦争は表裏一体だ」

「そうね、誰にも否定は出来ない」

「結局、ロボットなんてもんは、ロボットであるべきなんだよ、人の代わりを務めるべきは人以外にありえない」

ものすごい剣幕で大男は語る。

世界への不満を、これでもかと含んで。

「だがな、俺は、いや、俺達は次元Igに逃げようとは思わん」

それはいつしか、不満ではなく、決意表明へと変わっていった。

「おかしいだろ、どうしてこの世界に生を受けたっていうのに!この世界が生き辛くて自分の理想に逃げ込むだ!?ふざけんじゃねぇ!!」

大男は何も、冷静さを欠いてはいない。

常に、心にそう抱いているのだろう。

だから少女は何も言わない。

何も言えない。

少女はただ、無言で大男の言葉に耳を傾ける。


「どいつもこいつも、ろくに動こうとはしねぇ!そのくせ、状況が悪くなれば次元Igに逃げる!」

「俺はこの腐った世界を変えようとは思わん、だがな、俺の信じた道が世界のせいで閉ざされてんのはまっぴらごめんだ」

「ロボットと共存?こっちは滅ぼされかけているのにか?」

「次元Igに逃げる?その先に何がある?自分の理想通りの世界に、理想郷(ユートピア)に行ってその先に何がある?」

「いいんだ、人間少しくらい思い通りにいかないことがあったって、でもよ、それをどうにかしようと動き出すのが人間だろう!?」

「俺はよ、正直俺が生まれてもいない昔に原因を求めたりなんかしねぇ、昔の奴らに怒りなんざ覚えねぇ」

「俺は、今の世界に腹が立ってんだ、今を生きる奴らに、今を生きようとしない奴らに」

「それが人間だろうがロボットだろうが関係ねぇ」

「今を大切にしない奴は、今を戦おうとしない奴は、駄目だ」


息を激しく乱して叫んだ大男は思い切り深呼吸をした。

傍から見れば、屈強な巨漢が叫んでいる図が中々に凶暴性を感じよう。

しかし少女はただ、感心する他無かった。

その純なる気持ちの吐露は、少女の心にきちんと届いていた。

「そうね、だから、あなた達は戦っているんだものね」

少女の言葉に、大男が元通りの邪悪な笑みを返した。

「そうだな、ほれ、着いたぜ」

そう言うと大男はようやく馬型ロボットから飛び降りて、壁から垂れ下がっていた鎖に馬型ロボットを繋いだ。

すぐさま少女の脇につけ、少女を優しく降ろし、同じように馬型ロボットを鎖に繋ぐ。

どうやら元々、馬型ロボットは適当に壁に固定して管理していたらしい。

どこからか電源を抜いたのだろう、馬型ロボットの動きは止まる。

「よっ、お疲れさん」

大男はどうやらこの既に使われなくなった馬型ロボットを気に入っているらしい。

(扱いづらいのが逆に良いのかな)

と、適当な納得を済まし、少女は扉の前に立つ。

何の変哲も無い、ただの扉だ。

しかし、ここから少女の物語が始まるのだろう。

「さて、悪いな、つい熱くなっちまった」

「いいえ、おかげで大分この世界のこと、知れた」

「まだまだ沢山あるけどな」

「それはまた今度」

「だな」

大男は、どこからか鍵を取り出すと、ノブにぐいと挿した。

少女が思うに、この世界では鍵、という概念も死んでいるのだろう。

「じゃ、心の準備は大丈夫かい?」

大男は、確認とばかりに少女に質問を投げた。

少女は、確認とばかりに大男に質問を返す。

「そっちこそ、私の無茶に付き合う心の準備は、おっけい?」

「は、そりゃとうの昔に出来てるさ」

大男が、ドアを開ける。

そこから光が漏れる。

思わず少女が手で目を覆うと、僅かな視界の中で、大男が笑いかけた。

一言添えて。



「アリス・リーフィンク、ようこそ未来へ」



その少女の名を、添えて。

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