真夏の夜の出来事
涼子の過去に迫る
いつもとは少し違った内容です。
美しいスナックのママ涼子は沢山の緑に囲まれた
墓地に続く道を、一人花と、水桶、線香を持って
静かな気持ちで歩いていた。
黒のロングワンピースの背中を
汗が滴り落ちる。
お盆だけあってどの家の
墓の前にも線香の煙が立ちこめ
生けたばかりの花や
馬の形に似せて作られた茄子
菓子類などが供えられていた。
その中でまだ誰も訪れていない
少し汚れた墓の前に足を止め
墓石の上からたっぷりと水をかけ
持ってきた花を生けると
小さな墓石の周りが
少しだけ清々として
線香を供えて手を合わせた。
亡くなった人の霊がこちらの世界に
返ってくると言われている
この日に
墓参りするのもおかしな話だが
身寄りのない男の魂が
荒れた墓を見て
悲しんでいるのではないかと
毎年この日に足を運んでいる
あれから6年、毎年行われている彼女だけの
決まりごと。
涼子にとって
心から信頼できる唯一の男
英介が死んでからというもの
抜け殻のようになってしまっていた。
食事もろくにとらず
必要以上にはしゃいでは
毎晩浴びるほど酒を飲み
気を失うかのように眠る日々に
以前の華やかな面影は消え
客の方が心配するような有様に
活を入れてくれたのは高橋だ。
その頃、高橋は新しい店で働き始めたばかりで
売り上げの落ち込む店の立ち上げを
期待されており
沢山のプレッシャーを解消するかのように
毎晩涼子の店を訪れては
飲んで騒いでカラオケに興じていた。
彼は悪い男を気取って
乱暴な言葉遣い
粗野な態度で店の女の子からは
怖がられていたが
時折英介と真面目な話をしていたその表情は
まっすぐで純粋な男のそれであり
どんなに彼が乱れても
英介と涼子はそれを暖かく見守っていた。
そんな付き合いが続いてどれくらいだろう
英介が交通事故であっけなく他界してしまい
事実を受け止められない涼子は
初七日が過ぎると
何事も無かったように店を開け
荒れ始めたのである。
日に日に衰弱していく涼子に
最初こそ何も言わず
変わらぬ態度でやってきた高橋も
あまりの様子に
ある晩酔って高橋を誘惑しようとした涼子に
突然襲いかかり
ソファーに押し倒すと
唇を奪おうとした。
英介・・・。
泣きながら高橋の首に手を回し
受け入れようとする彼女の上から
起き上がった彼は
涙を流しながら思い切り平手打ちをした。
「おい。涼子!お前何やってんだよ!
ふざけんな!
死にてぇんだったら俺も一緒に死んでやるよ
ちくしょう!」
そう叫んでテーブルの上の
グラスやボトル、灰皿と何もかも
英介のかつて定位置だったカウンターに
投げ込み、男の存在を消し去るように
めちゃくちゃに破壊した。
ぼんやりとそれを見つめていた涼子は
とっさにアイスピックを掴み
自分の首に突きつけようと
身構えると
高橋にあっけなく取り上げられ
散乱した絨毯の上で
今まで抑えていた悲しみを洗い流すかのように
いつまでもいつまでも泣いていた。
今日から高橋さんは夏休みです。
高橋さんのいない店は皆楽しそうです。
いつも怒ってばかりいる人がいないと
すごく楽な気持ちです。
お店はすごく忙しいですが
僕はもう一人でもピザが沢山できますから
問題ないです。
でも、他の人は仕事をさぼって
ホールの女の子と遊びに行く話しばかり
していて、真面目にやらないので
少し、嫌な気持ちがしました。
涼子さんのお店もお休みなので
今日は帰ってからゲームをしました。
だけどあんまり楽しくありません。
お店の人は皆彼女がいますが
僕は女の子と話すのも苦手なので
未だに出かけたことがありません。
マイケル君は毎日違う女の子と帰ります。
カッコいいからなのかな?
日本語が上手だからなのかな?
今度涼子さんに
女の人の気持ちを
聞いてみたいと思います。
でも、高橋さんみたいに乱暴な人は
絶対彼女ができないと思いますから
僕だけじゃないので安心です。
涼子は毎年墓参りの帰りに
思い出す。
あの日から毎日やってきて
店のあまりものだ。
とぶっきらぼうに投げ出す箱の中には
焼きたてのピザや
まだ暖かいパスタがスープと共に
詰められており
監視役とばかりに
食べ終えるまで見張っている高橋の姿を。
飲んでいても必ず目の端で
気にかけてくれている彼の視線を。
そして、決まって墓参りから戻った洋子を
食事に誘い出してくれる。
英介の供養をしているかのように・・・。
今年も二人で並んで座る焼き鳥屋は
味は抜群だが煙がひどく
着ているものまで匂いが付く。
しかし、線香の香りをまとったワンピースは
目の前で美味しそうな肉汁を滴り落としながら
焼き鳥を焼く煙にかき消され
生きていることのありがたさを
高橋の優しさを
しみじみと味わわせてくれる。
英介 どう思う?
すぐそばに男がいるような気がして
心の中で聞いてみる。
「ほら、涼子何やってんだ。
早く食えよ!」
ぼんやりと皿に盛られた砂肝を見つめていると
高橋が皿を前に突き出してきた
「分かったわよ。そんなに慌てなくても」
「ばか、熱いものは熱いうちに食うんだよ
それが作ってくれた人に対する
誠意ってもんだろうが」
ふふふ と笑って出された砂肝を
口にする。
「美味しい」
そう言って高橋を見つめると
思いがけず彼の視線とぶつかった。
「そんなに監視しなくてもちゃんと食べるわよ」
「ん ああ」
慌てたように目をそらし
次の注文をしている。
「健ちゃん、ありがとう 私・・・」
「お前ぼんじり食う?」
「なあにそれ?」
「知らねーの?鳥のケツだよ」
「ケツって」
「うまいぞ。物は試しだ食ってみろ
親父 ぼんじり二つね」
暖かい思いに包まれながら夜はふける
そんな盆休みの夜の出来事・・・。