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叩けば埃が出る

 劉英雄は学校が夏休みに入り、少しでも生活を楽にしようと

朝から晩まで懸命に働いていた。

日本語も上達するし、給料も増える 

一石二鳥だ。

そして何より一日中仕事をしていれば

食費も浮いて少しばかり金銭的余裕もできた。

気を良くした彼は

たまには自腹で涼子の店に行こうと

同じ外国人バイト仲間の

オーストラリア人マイケルを誘って

今夜飲みに行く予定だ。

マイケルはオーストラリア人の父と

フィリピン人の母から生まれたハーフのため

ぱっと見はあまり外国人には見えない。

瞳は薄いブラウン

少し癖のある栗色の髪を伸ばしっぱなしにして

一つに結んでいる。

いつも着古したTシャツとボロボロのジーンズが

定番だが、端正な顔立ちとすらりと高い身長が

それをとてもファッショナブルに見せる。

そんな彼も日本での生活は苦しいらしく

賄をこっそり持ち帰って暮らしている

苦学生だ。

同じ苦労をして物価の高い国 日本で

懸命に生きている・・・。

そう信じて疑いもしない純情少年は

足取りも軽く

涼子の店の扉を開けた・・・。



    叩けば埃が出る

どんな物事や人物でも、細かく調べれば、欠点や弱点が出てくるものだということ。


「あら、ひでお君いらっしゃい。

 珍しいわね健ちゃんと一緒じゃないなんて」

涼子はそう言いながら

予め用意していた一番奥のテーブル席に

彼らを座らせると

熱いお絞りを手渡す。

そして向かいの席に美雪と並んで座り

二人分のビールをグラスに注ぐと

あらためてマイケルに自己紹介した。

「こんばんわ、初めましてママの涼子です。

 英雄君のお友達?お名前伺ってもいいかしら」

「あ はい。僕はマイケルです。

 オーストラリアから来ました。

 今、経営の勉強をしています。」

いつも物静かなマイケルは低く小さな声で

ぼそぼそと挨拶すると一息でビールを飲み干した。

「こんばんわー。美雪です。

 マイケル君日本語上手いのね。もう日本は長いの?」

美雪はそう尋ねると同じ年頃という親近感も手伝って

仕事を忘れているかのように

つまみのピスタチオを食べている。

「はい。日本に来てもう3年です。

 美雪さんは学生ですか?」

「そうだよ。あなたも大学行ってるの?」

「うん。去年から行ってる。

 でも学費が高いからバイトばかりしていて

 最近はあまり行ってない」

「そうなんだー。英雄君と同じ店でしょ」

「そう。レストランだと食べ物に困らないからね

 いつも余り物貰って帰ってるんだ。」

「ふーん・・・。大変なんだね。

 日本って何でも高いもんね」

美しい男からの苦労話は

時として女の母性本能をくすぐるらしい

先ほどから美雪はマイケルとばかり話している。

話が段々しんみりしてきたので

涼子は一番安いウイスキーのボトルを開けて

「さ、今日はサービスしてあげるから飲もう!」

そう言って水割りを作っていると

「あ、僕はロックで」

とマイケルが言った。

「マイケル君はお酒強いのね。いつも何飲んでるの」

そう涼子が聞くと

「何でも飲みます。でも一番すきなのはテキーラかな。

 薄いのは好きじゃない」

みなのやり取りをニコニコ聞いていた英雄が

「マイケル君はとても大変です。お父さんが居ませんから

 仕送りがありません。だから私は彼の気持ち分かります。

 沢山働いても遊びに行けません。だから今日は

 僕が誘いました。」

と誇らしげに言うと、美雪とマイケルと英雄の3人で

若者らしい最近の音楽の話や、

映画の話に花を咲かせていた。


 苦学生?涼子の胸に腑に落ちない何かが残る。

酒の飲み方だけでなく、時計や靴などの

持ち物はどれも古いタイプのものだが

高級ブランドの物だ。

コピー商品なんだろうか。

訝しく思いながらカウンターに向かうと

一人で飲みに来ていた田中という

古着の売買を生業としている男が

さりげなく留学生二人に目をやり、ニヤリとした。

「涼子ちゃん。あいつの穿いてるジーンズあれいくらか分かる?」

英雄たちは美雪に任せ田中の隣に腰掛けると

唐突に質問された。

「えー、マイケル君のあのボロボロのジーンズでしょう。

 貧乏らしいからどっかの量販店かなんかで

 5000円くらいじゃないの」

「ははは。バカ言っちゃいけないよ。

 アレはね、間違いなくビンテージだ。

 タグとか縫い目とか良く見ないとなんともいえないけど

 安く見積もっても10万はくだらないよ」

「えー。そうなの。なんでそんな高価なもの買えるのかしら」

「さあね。でもなかなかいい男だし、

 苦労している留学生でもイケ面となると

 援助したくなる女には事欠かないんじゃないの?」

ふーん。 ありえない話じゃないわね。

ともあれ今は美雪が担当だ。

涼子は彼らの会話が気になりながらも

田中との話に集中した。

 

 「マイケル彼女いるでしょ?」

美雪は先ほどからすっかり彼らと打ち解け

まるで以前からの知り合いのように話している。

「うーん彼女はいないかな。でも女の子の

 友達は多いよ。日本人の女の子って優しいから好き」

そしてマイケルは急に真面目な顔になると

「美雪ちゃんはアメリカは好き?」

と尋ねた。

「アメリカ?行ったこと無いから良くわかんないけど

 面白そうなところじゃないの?」

「僕は・・・嫌い」

「どうして?」

「僕はオーストラリア人だから同じ英語でも少し違うらしいんだ。

 それでいつもアメリカ人に馬鹿にされる。

 田舎者だってね・・・。」

一気に場がしらけた。

「マイケルはカッコいいからもてるんだろうね」

美雪が場を盛り上げようとそう言うと、彼は影を帯びた瞳で寂しそうに言った。

「そんなこと無いよ。皆僕を可哀想だと思ってるんだ。

 僕はお父さんがいない。見たこと無い。

 お母さんとも暮らしていない。

 お母さんはいつも働いていて

 僕と弟や妹達はみんなお婆ちゃんに育てられたんだ。

 兄弟も皆父親も国籍も違う。

 凄く複雑な家なんだ。

 だから・・・」

そう言って言葉を詰まらせた彼を

美雪は涙目で見つめている。

そこまで詳しい事情を知らなかった英雄は

事の成り行きに驚きを隠せずにいた。

どうしていいかわからずにオロオロしていると

涼子が助け舟を出してくれた。

「あらあら、どうしたのさっきまで楽しいお酒だったのに。

 今日はこの辺で解散しましょう。

 若者が落ち込みながらお酒飲んじゃダメよ。

 さあ、明日からまた頑張りましょう」

そう言って英雄から2000円だけ受け取ると

背中をパチンと叩いて笑顔で送り出した。


彼らが帰ってしばらくして美雪が

忘れ物みたいです。

と言って拾い上げた定期入れはマイケルのものだった。

中には学生証と、折りたたんだ一万円札が5枚。

それから馬券が一枚入っていた。

馬券?5万円分も買ってる・・・。

何となくこのままでは英雄が彼に利用されそうな気がして

偶然涼子の住むマンションと彼のマンションが

近かったこともあり

帰りに届けることにした。

もし明かりがついてなかったらポストに入れて帰ればいいか・・・。

そんな軽い気持ちでタクシーに乗り込んだ。

 

 目の前の高級マンションを前に

涼子は立ちすくむ。

玄関はオートロックで中に入らなければ

ポストに入れられない。

意を決して彼の部屋のナンバーを押す。

ピンポーン

高い音が静かな夜の住宅街に響いたような気がして

ドキリとする。

「はい」

見知らぬ女の声がインターホン越しに聞こえた。

「夜分遅く申し訳ありません。こちらマイケル君のお宅ですよね」

恐縮して尋ねると

「あんた誰?」

と怒ったような女の声。

「今日お店に忘れものしたようなので届けに来たんですけど」

「お店?あーバイト先の人?ちょっと待って今行きます。」

程なくして現れた若い女は

夜中だというのにきつめのメイクをして

ミニスカートとキャミソールという

露出度の高い格好で

パカパカと踵の高いサンダルを穿いて歩きにくそうに

こっちに向かって来た。

「こちらマイケル君のお宅で間違いないんですよね」

確認のために尋ねると

「っていうかあんた誰?店ってバイト先じゃないの?

 オバサンがいるなんて聞いてないんだけど」

おばさんって・・・。

「いえ、マイケル君とお友達が家のお店で飲んでいったんだけどね

 学生証忘れちゃったから届けに来たの。

 家も丁度この近くだから。ごめんなさいね

 こんな夜遅くに。」

「あんたホステス?なんでわざわざこんなとこまで来るわけ?

 本当は彼をねらってるんでしょ。

 そうか、あんたも彼に貢いでるの?」

あんたも? も?

「いえ、そんな。本当についでだったんで・・・。

 ポストに入れて帰ろうとしたらオートロックだったから

 でもーここ高いでしょう。彼苦学生なんじゃないの?」

「そうよ。だからあたしが一緒に住もうって誘って

 いろいろ面倒見てんの。この前も何だか知らない女が

 服とか身の回りのもの持って訪ねてきたけど

 追い返してやったのよ。あいつには困らないように

 お小遣いだってあげてるし、バイトもしてるから

 そんなに貧乏はさせてないわ。」

そうか・・。そういうことね。

「あいつ優しいから人の好意を断れないのよ。

 だけど、毎日遅く帰ってくる私のために

 食事の用意して待っててくれるし、将来はオーストラリアで

 一緒にダイビングスクールしようって言ってくれて・・・

 だから、彼の給料は全部貯金させてるの。

 勝手に彼を生活苦だと思って近づいてくる女は

 沢山いるけどあんたみたいなオバサン初めてだわ。

 残念だけど諦めて帰って。」

彼女は言うだけ言うと涼子の言い分も

聞かずに定期入れをひったくると

小走りで戻っていった。


真面目そうな貧乏学生も叩けば埃が出るってね・・・。

彼女への手料理は店の賄いを有効活用してるって訳か。

なかなかやるわね。

英雄君、大丈夫かな・・・。

マンションを見上げながら

涼子はまだ人を疑うことを知らない英雄が

マイケルの世渡り術を知ったとき

どんな顔をするか想像し

少し切なくなった。

それもまた社会勉強なのかもしれないなー。



 


 今日はバイトの友達と初めて涼子さんの店に自分のお金で

行きました。

友達のマイケル君はとても複雑なお家のようで

話を聞いた、美雪さんも僕もとても悲しくなりました。

僕は両親から少し仕送りがありますから

これからもマイケル君を誘って出かけようと思います。

高橋さんはあまりマイケル君が好きではないようです。

きっと、マイケル君が格好良くて

女の子に人気がありますから

やきもちを焼いているのだと思います。

だから僕が協力しようと思います。


夏休みも毎日作文を書く英雄は

クーラーの無い六畳一間のアパートで

寝苦しい夜を過ごしていた。

一方マイケルは広々とした涼しい部屋で

買ったばかりの任天堂wiiで彼女と二人

ゲームに興じている。




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