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灯台下暗し

 台湾人留学生の劉英雄は高円寺のぼろアパートで

着古したランニングと半ズボンで

高橋というバイト先の先輩の助言通り

眠気対策に大量のメンソレータムを目の周りに塗ると

涙が止まらなくなり

慌ててタオルでふき取ると

涙を浮かべたままタメ息をついて

宿題の作文を書き始めた。

正直者の英雄はすぐに高橋の言うことを真に受けて

疑いもせず実行するので

何度も痛い目にあっている。

とはいえ昼は日本語学校に通い、午後5時から新宿のイタリア料理の店で夜11時まで

アルバイトをして、台湾で教師をしながら仕送りをする

両親の負担を少しでも軽くしようと

休まず働く生活をしているので

毎日の宿題は睡魔との闘いだ。

相談した人を間違えたのは彼のミステイクだが

どこまでも人の良い彼は

塗る場所を間違えたのかなと

高橋のいたずらに未だ気付いていない・・・。





 昨日はアルバイト先の店の皆で飲み会をしました。

お店の近くの居酒屋です。

僕はお酒を飲んだことがないのでジュースを頼んだら

高橋さんが怒って梅サワーの入ったグラスを無理やり口に押し付けて

飲め!と言いました。

すごく怖い顔をしていたので仕方なく飲みましたが

思っていたより美味しかったです。

僕が美味しいです。と言うと高橋さんは だろー。

と急にニコニコしました。その後ホールの女の子達のところに行って

何かスケベなことを言って皆を困らせていました。

お酒を飲まないときはすごくカッコいいのに、

(皆は堤真一という俳優に似ていると言いますが僕は知りません)

どうしてお酒を飲むと

変なオジサンのようになってしまうのか不思議です。

志村けんの変なオジサンは台湾でも有名です。

でも本当にいるとは思わなかったのでびっくりしました。

ホールの女の子達はとても可愛いので僕は恥ずかしくて話ができませんでした。

沢山お酒を飲んだら勇気が出るかもしれないと思って

飲んでいたら頭がぐるぐるして気持ち悪くなりました。

飲み会が終わって帰ろうとしていたら高橋さんに掴まれて

涼子さんのスナックに連れて行かれました。

どうしていつも僕を怒ってばかりいるのに連れて行かれるかわかりません。

もしかしたら、一人で涼子さんに会うのが恥ずかしいからなのかもしれない。

でも、涼子さんはとても優しいのでお店に行くのは嬉しいです。

高橋さんはまたカラオケです。

「オイ涼子いつものな!」

と怒ったように言うと

虎舞竜というバンドのロードと言う歌をいつも歌います。

ちょっとヤクザみたいな服装の高橋さんが目をつぶって泣きそうな顔で歌います。

大きな声に頭が痛くなってグッタリしていると

涼子さんは冷たいお水を持ってきてくれて

「健ちゃんも見た目は怖いけど、本当は優しい人なのよ ひでおくん。」

と言って冷たいお絞りをくれました。

健ちゃんとは高橋さんのことです。

高橋健太郎と言う名前ですので涼子さんは健ちゃんと呼びます。

そして、お絞りを顔の上にのせて休憩している僕の隣でこんな話をしました。



  

   灯台(とうだい)(もと)暗し

灯台の真下が暗いように、身近なことがかえって気づきにくいことのたとえ。





 涼子は毎日4時に行きつけの美容院 JIGEN に行き

髪をセットしてもらう。

店に出る時の装いは、できるだけ派手にならないよう

抑え目のトーンでまとめているが

それだけに胸元のラインや、ヒップのラインが

美しく見えるようなデザインの洋服を選ぶようにしている。

日によって髪を巻き髪にしたり

輝くようなストレートにしたり

涼子が何も言わずとも

その日の衣装に合わせてぴったりの

髪型にしてくれるオーナーの黒木は

彼女のよき相談相手でもあり

客としてというより

むしろ親友と呼べる存在なのかもしれない。

今日は大人っぽいシルク素材の

襟開きの深い白シャツに

ウエストにプリーツの入った黒の

タイトスカート姿の涼子をジッと見るなり

黒木は

「今日はシックにセンター分けで巻きましょう」

と言って髪を巻き始めた。

 

「ねえ黒ちゃん、明日お休みよね。

 良かったらお昼一緒に食べに行かない?

 お客様でAホテルの料理長してる方がいてね

 何度も来ていただいてるのに

 一度も伺ってないの。お昼はビュッフェらしいんだけど

 どうかしら、時間ある?」

「もちろん。涼子ちゃんと一緒なら何だってOKよ。

 何時にする?Aホテルなら僕が車で迎えにいくからさ

 家の前に着いたら電話するから。」

そんな会話をしていると

後ろから誰かの強い視線を感じて

鏡越しに背後を見ると

店の指名ナンバーワンの腕の持ち主

岳人が涼子の視線に気付き

慌てて笑顔を作って手を振った。

「よかったら岳人君も行く?でも休みの日はデートか」

そう言ってからかおうとすると

「そんな人はいません。僕も行きます。」

とはっきりとした口調で答えた。

 あらあら、年上好きなのかしら。私もまだまだいけるのかもね・・・。

うつむきながら照れたように

ニンマリすると

「あー明日は若い男の子二人に囲まれて楽しい食事になりそうね」

そうわざと芝居じみた言い方をすると

綺麗にカールした髪を手櫛で荒めに解きほぐし

ワックスで自然なウェーブになった仕上がりに満足して

足取りも軽く出勤したのであった。

 

 時計の針が丁度正午12時をさしたころ約束の時間通りに

黒木が迎えに来た。今日は黒木の店が定休日なので

自分で丹念に髪をブローしてマリン調のワンピースに

お気に入りのクリスチャン ルブタンのサンダルを

合わせると全身鏡で全体をチェックして急ぎ足で

表に出た。

黒木は愛車の鮮やかな青色のプジョーをマンションの前につけ

助手席の岳人と楽しげに話している

「お待たせ。わざわざありがとう。」

涼子がそういって車の脇に立つと

助手席の岳人がシートを倒し、後ろの席に乗り込む。

塵一つないピカピカの車の中は彼らのつけた香水の香りで

とてもいい匂いがする。

 同じ香水?

一瞬疑問が浮かんだが気にせず乗り込み

3人を乗せた車は滑らかに走り出した。

「涼子ちゃん髪自分でやったの?上手くなったね。

 だけど、少しだけ流れをつけたほうがいい。

 帰りに少し直してあげるよ」

「ほんと。ありがとう。今日は二人とも悪いわねお休みのところ

 予定あったんじゃないの」

「別に夜だから平気だよ。彼女幼稚園の先生だから昼間は無理だし

 涼子ちゃんからの誘いなら最優先でしょう」

黒木はそういいながらと日焼けした肌に良く似合う

仕立てのいい真っ白なシャツを着て

煙草をふかしている。

後ろで黙って二人の会話を聞いていた

岳人が急に楽しそうに

「えー、黒木さん彼女いたんだー。なんで内緒にしてたんですか

 僕全然知らなかった。彼女ってどういう人ですか。

 若いの?どこで知り合ったの」

と矢継ぎ早に質問する。

「うるせーよ、なんでお前に言う必要があんだよ」

そう言って笑う黒木に代わって涼子は答える。

「去年だっけ?サーフィンしに九十九里いったとき

 知り合ったのよね。里美さん今確か28か。

 そろそろ結婚考えてるの?」

「まあ来年にはと思ってるけど」

「そっかー黒ちゃんもいよいよ年貢の納め時かー

 嬉しいような寂しいような・・・

 私も頑張んなきゃねー」

そう涼子が言ったとたん

「結婚なんてまだ早いですよ」

と岳人が大声でいった。

「はやくねえよ。俺今年40だよ若作りしてるから

 見えないかも知んないけどさ」

「だけど、だけど、来年には支店出す話もあるし」

「それはそれ、これはこれ。

 大人にはいろいろあんだよ。」

そういって笑う黒木は駐車を終えると

拗ねたような岳人をあやすように肩を組んで

目的のの日本料理の店に入っていった。


 涼子は料理長の佐々木に挨拶しようと

二人を残し席を立つ。

店内は平日の昼だけあって専業主婦であろう

年配の女性のグループ姿が目立った。

さすが一流ホテルだけあって

メニューも豊富で、新鮮な刺身や和牛、天ぷらなどが

所狭しと並んでいる。

一通り挨拶を済ませ席に戻ると

早速皿に沢山載せて黒木が戻ってきた。

 おい、なんでこんなにいろんな物があるのに

 海苔巻きと、いなりずしと、卵なんだよ!

涼子は黒木の選ぶセンスに目を丸くすると

両手にどんぶりを持って岳人が戻ってきた。

 おい!なんでうどんとそばなんだよ

再び目を疑う。

しかし次の岳人の発言にもっと驚かされた。

「ねえ、涼子さん見て。黒木さんってこういうバイキングの時でも

 すごく奇麗に盛り付けるでしょう。

 やっぱり美意識が違うんですよねー」

「そ、そうね」

「それにすごくおしゃれだし、今日の黒木さんの腕時計

 超カッコいいから僕もおそろいで買ったんです。」

そう言って芸能人の結婚指輪を見せる時のような仕草で

時計を見せる。

「そうなの・・」

「黒木さん、彼女僕に紹介してくださいよ

 僕も彼女の友達紹介してもらいます」

「やだよ。なんでお前は何でも俺の真似すんだよ」

「それは尊敬してるからじゃないですかー」

な、なんなんだ!この甘いムードは・・・。

涼子は頭が混乱してきた。

更に追い討ちをかけるように岳人は話続けている。

「このまえー、黒木さんの家に泊まったんですけどー

 僕朝早起きしてオムライス作ったんですよー

 それなのに黒木さん眠いーとか言って

 食べてくれなかったんですー。

 ひどいですよねー涼子さん。涼子さん?聞いてます?」

「・・・聞いてるわよー。そう、ひどいわよねー」

「それからねー冬にスキーに行ったときね僕がずーっと

 運転してるのに隣でずーっと寝てるんですよ。

 黒木さんが運転してる時は僕、寝ないでガムあげたり

 眠くならないように一生懸命話しかけたりしてるのに」

「そうなのー岳人君って優しいのね」

「そんなことないですよー常識です」

「おほほほほほ」

もはや笑うしかない。

そして岳人の狙いが涼子でなかったのは言うまでもない・・・。


黒木に相談があると言って渋る岳人を車から先に降ろすと

シアトル系のコーヒーチェーンの店に入りさりげなく涼子は聞いた。

「岳人君ってあなたに夢中なのね」

「なんだよそれ。男に夢中ってことはねえだろ」

気付いてないの?とぼけてるの?

「だって何でもあなたの真似して可愛いじゃない」

「あいつ一人っ子だから兄貴ができたみたいで嬉しいんじゃない?」

「そーお?黒ちゃんを見る目は乙女のようよ」

「こえー。もしそうならあいつはクビだ」

「どうしてよ。いいじゃないあなただって可愛がってるんでしょ?」

「あいつ腕は一流だからな。けど俺にはそんな趣味ないもん」

ふーん。岳人君の片思いか・・・。

「まあ、あいつもそのうち彼女できれば俺の真似なんかしなくなるよ」

「そうかしらねー・・・。

「ところで相談って何?こっち関係?」

そう言って親指を立てた腕には

岳人とおそろいの腕時計が光っていた。




 「あたしが言いたいのはね、ひでお君。

  可愛い岳人君が男の人を好きだってことじゃないのよ。

  それはむしろありえる話。

  だけど、黒ちゃんがね、あんなに周りに気を配って

  女心も良く分かる40男がよ、身近な人の気持ちに気付かないってことが

  驚きなのよ。まあ、自分のこととなると思ってもみないことなのかも

  しれないけど、あんなに目がハートなのにねー。

  灯台下暗しってまさにアレね」



 

 僕は男の人が男の人を好きになる話は台湾でも沢山

ありますから、あまり驚きませんでした。

だけど、もしかしたら高橋さんは本当は僕のことが好きなのかな

と思ったら、怖くなったので今度からもっと良く観察しようと思いました。

  



 劉英雄は僕も灯台下暗しなのかなー。

と真剣に悩んでいた。

それはない。




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