第8話・看守と囚人の関係
「用というのは、この囚人に魔術を教えてやって欲しいのですが…」
「ふーん、この子を闘技場で戦わせているのね?」
カリーネと呼ばれた女性は、俺の身体を下から上へ視線を走らせる。
ここまでマジマジと見られたのは初めてだったので自然と身を捩じらせていた。
「ふふ、別に取って食おうなんて思ってないから安心して」
「どう…ですか?」
ハイアは恐る恐る聞く。
「良いわよ」
「本当ですか!」
余程緊張していたのだろう…ハイアとヴェルはホッと安心して肩を撫で下ろした。
「ただし、当然条件はあるわよ?」
「我々でも出来る事なら…」
丸で囚人と看守の立場が逆転したやり取りである。
自分の事でハイア達が掛け合ってくれている訳だが、丸で実感が湧かなかった。
「取り合えず、綺麗な水を持って来なさいな」
「綺麗な水…ですか?」
「ええ」
「あ、あの…、水は魔術に関係しているのですか?」
一応、目上の人物(牢獄の先輩)なので刺激しないように聞く。
俺の記憶では、魔術に水が必要という事を聞いた事はUO2を始め他のRPGでも聞いた事がない。
それともE/Oの世界では水を触媒にするのだろうか…。
ああ、触媒というのは、魔法を行使する上で魔力を集中させ易くする為の素材だ。
要するに、ロッド・ワンド・オーブ・指輪みたいな武器に付けられている魔力を含んだ宝石の事を言う。
「ふふ、何言ってるの?魔術と水が関係している訳ないじゃない」
「???」
俺とハイア達の3人は頭の中に?マークが浮かぶ。
実際、何の為に水が必要なのかがさっぱり分らない。
「ハイア、ヴェル。この子を見て何も思わないの?」
「何と申されましても…」
ハイアとヴェルがカリーネのようにマジマジと眺める。
カリーネに見られただけでも恥ずかしかったのに男2人に見つめられると恥ずかしさ倍増である。
ゲームでありリアルの裸を見られている訳でもないのだが、恥ずかしいのは恥ずかしい。
時と場合によるという事か…。
実際、露天風呂なら裸を見られても何も思わない。
まぁ、ジロジロ見られると違う意味に捉えてしまうが…。
「あなた達…もしかしてロr」
「「断じて違います!!」」
カリーネはため息をした後、呆れたように言う。
「女の子なのに…こんなにも汚れているのよ。
綺麗にしてやろうとか思わないの?」
「あ、いや、思わない事もないのですが…スロゥス様がそのままで良いと…」
「また、あいつか…。良いから持ってきな!ああ、それと水晶と清潔な布も持って来るのよ」
「は、はい」
鶴の一声と言うのだろうか、看守の2人は駆け足で綺麗な水とやらを取りに走っていく。
そういえば、ここに来てから綺麗な水を拝んだ事がないな。
「ほんと、気の利かない連中ばかりでごめんなさいね」
「あ、いえ…」
自分も気にしていなかったとは到底言えない状況である。
と言うか、汚れたら洗い流すまでそのままなのだと今更気付いた。
そこまでリアルにしなくても良いだろうに…。
そう言えば、随分昔のMMOで洗髪しないと頭にハエが集るのがあったな。
まぁ、どうでも良い事ではあるが…システム的に風呂や水浴びなどがあるのだろう。
その割には空腹や睡眠がないのは不思議だ。
現段階では食事はステータスボーナスにしかなっていないし、ログアウトする事で睡眠となるようである。
だから、空腹でも睡眠不足でもデメリットが存在しない。
謳い文句が、非現実という名の現実と言う割には何かが抜けている。
「取り合えず、入ってきなさいな」
「はい…」
ハイアとヴェルは、牢屋の鍵を開けっ放しで取りに行ったらしい。
無用心にもほどがある。
それとも彼女は脱獄しないと確信でもあるのだろうか…。
「あなたはどうしてここに入れられたのかしら?」
「さぁ…気付いたらここにいました」
初ログインが牢屋内なのだから知る訳がない。
「そう…」
カリーネの表情から憐れみが読み取れる。
彼女の中で俺の生い立ちについて色々推測が立てられているのだろう。
「カ、カリーネ様!持ってきました!」
息も切れ切れにハイアとヴェルが戻って来た。
ハイアはまだ良い、ヴェルの方は井戸から汲んだであろう水が水桶の半分近くまで減っている。
「ヴェル……少し足りないわ…」
「は、はい。今すぐ汲んできます!」
「待ちなさい。行かなくても良いわ。
で、水晶と布は?」
「こちらに」
ハイアの手には久しく見ていない清潔な布と水晶がある。
ちなみに、俺が今身に纏っている布も清潔な布で間違いなのだが、以前に比べてと追記しておこうと思う。
なので、シミ一つない布はE/Oにログインしてから初めて見た。
で、もう1つの水晶であるが透き通る程美しい水晶球である。
所謂、占いとかで使われる水晶と思って貰って良い。
「2人共ごくろうさま」
「いえ」
2人は牢屋の鍵を閉めそれぞれ入り口の左右に立つ。
「それじゃ、まずは身体を拭きましょうか?」
彼女は当たり前のように布を水に漬け絞った後に俺の身体を拭こうとする。
「え?あ…じ、自分で拭けますから!」
俺が今から拭かんとする彼女の手を制止しようとするが振り払われる。
「へ?」
「私の楽しみを奪う気?」
「えーと、あの…どういう意味ですか?」
「あーいや、これがカリーネ様に対する報酬なんだ…許してくれ」
えーと、つまり?
俺が混乱している最中も彼女の手は止まらない。
触覚がないので実感が湧かないが普通に考えたらそこは18禁だろうという所まで彼女にされるがままである。
と言うより、普通に身動き出来ない。
彼女と俺のレベル差というべきなのだろうか…後ろから回された腕と絡みついた脚から逃れる事が出来ない。
「むぅ…」
普通なら何かしらの反応がありそうな所を拭いても反応しない俺に少し不機嫌になる。
「あなたって不感症だったりする?」
「いえ…?」
感覚がありませんとは言えない。
というか、やはり何もかも中途半端なE/Oにはかなり疑問を持ってしまう。
実際、他のVRゲームではリミットが設けられているとはいえ触感と痛感は実装されている。
同じVRなのにE/Oにはそれさえないのが気になるところだ。
何か意図するところがあるのだろうか?
しばらくして体の方は拭き終わったのか、顔にも布が当てられる。
目の前で顔を拭かれているのに、触感がないのはやはり違和感を感じる。
この状態のまま、小説やアニメなのでよくあるデスゲームが始まったら酷い事になるだろうな。
触感や痛感がない訳なのだから、自分が死んだ事に気付かないって事になりかねない。
ま、実際はそんな事にはならないだろう。
それこそなれば、SFやファンタジーだ。
「はい、終わり」
「…あ、ありがとうございます」
「私が好きでやった事だもの良いのよ。少し反応が欲しかったけどね」
「…すみません」
「何で謝るのかしら…面白い子ね。
髪は残った水で洗い流しましょうか…。少しはマシになると思うわ」
俺の身体を拭いた事で汚れてしまった布を水桶で洗った為、水が少し汚れてしまっている。
が、少なくても俺の髪の毛よりはよっぽど綺麗な訳で……ある意味痛覚がなくて良かった。
あったら、俺は常に頭を掻いているところだ。
俺は残った水を頭から被る。
無論、折角綺麗にした身体には掛からないようにする。
完全に綺麗にする事は出来なかったが前よりは断然マシで油とフケで固まって変な癖毛状態から解放される。
俺は洗い終わった事を確認し布である程度拭き取り綺麗に畳んであった布(防具)を身体に覆う。
「どう?」
カリーネが綺麗になった俺をハイアとヴェルに見せると二人は一瞬固まる。
いや、惚けると言った方が適切かもしれない。
「わ、悪くないですね」
「そうか?俺は良いと思うけどな」
何が良いのか分らないがスルーしておく。
2人の反応は違うが悪い印象ではなさそうである。
いよいよストックが残り1話分となりました。
次回を最後に投稿スピードが遅くなります。
『裏話』
カリーネは、他国に対する侵略を反対していて、自身が率いる騎士団と共にクーデターを起こしたが失敗に終る。
カリーネ以外の騎士は全員処刑されカリーネ自身は投獄された。
ベルフェゴールの腹心であるスロゥスにとって、目の上のたんこぶであったカリーネが投獄された事によりベルフェゴールは侵略の一途を進み事になる。と言うより侵略自体はスロゥスの提案によるもの。