5th:Metempsychosis
「――ENE!」
なんだ、今のは、と僕は意思の速度で問う。返答はすでに用意されていたかのように、即座だった。
『お前に展開した次元介入能力が起動した』
たくさんの僕――ミラージュ・マインをコアスキルとし、複合アクティブスキル・オンリーレギオンによって、たった一人の軍隊と化していた『ヨロヒト』――が、蒼き霧の竜の最終攻撃ラインから一旦離脱、半壊状態の長超艇甲板に、一人へと戻りながら着地する。
「なに……が、あったの……?」
『アマルガム』に肩を支えられた玖村・詠美は、デッキアウト寸前、ライフオーバー限界の、ギリギリでなんとか踏みとどまっていた。彼女の手札として自身を機能させている『ヨロヒト』やENEにとって、玖村・詠美の負ける時がそのまま敗北に繋がるので、彼女が踏みとどまっているのは彼らの働きといって過言ではない。
蒼き霧の竜との交戦開始から、一四分が経過していた。『ヨロヒト』は幾つかある切り札のうち、オンリーレギオンをフルパワーで起動、詠美の召喚した最強のモンスターである『アマルガム』と共に、竜と戦っていたのだが、すでに敗北は六十秒以内に決すると予測されていた、が、その事実は訪れなかった――戦闘領域に乱入してきた二つの存在が、竜を倒した。
『ヨロヒト』の戦闘視界は、彼らの情報を察知出来た。
ウルスラ・ロギン。
黒獣ヘロン。
そしてENEから齎される解析情報を見るならば、
「……祈念者、だって? このタイミングで」
『お前が祈り、彼らが祈った。だから竜を倒せた』
ENEの言葉は最低限の説明でしかない。だが、今は、と僕は思う。ディメンジョン・クローズは宣言され、そして僕達は生きている。
「……生きている。そういう事、なんだな」
『そうだ』
「そうか……」
考えるのは、後だ。僕はよろけそうになる両足を叱咤して、玖村さんに近づく。玖村さんも、『アマルガム』も、立っているのがやっとのようだった。
『エイミをお願い、ヨロヒトくん……暫く休むわ』
精魂尽き果てたという顔で『アマルガム』は久村さんを僕に渡して、実体を虚空に解いた。玖村さんのサポートと、実際にモンスターとして召喚され戦闘した疲労で、機能がハングアップしているのだろう。休息が必要だ。それは、此処に居る全員がそうだった。
「ヨロヒト……竜は……」
「倒れた。僕も、玖村さんも、生きてる。今は休んで」
小さく頷くと、彼女は僕の腕の中でぐったりと気を失ってしまった。彼女を抱え上げて、その軽さに場違いな驚きを宿しながら、長越艇の船内に入る。
『これからどうする、ヨロヒト』
「長越艇の修復と、休息場所の選定、彼方軍への撹乱……出来るか、ENE」
『出来るが、どれも達成度は低くなる。私もお前も、稼働限界に近い』
「オンリーレギオンを最大レベルで起動すればそうもなるよ。でも、まだ寝る訳にはいかないんだからな」
『アマルガムめ、仮死状態に移行したな。あの程度でハングアップするとは、同じ機械知性潮流として情けない』
「珍しいな、ENE。愚痴だなんて」
『私が独自に作成したお前の語彙集から引用するならば、これは浮かれている、と言う状態だ。本当に、次元をねじ曲げたのだ。これは驚くべき事態だ」
「……後で聞くよ、ENE。僕の処理能力は、ショート寸前」
『事後処置に当たる。お前の計算領域と能力権限を渡せ』
僕は言われたとおりに『ヨロヒト』の能力をENEに預けた。途端に、全身から力が抜ける。僕に施されていた機能が、ENEによる対彼方軍措置の為に全部持って行かれたのだ。情報視野の幾つかが離脱し、僕は小さくため息をつく。疲労値は最大に達しているし、精神的にもかなり限界だ。だけどどこか余裕があるのは、抱きかかえられて眠る玖村さんの重さが、僕に何かしらの影響を与えているからだろう。仲間のためなら、何でもできる。それは僕、『ヨロヒト』が存在する根本的な原理なのだから。
長越艇の船内は、古めかしい砦の様相を残しながらも、ほとんど別の建造物に成り代わっていた。砦を構成していた容量の半分が移動体としての部分に変化しているためだ。それでも乗組員は実質僕と玖村さんの二人だけなので、問題はない。船内の一室に玖村さんを寝かせて、僕は艦橋に移動する。長越艇を移動させなければならない。操舵席に座り、ENEを喚び出そうと口を開きかけた。
その時、僕は妙なものを見た。船外に何か居る。
それは黒い霞のようで、不思議と焦点を合わせることができない。
――これは異常だ、と僕が気づいたのは、三秒も経ってからだった。僕の多重視界はENEにリソースを預けているためその情報送料は半分以下になっているが、それは『彼方軍』が出鱈目に厄介だからそうしているだけで、この状態であろうが通常のターゲティング視界も緊急警告視界も失っていない。もともと高い探索能力を持つ『ヨロヒト』であるのだから、あの現象を今の今まで知覚出来なかったのは、何かしらの理由がある。
最初に思いつくのは、当然『彼方軍』の攻撃だ。戦闘終了後という、アクティブな状態からパッシブな状態に必ず移行する瞬間を狙って送り込まれてきた敵性体。しかしそういったものに対策していない筈がない――なにせもう両手に足りない数だけ手を変え品を変えそのような攻撃手段はとられてきたのだから、僕もENEも非戦闘状態で即座に感知できるように設定してある。と言うより、祈念者は彼方軍との戦闘状態から抜け出せるはずがないので、そのようなミスが起きるはずがなかった。また、僕とENEの間で用いられる『攻撃』とは偵察行動も含まれている――情報は目の前の刃よりも明確に生死へ直結する――ので、なんであろうと『彼方軍』の反応を見逃す筈がない。
つまりこれは、『彼方軍』の攻撃ではないのだ。となると次に思いつくのは、何かしらの存在が敵意を持たずあの現象を発生させている可能性だ。危険性の低い自然現象であれば、僕の多重視界はわざわざピックアップしない。ENE側では感知しているのかもしれないが、現在ENEは戦後処理活動中でこちらからの応答が出来ない――出来ない?
僕は愕然とその情報を多重視界で確認する。ありえない。僕とENEのコール・アンド・レスポンスは、三十六段階の緊急性で相互連絡権限を認証しあっている。最上級の権限を使えばお互いの性能を乗っ取る事も出来るのだが、それが、機能していない。いまこの瞬間、ENEが僕を呼んでいるとしても、それが僕には分からないのだ。いや、間違いなく呼んで、何が起きているかを探っているに違いない。そしてその打開策が見つかっていないと言うことが、ENEからの応答が無い事で示されている。しかも、『ヨロヒト』のキャラクター性能はENEが保持したままだ。こんな状況があり得るのか?
いや、と僕は考えを切り替える。目の前の状況に対処するほうが先だ。長越艇に何かあれば眠っている玖村さんに危険が及ぶ。いずれENEは支援に戻ってくるに違いないのだから、それを信じて僕だけで対処しなければならない。僕が『ヨロヒト』である限り、そのように行動するのは当然だった。
だから、なのだろうか。
『それ』は、『ヨロヒト』ではなく、
――名乗れ。
「……?! ヨロヒトだ」
――違う。それはお前に結ばれた、アレテレシオルの鎖に名付けられたもの。
『僕』に、問いかけてきた。
――名乗れ。
う、と僕の喉から押しつぶしたような呻きが漏れる。
『僕』をパッケージングする名前、ヨロヒトではなく、その中身を問いただす声。
「た、高瀬・喜一……」
――我はへロン。影の吐息なり。
途端。
視界が暗転した。
§
影の竜と灰色の逃亡者
5th:Metempsychosis
§
「喜一」
僕を呼ぶ声がする。
「高瀬・喜一! 起きろ! 起きろよ!」
衝撃。地面がさかしまになったように振動が走り、僕は目を覚ました。
視界に映るのは、白い壁だ。蛍光灯の明かりがしらじらと輝いて、消毒液の混ざった独特の空気が、鼻孔を擽る。
見ているのは天井だ。僕は自分が寝転がっている事に気づく。ここは、病室だ。僕はベッドの上に寝かされていた。
「起きたか。おい、本当に、起きたのか?」
視界に影がかかる。覗き込んできたのは人の顔で、それが誰なのかを思い出すのに、何秒もかかってしまった。
「……宗次郎?」
「そうだ、俺だ。畜生、目を覚ましたのか。くそ、この野郎、心配かけさせやがって!」
泣き笑いのように歪んだ宗次郎の顔を、僕はぼんやりと見上げる――思考はいまだ混濁して、ただ眼の前にいる友人に、なんて顔してるんだ、という感想だけが浮かんできた。
それが、僕が帰還してからの、最初の記憶だ。
§
まとわりつくような熱気が開いた窓から通じて流れ込み、ときおり吹き抜ける風が僅かに爽やかで、照りつける日差しと割れんばかりに鳴り響く蝉の声は夏の訪れを知らせている。教室は相変わらず倦怠感に包まれていた――夏休みの直前だ。もう学生たちは、来るべき自由にむけて解き放たれるのを今か今かと待っている。僕はその中で、三十九度の体温を抱いて、ただ悶々としていた。
何の疑問を提示するべきかも分からない。
何の答えを探すべきなのかも、分からない。
病院で目を覚ました僕は、すぐさま検査の波にもみくちゃにされてしまった。僕が入院していた場所はいわゆる未帰還者が集められていて、僕はその中で、唯一人、帰還したのだ。
僕に会いに来た人は限定的だった――医者を除けば、なんだか偉そうな身分の人しか居ない。警察関係者もマスコミも、全てはシャットアウトされていた。それを疑問に思う余裕など無く、ただ問われた事に答え、最後に口外しないことを約束して、僕は日常に戻ってきた――高校二年生の、高瀬・喜一に。
病院まで迎えに来てくれた両親はその場で泣いてしまって、それにつられて宗次郎もまた泣いて、僕はどんな感情よりも先にみっともないからやめてくれ、と言ってしまった。それは悪いことをした、死んだも同然の一人息子が、奇跡的に生きて目の前に現れたのだから。
生きて、帰ってきた。
授業が終わるチャイムがなると同時に、クラスメイトが爆発的な歓声をあげる。
夏休みが、始まるのだ。
僕はその中で一人、胡乱な視線を虚空に飛ばしている。
§
「まだ本調子じゃないっぽいな、喜一」
「うん」
「だが、夏は待ってくれん」
「うん」
「聞いてないだろ」
「うん」
歌川・宗次郎は遠く入道雲を眺める高瀬・喜一に肩をすくめて、その仕草はどこかわざとらしい。なんにつけ仰々しいのが、喜一の幼馴染である宗次郎の最たる特徴だ。
蝉の声は降り注ぐ、熱波は水のように身体にまとわりつき、輝く太陽はその勢力を高らかに輝かせている。夏という火のイデアが写り込んだような、時。
僕は何で此処にいるんだろう、と喜一は独りごちた。哂うような仕草が宗次郎からやってきて、それが自分の身体を通り抜けていく。
「悩ましい事を言う。お前が此処に居るのに、理由が要るのか?」
「さあ……」
「やれやれ、腑抜けちゃってさ」
ため息をつくと宗次郎は隣の椅子に座り、喜一を見据えた。意思の強そうなきらきらとした瞳が強制力さえ伴って、その眼力に抗う余力が今の喜一にはない。
いつでもそうだった――幼馴染で、腐れ縁の、親友。宗次郎の行動に付き合うのはいつも喜一で、それは台風に巻き込まれた小舟のように、荒れ狂い振り回されて、そして見事な快晴を齎してきた。そういう関係。
ならば僕は、彼にまた引っ掻き回されただけなのかもしれない、と喜一はじっと宗次郎の顔を眺め、その思いつきがまんざら外れたものでもないような気になる。宗次郎はその事を得心しているような顔つきで、
「ディメンジョン・プレーンか。あれにお前を誘ったのは、俺だった。悪かったな」
「なんで謝るんだ」
「俺が誘わなければ、あんな事に巻き込まれなかった。お前に責任が無いとは、言わん。だが、原因の一つが俺である事は、事実だ」
「……キミが悪いだなんて、考えたこともなかったな」
「やっぱり考えていたのは、あのゲームの事か。何があった、喜一」
「夢を見た」
「夢か」
「現実だったかもしれない」
「夢も現実も区別する必要の無いものだ。俺達は現実と言う言葉に騙されているが、それらは元々一つの事象でしかない――何故って、現実も夢も、それを見て、感じるのは、俺達と言う一つの存在だからな。俺、というものがすべての基準であって、それ以外をどう捉えるかは、個人の問題だ。お前は、ディメンジョン・プレーンをどう見たいんだ」
返す言葉はとっさに出てこない。ディメンジョン・プレーン。ただのゲーム。しかしその意味は、もう僕の中で変質してしまっている。死なないために死ぬような戦いをする場所を、ただのゲームと言い捨てるには、そこで得たものが多すぎた。それだけのものを得られるのがディメンジョン・プレーンだったのだ。
僕は、ディメンジョン・プレーンに囚われた。
僕は、ディメンジョン・プレーンから開放された。
それは、他者の認識でしかない。
「……怖いんだ、宗次郎。あれは、僕が体験したことが夢でしかないと、そう自分が納得し始めているのが、怖い」
「わかった。帰るぞ、喜一」
宗次郎の行動は早い。立ち上がりながら言い放たれた言葉を喜一は正確に理解できず、困惑の表情で見上げて、それを見下ろし、宗次郎は告げた。
「『ディメンジョン・プレーン』に没入する。今年の夏は、これで決まりだ」
§
ディメンジョン・プレーンに再び没入する。言葉にすれば簡単だが、それは難しい問題だった。なんといっても、喜一は唯一の帰還者であるから、その行動は高いレベルで監視状態にある。それほどの注意を払われているのは、ディメンジョン・プレーンというゲームがただのゲームで無いことを一部の人間が知っているからで、実のところこの世界はかなり正確にディメンジョン・プレーン、引いては世界の真実を把握していた。次元の海において中枢基準次元世界と近しいこの世界は、発生した瞬間から近隣次元を観察する能力が備わっていた――が、それは喜一の現状に関係がない。問題は、ディメンジョン・プレーンへの再没入を禁止されている事だった。唯一の帰還者を失うことはこの世界にとって手痛い損失になるからであるが、それを潜りぬけ、ディメンジョン・プレーンに辿り着かねばならない。次元の海に漂白する泡のような世界から、広い海へ漕ぎ出す手段がMMORPG『ディメンジョンプレーン』唯一つ、というのはかつての経験から喜一は十分に把握していたので、ではそうするためにはどうするべきか、と言うのを考える。
「まっとうな手段では無理だろうな」宗次郎はうなずき、
「まっとうじゃない手段でも駄目だろうね」喜一は同意する。
喜一の監視レベルは最上級だと考えるべきだった。高校生の考えた手でどうにかなると思うのは楽観的すぎて、二人ともその事は理解している。
いきなり手詰まりになった。
「そもそも、お前がディメンジョン・プレーンに没入しよう、と決めた事がすでに知られている可能性もある」
「可能性じゃなくて、確定だろうね」
「じゃあ、のんきに作戦会議なんかしていいのか?」
「どうやっても情報は筒抜けだと考えたほうがいい。なら、どこで話しても同じだ」
強い西日が二人を照らす帰り道で、影法師を伸ばしながら、喜一は言い放った。なるほどな、と宗次郎は仰々しく頷き、次いで両手をあげる。お手上げ、のポーズ。
「無理だろ」
「キミが言い出したくせに」
「言い出さなかったら、いつまでも教室で座り込んでただろうが。俺は友だちとして、気を使ってだな、けしかけてやったんだ」
「そっちのほうが、面白そうだったから?」
「ま、そういう言い方もあるな」
飄々と宗次郎は同意して、その悪びれない態度が心地よい。ENEもこんな感じだった、と喜一は思い、それが強い郷愁を誘う。ディメンジョン・プレーンの中で一年間を共に過ごした相棒は、今、右手にない。その頼りなさを宗次郎がうまく埋めてくれているようで、それはENEと宗次郎が喜一にとって無くてはならない存在なのだと思いしらさせた。
味方がいる。『ヨロヒト』は、それだけで無敵になれた。だが、ただの高瀬・喜一に出来るだろうか?
足を止めそうになる心を無理やり動かすのは、隣に居る宗次郎だ。だが、それだけではない、と喜一は気づいた。ENEや宗次郎は、喜一の背中を押し、引きずり上げ、無理やり動かそうとする。自らの力を最大限発揮するのに、喜一を用いている。それが喜一を動かす原動力になっているのだが、そうではない、喜一自身が押さねばならないと感じ、そのように動こうという意思が、陽炎のように揺らめいている。
玖村・詠美。
『ヨロヒト』が得た、仲間。
彼女の側に行かなくてはならない。
それはこれまでの喜一に無い感情だった。仲間と肩を並べ、共に在るべき姿は、互いを尊重した状態を普通は望む。だが玖村・詠美に感じるものは、そうではない、上から見下ろすような、上位者からの視点だった。彼女を守らなければならない。
それは『ヨロヒト』が玖村・詠美のモンスターとして使役されていたからだろうか、と喜一は思い、そうではないだろう、この気持ちは、僕が得たものだ、と決めた。そのような傲慢さを素直に認められる程、玖村・詠美は喜一にとって守るべき対象なのだ。
待っていろ、と思う。
必ず、僕はキミのところにたどり着く。
そのために、ENE、宗次郎、僕を支援してくれ。
「何としてでも、ディメンジョン・プレーンに没入してやる」
「……調子が戻ってきたな、喜一。それでこそ、俺の相棒だ」
宗次郎が、哂う。
その笑みはどこか嘲笑的であり、そして、悲しそうだった。
なんで、そんな顔をする?
「祈念者とは本来、ディメンジョン・プレーンと全ての次元――アンタレシア複合多重世界、と俺は呼んでいるが――に、あってはならないものだ。彼方よりの王アルバが来訪したのは、偶然じゃない。お前たち、祈念者が呼んだから、というのが、実際の所正しい」
黄昏の明々とした咆哮が宗次郎の横顔を赤に染めて、影法師を長く長く伸ばしている。染み渡るような不徳どっしりとした声が喜一の耳朶を宥めるように通り過ぎ、その意図を間違いなく理解させた。
「……宗次郎?」
「そうだ、歌川・宗次郎。お前の幼馴染で、腐れ縁で、親友。ずっとお前と共にあり、ずっとお前と共にある。そういう存在をどう呼ぶのか、知っているか」
「何を……」
「『影』だ」
息を呑む。
「お前は逃げた。逃げ続けた。その祈りに、我らは応えた』
影法師が伸びる。その中から現れたのは、沢山の影だった。
少年があり、獣があり、王があり、石があり、様々な姿の影が一様に立ち上がり、喜一を見つめる。
『我は影。お前の祈りに応えよう。
我は影。お前の逃亡と共にあろう。
我は影。お前は、我から永劫に逃げるがいい。
我は影。お前は、灰の逃亡者。むっつの色彩を得るがゆえに、影になることはなく、なにものにもなれはせぬ。
我は、影の竜。とこしえにそばだつものなれば』
§
彼方よりの王アルバは、『彼方軍』の半数を呼び戻し、次元世界の門、もっとも高きアンタレシアの門へとその戦力を集結さた。同じく上方次元世界の神々達も戦力をそこに集結させ、しかし互いに争うことはなく、門へ布陣する。
そして『彼方軍』と上方次元世界の戦力は影に飲まれた。アンタレシアの門より現れた影は、あまねく全てを影に沈め、そしてこの次元世界をさまよい始める。
それは、影の帰還であった。
§
システム・ブート。クリア。
バイタル・チェック。グリーン。
アカウント・セット。クリア。
パスワード・セット。クリア。
七つの竜は影を喰い
七つの国は影を覆い
七つの剣は影を斬り
七つの王は影を討ち
七つの石は影を封じ
七つの罪は影を罰す
失われた七つの目は影を宿し
いまだ影は消えず
そばにあり
故に我らは此処に居る