3nd:Faith
「装備カード『天雷剣イカヅチ』を聖爆騎士ライトリアに装備! さらに、手札が無く、相手の墓地にモンスターが三枚以上あるとき、自分の墓地からカーミラミアを特殊召喚!」
氷河にうず高く積まれた巡礼騎士団の死骸が紫の陽炎に取り込まれ、大蛇の下半身を持った妖艶な吸血鬼を出現させる。さらに敵軍の真正面に仁王立つライトリアへ、ENEが発生させた雷撃が逆落ちる――それは氷河を砕きながら一振りの大剣と鋳ち変わり、ライトリアの手に収まった。
「聖爆騎士ライトリア、アーチャーエンジェルでアタック! アーチャーエンジェルの効果発動! 味方の攻撃力を上昇、そしてライトリアのセット時効果発動! 天使族モンスターが自分フィールドに存在するとき、自分の攻撃力の半分以下の相手モンスターを破壊! ヘヴンズフォールスラッシュ!」
弓を構えたアーチャーエンジェルが天に向かって矢を放つと、中空に巨剣が召喚される。それを導くようにライトリアが天雷剣イカヅチを振り下ろし、密集突撃隊形を組んでいた巡礼騎士団本隊、その中央に、巨剣がぶち込まれる。カーミラミアの効果によって攻撃力、防御力を減少させた本隊は半数が壊滅。その死体をカーミラミアが自らの力として、追加アタック。吸収した相手の戦力を攻撃方法とする、擬似的な複数対象攻撃。さらに半数を撃破。
玖村・詠美の戦場は、八ターン目を迎えて終盤に差し掛かっていた。
相手は、強い。巡礼騎士団は大軍で、さらに指揮官たる極神帝ブルムルの能力が騎士団の地力を底上げている。フィールド魔法によって制限されるべき相手の行動は、ブルムルによって最低限にまで抑えこまれていた。それを玖村・詠美のモンスター達が一騎当千の活躍で押し返しているのだが、ここに来て、ドローパワー、手札が尽きた。その代わりに天雷剣と、手札が無い時に墓地から特殊召喚できるカーミラミアをフィールドに出せたので、このターンはこれで持ちこたえるしかない。幸い、カーミラミアの戦闘力は、特定状況下に於いてなら上位召喚モンスターにも匹敵する。特定状況下、すなわち、
「……っ!」
うぐ、と詠美が吐き気をこらえるように口元を抑える――カーミラミアの吸収した、敵の念。それが詠美の埋め込みされた副脳に影響を与えている。紫に属するカーミラミアは、自らの傷を代償に強力な戦闘力を発揮する。つまり、カーミラミアが攻撃するたびに、詠美にライフダメージが与えられるということだ。
『エイミ、無茶よ!』
「無茶でも無理でも、これで道は開いたって! 次のターンで、ブルムルを沈める!」
それはつまりこのターンを凌がねばならないという事だが、『アマルガム』は言わなかった。今は、鼓舞する時だ。最強の六色デッキ使い、玖村・詠美の戦術は鋭く勝利のきざはしを察知していた。ただでさえ面倒なデッキを愛用しているのだから、それでワールド・グランプリ決勝まで勝ち進んだ彼女は、戦術眼だけならは世界的に見ても頂点を極めている。
だが、対するのは次元破壊級ユニットだ。
巡礼騎士団、壊滅した中央舞台を放棄。展開していた左右翼が雪塵を撒いて疾走、後詰と共に連携しながら、玖村・詠美のモンスター達を包囲。軍旗を掲げて時計回りに回転巡礼戦を開始した。その中央に歩みでて、巨大な杖を掲げるのは身の丈三条はあろうかとう巨躯の老将。
白き帝国を統べる、星界よりの帝王。氷の神星。極神帝ブルムル。
輝くまなこを豁然と開き、不断の巡礼を続ける配下を従えて、白の極神がとうとう最前線に現れた。
『エイミ!』
「やっとお出ましか! こりゃライトリア死んだかな……」
『ボヤいてないで、来るわよ!』
巡礼騎士団の進軍速度が跳ね上がり、禁欲的に帝王を賛美、強化、祝福。疾走と化した巡礼の環が、高らかにブルムルを称え上げる。
『まずいわ、騎士団がフィールド魔法化して、ブルムルに戦闘能力が集中してる!』
「それだけじゃないわねこれ、ライトリアとカーミラミアが……」
フィールド魔法『回転巡礼戦』の効果発動。フィールドに極神帝が存在するとき、戦闘力の大幅増加、相手モンスターの弱体化を行う。発動条件は厳しいが、嵌ればほぼゲームエンドだ。ブルムル・ビートは、そういうデッキスタイルである。
ブルムルが、厳しい表情を仁王じみて変化させる。巨躯の内側から爆発するような光輝を放ち、その威圧、地上に降りた輝く一等星の威光こそ万物が平伏す極神の力なれば、ライトリアとカーミラミアの纏う上位モンスターのオーラが忽ちのうちにはぎ取られ、天雷の剣が虚しく氷河に突き刺さる、そのような事前行為を以ってブルムルはアタックを敢行した。複数攻撃能力。天へ突き上げられた杖が二つのモンスターへ極光を導き、星界的爆破。
「トラップ魔法、発動!」
だがその瞬間、伏せていた玖村・詠美の『天使たちの昇天』が発動。一時的に退避していたアーチャーエンジェルが己の身体を矢と化して、ブルムルに特攻、神話的音速度超過による光臨衝撃波を極寒の大気にぶち込みながら、攻撃を阻止した。
「天使族モンスターを代償に、攻撃を一度だけ無力化! ……惜しかったわね。そのまま巡礼騎士団でパンチしてきたら、それで終わってたのに」
玖村・詠美は嘲りでも賞賛でもない事実を告げて、アーチャーエンジェルの残滓である光輝の中、デッキに手を添える。
終わりの宣告は、氷と同じく無慈悲に。
「ファイナルターン! ドロー!」
ENEは――とは言っても、ENEという意識体が確固として存在しているかどうかは、我々の認識できる次元では把握できない――蒼き霧の竜が、自分の超重処理演算攻撃をヨロヒト基準時間にして三秒後に打ち破ると予測した。これは確定された事象である。ENEの超常的な未来予測能力は、その性質において未来を確定させる。そのような概念自体が、そもそもENEの存在していた次元では陳腐化された概念でしか無い。過去と現在と未来は確固とした一本の道筋の上に存在している、等という低俗な次元にENEは存在しない。そのような言い方をするならば、ヨロヒトにとってENEの認識している世界はすべて過去ともいえる。決定された事象、覆すことのできない出来事は、すなわち過去と呼ばれるからだ。だからENEの未来予知能力は、予知でもなんでもない。既存次元参照能力とでも呼ぶべき能力であり、それを用いて、ENEは次元運営ゲーム「ディメンジョン・プレーン」に参加していた。ENEにとって、蒼い霧の竜が拘束を解き、自由になるのは、過去と言える。すでに決定された事象であるがしかし、その先が不確定だ。
ヨロヒトという存在が、ENEの絶対的な能力でさえ届かないパワーで、次元をかき混ぜている。
面白い、とENE、ENEであるとヨロヒトたちの認識するプレイヤーは、思う。
これから、どうなる?
これから、何が起きる?
これから、この、”我”を携える要素、『ヨロヒト』は、
どのようにして、次元を確定させて行く?
「――ENE!」
”我”を呼ぶ声がする。
”我”の力を望む祈りが。
『バインドが解けた』
「ゲヘニトニスは倒した! 僕らで竜を抑えるぞ!」
アマルガムのほうはまだターンを続けている。次の瞬間にも、蒼き霧の竜は戦場に介入して、最強の力を存分にふるうだろう。
そうさせるものかと、すでに動き出しているその存在。
『不可能――』
「そんなことはない!」
『――対抗手段を開始する』
祈りに、プレイヤーは応える。
ENE、次元参照能力起動。次元介入行為開始。『ヨロヒト』へ情報変換装置を通して表示されるのは、まず無数の数式による羅列の濁流だ。レギオン因子がENEに反応して、『ヨロヒト』の周囲を荒れ狂う潮流が、禊ぐように通り抜ける。
「これは、ENE!」
『竜は無敵だ。こちらが無敵になった程度では、引き分けにしかならない。無敵を超えろ。因果を覆せ。お前がそれをやるのならば、私は全力でサポートする』
「……わかった!」
ヨロヒト、アクティブスキル・クリアマインド、ライトスピード、ミラージュマインを起動、起動、起動。超高圧知覚状態に移行したヨロヒトの視界情報は、もはや深海の暗闇にも比するほどの圧力と情報量で埋め尽くされ、その先端、ENEのサポートによって知覚可能な極点にむけてヨロヒトは自らを加速させた。銀雪が瀑布のようにその煌きを破裂させて、空間衝撃さえ伴い渦巻く気流の粉吹雪を跡に、ヨロヒトは加速跳躍。砦を飛び越え、手札を構える玖村・詠美を下に、濃霧を伴って悠然と眼下を睥睨する強大な蒼き霧の竜へ斬りかかった。
「硬い!」
『アマルガムへの介入行動を阻止した。こちらに攻撃目標が向いたぞ』
「上等だ!」
捕縛から開放された竜は口蓋を開くと、高らかに咆哮した。ヨロヒトの次元において竜が行う、全距離全方位威圧攻撃。爆裂という言葉が色褪せるほどの衝撃が地形を変えながら結果を齎し、それを最近距離で受けたヨロヒトとENEはしかしミラージュマインによる存在確率低下効果によって被害を押しとどめる。
眼下の戦場は、地獄の如き様相を呈していた。静止した氷の世界が打ち崩されて山が震え氷河が爆発し、谷である戦場へなだれ込んだのだ。ブルムルは巡礼騎士団がその身を犠牲に創り上げた天へのきざはしによりその身一つで宙へ逃げ、そして玖村・詠美といえば、
「うわああ、何、なに、砦が、浮いた!?」
彼女が立つ長越砦は、永続的な保存処理をされている。竜の咆哮はそれさえも上書きして破壊しかねないが、長越砦自体が周囲の地形効果によって防衛力を強化、さらに拠点所持されているため所持者権限による拠点改造を施されていた長越砦は、第三拠点スキルである拠点形態変化を起動、飛翔艇『長越』と変形して、玖村・詠美へ変わらぬ足場を提供した。
『いいから、ライトリア達を呼び戻して! ブルムルはまだ倒れてないわ!』
アマルガムは飛翔艇の更に上空で蟠る竜を見上げながら、叫ぶ。重々しくうねり踊る竜の周囲を、灰色の閃光が瞬いている。ヨロヒトの産み出す、斬撃の軌跡。彼らは闘いながら、こちらを護ってくれた。長越砦の現在管理者はヨロヒトであり、飛翔艇への変形承認は彼が行ったはずだ。竜を相手にしながらそんな事が出来るとは、とアマルガムは戦慄する。
「カーミラミアは……ダメか。ライトリアを逃してくれたみたい……ありがと」
光輝を纏った騎士が、雪崩と地割れが巻き起こす崩壊の戦場から、銀雪を突き抜けて上昇してきた。輝く天使の翼を羽ばたかせて。アーチャーエンジェルの破壊時効果、モンスター一体に、貫通能力を与える……
「終わりよ、極神帝」
見据える。
前を。
全ての配下を犠牲にして、輝く北の神が傲然とそのまなこを開いている。
泣いている。
おのれを支えた巡礼者たちの死に、涙している。
「それが、アンタと私の差よ。空っぽの極神帝。カードは私に応えてくれる。私はカードに応える。だから、全ては、この一瞬のために!」
光爆騎士ライトリアが、雷鳴の巨剣を構え、翼を撓めた。
「速攻魔法、稲妻三段返し! ――ダイレクトアタック時、ダメージを三倍にする! ブルムルごと斬り砕け、ライトリア! ブリリアントスラッシュ!」
引き絞られた矢が解き放たれるように。迅雷の閃光と化した翼の騎士は、極神帝、白き一等星を三度斬り砕いた。貫通効果発動、ブルムルの瞳に隠されていた彼方軍カードバトラー端末を破壊。
慟哭をあげながら、ブルムルが天へ還っていく。星界より降り立ちし極神帝はいま再び天へ封じられた――が、
「何!?」
『蒼き霧の竜が……』
天へ帰る光が、竜の霧に阻まれ拡散し、その周囲を巡り廻る。蒼き霧の竜に、大いなる星が惑乱されている。
「玖村さん!」
「蒼き霧の竜のモンスター効果ね!? このモンスターは破壊されず、ライフダメージを受けない!」
蒼き霧の竜、ひいては六つの色に象徴される竜は、フィールド、魔法、罠、モンスター、全ての効果を受けず、破壊出来ない。その代わりに自分以外のすべての存在を許さないが、竜の圧倒的な力はそれを意に介さぬ性能がある。
「だけどそれは、竜が私たちに倒される唯一の可能性を、自ら開くことに他ならない!」
この時点まで竜はバトル・ルールに則り、敵味方双方に影響をあたえることが出来なかった。ENEのバインド、ヨロヒトの妨害は、すべてその処理に費やされていたのだ。逆に言うならば、今の段階においてようやく竜に本質的な影響を与えられる、すなわち、倒す事ができるのだ。
竜を足止めしていたヨロヒトが中空で身を翻し、玖村・詠美の側に降り立つ。右手にENEを携えて。天雷剣を携えたライトリアがまた玖村・詠美の側に立ち、そして飛翔艇『長越』が高度を上げて竜と舳先を相対させる。
竜とプレイヤーが相対する。
隔絶した力の最果て、ディメンジョン・プレーンを司る無敵に対して、こちらは三人。
ブルムルを、ゲヘニトリスを倒してさえ、絶望的な戦力差は覆らない。
ENEに聞かずとも、敗北は必至だろう。
だが、それでも、ヨロヒトは、ENEは、玖村・詠美は、それぞれの力を構えた。
『どうするの、エイミ、ヨロヒトくん』
「やるさ」
「やるわよ」
『でも、場に出た竜をどうやって除去するの!』
『完全に能力を展開した竜に対抗するすべはない。竜は対抗するものではない。従うものだ。理論的に不可能だ』
「知ったことじゃないわ。アイツは私の前に立っている。そして私は玖村・詠美よ。そうでしょう、ヨロヒト」
「そうだ。そうであることを諦めないなら、僕らに絶対はない」
『……摂理を覆すというの、二人共』
『それが、この状況を切り抜ける唯一の手段だ、アマルガム』
『ENE……ああ、もう、わかった。やぶれかぶれね』
「祈ってくれ」
ヨロヒトは、告げる。祈りの言葉を。
『「祈るわ」』
玖村・詠美とアマルガムは、告げる。祈りの言葉を。
『祈るがいい』
ENEは、告げる。祈りの言葉を。
祈りに、プレイヤーは応える。
応えるために、三つのプレイヤーは動き出した。
ヨロヒト基準時間にして一五分後、『蒼き霧の竜』は対象の殲滅を確認。
ディメンジョン・クローズの咆哮を放った。