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1st:Ideal






 彼方よりの王アルバが齎したワールド・ディストラクションの影響は、すべての次元に波及していった――時間という魔犬でさえも凌駕するほどの勢いは、かのヴァルイールの矢にも匹敵するだろう――ので、その因果はすぐさま結ばれる。

 重複次元世界の海であるディメンジョン・プレーンは崩壊した。

 空白はあらゆる次元から要素を奪い取り、再び海としての姿を取り戻した。

 奪い取られた要素――レギオン因子が反応した次元選定者たち――は、だから、その海に今でも揺蕩っている。

 今日はそんな彼らの話をしよう、逃避のために逃避する者、逃亡者の話を。





 §



 影の竜と灰の逃亡者

 1st:Ideal



 §





 夢でも現でも無い。

 僕の存在する地平は、そういう事を嫌というほど教えてくれた。

『ヨロヒト、三秒後に致死攻撃が到達する。回避せよ』

「……遅いよ、ENE!」

 見渡す限りの雪原、身を切る寒風、そして地平線の彼方を埋め尽くす敵の包囲。

 僕は、僕の周囲に展開する仮想インターフェイスを思念操作。レギオン因子を媒介とし、意思の速度で選択されるコマンドが僕の肉体を操作して、回避運動を開始。通常戦闘モード限定のパッシブスキルと、事前に発動していたアクティブスキルのサポートを得てブーストされたキャラクター能力は、飛来するデス・スペルの矢を超高速で切り払う。

 右手に構え直された直剣――正式名称ENE0033D、の、仮想筐体――から、ほとんどダイレクトに提示される攻撃予測は、これから一時間に渡る飽和殲滅攻撃の予想をマイクロ秒単位で算出している。対抗手段の取捨選択と発動は僕に一任されているので、僕は防御運動を半ば無意識のうちに入力しながら、アクティブスキルの発動タイミングを待った。

『ヨロヒト』の性能は、非常にスタンダードだと僕自身が知っている。器用貧乏の極北といっても過言ではない。このような大規模攻撃に晒されて無事で居られるかどうかなんて、考えるまでも無く否だ。

 絶対に生き残れない。

 だけど、僕の右手には『ENE』が居る。

 パーティ・プレイである限り、僕、『ヨロヒト』に絶対は無い。

「ENE、あわせろ!」

『カウントを開始する。3、2、1、今』

 僕はENEの協力な演算能力を補助として高速起動した対軍戦闘用アクティブスキル、コトダマカウンターをレベル125で発動。レギオン因子を媒介として意思が起動し、僕の周囲に反転の結界が生み出される。効果は即座よりも早く発揮して、波濤のように襲い掛かるデス・スペル、ブルー・マジック、正統魔術、第六世代戦術兵器群の攻撃が、悉くその軌道を反転させ、射手の元へと還っていく。

 そして生まれるのは、周囲三百六十度を埋め尽くす、爆発のパノラマだ。

 半径2km四方に存在する敵対存在は己の攻撃に逆襲され、僕の意思を乗せたレギオン因子に打ち負かされて、次元の海からはじき出されていく。

『敵生体七割を殲滅。撃退完了』

「僕らを倒したいなら、この十倍は持って来て貰わないと」

『調子に乗るな、ヨロヒト』

「うん」



 §



 ENEの力を借りた僕のステルス・スキルを破って奇襲攻撃を仕掛けてくるとは、まだまだスキルレベルが足りない。

 そう判断した僕とENEは、こういう時を想定して打ち合わせておいたとおり、新たな対策手段の獲得に乗り出した。

「やっぱり、仲間が欲しいよ」

 連続転移とその数百倍に比する誤転移情報、ダミー用にばら撒いておいた分身体ミラージュ・マイン、その他もろもろのかく乱手段を念入りに放ってから、僕は王都サルグユファイスにあるミドルクラスの酒場で一息つくことにした。

祈念者プレイヤー探索プローブからの報告はまだ無い』

次元選定者ワールドオーダーは多少把握しているんだ。誰がプレイヤーなのか、もうアタリはつけてるんだろう?」

『確実ではない。今日の襲撃で、我々との係わり合いを断ち切りたい者も居る』

「だからって、このまま彼方軍に排除されていく人たちを見過ごせって言うのか」

『私は現在お前の装備品なので、私の責任ではない』

「屁理屈屋め」

『私が独自に作成したお前の語彙集から引用して言い返すならば、偽善者め、だ』

「うん」

 そんな事は言われなくても分かっている――僕は生々しい感触のファンタジックな食事をしながら、もう合うことのできない何人かを脳裏に思い描く。

 この世界に堕ちて来て、一年。あの時に反転した僕の世界は、もはや夢でも現実でも無い。

 ENEに出会わなければ、もっと早く彼方軍の攻撃で抹消されていたのだろう。それが今まで生きながらえているのは、一重に運がよかったからに他ならない。




 僕の世界――VRMMORPG『ディメンジョン・プレーン』から堕ちてきたキャラクター達は、僕を除いて全滅してしまったのだから。


 始まりは唐突で、前触れもなかった。僕はいつものように『ディメンジョン・プレーン』へ没入ジャック・インして、クリアしていなかったクエストを知り合いと一緒に進行していたのだ。僕の冗談に彼らが肩を竦めて何か言い返そう、というその瞬間、僕の世界は反転した。

 『ディメンジョン・プレーン』へ。

 次元の狭間にまどろむ海。

 僕の現実は飲み込まれて、僕の夢は泡と消えた。

 都市伝説で実しやかに囁かれる、『ディメンジョン・プレーン』プレイヤーの意識不明者に自分がなってしまったと直感的に気づいたのは、その後の混乱を抑制するのにちょうど良かった。驚き、嘆き、悲しんだところで、どうにもならないのだ。僕はゲームの世界に放り込まれた。ただ、それだけ。それだけの事が、人をこんなにも狂わせる。

 そうだ、狂うのだ。この世界は僕の良く知る『ディメンジョン・プレーン』であって『ディメンジョン・プレーン』ではない。いや、僕の住んでいた世界は、ちょっと目を凝らせばゲームの世界よりももっと頭がおかしくて、僕はそれに気づいていないだけだった。

 気づいたのは、殺されそうになってからだ。

 彼方軍。僕のようなワールドオーダーを抹消しようとこの世界に現れる、死神たちの群れ。

 僕と同じようにゲームの世界に放り込まれた人々は、奴らの手で殺されている。今も、だ。




「……何か出来たはずなんだ、ENE」

『無意味な仮定だ、ヨロヒト。この世界はゲームであるが故に、一律の時間軸しか存在しない。私にとっては異質な時間軸だ。お前にとってはなじみの深い時間軸なのだから、無意味であるということはお前が一番理解しているだろう』

「だから、あきらめろ、と言うのか」

『この事を告げるのはこれで二十三回目だが、私にお前の言う、諦める、という概念は存在しない。私は、次元運営ゲームのアカウントだ。何もかもは予定され、行為され、記録される。私の行動それ自体に意味は無い。私の認識する宇宙観に、意味は無い。意味を見出すのは、お前たちだ。私はそれが面白いから、ゲームに参加したのだ』

「何が言いたいんだ」

『お前が決めろ、ヨロヒト。お前の選択と、行為と、後悔を、私は楽しみとしている。だから私はお前の装備品を行為しているのだ』

 それだけ言って、剣の姿をしたENE――次元経営シミュレーションゲーム『ディメンジョン・プレーン』のプレイヤー・アカウントであるENE0033D――は沈黙した。言いたいことだけ言って、満足したのだろう。

 僕は腹を括る。この一年で、情報は集まった。力も把握した。僕が動く意味は分からないし、僕自身が何を目的にするのかもまだ分からないけど、理由は得たのだ。偽善者。なるほど、良いだろう、そんな事はまだのほほんとゲームをしている時から囁かれていたのだ。

 僕はスプーンを皿に放る。すっかり空になった木材の食器は乾いた音を立てて、周囲の騒音に消えていく。そんな風に過ごして来たが、いい加減それにも飽きた。

 もっと大きな騒音になってやる。

『ヨロヒト、彼方軍だ』

「!?」

 突然、ENEから敵襲の警告――僕が常時展開しているスキルには反応していない――いや、今、反応があった。酒場の外だ。彼方軍の、これは街中戦闘部隊だろう。

「僕らを見つけたのか? 早すぎる」

『違う、別のワールドオーダーだ』

 そこでENEは言葉を切った。僕にはそれが不自然に感じられて、腰元に吊られている剣を怪訝な顔で覗き込んでしまう。

「どうしたんだ」

『……お前は本当に面白い、ヨロヒト。全く、飽きないな。探索プローブが反応した。彼方軍の追っているワールドオーダーは、プレイヤーだ』

 その言葉を聴くや否や、僕は椅子を蹴立てて酒場から飛び出した。



 §



「……何処よ、此処」

 玖村・詠美は呆然と周囲を見回して、慌てふためいて我先に逃げ出していく人々の喧騒をどこか遠く聴いている。

 自分は、確かに世界大会決勝の舞台に居たはずなのだ――世界的ARカードゲーム『ディメンジョン・プレーン』の、四年に一度開催されるワールド・グランプリ。アジア地方のハイランカーである自分は、シード権を得てグランプリに出場し、二ヶ月間を戦い抜き――そして、ディメンジョン・プレーンの発売元が本社を据える帝都東京のアクアマリン・アリーナでゲーム開始を高らかに宣言した――ではこれは、決勝戦の特設ARなのだろうか?

「『アマルガム』、こんなの聴いてた?」

 詠美はインタラプトした副脳の大半を占めるカード・ユニットから、自分の相棒であるモンスターをコール。拡張された五感は、自分の隣に忽然と現れた奇妙な装束の魔女を感知する。

『エイミ、気をつけて。これは、ARソリッドじゃないわ!』

「は? じゃあ何よ、アリーナが変形したの? マジですごくない?」

『そうじゃない! 何か変よ、何が変なのか分からないけど、とにかく変!』

 詠美の相棒、ペルソナ・モンスター、カードプレイング支援仮想人格、様々な呼び方をされるアマルガムは、宙に浮いた半透明の体を油断なく主人の傍に滞空させて、メカニカルな杖を構えている。そんなこと言われたって、と詠美は思う、どうしろっていうのよ。

 困惑している詠美は、新しい変化に気づいた。人気の無くなったファンタジックな町並み――詠美の立っている通りの向こうから、武装した一団が駆けて来る。ある者は騎乗し、ある者は武装し、ある者は搭乗していた。ある種の法則性に従って構築された、部隊ともいえる一団は、明確な敵意を持って詠美に迫っている。

『エイミ!』

 敵意は、すぐさま行為に変換される。一団の後方に控えた魔術師様の一隊が、炎の砲弾、水の槍、鉱石の礫、風の刃を放ってきた。

 アマルガムが悲鳴のような警告をあげても、遅い。着弾。エネルギーの飽和が引き起こす爆発が詠美の立っていた場所を埋め尽くして、轟音で押しつぶす。

 だが。

「――ディメンジョン・オープン!」

 それは、戦闘開始の掛け声だ。

「ファースト・ターン、先行はダメージを与えられない。――そんな事も知らずに、この私にバトルを挑んでくるなんて」

 轟々と唸る爆発の余韻を切り裂いて、

「いい度胸ね! 私を"六環公女ハイランダー・ガール"久村・詠美と知ってなら、敬意を表して蹂躙してあげるわ!」

 ランカー・カードバトラー、六つの環を従える少女は、カードの理に則って、とりあえず戦いを開始した。


「私の、ターン!」



§



『戦闘が始まった』

「彼方軍の追加は?」

『15分後に到着する』

「僕らのほうが遅いな」

 王都サルグユファイスは規定外に広い。巨大な王城を中心として、六つの区域に分かれ、それぞれを強大なハイロード達が統率しているのだ。現在、ヨロヒトの位置は赤のハイロードの領域、第五層。目的のプレイヤーは、王城をはさんで殆ど反対側だ。大きく迂回して行かねばならない――それだけではない。

『彼方軍が此方を補足した。接敵まで25秒』

 街中、それも王都でヨロヒトのキャラクター能力をアクティブにすれば、そうなるのは必然だ。だが、もはやヨロヒトは省みない。

「彼方軍も、王都を爆撃なんて出来ないだろう。王都を守護するハイロード達が黙っていない。つまり」

『近接戦闘手段で排除しにくるだろうと予測出来る。優先度を決めよ』

「構ってられるか! 目標に到達するほうを優先だ!」

『了解した。戦闘状態に移行する』

 首都の町並みを跳ねるように移動していたヨロヒトの周囲で、仮想コマンドがレギオン因子を媒介として展開。一連の戦闘用スキルがパッシブ・アクティブ双方起動、更に速度増加を生み出すスキルを起動、起動、起動。下位の竜種に匹敵する速度を一時的にブーストしたヨロヒトが、ENEを片手に、屋根から屋根へと風を置き去りにして駆ける。

「振り切るぞ。攻撃予想と、最低限の対抗防御!」

『敵生体、キャプチャーネットを展開。こちらの足を止めるつもりだ』

「押し通る!」

 それは防御手段ではない、という冷静なENEの言葉を無視して、僕はアクティブスキル・グランドチャージ、レイディアンドエッジ、ファイアウェポンを連続起動。視界にはENEからの敵情報がピックアップされて、前方に広がった彼方軍のキャプチャーネットをターゲティングしている。ミリ単位秒でその巨大な網に赤い推奨攻撃軌跡の線が重なり、僕は起動したスキルを線に沿って解放。ENEの支援を受けた僕の攻撃は深紅のオーラを纏った切断の衝撃波を生み出し射出、超高速移動状態の加速度ボーナスを得て激突、一瞬の撓みの後、キャプチャーネットを切断。その最中に飛び込めば、駆け抜ける僕の足を止められない。

『ネットは囮だ』

「分かってる!」

 彼方軍の攻撃は、苛烈で、陰湿で、それでいてなお緻密だ。全てが本命で、全てが囮。罠に嵌れば、抜け出せる確率はゼロに等しい。罠を食い破って行かなければ、彼方軍を振り切ることは出来ない。

 出来ないのだが、これはまずいぞ、と僕は意識領域でENEと二手三手先を高速で検討する。目標のプレイヤーにたどり着くまでは何とかなるが、そこで詰みだ。奥の手は僕、『ヨロヒト』にも『ENE』にもあるけれど、それが状況を覆す要素になりえない。

 だけど、

「……諦めたくない!」

 選択したのは僕だ。その選択を無意味にしないために、僕はいま行為している。

 ENEのはじき出す未来は絶望的だけど、それが何だ。そんなもの、今まで何度も切り抜けてきた。

 僕は、『ヨロヒト』だ。僕、ならば無理かもしれない。でも、『ヨロヒト』ならば、それは絶対じゃない。

 何故なら、僕の手にはENEという仲間が居て、僕の向かう先には、仲間になるかもしれない存在が居るのだ。

 仲間が――パーティ・プレイである限り。

 僕は、『ヨロヒト』は、絶対に諦めない。



 §



 「私は、フレイム・ダンサーを召還! さらに、手札が三枚以下のとき、手札から、ドリアッドールを特殊召還!」

 左手に掴んだ四枚のカード。そのうち二枚を中空に投げれば、カードは解け二体のモンスターへと変貌する。ARカードゲーム『ディメンジョン・プレーン』は、まさにモンスターを召還して戦う。

 その慣れ親しんだ光景に、玖村・詠美は違和感を覚える。それは、

「……ほんとに、実体化してる……!」

 二本の曲刀を携える赤髪の女性型モンスターは躍動的に中空をくるくると舞い、地面を割って伸びた大樹の洞からは翠髪の女性型モンスターが梢の鞭を撓らせる。その迫力は、ARソリッドの比ではない。

「すごい! これ、ドラゴンとか巨人とかメカだったらどうなるんだろ!?」

『バトルに集中して、エイミ!』

「分かってるってば、アマルガム! ああでも、サイドボードにドラゴン入れてくるべきだったわ……!」

『シナジーないでしょ! 唯でさえピーキーなデッキなんだから!』

「アマルガムのせいでしょそれは! ――さあて、フレイム・ダンサー! 騎乗兵にアタック!」

 宣言は鋭い腕の動きと共に。踊り子風のモンスターが軽業師のように中空を舞い、前面で盾を構えていた歩兵を飛び越え、中衛の騎乗兵へ踊りかかる。二刀が振るわれるたびに焔の残滓が血飛沫を燃やし、

「更に、手札から瞬間魔法を発動! ストーム・ラッシュ! ……えーと、対象はどれでも良いかな」

『後詰めの魔術師は危険だわ。出会いがしらの攻撃は強力だったし』

「あーそういやそんなんあったわね。――バトルで相手を破壊した時、さらに追加でバトルできる! フレイム・ダンサー、魔術師を攻撃よ!」

 再び炎の演舞が血飛沫を巻き上げ、そこで詠美は手札を場に二枚伏せてターンエンドを宣言。

『彼我の場はこれで此方が有利。……だけど、相手の戦力が分からないのは変わらずね』

「どうも嫌な予感がする。手応えがない。私にバトルを挑んできたくせに」

『エイミが強すぎるんじゃないの?』

「絶対に違う。何かを待ってる」

 何かを待っている……それは、口にすると確実な気がしてきた。場に伏せた二枚のカードに目を走らせて、詠美は自分の中の不安を隠すように、

「さあ、あんた達のターンよ!」

 動きは即座だった。前衛で盾を構えていた歩兵が、突撃してきたのだ。

 速い。

 防御担当だと思っていた詠美には、予想していない速さだった。

「……瞬間魔法?!」

『エイミ、魔術師がまだ生きてる! 破壊耐性持ち、更に自軍強化の特殊能力だわ!』

「最初の攻撃は誘いね!? 味な真似を、……伏せカード、オープン! 罠魔法、ソーンバインド!」

 待機していたドリアッドールの梢が撓り、

「相手の攻撃を無効化し、更に此方のモンスター一体を回復させる、フレイム・ダンサーが回復……!」

 歩兵の動きが梢の鞭で絡めとられ、止まり、しかし魔術師の攻撃が追加で来る。四つの魔法。複数対象攻撃。フレイム・ダンサーで防御しても、破壊される。だから、

「ドリズッドールの特殊能力発動! 攻撃対象をひとつにし、更に防御時、基本値底上げ!」

 防御能力に優れたドリズッドールが四つの魔法を受け止める、が、炎の矢は相性が悪い。三発を凌いだドリズッドールが、炎の矢を受けて聞くに堪えない絶叫と共に燃え落ちる。

「……ドリズッドール……よくもやってくれたわね……!」

 断末魔の、悲鳴。あまりにもリアルな、拡張されていない、現実的なそれは詠美の心を脅えさせる――それを副脳のアマルガムが抑制、興奮剤を工場スロットで調合、処方。カードバトラーのバイタルメンテナンスの管理も常駐サポートモンスターであるアマルガムの仕事だ。それが無ければ、カードバトラーであると言う以外は唯の女子高生でしかない詠美が、耐えられない。

 彼女の指示は、相手の命を奪っている。

 その事実は、詠美に重過ぎる。

 重すぎるのは、この状況そのものだ。バトルと言う、詠美にとって日常の延長であるゲームにのめりこむことで、そのストレスを軽減している。バトルをしている間は、その事だけを考えればいい……では、バトルが終わったら? アマルガムはそれを恐れている。だが、方策が見つからない。所詮、アマルガムもバトルのサポートを主目的として詠美の副脳スロットに居るのだ。

「私の、ターン!」

 そんなアマルガムの不安をよそに、カードバトラーである詠美は高らかに己の手番を宣言する。

 このターンで終わらせる。ワールド・グランプリを勝ち抜いてきた強力なカードバトラーとしての戦術思考が、ドロー・カードを見た瞬間に決定した。

「私は場に存在するフレイム・ダンサーを代償に、聖爆騎士ライトリアを上位召還!」

 赤いモンスターが炎に包まれ、その煌く繭から、鮮烈な光輝を放つ女騎士が現れた。

 召還時効果、発動。

「ライトリアの召還に成功したとき、ライトリアの戦闘力以下のモンスターを除外する! ――魔術師と歩兵を除外!」

 魔術師が持つのは破壊耐性だ。除外には対抗できない。カードバトラーである詠美にレギオン因子が反応し、カード・ルールに則って、ライトリアの全身から放たれる光のオーロラが歩兵と魔術師を消し去っていく。

 そして全てが一掃されたその先に、浮遊する小さな球体が居た。エイミが相対する、敵、だ。

「聖爆騎士ライトリア、ヤツを切り砕け! ブリリアント・スラッシュ!」

 自らの主が指示に従って、ライトリアが剣を振りぬく。マントをたなびかせ、見事な光の一閃は過たず球体を破壊した。

「ディメンジョン・クロー……」

『エイミ! 後ろよ!』

 自らの勝利で以って戦闘終了を宣言しようとした詠美に、背後からいくつもの矢が迫る。デス・スペル。

「……え」

 敵は、一人ではない――嫌な予感は当たっていた。

 対抗しようにも、ライトリアはすでに攻撃を終えて疲労している。防御に回れない。手札、伏せカード――このタイミングでは意味がない。

 詠美の拡張された視界には、その攻撃が自分を敗北に追い込むものだとはっきり示されている。

 瞬時にはじき出される結論は、


「ひいっ……?!」





「アクティブスキル・カバーリング、スペルジャマー、ブレイクアロー!」




 訪れなかった。

 突然目の前に割り込んできた人影は、右手の剣を高速で振り回し、致死属性の矢を全て切り落とした。

 ゆらり、と剣に陽炎が浮かぶ。

 ちりちりと、人影から紫電が爆ぜる。

 超高速戦闘機動の残滓。

 それは、竜の吐息のように。

 詠美の目の前に、現れる。



 §



 間一髪だった、と僕は安堵のため息をつく。

『詰みだ。囲まれた』

 ENEの声はこんな時でも嫌になるほど冷静だ。もともと機械知性なのだから感情もなにもあったものではないけれど、今は、その冷静さが小憎たらしい。

 周囲――通りの左右に並ぶ屋根の上には、彼方軍の部隊が勢ぞろいしている。先ほどデス・スペルを放った一団は、展開していた自動反撃のパッシブスキルであるリグレットアッパーによって、戦闘不能状態に陥っているだろう、が、それでどうにかなる数でもない。

「素直に間接攻撃で来てくれれば、まだ目はあるんだけど」

『コトダマカウンターは対策されているだろう。あれは切り札だった』

「まだ手品には事欠かないよ。僕は『ヨロヒト』をそう育てたんだから」

『近接飽和攻撃に対抗手段は無い。想定されていないものに対抗手段は作成されない。彼方軍がこれから行うのは、そういう攻撃だ。対処不能』

「うん」

 お手上げ、と告げるENEは、正しい。僕にもそれぐらい分かっている。彼方軍は、僕らを抹消するためにあらゆる手段を講じてくる。僕が生き延びられたのは、単純に多芸だったからというのも無視できない要素だろう。

 そう、無視しえない要素。それは、今僕が庇った彼女が持っているかもしれない。

 彼女、だった。『ヨロヒト』と同じぐらいの年頃だろうか。僕は彼方軍をけん制する視線をはずして、彼女に向き合う。

「怪我はない?」

「……あ、う」

「詳しい説明をしている暇は無いんだ。聞いてたとおり、実は詰んでる。お手上げだ。このままだと、僕も、君も、あいつら彼方軍に殺される」

 ころされる、と彼女が鸚鵡返しに繰り返す。

 僕は、僕よりも少しだけ身長の低い彼女に視線を合わせて、そうして覗き込んだとび色の瞳が綺麗だと、場違いな感想を抱いた。

「だから、お願いがある。君の戦闘を見た」

 カードバトルであろう、と僕は昔の知識を思い出して、その知識がENEに流れ、ENEが高速で対策を計算。

 はじき出された結論に、僕は笑みを浮かべる。

「細かい理屈は良い。僕を、『ヨロヒト』を君の切りカードとして扱い、この場を切り抜けてくれ」

「……何、それ」

「レギオン因子は意思に従う。意思が、全てを決める。君がやれろうと思ったなら、やれるんだ」

 だから、


「一緒に戦って、――勝とう」


『来るぞ、ヨロヒト。右翼から降下兵200、後詰に弓兵150』

 僕は答えも聞かずに走り出す。効果の切れた補助スキルをかけなおし、さらに対物理、対魔術、対精神の三重防御エンチャント。レイディアントエッジを253レベルで起動。レイディアンドエッジ自体は初歩的な攻撃力増強スキルだが、200レベル級ともなれば馬鹿に出来ない。此処まで来るのに固有レギオン因子(リソース)をかなり消費した僕には、それが精一杯だ。

 飛び掛ってくる彼方軍へ、スキルも何も無い、通常攻撃を叩き込む。攻撃速度自体がブーストスキルで増加しているため、右手に握るENEの長剣型筐体は残像を残して高速で乱撃される。開いている左手からは力場属性魔術のアクティブスキル・フォースボルトが天に向かって放たれ、ENEが片手間にアレンジしたそれは追尾効果を得て背後の弓兵へ叩き込まれる。

『左翼と、後方の伏兵が動いた』

「……!」

 それは、どうにも出来ない。攻撃に反応して自動的に反撃を行うリグレットアッパーは、僕に攻撃が来なければ意味をなさない。僕の手数を支えているのはそういった自動防御系のスキルなので、それが分かっている彼方軍の狙いは、彼女だろう。

 戦ってくれ、と僕は祈る。

 祈りこそが、プレイヤーそのものだ。

 そして彼女は、プレイヤーなのだ。

 祈りに、応えないはずが無い。

「――伏せカード、オープン!」

 だから、その宣言は来た。

「変異多重霞斬! 攻撃中のモンスター一体に、複数攻撃能力を与える!」

 さらに、

「手札から瞬間魔法、シクス・ブレイク・リング! デッキ、手札、場、墓地に存在するモンスターを六体除外! このモンスターが、赤、緑、黄、白、青、紫であったとき、相手のモンスターは防御行動が出来なくなる!」

 それが意味するところは、

「この戦闘は、バトルロワイヤル! 全ての相手に対して効果発揮!」

 彼女の周囲に、六枚のカードが舞い踊る。それは六体の女性型モンスターに変わり、僕の元へ馳せ参じた。

 アクティブスキル、ラビットジャンプ起動。超・跳躍。滞空する僕は眼下に彼方軍を治めて、そしてその倒すべき敵をターゲティング。

 ここは、彼女のフィールドだ。全てを倒さなければ敗北する僕のフィールドではない。

 だから、その敵は居た。三体の、球状の物体。


「いけ、ヨロヒト! ダイレクトアタック!」


 彼女の指示が来た。

 だから、行く。



「アクティブスキル・アームズレンジ、メテオライト、ドラゴンヘッド」



 行った。



「スキル合成完了――複合コンプレックスアクティブスキル・アストラルザッパー、起動!」



 振りぬいたENEの刀身にしたがって、六体のモンスターが天隕石の斬撃と成り六閃。対象を破壊。


「……ディメンジョン・クローズ!」


 彼女の勝利宣言を以って、戦闘が終了する。





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