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いつもの朝いつもはいない父

冬の寒波が猛威を震う2011年の冬。

高校3年生の僕にはまるで15日に控えているセンター試験の波乱を予感しているようで怖い。

今日は1月7日。七草粥を食べる日だ、と普段は言っているところだが今年はこの日から学校が始まる。つまり始業式の日だ。

正月は勉強しか、しなかった。受験生だから当たり前かもしれないが、ここまでくると正直不安でしかたなくなってくる。

そう思いながらもいつものように自分の朝食を作る。

すると、一人しかいないと思っていた部屋に誰か入ってきた。

「拓矢、おはよう」

寒い冬の日の朝にふさわしい弱々しい声がした。

いつもは家にいない父さんがいた。

「あっ父さん帰ってたんだ。仕事忙しいんじゃないの」

知らなかった。父さん帰ってたんだ。

僕の驚きを全く感じず父さんはそっけなく答えた。

「忙しいっちゃ忙しいけど今日はたまたまな」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ朝飯食べる?」

久々に二人で朝を過ごせるとわかって嬉しいのか父さんに気を使ってしまっている。

「じゃあ、そうしてくれるか。なんか悪いな」

着ていたパジャマを脱ぎながら、申し訳なさそうに父が言った。

父さんが夜遅くに帰って来て、朝に眠そうに起きて来た時はいつも僕に決まって同じこと言ってくる。

「いつものことだし、もう慣れたよ」

「でも今年は大学受験だろ?心配だよ」

家で二人で会うたびに僕を気にかけてくれる。それは嬉しいことだけど、何度も言われる度にここに来てから僕はずっと一人でやってきたのに今更めんどくさいな、と思うようになっていた。

「大丈夫だよ、ちゃんと勉強してるから」

「なら、いいけどさ。俺も気にしてんだよ」

母さんが死んでから父さんはいつも僕を第一に考えて生活をしてくれている。直接お礼を言ったこともないしめんどくさいと思うこともあるけど、本当は心の中ですごく感謝している。

僕の名前は三津白拓矢(みつしろたくや)

母さんが病気で死んですぐに全国的にも有名な製薬会社『正田製薬』に勤めている父さんの転勤が決まって、小学3年生の夏にこの埼玉に引っ越してくることになった。あとで聞いた話だけど、父さんが会社に埼玉への転勤を自ら希望したらしい。埼玉に来てからはずっと父と二人暮らしだ。

ちなみに父さんの会社での詳しい役職名は

薬剤事業統括本部長、三津白博志(みつしろひろし)

僕にも偉いのか偉くないのかよく分からない。でも忙しいというのはわかる。

「ごはん、できたよ」

今日の朝食は味噌汁に白米、あとスーパーでまとめ買いした塩鮭だ。1週間の朝食のほとんどがこの組み合わせだ。

「お、うまそうだな」

ストーブの近くのいつもの定位置で着替えをし終えてきた父さんがいつもの席に座る。

「いつもと一緒だよ・・・あっそういえば最近正田製薬のCMよくやってるよね、なんか毎朝この人観てる気がするんだけど」

最近の父さんの会社や仕事の様子が気になってたから、僕はそんな質問をしてみた。

スーパーで一番安く売っている白味噌と赤味噌のミックス味噌を使ったいつものわかめ入りの味噌汁。

その味噌汁のお椀を片手に父さんは言った。

「うん、うちの今売り出し中の商品でさ、社運をかけた試みってやつ?これ父さんも結構必死だったんだよ」

有名な製薬会社の社運がかかった試み。そんな大切な役目を任される父。でも実際に宣伝をしているのはいつもテレビを賑わしているあの有名な女優。僕はこの手のCMが嫌いだ。「これって、あの女優が使ってるやつよね」そういって商品を買っていく客の姿が頭の中に浮かぶ。実際使ってるかどうかも分からないのに。社運をかけた大事な商品もこのCMに出ている女優には単なる仕事の一つにすぎないのだ。そんなひとりの女性に宣伝をしてもらっている父がかわいそうに思えた。

「へえーそんなにこれに賭けてるんだ」

とりあえず、普通に返事を返す。

味噌汁のお椀を置いてから父が言う。

「あー拓矢、お前最近徹夜で勉強しすぎで少しにきび増えたんじゃないか?うちの商品で今度いいのが出るから今度買ってみたらどうだ?」

自分の会社の商品を息子に実験台として使わそうとする。こういう父さんは嫌いじゃない。

「僕にまで会社の商品、宣伝するのやめてよ。それに貰ってきてくれるんじゃなくて自分で買うなんて嫌だよ」

息子を楽しませようとするおどけた表情で父さんは言った。

「なに言ってんだ、そんなせこいこと考えちゃだめだろ、自分で買わなくちゃ」

「別にせこくないと思うけど、逆にみんな考えることじゃないの」

少し会話が止まって二人とも食べることに集中した。

別に気まずくなったとかじゃない。よくある自然の流れ。

沈黙が長く続きすぎるとなぜか不安になる。不思議と我慢できずに言葉が出る。

「父さん、あとどれくらい居るの?」

「ああ、今日は遅出でいいからもう少し居るよ」

父さんのもう少しはいつもほんとに少しの間だ。それを承知の上で聞いてみた。

「じゃあ僕、学校だから洗い物頼んでいい?」

一瞬父の手が止まってきょとん、とした顔になって言った。

「えっ今日はまだ7日だろ?学校は11日の月曜日からじゃないのか?」

すぐに出て行くからちょっと難しいな。そういう答えが来ると思っていたのに少し違う答えが返ってきて戸惑ったが、慌てて僕は答えた。

「他の学校はそうだけど、うちの学校は夏休みに校舎の大規模工事で、夏休みが延びたからその分短くなって今日から学校だよ。これ、前に父さんに言った」

父さんは少し寂しそうな表情で言った。

「そうだったか?ま、いいや。わかった、やっとくよ」

もう少し僕と一緒に居られると思っていたのだろう。

それにしても学校の始まる日知らなかったなんて、本当に僕の受験勉強のこと心配してるのか?と、疑問に思ってしまった。

「じゃ、行ってくるよ」

「気をつけてなー」

キッチンから父の元気な声だけが聞こえてくる。

それに僕も声で答える。

「はいよーっ」

玄関のドアを開けると外は雪が積もっていた。

この冬でもう4回目。埼玉に来てからこんな降ったことあったかな。

今日はいつもの朝のようでいつもと違う気がした。そう思いながらも、いつものように駅に向かった。





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