俺は毎年、決まった日にプリンを買う
「ふぅ...ただいま」
俺は帰宅し、小さく呟いた。
『おかえり』の言葉はない。
あれから、もう五年は経つ。
俺も立派な社会の歯車になったよ。
なぁ、茜...。
「うっ...はぁ...」
俺はスーツのままベッドに倒れるとそのまま、目を閉じた。
今日はもう、何も考えたくない。
どうか、幸せな夢が見られますように。
そうして、俺は眠りについた。
***
「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃん、お に い ちゃ ん !」
茜が洗濯物をたたんでいる俺の肩を揺さぶってくる。
「あーもうっ、うるさいなぁ。少しは静かにできねぇのかお前はぁ」
「だって暇なんだもん。あ、ゲームしようよゲーム。私あれ買ったんだよ。スマブラ! 友達が面白いって言っててさぁ、ねぇお兄ちゃんやろうよっ!」
こいつには目がついていないのかもしれない。
「あのなぁ、俺が今なにしてるかわかるか? 洗濯物たたんでんだよ。俺は暇じゃないの」
「えぇ...いいじゃん、そんなの後で。ね、やろう? お兄ちゃん」
おまけに人の心もないみたいだ。
「はぁ...わかった。でも、これが終わってからな? 早くやりたいならお前も手伝えよ」
「えぇ...もう、しょうがないなぁ...お兄ちゃんは」
***
俺が高校に上がる前に両親は死んだ。
父親が病気で死んで、母親はそのことに耐えきれなかった。
幸いにも代々受け継いだ持ち家があったので、俺たち兄妹が路頭に迷うことはなかった。
そして、親戚が俺たちを引き取ることを嫌がったので、ならばと、金銭支援を条件に俺たち2人で暮らしていくことに決めた。
一応の保護者は、家から三駅ほど離れたところに住んでいる母親の姉夫婦に任せることで、話はまとまった。
そうして、2人暮らしを始めてから早三年が経過していた。
***
「はいっ、洗濯物おしまいっ! よぉしゲームやるぞぉ!」
どうしてこいつは、毎日こんなにテンションが高いんだ。
もう高校二年生だというのに、全く落ち着きがない。
俺は妹の教育を間違えてしまったのだろうか...。
「はいはい、ちょっとだけだぞ?」
まぁ、素直で感情豊かなのはいいことなんだけどな。
元気でいてくれたら、それでいい。
***
「おいっ! お前、今のはズルいだろ。ちょっおま、復帰狩りは反則だって...うぉおおお! クッソぉ!」
「あははっ、お兄ちゃん弱すぎっ! そんなんじゃ大学で友達できないよぉ?」
こいつ...兄を煽るとは良い度胸じゃないか。
「お前さ。このゲーム高かったんじゃないか? バイトもしてないし、貯金もそんなになかったよな?」
「え? うん、中古で五千円くらいだったかな。でも、お兄ちゃんお小遣いくれるでしょ?」
少々、俺は甘やかし過ぎていたのかもしれない。
「いや、決めた。今月から月の小遣いは三千円にします」
「は? なに言ってんの、お兄ちゃん...」
「今月から月の小遣いは三千円にします」
「別に聞こえなかったわけじゃないよ。え? 冗談だよね」
「本気です」
「うわぁああああ!」
茜が発狂しながら俺の肩を掴んだ。
「な、なんだよっ。やめろって」
「ねぇお兄ちゃん、私もう高校生だよ? 女子高生だよ? 月三千円でどうしろって言うの!」
「知らねぇよ。バイトしろよ。部活もやってないんだしお前、暇だろ」
「やぁだぁ! 働きたくなぁーいー! 社会の歯車になんてなるのは、いーやーだぁー」
茜は床に寝転がり、虫みたいにジタバタし始めた。
まだ高校生だと言うのに、もう働きたくないとは...。
お兄ちゃん、お前の将来が心配でならないよ。
「あのなぁ、お前だって俺らの状況わかってるだろ? 親戚たちがお金くれるとはいえ、無限にあるわけじゃないんだ。無駄遣いしてる余裕なんてないんだからな?」
「...お兄ちゃんだってゲーム楽しんでたくせに」
——ギク
俺が動揺したのを茜は見逃さなかった。
「無駄って言うけどさ、お兄ちゃんさっきめっちゃ楽しんでたよね?」
「いやぁ? 別にあんなのただの暇つぶしだし、楽しんでないけどね。ゲームは無駄遣いだよ」
「ううん。お兄ちゃんは楽しんでた。『ちょっおま、復帰狩りは反則だって...うぉおおお! クッソぉ!』って言ってたもん」
茜は低い声で俺のマネをした。
「はぁ...もうわかったよ。半分は俺が出してやるから...。でも、今度から高い物買う時はちゃんと言えよ?」
「はーい!」
やはり俺は、妹に甘すぎるのかもしれない。
「ふん~ふふ~ん!」
妹は鼻歌交じりに、台所へ向かった。
「ねぇお兄ちゃん、このプリン食べてもいい?」
冷蔵庫を開けたまま、茜が振り返ってプリンを見せてきた。
「あぁ、良いけど一個だけだぞ? 俺も食べたいから」
「わかってるよーん...ごほっ...ごほっ」
茜はプリンを手に取り、こちらへ戻ってきた。
「そんな恰好してるからだぞ。ちゃんと服着ないと風邪ひくぞ」
俺はキャミソール1枚の茜に、さっき畳んだばかりのTシャツを投げて渡した。
「もう、うるさいなぁお兄ちゃんは」
茜は俺が投げたシャツを着ながら文句を垂れた。
4月とはいえ、まだ寒い日もある。
風邪をひくと茜は、普段の倍は面倒くさくなるので、体調管理はしっかりしてほしい。
「はぁ...俺、もう寝るからな。プリン食べ終わったらスプーン洗って、ちゃんと歯磨きしろよ?」
「あー! もうっ、お兄ちゃんうるさいっ! わかってるって」
わかってないから、言ってるんだけど。
とか言うと、茜がうるさくなるので口にはしない。
「じゃ、おやすみ」
「...おやすみ、うごっ...ごほっ」
一週間後——
「おーい、茜。弁当箱は? 洗い物するから早く出して」
晩御飯の用意をする前には出してって毎回言ってるのに。
本当にこいつは。
「あぁーうん。後で自分で洗っとくよ」
「え? 自分でってどうせ洗わないだろ。ていうか、今から洗い物するし一緒にやっちゃうから、早く出して」
普段から家事なんて全くしないくせに、なんだよ急に。
俺はリビングのソファに放り投げられているスクールバッグを漁って弁当箱を探した。
「あぁあ! ちょっと、お兄ちゃん何してんのっ! 女子高生のカバンを漁るなんてっ! 変態っ!」
「はいはい」
茜の言葉をテキトウに流しつつ、俺は弁当箱を見つけた。
「ん...?」
なんか重いな。
台所に持っていき、蓋を開けてみると、ほとんど中身が減っていなかった。
「なぁ、茜ー? また弁当食べなかったのか? 最近食べてないけど、どうしたんだ?」
今まで、弁当に加えてお菓子やらポテトやらを買って食べていたのに、最近の茜はすっかり小食になってしまった。
「別になんでもないよ。ごほっ、お腹すかないだけ...ごほっ」
「なんか最近、ずっと咳してないか? 病院行った方がいいんじゃない?」
「ごほっ...大丈夫...。別に元気だし...」
そう言って、茜は部屋に行ってしまった。
翌日——
「ごほっ...ごほっ...あがっ...がはっ...」
「なぁ茜...お前、大丈夫か?」
今日の茜はいつにもまして、咳をしている。
なんだか苦しそうだ。
「ごっ...ごめんっ...お兄ちゃん...。学校...行けない...かも」
「わかった...学校には連絡しとく。でも、やっぱり病院行かないか? さすがに、酷くなってるよ」
「.........うん」
***
俺は友達に代返を頼み、茜を病院に連れて行くことにした。
そこは父が生前通っていた総合病院だ。
俺が幼い頃から、入院しがちだった父のお見舞いによく行っていた。
病院といえば、そこというイメージがあった。
「海崎さーん」
茜の検査が一通り終わり、病院の長椅子に座って待っていると名前を呼ばれた。
——ガラガラ
俺が診察室に行くと、ドアの前で待っていた看護師さんが開けてくれた。
「あぁ、海崎さんね。どうぞ、おかけください」
「よろしくお願いします、ほら座って」
「うん...ごほっ...おっ...」
俺は茜を椅子に座らせ、後ろに立った。
「あの...先生。茜は何かの病気なんでしょうか...」
「海崎さん、ご家族に何か重いご病気を患っていた人とかいますか?」
なんだか嫌な予感がした。
「...はい。父が病気で亡くなってます。この病院にもよく入院していて...」
「なるほど...もしかして...。今回の検査で、海崎さんの肺に気になる箇所が見つかりました」
「え、それって何か病気ってことですか...?」
「現時点では何も申し上げることができません。ただ、詳しく調べたいので後日来ていただけますか」
「わかり...ました...」
そうして、咳止めと炎症を抑える薬を処方してもらって、今日は帰ることになった。
茜は帰宅の途中もずっと咳をしていた。
***
「今日は晩御飯どうする...?」
「いらない...」
そう言って、茜は部屋にこもってしまった。
「おいっ、茜...。食欲ないかもしれないけど、せめて何か食べた方がいいよ」
茜は昨日から何も食べていない。
病気の時こそ、しっかり栄養をとらないと本当に倒れてしまう。
俺は、ゼリーやヨーグルト、プリンをトレーにのせて部屋の前に置いた。
「ドアの横にご飯、置いとくからな。腹減ったら食べろよ?」
茜がこんなに弱弱しいのは初めてで、どうすればいいのかわからない。
それに、俺も動揺を隠せていなかった。
茜の様子が、幼い頃に見たあの姿と重なってしょうがなかったのだ。
亡くなった父の姿に——
「いや、まさか...な」
駄目だ、暗いことばかり考えていては。
あの病院に言ったから、父さんを思い出してしまっただけだ。
茜は違う、違うはずだ...。
絶対に...。
***
茜を最初に病院に連れて行ってから一か月後、病院から連絡が来た。
——海崎様のお電話でお間違いないでしょうか。検査の結果が出ましたので一週間以内に受診をお願いします。その際は、ご家族の方にも同席いただいて、ご説明したいと思います。
留守番電話を聞いて、俺は汗が止まらなかった。
違う、違う、絶対に違う。
俺は、おばさんたちに連絡をして病院についてきてもらうことにした。
以前から、茜のことについては相談していたので、すんなりと受け入れてもらえた。
***
「本日は検査結果についてご説明します。その前に、こちらの三方はご家族の方でお間違いないですか?」
「ごっ...はい...兄と母方の...叔母と叔父です...」
「...茜さん。少し大事なお話になりますが、ご家族の方に聞いていただいても大丈夫ですか?」
「...はい」
茜が了承すると、医者は説明を始めた。
「茜さんの病名は——」
それから、医者が言ったことは、到底受け入れられるものではなかった。
考えていた中でも、一番起こってほしくなかったこと。
「この病院に以前、お父様が通われていたかと思います。茜さんのご病気はお父様のものと同じです。年齢がお若いので、進行もその分早くなってしまいます」
茜は父と同じ、肺の病気だった。
晩年の父の様子が思い起こされる。
上手く呼吸もできなくなり、ずっと苦しそうにしていた。
茜がこれからそんな未来を辿るのだと想像すると、苦しくてたまらない。
「現状、完治させる治療法はありません」
医者は静かに、そして冷静に言った。
「症状を抑えながら、進行を少しですが遅らせることはできます。ただ...それでも進行が完全には止まるわけではないので...」
そんなことは言われなくてもわかっている。
俺も...茜も...。
ずっと見てきた。
「これから先、茜さんがどうしたいか。それを一緒に考えて生きましょう。今すぐに決めていただく必要はありません。ご家族の方と話し合う時間も必要でしょう。ですが、もし治療を選択するのであれば、できる限り早くにお願いします」
その後、医者は俺たちに治療する際の危険や、治療しなかった場合のことなどを説明した。
しかし、後半の話は全く頭に入ってこなかった。
それは暗に、茜がもう長くは生きられないことが確定したかのような話だった。
その日は、一旦家に帰ることになった。
帰宅してからの茜は珍しく、部屋に行かずにリビングのソファに座っていた。
「ねぇ...お兄ちゃん...」
「なんだ?」
「こっち...座って」
茜は手招きをして、俺を隣に座らせた。
「お兄ちゃんはどっちがいい?」
「...」
「私が...ごほっ...長く生きるか、元気なまま...死ぬか」
「そんなの...元気なまま長く生きてほしいに決まってんだろ」
「あははぅ...ごほっ...ごほっ...酷いなぁ...お兄ちゃん。むり...なのに...」
「あ...」
茜の目からは、涙が流れていた。
「私...生きられないんだって...」
「うん...」
俺は、何も言えなかった。
ただ、歯を食いしばり、涙する茜の背中をさすってやることしかできない。
俺は、どうしようもないくらい無力だ。
***
茜は結局、緩和ケアを選択した。
苦しんで死ぬよりも、元気なまま死にたいというのが本人の希望だった。
俺や叔母さん、叔父さんはそれに同意した。
俺たちにできることは、茜の意思を尊重することだけだった。
それからというもの、茜は以前のようにゲームをしたり、買い物に行ったり、とても精力的になった。
まるで病気がもう治ったかのように見えたが、それはあくまでも命を薪にして、くべているだけ。
茜は一年間、全力で生きて、そして、この世を去った。
***
「亮介くん、これはどうする?」
茜の部屋から叔母さんがゲームのソフトを持って聞いてきた。
「あぁ...それは置いといていいよ」
俺は叔母さんと叔父さんと一緒に、茜の物を整理していた。
治療をしないと決めてから、茜は好き放題やって、俺も貯金を解放して茜が欲しがった物をなんでも買ってやった。
そのせいで、一年の間に物が大量に増えてしまった。
「ははっ、なんだよこれ」
いつの間にか、ソファに並べられるようになったぬいぐるみたちの中から、坊主頭のおっさんの人形を見つけた。
あいつ、いつのまにこんなの買ってたんだよ。
それを持ち上げると、坊主のおっさんの足に紐が結ばれていた。
「ん?」
それを引っ張ると、ソファのクッションの隙間から1つの封筒が出てきた。
その封筒には『遺書(Dear兄)』と書かれていた。
「っ!」
俺は急いで封筒を開けて、中に入ってある紙を開いた。
-------------------------
お兄ちゃんへ。
お兄ちゃんがこの手紙を読んでいるころには、私はもうこの世にいません。
これ、一回書いて見たかったんだよねw
お兄ちゃん、悲しい?
ねぇ、私が死んで悲しい?
泣いてたらお兄ちゃんの負けね。
私は今、泣いてるよ。
だってお兄ちゃんと会えなくなるの寂しいもん。
お兄ちゃんは私がいなくなって寂しいのかな。
今まで迷惑いっぱいかけちゃってごめんね。
でも私はわがままなので、死んでもお兄ちゃんに甘えちゃいます。
私が死んだらさ、お墓は無くてもいいから仏壇くらいは用意してよ。
私の写真と骨だけ置いてさ。
そしたら、そこにプリンを置いてほしいんだ。
初めて二人でスマブラしたときに、食べたプリンがいいな。
あれ、私がまだ食べ物を美味しいって思えてた頃に食べたやつだから。
あー、もっとお兄ちゃんと遊びたかったな。
ごめんね、お兄ちゃんのこと一人にして。
まだまだ、言いたいこといっぱいあるんだけど、遺書だからね。
このくらいで、終わろうかな。
あと最後に、直接口では言えないと思うから、これだけ書くね。
お父さんとお母さんが死んじゃった後も、私の面倒を見てくれてありがとう。
いっぱい迷惑かけちゃったけど、それでもずっと世話を焼いてくれるお兄ちゃんの優しさが大好き。
--------------------------------
「くっ...うぅ...ぅ...」
なんだよ、なんだよこれ...。
こんなもの書いてるなんて一言も...。
「あはっ...負けちゃった...」
こんなの泣かないわけないだろ。
ばかやろう...。
俺は涙をぬぐって、冷蔵庫に向かった。
そして、1つのプリンを持ち出す。
あの時、茜が食べていたプリンを。
全く、死んでからも手のかかる妹だよ...ほんとに...。
それを茜の部屋に置いてある写真の前に持っていった。
『初めて二人でスマブラしたときに、食べたプリンがいいな』
「はいはい、わかったよ」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし、「面白い!」ポイント☆☆☆で応援していただけますと大変励みになります!
リアクションや感想もいただけると嬉しいです!




