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前編 白すぎる制服は無理


 ローズガーデン女学院の朝は、今日も白かった。


 白い門。白い石畳。白い花壇。白い校舎。


 そして、その中を歩く令嬢たちもまた、揃いも揃って真っ白だった。



「……無理。こんな世界であと何年も生きるとか、だるすぎる」


 ノエル・シュガースパイアは、登校早々そう呟いた。


 侯爵令嬢らしく上等な仕立てのはずなのに、この学院の制服はどう見ても可愛くない。


 真っ白。無地。飾りなし。リボンなし。ウエストのくびれもなし。

 襟だけ申し訳程度についている、まっすぐなワンピース。


 前世で見た幼稚園の制服のほうが、もう少し可愛げがあった。



「なんですの、ノエル様。朝からずいぶん暗いお顔で」


 隣から弾んだ声が飛んできた。


 ベルベット・デュードロップだ。


 今日も、元気そのものが服を着て歩いているみたいな女である。

 くるくるした巻き髪まで、本人のテンションに合わせて跳ねていた。


「暗いんじゃなくて、だるいだけ」

「だるい、でございますの?」

「だるいでしょ、これ」


 ノエルは自分の制服をつまんだ。


「見てよ。真っ白、寸胴、飾りなし。なんで令嬢が全員これ着せられてんの。かわいさ、どこ?」

「淑女らしい清楚さ、でしょうか……?」

「清楚っていうか無」


 ぴしゃりと言い切ると、ベルベットが目を丸くした。


 その後ろで、眼鏡の奥の瞳を細めたフィオナ・ソーンヴェイルが、興味深そうに制服を見た。


「無、ですか」

「無。全員同じで、つまんない。個性ゼロ。しかも白ばっかで病人みたい」

「ノエル様、それ、先生の前でおっしゃったら怒られますわ」

「だから今、先生の前じゃないじゃん」


 さらりと返すと、もうひとりの取り巻き――エクリプス・スウィートヘイヴンが無言で頷いた。


「……確かに、機能美はない」

「でしょ?」

「機能美……!」

「エクリプス様、それは制服に使う言葉ですの!?」


 ベルベットがきゃあきゃあと騒いでいる間に、始業の鐘が鳴る。


 令嬢たちは一斉に背筋を正し、白い波のように校舎へ流れ込んでいった。


 その光景を見て、ノエルはますますうんざりした。



 この学院は、名門だ。

 貴族令嬢が社交界に出るための学び舎であり、淑女教育の最高峰とも言われている。


 だが、ノエルに言わせれば。


「可愛いを捨てた時点で終わってるんだけど」


 前世の彼女は、ネイルも服もメイクも好きだった。


 流行を追うのも、色を選ぶのも、気分で雰囲気を変えるのも、全部好きだった。


 なのにこの世界はどうだ。


 化粧文化はほとんどなく、飾りは悪、日焼けは下品、女は淑やかに嫁ぐのが最上。


 恋愛ですらなく、婚活。社交。品位。格式。


 しかも、良い男もいない。


 こんな世界で長生きしたいとか、思えるわけないじゃん。


「何を楽しみに生きろっていうの、マジで……」


 ぼそりと呟いた瞬間。


「ノエル様、席につきなさい」


 教壇から冷たい声が落ちた。


 淑女作法担当のルクレツィア教師だ。

 白百合をそのまま人にしたような、隙のない女である。


「はいはい、失礼いたしましたわ」

「『はいはい』ではありません」

「はい」


 令嬢口調に直しきるのも面倒で、ノエルは適当に席へついた。



 その日の授業は、相変わらず退屈の極みだった。


「淑女とは、常に節度ある装いを心掛けるものです。この学院では制服への私的な装飾も認められていません」

「……節度って、便利ワードだよね」

「ノエル様?」

「なんでもございませんわ」


 横でベルベットが肩を震わせて笑いを堪えている。


 フィオナは涼しい顔をしてノートを取り、エクリプスは無表情のまま窓の外を見ていた。


 授業が終わる頃には、ノエルの機嫌は底を打っていた。



 昼休み。

 中庭のベンチに腰を下ろし、彼女はぐったりと空を仰いだ。


「もうやだ」

「唐突ですわね!?」

「だってさー。服がダサい、空気がだるい、婚活前提の教育とか意味わかんないし」

「ですが、ここはローズガーデン女学院ですもの」

「だから何」

「由緒ある名門ですわ!」

「名前だけ可愛いよね」


 その一言に、フィオナが顔を上げた。


「名前だけ?」

「だってローズガーデンっていうなら、もっと薔薇感あって良くない? なのに制服これだよ。真っ白の寸胴ワンピ。薔薇どこ」

「……薔薇感」

「リボンもないし、ブローチもないし、刺繍もないし。ローズガーデン名乗るなら、最低でも薔薇のひとつくらい付けなよって話」


「ノエル様」


 ベルベットが、すっと身を乗り出してきた。


 目がきらきらしている。嫌な予感しかしない。


「つまり、この学院の当たり前を変えるのですね?」

「いや、そこまで大げさじゃないけど」

「革命ですわね!」

「なんでそうなるの」


 ノエルは心底面倒そうに返したが、ベルベットはもう止まらない。


「ローズガーデン女学院の名にふさわしく、皆が薔薇を纏う……! なんて優雅で、なんて美しい発想!」

「いや、ただの思いつきだけど」

「思いつきで時代を変えるのが、本物ですわ!」

「ベルベット様、落ち着いてください」

「フィオナ、止めなくていいの?」

「止める理由が見当たりません」


 フィオナはさらりと言った。


「むしろ、学院名との整合性が取れます。規則違反と断じられても、反論の余地がある」

「あるんだ」

「ありますね」

「……面倒なことに頭いいな、フィオナ」

「ありがとうございます」


 褒めていないのに、フィオナは平然と微笑む。


 エクリプスは静かに立ち上がった。


「薔薇なら、温室に咲いている」

「え」

「小さい花なら加工できる。保存魔法を軽くかければ、一日は持つ。生花相手だと、それが限界」

「……本気?」

「美のためなら」


 無表情のまま言い切るから怖い。



 その日の放課後、ノエルは取り巻き三人に半ば押し切られる形で、温室の裏にいた。


 エクリプスが管理係の許可を取って摘んできた小ぶりの白薔薇を、フィオナが手際よく台座に留め、ベルベットがうっとり見つめる。


「できましたわ……」

「すご」

「やはり薔薇は正義……」

「まだ付けてもいないのに」


 ノエルはそれを受け取った。


 白い花弁に、銀の小さな台座。制服の胸元に当ててみる。


 それだけで、景色が変わった。


 真っ白で間延びしていたワンピースに、ひとつだけ焦点ができる。


 視線が集まる場所が生まれる。


 たったそれだけで、服が服らしくなる。


「……いいじゃん」

「よろしいでしょう!?」

「かなりよろしいです」

「……似合う」


 ノエルはしばらく鏡代わりの窓に映る自分を見た。

 それから、ふっと笑う。


「じゃ、これで行くか」

「明日、ですの?」

「今から外したくないし」

「先生に怒られますわよ?」

「怒られたら、ローズガーデンだし良いでしょって言う」




 翌朝。


 ノエル・シュガースパイアは、白い制服の胸元に白薔薇のブローチをつけて、堂々と教室へ入った。


 ざわり、と空気が揺れる。


「し、シュガースパイア侯爵令嬢……」

「なに、あれ……」

「薔薇……?」

「かわいい……」


 視線が刺さる。


 でも嫌な感じじゃない。むしろ、息を呑むような熱だった。



 そこへ、運悪くルクレツィア教師が入ってきた。


「おはようございます――……ノエル様?」


 ぴたり、と教師の視線が胸元で止まる。

 教室中が静まり返った。


「それは何ですか」

「薔薇ですわ」

「見ればわかります。制服の改造は禁止されています」

「改造ではございませんわ」

「装飾も禁止です」

「学院名に合わせただけですわ」


 ノエルはにこりと笑った。


「ローズガーデン女学院ですもの。薔薇くらい、よろしいでしょう?」



 一瞬。


 本当に一瞬だけ、ルクレツィア教師の表情が止まった。


 その隙を、ベルベットは見逃さなかった。


「た、確かに! 学院名にふさわしい意匠ですわ!」

「学院の格式を高める可能性があります」

「……象徴性もある」

「あなたたちまで何を――」


 教室のあちこちから、小さな声が上がる。


「素敵……」

「わたくしも欲しい」

「ひとつあるだけで、全然違いますわ」

「白い制服に白薔薇、すごく上品……」


 ルクレツィア教師は眉を寄せた。


 だが、学院名との整合性を真っ向から否定しにくいのか、言葉を選んでいる。


 その間に、ノエルは席についた。


「失礼いたしますわ」

「……本日のところは、保留とします」

「やった」

「ノエル様」

「失礼いたしましたわ」


 けれど、その目はまったく反省していなかった。


 授業が始まっても、視線はずっとノエルの胸元に集まっていた。



 そして休み時間になった瞬間、令嬢たちが一斉に彼女の席へ押し寄せる。


「ノエル様、それ、どちらで?」

「手作り」

「まあ……!」

「すごく可愛いですわ」

「可愛いよね。ていうか、なんで今まで誰もやんなかったんだろ」


 何気なく言ったその一言に、令嬢たちははっとした顔をした。


 ――まるで、禁じられていた何かに初めて手を伸ばしたみたいに。




 その日の放課後。


 フィオナが静かに言った。


「明日には、広がりますね」

「え?」

「薔薇のブローチ。流行ります」

「そんなすぐ?」

「ええ。なにしろ、皆様ずっと我慢しておいででしたから」

「我慢?」

「可愛くしたいのを、です」


 ベルベットが胸の前で手を組む。


「ノエル様は、皆様の心の扉を開いてしまわれたのですわ……!」

「大袈裟」

「いいえ。たぶん、本当に」


 エクリプスの低い声に、ノエルは少しだけ黙った。



 そして翌日。


 教室には、白薔薇を胸元につけた令嬢が、ひとり、ふたり――いや、十人以上いた。


「……いや、なんで?」


 ノエルの呟きに、ベルベットが満面の笑みで振り向く。


「始まりましたわよ、ノエル様!」



 白い女学院に、最初の薔薇が咲いた。



読んでくださってありがとうございます。

中編は 2026/04/07 22:30 頃に更新予定です。

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