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第3話

サブタイトルは【〈瑞穂〉の境中】です。

ブックマークが2件付いていました。ありがたい限りです。

 目を開けると、ミコトの視界に飛び込んできたのは雲一つない晴天。

 立ち上がり周りを確認してみて、村ではないと簡単に理解できた。

 地平線の先まで続いている青々とした草原にミコトは寝転がって、風が吹くたびに周りの草がざわざわと波打つようにゆれていた。

 草の揺れる心地よさとくすぐったさに微睡んでいると、突然頭の上から声が聞こえた。

「おい、さっさと起きろ」

 優しさなどはかけらも無い、冷たく低い声に驚き、文字通り飛び起きて振り返ったミコトの目の前に立っていたのは初老あたりの男だった。

 初対面であるはずのミコトは、その男に既視感を憶えていた。理由はわからないが、ミコトの勘がそう告げていた。

「俺……? いや、でも……」

 ミコトとこの男はよく似ていた。あと三、四十年もすればミコトはこの外見になるだろうと容易に想像できるほどに。

 灰色に近い黒の髪を後頭部付近で束ね、鋭い眼光を持つ武人。

 一番の違いは、左目から頬にかけて何かに切り裂かれたような傷の痕があることだった。

 切り傷と思しき痕は他にも時々服の袖や襟、裾から覗く手首や首もと、そして脇腹にまでついていた。

 まるで、熊か何か戦った時の爪痕のようにも見えた。

「――なんだ、じろじろ見やがって」

「いや、だって――」

 この時に、ミコトは理解する。この声に既視感を憶えていることを。どこかで聞き覚えのある声をもつ男だということを。

「というか……お前、いや、あなたは――」

「そうだ。『カグラ』だ」

 ミコトが言おうとした名前は、少し前まで毎日のようにみていた悪夢で出てくる男のもの。

 そして、ミコトの言葉を遮り、後を継ぐかのようにその男――カグラは名乗った。

「お前は術刀との『契約の儀』の途中だ。意識のみここにある。刀守からすれば白い鞘にお前が触れた瞬間倒れたように見えているだろうな」

「なんで、ここに――」

「知らん。俺とて〈瑞穂〉にいきなりここに連れてこられたんだ」

「〈瑞穂〉……?」

「知らないのか?お前が触った白い鞘の刀のことだ」

「……」

「なんだ、黙りやがって」


「後ろ――」

 ミコトに見えていたのは、カグラの後ろ、ずっと奥で蠢く黒い何か。

「あ?あぁ、あいつか。なんでここにいるんだ、まったく……」

 そう言いながら、カグラはいつの間にか腰に携えていた白い鞘から抜刀する。

 ぱっと見では金属と思えないような白色をした刀身から、ミコトは途轍もないオーラを感じた。

 ミコトが見惚れていると、蠢いていた何かが信じられない速度でこちらに迫ってきて、咆えた。

 犬のようなかわいいものでは無い。空気が、大地が揺れるほどの咆哮だった。

「おい!突っ立ってたって邪魔だ!後ろに下がっておけ!」

 カグラからの命令が聞こえた。しかし、それに従いたくてもできなかった。

 脚が竦んで、動かなかった。

「チッ……!!」

 気がつくと、ミコトはカグラに抱えられていた。

「――!? 何して……!?」

 「お前が動かねぇから、運んでんだ!あと、喋んな!舌噛むぞ!」

 そう言われ、ミコトは素直に口を噤んだ。

 確かに、成人したばっかりとは大人の男を抱えてなお、カグラは、ミコトの全速力よりも速い速度で走っていた。

「よし、もういいだろ」

 ミコトはカグラに放り投げられ、地面に腰を強打する。

「痛ってぇ…!」

 非難の目をカグラに向けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。

 黒い何かが先程のカグラよりも速くこちらに迫ってきていた。

「隠れてろ、馬鹿!」

「グオァァァァアアァァ!!!!」

「危なっ……!」

「瑞穂境術〈境断〉」

 そのカグラの声が聞こえた瞬間、対峙していた黒く大きな何かはじわじわと黒い雪のようになり消えていた。

「な、な……!?」

 いきなり起こった出来事に対して状況が飲み込めていないミコトから、意味のなさない驚いたような声が出る。

「なんだ?」

「今のは……?」

「なんだ、ミコトお前何も知らねぇのか?――あれは、陰喰らいだ。成長し切る前だったがな」

「そんな――」

 あれで成長前だというのか、というミコトの言葉は声にすらならなかった。

 ただただ目の前の事実と、夢に出てくるこのカグラとかいう男は多分だがとんでもなく強いということに驚愕するばかり。

「あの、技も――」

「あれはこの〈瑞穂〉の力だ。『瑞穂境術』ていう術だな」

「瑞穂境術―― ところで、どうやったら帰れるんだ…ですか……?」

「さあな。……まあ、もうあいつが復活することはないからもうすぐだろう」

 ミコトは言葉を失ったまま、ただ茫然とカグラの背を見つめることしかできなかった。

 風が吹き抜け、草を揺らす。その音だけが二人の沈黙を壊していた。


「おい、ミコト」

「なんだ……ですか」

「お前、怖かったか?」

「え……?」

「さっきの陰喰らいだ。あいつはまだ子供だったが、さらにデカくなったやつだって対峙することになる」

 確かに、とミコトは思った。実際、ミコトは先ほど足が竦み、後退りすら出来ずにカグラに運ばれた。

「……でも」

 ミコトの口から出たのは、そんな否定にもならない否定。悔しかったのか、それとも他の感情でなのかはミコトにもわからなかった。

「別に、怖いならやめればいい。術刀使いになったからと言って、絶対にあいつらと戦わなければいけないわけじゃない。お前がやらなくとも「陰祓い」がやってくれるからな」

「じゃあ、俺が契約する意味は――」

「ないな」

 そうきっぱりと断言され、ミコトは落ち込む。

「だが、慣れてさえくれば何も障害はなくなる。慣れるまでに死ぬことも多いがな」

「そんな……」

「その顔はやめろ。陰喰らいは人間の負の感情を餌にする」

「負の感情を、餌に……」

「そうだ。怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖、嫉妬。罪悪感や虚無感なんてものもだ」

「そんなの、全員持ってるじゃないか……」

「ああ。だから、それに打ち勝つ勇気がいるんだ」

「打ち勝つ、勇気――」

「まあ、勇気だけじゃない。喜び、安心、愛情、感謝、希望、誇り―― なんでもいい。負の感情よりも強くそういった感情を持てばいいだけの話だ」


 その時、ミコトの体が白く光り始めた。

 ミコトの視界は白くなり、何も感じなくなってくる。

「――、――!」

 カグラが何かを言っていたが、何も聞き取れずに意識を飛ばした。


「おーい、大丈夫か?」

「ミコト、ミコト!」

 意識がまたはっきりしてくると、聞こえてきたのは若めの男女の声。

 フミトと、ミヤビだった。

「ここは――」

「刀霊殿じゃ。ミコトが〈瑞穂〉に触った瞬間、急に倒れて意識を失ったのじゃ」

 答えたのは村長だった。いたのか、と思いながら話を聞く。

「〈瑞穂〉……」

「ミコトが選んだあの白い鞘の刀のことだ。まさか、あれがあるとは思ってなかったけど……」

「とりあえず、帰ろ!詳しいことは、また明日!」

「俺は、結局その〈瑞穂〉と契約したんですか?」

「ああ。お前が選んだし、お前は選ばれた。これから一生涯あの刀と共にある」

「一生涯……」

 口に出す重みと、耳にする重みは違ったように感じる。ミコトのこれからは常に〈瑞穂〉が共にいる。そう思うと、緊張すると同時に、嬉しさもミコトに込み上げてきた。


 ミヤビと共に家に帰り、ミヤビが料理をしている間にミコトは掃除をする。

 二人は、いつもの日常に戻ってきた。

「お昼にこうしてるのって、以外と久しぶりだね」

「確かに、そうだな。ここ最近はずっと契約の儀の準備とかがあったからな」

 珍しくミヤビの料理が初回で成功し、二人で昼食をとる。

 そのまま何もせずにゆったりとした時間を過ごしていると、突然扉を叩くような大きな音が聞こえてきた。

「なに……!?」

「なんだ……!?」

 ミコトが扉に近づき、外に向かって声を張り上げる。

「今出るから、待ってろ!」

 すると、ピタッと音がやみ、ミコトが出てくるのを待っているように何もしなくなった。

「大丈夫なの?ミコト」

「ああ、少なくとも、言葉は通じる。それなら対話もできるだろうさ」

 緊張した面持ちで扉を開けると、そこにいたのは三人の子供だった。

「お前たちは――」

「大丈夫…… って、村長のとこの孤児の子達じゃない。どうしたの?」

「村長が、公屋の掃除と門番は二人にやってもらえ、って!」

「遅刻した罰だ、って!」

「僕たちは今日は遊んでいいんだ、って!」

 特徴的な語尾で、喜びを抑えらないといったように伝える子供たち。

 対して、ミコトとミヤビの二人は顔がだんだんと青くなっていく。

「「忘れてた……!」」

読んでいただきありがとうございます。

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