8.龍鱗の長城・防衛戦④
蔓絡人の襲撃が始まってから、すでに十数分が経過していた。
一切止まない矢の雨は着実に蔓絡人の数を減らしていき、戦場は大量の蔓絡人の死体の山と化し、茶色だった大地はいまや緑色の蔓で埋め尽くされていた。
兵士達は誰もが汗にまみれながら、それでも手を止めなかった。
「蔓絡人が撤退し始めたぞっ!!!!」
誰かの叫びが戦場に響いた。
その声を皮切りに、荒野に群がっていた蔓絡人はゆっくりと身を翻し、長城に背を向けて荒野の先へと帰っていく。
「あ....撤退?」
「退いたんだ。どの亜人も同じだ、一定時間攻撃し、長城を落とせないと見るや、ああやって退いていく」
息を整えながら紅蓮は屈釖に答える。
「ほぉ....えらく利口なんだな、亜人ってのは」
屈釖は満足げに笑い、ゆっくりと剣を鞘に納める。
彼の足元には、長城を登ってきた六体の蔓絡人の死骸が転がっていた。
「そうだな.....お前と違ってなッ!!!」
紅蓮は眉を吊り上げ屈釖を睨みつけると、手に持つ偃月刀の柄で彼の頭を勢いよく叩いた。
「痛ってッ!?何しやがるッ!!」
「こっちのセリフだ!!お前は軍を何だと思っている!!」
「勝ったんだからいいじゃねぇか!!」
「勝ち負けの話ではない!規律の問題だ!!」
「頭のかてぇ女だなお前」
「貴様はこの1週間で学を学べ!!」
二人は睨み合いながら言い争いを続ける。
その時だった。
屈釖の背後で、倒れていたはずの蔓絡人の死体がぶるりと震え、一気に立ち上がった。
「あっ!?」
「なっ....!?」
声を上げた時にはもう遅い。
二人が武器を構えるには、あまりにも短い間合いだった。
両腕から走る蔓が音を立てて伸び、紅蓮と屈釖の身体を瞬く間に絡め捕える。
「しまったっ....!!」
「だぁくっそ!!剣抜けねぇ!!」
「『赤龍』さん!?」
異変に気づいた兵士たちが慌てて駆け寄ろうとしたが、紅蓮と屈釖を捕らえた蔓絡人は長城の鋸壁へと移動し、足を置く。
どうやらこの蔓絡人は二人を連れて撤退しようとしているようだ。
「こいつ.....長城を降りる気か....!!」
「っ...ヤベェな....!!」
紅蓮も屈釖も、必死に体に巻き付いた蔓を引き剥がそうとしたが、締めつける力はあまりにも強く、びくともしない。
兵士たちが必死に距離を詰めるも、間に合わず、蔓絡人はそのまま長城の外へと身を投げ出そうとした。
だが、その瞬間。
一筋の矢が風を裂き、蔓絡人の胸の中心を正確に射抜いた。
ぐらりと揺れ、蔓絡人はその場に倒れる。
紅蓮と屈釖は、力を失った蔓を引きちぎり、どうにか拘束から抜け出し、呼吸を整えた。
「すまない油断した....。屈釖、怪我は?」
「あービックリした....俺は大丈夫だ」
「『赤龍』さん!!大丈夫ですか!!?」
立ち上がった紅蓮の元に兵士達が駆け寄り、心配の声をかけてくる。
「私も平気だ。それより負傷者の手当てと長城に異常がないかを調べろ」
「「「はっ!」」」
紅蓮は一呼吸をし、倒れた蔓絡人の亡骸に近づいた。
その胸の中心には、深々と一本の矢が突き立っている。
「....弓兵か、誰かわからないが助かった。礼を言う」
紅蓮が弓兵たちへ感謝を述べるが、兵士たちは顔を見合わせ、首を傾げるばかりだった。
「隊長、そっちじゃねぇ。上だ」
「上?」
屈釖の声に紅蓮はその場で上を、高台の方を見上げると......弓を構えた男が一人いた。
祐基だ。
「兄貴!紅蓮隊長!大丈夫!?」
「おお、助かったぜ祐基!」
屈釖は笑みを浮かべ、腕を高く掲げて無事を伝えた。
「まさか、あそこから正確に射抜いたのか.....」
高台からここまで、およそ23メートル。
距離こそ大したことはないが、あの高低差と角度、そして動く標的の核を的確に射抜いた一矢。
紅蓮は、並の弓兵では到底できぬ芸当だと、内心でその腕に舌を巻いた。
「......命令を無視するが......腕は確かな二人か、荷が重いな....」
小さく呟くと、紅蓮はふっと息を吐いた。
その横顔には部隊長勤務初日から、早くも苦労を滲ませた表情が浮かんでいた。




