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龍華の英雄〜亜人戦記と弓を握りし臆病な少年〜  作者: オルレアンの人
第一章『崩れた平和』

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6.龍鱗の長城・防衛戦②

「む、壁にまで到達したか....」


 紅蓮の声に、祐基は現実へと引き戻される。

 長城の真下を覗けば、投石と矢の雨を潜り抜けた蔓絡人(マングルマン)が、壁際に殺到し始めていた。


「きっ....きた!」

「おっしゃ!やるか!!」

「.....総員、剣をいつでも構えられるようにしておけ。もしもの場合は私が守る」


 紅蓮の指示に従い、新兵たちは恐る恐る剣を抜く。

 金属の擦れる音が震えを帯びて響く中、祐基もまた、背負っていた弓を握り、矢を入れている筒へ手を置いた。


「そういえば....お前は剣ではなく弓なのだな」

「え、あ...はい。剣はあまり...上手く使えなくて.....」

「そうか、恥じることはない。私も剣より、この偃月刀の方が訓練時代から手に馴染んでいた。人には得意不得意がある、お前のその弓の腕、戦場で期待しているぞ」

「....はい!」


 胸を打つ隊長の言葉に、祐基は力強く応えた。


「蔓絡人が登ってくるぞッ!!!」


 兵士の叫びが響く。

 緑の蔓が長城の壁を這い上がってきていた。

 兵士達は慌ただしく槍を構え、剣を抜き、盾を前に突き出し陣形を組んだ。

 

「近接隊、用意!!登ってくる蔓絡人を迎え撃てッ!!」


 太鼓が鳴り響く。

 兵士達の呼吸がそろったその刹那、二つの漆黒の窪みが、壁の縁からぬっと覗いた。


「来るぞ!!」


 1体、また1体。

 蔓絡人が鋸壁の上に姿を現す。

 そして1体、半円状に取り囲む兵士達に向かって、指先の蔓を鞭のように伸ばして襲いかかった。

 蔓は兵士の持つ盾に当たると即座に盾に巻きつき、兵士から奪い取る。

 鉄の盾は紙のように簡単に握り潰され、軋む音が響く。

 さらに、3体の蔓絡人が長城をよじ登り兵士達を圧迫した。

 

「行くぞぉぉ!!!」


 怒号と共に兵士の槍が突き出されたと同時に、蔓絡人の指の蔓が伸びる。

 伸びた指は5人の兵士を絡め取り、迫る兵士の槍を蔓絡人は避けることなく平然と体で受け止めた。

 胸の中心を突かれた3体の蔓絡人は、力が抜けるように捕らえた兵士を離し、長城の下へと落ちていく。

 しかし、残った2体は胸の右側など、中心とは違う箇所に槍が刺さっており、まだ動きを止めない。


「すぐに引きちぎれッ!!!吸い取ってる間の蔓は手で引きちぎれる!!!」


 1人の兵士が叫び、捕らえられた兵士二人が急いで腕を動かそうとするが、絡まる蔓が邪魔をし思うように動けていない。

 そうして手間取っていると、顔がみるみるうちに痩せこけていった。

 その無惨な光景に息を呑む間もなく、剣と盾を構える兵士達が踏み込み、切り掛かった。


 2体の蔓絡人はひらりと跳躍し兵士達の背後、歩廊へと着地。

 そして手にしている兵士2人を無造作に投げ捨てた。

 干からびた体が歩廊に転がり、2人とも全く動こうとしない。

 恐らく既に死んでいるのだろう。 

 兵士たちは2体を目で追い、すぐに振り返った瞬間、新手が壁をよじ登ってきた。

 

「蔓絡人が登って来たぞ!!気をつけろ!!」


 伸びてきた蔓が1人の兵士を掴み長城の外、荒野側へと放り投げる。

 兵士の悲鳴は、下の戦場に飲み込まれた。


「油断するな!!すぐに長城からこいつらを追い出すぞッ!!!」


 兵士たちは二手に分かれ、背を合わせる。

 叫び声が交差し、長城の上も戦場と化していった。


「あれが亜人だ。蔓絡人は痛みを感じない性質の体なのか、どこを攻撃しようと痛がるそぶりを一切見せない。つまり急所を一撃で狙わなければ、隙を見せるこちらが不利になる。よく覚えておけ」

「「「はっ....!」」」


 新兵達は初めて触れる戦場の熱気に呑まれ、固唾を飲んで先輩兵士たちの戦いを見守っていた。

 

「兄貴見た.....!?あの兵士すごい干からびてっ......」


 祐基は震える声で屈釖を呼び、その体を掴もうと手を伸ばす。

 だが、触れたのは空気だった。


「あれ.....兄貴っ!?」


 驚いて顔を向けるも、そこに屈釖の姿はない。


「ん、屈釖はどこへ行った?」


 紅蓮も異変に気づき、眉をひそめる。


「さっきまで近くにいたのに、いつの間にか.....兄貴が消えました!!」

「何だと?まさか下に落ちたんじゃないだろうな」


 紅蓮は長城から身を乗り出し、下を覗く。


「いないな、どこへ行った.....」


 新兵達もざわめき始め、必死に目で探す。


「兄貴....どこに......」


 祐基が不安を滲ませて呟いた.......その時、遠くから聞き覚えのある声が響いてきた。


「な、なんだ貴様は!!?」

「何だ貴様?俺を知らないのなら聞いて驚き知って驚き、そしてその眼で見て驚きやがれぃ!!!」


 兵士と蔓絡人が戦う歩廊の上。

 そこに立っていたのは、豪快に笑いながら自らの武勇伝を高らかに兵士たちに語る屈釖の姿だった。

 いつの間にか彼は、高台から飛び降りて戦場にいたようだ。


「兄貴いつの間に.....」

「なっ....何をしてるんだあいつはっ.....!!」


 紅蓮の目はぴくぴくと痙攣し、屈釖の突拍子もない行動に声を失った。


「やいやいやいそこのお前!!俺らの仲間によくもまぁやってくれたもんだなぁ!」

 

 屈釖は腰の剣を勢いよく抜き、歩廊に立つ蔓絡人へと向ける。


「こっから先は俺が相手してやる!!お前が記念すべき俺の亜人討伐、その1体目だっ!!」


 その宣言に応えるように、蔓絡人は屈釖へと指を伸ばす。

 屈釖はそれをギリギリで避けるが、1本の蔓が腕に当たり素早く絡みつく。


「....不味い!お前達は高台から降り広場へ退避してろ!!あのアホは私が何とかする!」

「「「了解っ...!!」」」


 新兵たちは慌てて返事をし、紅蓮は一足先に高台の端から飛び降り、戦場へと向かう。


「ん...!?おい祐基!!早く行くぞ!!」

「ごめん、先行ってて!」


 新兵達が階段を使って急いで降りていく中、祐基だけは動こうとしなかった。

 その視線は、蔓絡人と戦う屈釖の背から離れない。


「大丈夫!危なくなったらすぐに逃げるから!!」

「本当か....!?じゃあ俺らは先行くから早く来いよ!」


 新兵の一人はそう言って、足音を響かせながら階段を駆け下りていく。

 そして、高台に残ったのは祐基ただ一人だけとなった。

 祐基は深く息を吸い込み、弓を力強く握ると、矢を番え、蔓絡人に食らいつく兄貴の背中を目で追いかける。


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