50.貴方が必要
「祐基.....何でここに.....!?それにその怪我......まさかお前まで食われたのか.......」
祐基の体は、痛々しいほど傷だらけだった。
特に足と脇腹からは夥しい血が流れ、服は赤黒く染まっている。
立っているのがやっとにしか見えないその姿は、フォルネストと戦った結果を思わせた。
「いえ....俺は自分で入ってきたんです。紅蓮隊長を助けるために」
祐基はそう言って笑った。
だがその笑みは引きつっており、痛みで全身が悲鳴を上げているのを隠しきれていない。
大したことないと言わんばかりの態度が、逆に痛々しかった。
「隊長....すぐにそこから出しますね!」
祐基はそう言って、私の元へ歩み寄る。
そしてまず、私の片腕と手首を壁に張り付けている蔓に手を伸ばした。
「確か長城で聞いたんです、吸収中は蔓を手で簡単に引きちぎれるって....!隊長を吸収してるなら付近の蔓も力を入れれば取れるはず.....!!」
「祐基.....」
このまま祐基に手を自由にしてもらえれば、床に落ちている偃月刀を使って体を解放できる。
けど.....。
「私の事はいい.....早く逃げろ!!」
「え、隊長....?」
「自ら食われただと?ふざけるなッ!!」
私は叫んだ。
「お前には心底呆れたぞ....!!私が助けを求めたか!?お前にはこんな所にいるよりもやるべきことがあるだろッ!!」
何で私のためにそんな危険なことをした。
何でそんなボロボロになるまで戦った。
何で逃げてくれなかった。
.....まただ。
また私は、誰かを巻き込んでしまっている。
「フォルネストは私の敵だ.....お前の敵は何だ....亜人王だろッ!!!何でこんなやつに命を賭けたッ!!!何で私を助けに来たッ!!何で....!!」
声を張り上げるたび、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
お前の弓の才はいずれ『飛龍』にだって届く。
こんなところで死んでいい人間じゃない。
間違っても私なんかを助けるために死んでいい人間じゃない。
早く逃げてくれ、お前まで私のせいで死なないでくれ。
私に.....これ以上、罪を課さないでくれ......。
「隊長.....」
祐基は、きょとんとしたように首を傾げた。
「何言ってるんですかさっきから?」
「......は?」
「部下を守るのは隊長の務め、その逆も然り。助けに来るのは当然の事じゃないですか」
祐基は一切の迷いなく、ただ当たり前の事実を述べるように言った。
それが当然であると、正しい事であると。
「....私はそのどちらもできなかった.....隊長を殺し....部下を誰1人守れず....お前の屈釖だって殺された......私は....お前達の隊長にはなれなかった......!!」
脳裏に浮かぶのは孫華隊長の最期の姿。
そして長城で倒れる部下と....屈釖。
目を閉じれば、彼らの声が聞こえてくる。
「昨日の夜....孫覇とお前の会話が聞こえた.......」
どうして私が死んだ。
どうして守らなかった。
どうしてお前は生きてる。
どうして......お前が死ななかった。
「もう.....私は死にたい......生きていても辛いだけだ。私は幸せになれない......それどころか周りを不幸にし続けた........私は死んだ方がいい......皆んなそう言ってる......」
声は震え、次第に掠れていった。
「もう......私のせいで死んでほしくない........お前まで....私のせいで......死なないでくれ...........」
涙が頬を伝い、床へと落ちる。
唯一生き残ってくれた祐基まで失いたくなかった。
長生きしてほしい、幸せになってほしい。
そして、できることなら私のことなんて忘れてほしかった。
「隊長」
祐基が一歩、私の正面に立つ。
森で祐基は、私が屈釖を守れなかったことに激しく怒っていた。
きっと本心では孫覇と同じように、私を憎んでいるはずだ。
殴られるかもしれない。
罵られるかもしれない。
それでも構わない、むしろそうしてほしいとさえ思った。
(いや.....いっそのこと殺して.......)
「ありがとうございます」
.....礼の言葉が聞こえた。
「......え?」
私は思わず顔を上げた。
祐基は拳を振り上げていない。
逃げようともしていない。
ただまっすぐに私を見つめ、穏やかに微笑んでいた。
「思い出したんです。よく考えたら言ってなかったなって、隊長が俺を助けてくれた事を」
「......助けた?」
「兄貴を失って何も考えられなくなって、地面に座り込んでた俺を、隊長が引っ張り上げてくれた。隊長がいなかったら、きっと俺は立ち上がれなかった。隊長がいなければ、俺はずっと座ったまま、塞ぎ込んだままきっと死んでました」
祐基はまっすぐに私を見つめる。
「だから....ありがとうございます!」
そこに憎しみはなかった。
ただ真っ直ぐで、まぶしいほど澄んだ笑顔。
「貴方が隊長で良かった!」
何を言ってるんだこいつは......私のせいで屈釖は死んだんだぞ....?
私は怨まれて当然の人間だ。
憎まれて当然の人間だ。
罵られて当然の人間だ。
なのに.....。
「私が隊長で........良かった......?」
「はい!」
祐基は迷いなく頷いた。
「私のせいでこんな状況になってるんだぞ......?私は誰1人守ることができなかったんだぞ.....?なのに......」
「貴方だから俺はここまで来れた。貴方だから俺たちは今戦ってる。貴方だから、俺は強くなれた」
違う.....私のせいでここまで来させた。
私のせいで戦わせた。
私は何もしてない、強くなれたのはお前が自分で乗り越えたからだ。
私は何もできなかった、私は.....。
「一緒にまた戦いましょう。俺には貴方が必要です」
『本当に貴方が求めるべきなのは冷たい硬貨ではなく、貴方を必要とする人の温かい手よ』
孫華隊長の声が聞こえた。
あの時の声が。
「必要.......?」
「あなたがいないと、俺は臆病で戦えない。そして、フォルネストも亜人王も倒したら、副司令にお願いして、また2人で部隊を作り直しましょう!」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥にくっきりと浮かび上がる文字があった。
生きたい。
ぞっとするほど強い感情。
(ダメだ....この感情は......)
受け取ってはいけない。
望んではいけない。
また誰かを巻き込み、傷つけ、壊してしまう。
「紅蓮隊長が困ったら俺が助けます、何が起こったって助けて、ずっと側で支え続けます」
そんなこと許されるはずがない。
「どれだけの苦難があっても、俺には紅蓮隊長が、隊長には俺がいます」
今、ここでそれを許したら....また私は....皆んなを不幸に......。
「紅蓮隊長、一緒に出ましょう!そして....一緒にやり直しましょう!」
祐基は私に、手を差し出した。
私にはその手が、暗闇を照らす灯火のように見えた。
(何でお前は.....私にそこまで......そんな事言われたら......私は.......)
「本当に.....私が必要なのか.....?」
「....はい」
「私がいないと.....お前はダメなのか......?」
「はい!」
許されないと思う、望んじゃいけない事だと思う。
けど、その手を....私は。
「......祐基、手が縛られてるんだ。動けない」
「あっそうでした!すいません!」
祐基は慌てて私の右腕を拘束する蔓に手をかけ、力任せに引き裂いた。
蔓が千切れ、私の右腕が自由になりゆっくりと指を開閉し、肩を回した。
「それと....私の偃月刀を拾ってくれるか?」
「はい!」
床に落ちている偃月刀を祐基が拾い、私はそれを右手に持ち。
自らの脇腹に突き刺した。
「ぐっ......っ.....ふぅぅ.....!!」
刃が肉を裂く生々しい感触。
熱い痛みが一気に体中へ駆け巡り、鮮血が刃を伝って滴り落ちる。
床の蔓に赤い模様が付いた。
「な、何やってるんですか隊長!!?」
祐基は顔を真っ青にして駆け寄る。
私は歯を食いしばりながら刃を引き抜き、血を払う。
続けて体を縛っていた蔓を切り落とし、私は自身の体を解放した。
耐え難い激痛に、そのまま床に崩れ落ちる。
「戒めだ.....大丈夫だ......もう」
祐基がすぐに肩を貸す。
私は痛みに顔を歪めながらも祐基の肩を借り、しっかりと立ち上がった。
痛くて仕方ないが、あの日から味わえなかった清々しい気分を感じる。
さっきまで死にたいと願っていた自分が、遠い過去のように感じる。
「祐基......」
私は隣に立つ祐基を見た。
傷だらけで、それでも自分を助けに来てくれた私の部下。
私はどうしても、こいつの手を。
「ありがとな......お前が部下でよかった。一緒にこいつを倒してくれ」
握りたくなった。
「....はい!任せてください、隊長!!」
祐基の手を、私は強く握った。
感じたことがない温もりを感じる。
金でも力でも地位でもない、自分を必要としてくれる手。
ずっと探し続けていた、私が本当に求めた、温もりを.....。




