4.鐘は鳴る
「はい、そこまで!」
手を叩く音が広場に響いた瞬間、それまで広場を包んでいた笑い声が、嘘のように静まり返った。
「見事な試合でした、紅蓮隊長.....それと屈釖君」
「ふ....副司令ッ!?」
紅蓮は慌てて姿勢を正し、深く敬礼をする。
新兵たちも遅れて師羽藺の存在に気づき、同じように一斉に頭を下げた。
「あ、誰だ?」
「師羽藺さんだよ兄貴....!東部方面副司令の!」
「おー!あんたがそうか!」
屈釖がそう言いながら身を起こそうとしたその時、偃月刀が風を切って彼の顔すれすれを通過した。
偃月刀は土煙を上げて地面に突き刺さる。
「紅蓮隊長、構わないとも。今はオフの気分だ」
「し、しかし副司令....!彼らは既に私の部下、部下の教育を怠るわけには....!」
「それより屈釖君!」
師羽藺は声を弾ませ、まっすぐに屈釖へ歩み寄る。
「あの『赤龍』と渡り合えるとは素晴らしい!実に見事だ!とても半年の訓練で築ける技量ではなかった!兵士になる前は、一体何をしていたのかな?」
師羽藺の問いに、屈釖は勢いよく身を起こし、胸を張って声を上げた。
「へっ!なかなか見る目あるじゃねぇか副司令!聞いて驚き知って驚き、そしてその眼で見て驚きやがれぃ!龍華帝国に雲を突き聳える...かの皇山っ!!獰猛な獣犇く野生の国のその頂点っ!!ユンピョウを倒した男、屈釖だッ!!覚えていきやがれいっ!!」
次の瞬間、衝撃音が広場に響き渡る。
屈釖の顔面は、紅蓮の拳によって地面にめり込んでいた。
「申し訳ございません副司令、後で礼儀を骨の髄まで叩き込んでおきます....!」
紅蓮は深々と頭を下げ、必死に謝罪する。
だが、師羽藺は腹を抱えて笑っていた。
「はっはっはっ元気だねぇ紅蓮隊長!今期の見込みある訓練兵を君のところに送った甲斐があったというもの、どうせもう揉め事が起きてるんじゃないかと思って遊びに.....じゃなくて、視察しに来てよかったぁ!」
「......副司令」
困り果てた顔で紅蓮は彼を見つめた。
終始陽気な雰囲気を漂わせる師羽藺だったが、突如表情を引き締めた。
途端に空気が一変し、祐基は思わず背筋を正す。
「さて....期待の新兵達よ。改めて、ようこそ龍鱗の長城へ」
その声音には、先程までの柔らかさとは違う重みがある。
「ここは龍華帝国を守る盾にして、亜人を迎え撃つ最前線、戦場だ。君たちはその中で偵察部隊への配属が決まった訳だが、その主な任務は壁の防衛は勿論、亜人の支配下であるゴバ荒野への侵入だ」
師羽藺は淡々と続けた。
「本来であれば実戦経験の豊富な兵士に任せるものだが、度重なる亜人の攻撃でそのような余裕は正直ない!よって、訓練で優秀な成績を残した君達が選ばれたわけだ!」
その時、一人の新兵が恐る恐る手を上げた。
「あの、なぜわざわざ荒野へ偵察を?この長城は難攻不落と子供の頃から聞いています。守るだけではダメなのですか?」
「いい質問だね」
師羽藺の目が光る。
「確かに荒野へ入るのは危険だ。何度も偵察部隊を送っているが、その度に犠牲は出ている。だが情報というのは、一種の兵器だ。奴らは獣やモンスターではない、知能がある。もし荒野の奥でこの長城を破壊する恐ろしい兵器を、亜人が作っていたらどうなる?我々はそれを知らず、いつも通りの防衛しかできない。そして対応できないまま長城は破壊され、国は滅びる。違うかね?」
師羽藺の言葉に、新兵は口をつぐんだ。
「それと....実は最近、荒野の亜人達の動きが奇妙でね。やけに計画的に動くというか......亜人同士の争いがぱったりと目撃されなくなったのも気になる。そこで偵察部隊の数を増やしてその原因を探ってもらいたい、という訳でもあるのさ!」
「あの副司令、部隊長としての顔もあります。そういった説明は私が....」
「ああ!ごめんごめん、ついつい喋りすぎてしまった!」
師羽藺は両手を胸の前に合わせ、ペコペコと紅蓮に頭を下げた。
代わって紅蓮が一歩前に出る。
「さて....先程副司令が話した通り、我らの任務はゴバ荒野の亜人の偵察。当然...亜人の住処だ、防衛戦以上に危険が多いが、お前達ならばそれを乗り越えられると信じている。偵察任務は一週間後、それまでに徹底的に鍛えてやるから覚悟しろ!」
「「「はっ!!」」」
紅蓮の力強い声に、新兵たちも大きな声で応える。
国を守るという、兵士ならば誰もが掲げる目標を聞かされ彼らの中の緊張は、高揚へと変わろうとしていた。
「ではひとまず.....」
と、紅蓮が言いかけたその瞬間。
ゴーーォン、ゴーーォン、ゴーーォン.....。
重く長い鐘の音が、長城に響き渡った。
「ん....鐘?」
「何だ....?」
新兵たちは戸惑い、顔を見合わせる。
だが、周囲反応はまるで違い、警備兵たちは一斉に顔色を変えどこかへと駆け出し、師羽藺もまた、血相を変えて総司令部へと走り去った。
「兄貴....この音なんだろう?」
「昼飯の時間の合図じゃねぇか?」
屈釖は、顔についた土を払いつつ呑気に言う。
「紅蓮隊長....これは?」
新兵の一人が問うと、紅蓮は鋭い眼差しで長城を見据えていた。
「ちょうどいい、武器はしっかり持っているな?ついて来いお前ら。長城の兵士達の戦い、そして亜人との戦闘....しっかりその目に焼き付けておけ」
「え、亜人との戦闘.....?」
新兵たちが息を呑む間もなく、紅蓮は歩き出し、訳も分からぬまま、全員がその背を追いかける。
紅蓮は低く呟いた。
「これは、敵襲を知らせる鐘だ」




