48.あの日の罪
「お母さん....?」
「紅蓮、お母さん達ちょっと用事があって離れちゃうの。だからここで待っててくれる?少し迎えに来るのが遅くなるかもしれないけど....」
「うん、わかった!ずっと待ってるねお母さん!」
「うん、待っててね紅蓮」
そう言って母と父は、どこかもわからない街に私を置いて消えた。
それからどれほど待てど、両親が私を迎えに来ることはなかった。
私は捨てられたんだ。
家も身寄りも金もない私は、毎日をゴミ溜めで過ごした。
決して裕福な家の生まれではなかったが、この生活と比べるとあの頃が天国のように思える。
その日の収穫物に、誰かの食べかけでも新鮮なパンがあれば運がいい。
殆どはゴミ箱に捨てられた腐った野菜、カビの生えたパン、何も無い日は虫を食べた。
なぜ両親は私を捨てたのか。
そんな事はその日から夜の数だけ考えた。
けど、貧乏だったからくらいしか答えは出ない。
もし私に原因があったのなら今すぐ直す、だから迎えに来て。
そう泣いて願ったところで、目を覚ませばゴミの上。
そんな長いゴミ溜め生活で私は確信した。
世の中は金だ、金があれば幸せになれる。
親との絆も兄妹愛もいらない。
家族なんてくだらない。
そんな仮初の幸せには何の意味もない。
そう考えるようになった頃、街の壁に貼られた兵士募集の紙が目に入った。
兵士は給料が良い。
武勲を立て、それなりの地位を得れば食うに困らない。
私は兵士になる事を決意した。
◆
「『赤・突』ッッ!!!!」
蔓絡人には胸の中心に核がある。
そこを貫けば確実に死ぬ。
私はフォルネストの胸、その核があるはずの位置へ偃月刀を突き刺した。
だがフォルネストは死ななかった。
「.....核狙いか......残念だが我の核はそこにはない......」
「あぁ!?ごッ.....!!!?」
次の瞬間、偃月刀はへし折られ、同時にフォルネストの蔓の一撃が私の体を正面から叩きつける。
視界が反転し、地面に叩き落とされた。
体が動かない。
骨が折れたか、全身の内側から今まで感じたことのない激痛が込み上げてくる。
「....さて....どう殺そうか......」
フォルネストは動けなくなった私を見下ろし、ゆっくりと考え始める。
恐ろしい待ち時間だ。
フォルネストは人間を激しく憎む怪物、私をここで殺すことはすでに決まっている。
あとはどれだけ苦しめて殺すか、それを奴が決めるだけ。
足が動かない、手も動かない、指一本まったく動かせない。
私はこの時初めて、死の恐怖というものを知った。
体は抑えきれないほど震え、息が荒れる。
逃げられない。
ここは森の奥深く、助けが来るはずもない。
自業自得とはこのことだろう。
孫華隊長の言っていた言葉の意味が、ようやく理解できた。
だが、その時にはもうすべてが遅すぎた。
「......ふむ......栄養にするとしよう.......」
フォルネストが蔓を伸ばし、私を掴んだ。
抵抗できない私はそのまま宙へ持ち上げられ、眼下に広がる口内を見下ろす。
(食われる.....!!嫌....嫌だ.....!!死にたくない!!誰か....助けてっ.......!!)
初めて救いを求めた。
情けなく、哀れに、存在するはずもない誰かに助けを。
思えば、酷い人生だった。
最期に脳裏に浮かんだのは、吐き気のするゴミ溜めで眠っていた頃の記憶。
冷たい地面、腐臭、鳴り止まない腹の音。
私はただ幸せになりたかった。
普通の人が当たり前に味わえる幸福を、至福を知りたかった。
そのために必死になった結果がこれだ。
惨めすぎて涙まで出てくる。
私の人生とは、一体何だったんだろう。
「まだ、貴方の人生は終わらないわよ....紅蓮!!」
その声と同時に、私の体は落下し始めた。
口に放り込まれるためではない、私を持つ蔓が切られたのだ。
そして、落下する私は空中で受け止められた。
受け止めたのは、孫華隊長だった。
「大丈夫紅蓮!?すぐ皆んなのところ連れてくから!!」
孫華隊長はボロボロの私を見て、すぐに森を駆け出した。
仲間たちのもとへ、私を連れて行くために。
「孫華......隊長.....なんで私を.....」
あれだけ命令を無視し、あれだけ見下していた私を、何で助けたのか。
(何で危険を顧みず......私を.....)
「だって....私隊長だし、それに......初めての部下だもん....孫覇と何も変わらない、愛おしいよ」
愛おしい。
そんな言葉、今まで誰からも言われたことがない、初めて言われた。
「何で.....私まだ....金なんて大して持ってない.....」
ゴミ溜めで生きていた頃、誰も助けてはくれなかった。
世の中は金だ、金がなければ誰も手を差し伸べない。
隊長だから助ける?
そんなのあり得ない。
絶対に他に、何か理由があるはずだ。
「紅蓮....あまり言いたくなかったけど、貴方が兵士になるまで何をしてたか、ある程度調べて知ってたの、私。親に捨てられた事も、悲惨な生活を送っていた事も」
孫華隊長は悲しい表情を浮かべていた。
まるで私の気持ち、その全て知ってるかのような、同情するかのような。
「紅蓮、これだけは言っておく。お金なんて温もりの一切ないものがどれだけあっても、幸せになんかならない。それを求めて死ぬことほど、寂しくて悲しい事はない。貴方が本当に求めるべきなのは冷たい硬貨じゃない、貴方を必要とする人の....温かい手よ」
「手......?」
「貴方は強い、きっとまだまだ強くなれる。そんな貴方だからこそ守れる人が、命が沢山あるの!」
そう隊長が言った直後、視界が開けた。
森を抜けた先、そこには第二偵察部隊の仲間たちがいた。
全員が孫華隊長の帰りを待っていた様子で、姿を見るとすぐに行動を開始しようとした。
「姉さん!.....何があったの.....?」
孫覇は私を見るなり睨みつけたが、すぐに動揺の表情を見せた。
「説明はあと、紅蓮をお願い」
「は!?嫌だよこんな奴!何があったのか知らないけど、その怪我どうせ自業自得だろ!?自分でどうにかさせるべきだ!!」
孫覇の言葉に同調するように、部隊の仲間たちからも「そうだそうだ!」と声が上がる。
「孫覇.....お願い」
孫華隊長は真っ直ぐに孫覇を見つめた。
「......ああーもう!!今回だけだぞ.....!」
孫覇は苦しそうに顔を歪めたあと、舌打ちしながら私を受け取り、背負った。
「それじゃあ皆んなは急いで長城へ帰還して!任務は失敗と報告するように!」
「え、皆んなは?姉さんは?」
「私は......」
「ヅルァァァァァァァァッッ!!!!」
森の奥から、耳を引き裂くような咆哮が轟いた。
次の瞬間、木々がへし折れ吹き飛ぶ。
地面を抉りながら、極太の蔓が何本も森の中から突き出した。
そして、ゆっくりと1体の怪物が姿を現す。
「.....さて.......どう殺そうか......」
フォルネストだ。
「な、何あの化け物.....!?」
「孫華隊長....!どうしますか!?」
「姉さん......!!」
叫びが飛び交う中、孫華隊長は一度静かに目を閉じた。
だがすぐに目を開き、孫覇を見つめた。
まるでその姿を目に焼き付けているように。
そして最後に小さく微笑み、優しく抱きしめた。
「え....姉さん.....?」
「孫覇.....貴方がいたから、私は幸せだった......本当に...大好きだよ。絶対生きて....長城まで帰ってね」
「.......え?」
孫華隊長はゆっくりと孫覇から離れ、その手が腰の剣へ伸びる。
双剣。
一つの鞘に、二振りの剣を収めた剣。
鞘から抜かれた二本の剣を構え、孫華隊長は部隊の全員を見渡した。
「第二偵察部隊ッ!!」
張り詰めた声が響く。
「長城へ帰還せよッ!!!私は奴を倒し遅れて帰還する!!死ぬ事は許さない、絶対に生きて帰れッ!!!」
「「「.....はっ!!」」」
仲間達は感じたのだろう、孫華隊長の覚悟を。
生きて自分達を帰そうとする、孫華隊長の想いを。
「.....いや.....いやだ......いやだよ姉さん.....一緒に.....」
「孫覇!行くぞ!!」
隊長の元へ、震えた声を発しながらゆっくりと近づこうとする孫覇を、仲間の1人が腕を掴み、無理やり引こうとする。
「嫌だ....!姉さんっ!!一緒に行こうよっ!!!一緒に帰ろうよっ!!!まだ俺....姉さんと話したい事沢山....「孫覇ッ!!!」
涙を流しながら手を伸ばし、置いていくのを拒む孫覇に、孫華隊長は叫んだ。
「お姉ちゃんとの約束.....忘れたの?」
孫覇の動きが止まった。
まるで、見えない鎖に縛られたかのように。
「孫覇ならもう1人でも生きていける!大丈夫!私の弟だもん!」
孫華隊長はニッと笑った。
危険なことなどない、またすぐに会えると言うかのような笑顔で。
「....わか....った.....絶対.....帰ってきてね......!!姉さん........!!」
「勿論!私が今まで孫覇に嘘ついたことある?さ、行って!」
孫覇は、孫華隊長に背を向ける。
それから一度も振り返らず、部隊の仲間たちと共に真っ直ぐ長城を目指し走った。
堪える涙を、地面に溢しながら。
◆
「......自分1人を犠牲に.....他の人間を助けろとでも........?無駄な事だ.......1人残らず.....我が殺しに行く.......」
「そうさせないために私がここに残ったのよ。私を殺せたら皆んなを追うといいわ......殺せたら、ね」
「.......貴様1人程度で我を止められると........?」
「....私、こう見えて結構強いのよ?」
「.......ほう........」
孫華はゆっくりと息を吐いた。
心を落ち着かせ、双剣を強く握りしめる。
そして叫んだ。
「我が名は孫華ッ!!!龍鱗の長城・東部方面軍第二偵察部隊部隊長、又の名を『鋭龍』ッ!!!龍華帝国一の切れ味....とくと味わえッ!!!!」
フォルネストが、ゆっくりと蔓をうねらせる。
「.......そうか.......来い........」
あぁ〜あ......。
できればもっと....皆んなと一緒にいたかったんだけどな......。
孫覇....私がいなくても大丈夫かな?
....いや、きっと大丈夫!
私が信じないで誰が孫覇を信じるのよ!!
いつか孫覇にも素敵なお嫁さんができて.....子供なんて作っちゃって...........。
あぁ....見たかったな....孫覇の子供.......。




