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龍華の英雄〜亜人戦記と弓を握りし臆病な少年〜  作者: オルレアンの人
第三章『過去の罪』

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47.あの日の過ち

 第一回偵察任務より2週間後、第二回偵察任務が行われた。

 今回の任務内容は、先日の夜中、長城より約40キロ先で起きた謎の爆発の調査である。


 総司令部は、魔道機人マギカロイドが関与している可能性が高いと判断し、普段以上の警戒を厳命した。

 龍華帝国は魔法に関する知識が乏しいため、荒野の亜人の中で最も警戒しているのが、魔法を使ってくる魔道機人だ。

 そのため今回の任務は、前回以上に敵に見つからないことが最優先とされた極めて危険な偵察だった。


 しかし。


 道中、そして目的地周辺で見つけた亜人を、紅蓮は片っ端から殺して行った。

 孫華の制止を無視し、1体でも多く討ち取ろうと逃げる亜人を追撃。

 本来であれば回避できたはずの敵とも交戦し続け、部隊を不要な戦闘へと引きずり込んだ。


 その行動に部隊の兵士たちも抗議したが、紅蓮は止まらなかった。

 それどころか、直接制止しようとした者に対しては暴力を振るい、上官である孫華には「臆病者」と罵声を浴びせた。

 次第に部隊内には紅蓮への明確な不満が高まっていった。


 結局、第二回偵察任務は調査失敗という結果に終わった。

 以下はその報告書である。



 東部方面軍第二偵察部隊、第二回偵察任務報告書。


 任務内容...長城よりおよそ40キロ先で発生した爆発の調査。

 調査結果...不明、周辺に魔道機人の残骸と鱗魚人リンギョジンの死体を確認。

 両種族の争いが原因と推測するも確証は得られず。

 警戒の必要性...しばらくはあり。


 ゴバ荒野記録。

 鱗魚人が活発的に動いており、至る所で視認。

 亜人に対して攻勢作戦を展開中であると考えられる。

 長城への直接的影響は現時点では不明だが、警戒が必要。


 部隊記録。

 部隊内で小競り合いが立て続けに発生し、軽傷者が4名。

 この事が原因で部隊内で険悪な空気が流れ、任務遂行に悪影響が生じる。


 討伐記録。

 部隊員それぞれが鱗魚人を二〜三体討伐。

 戦闘中負傷した者は3名、いずれも歩行に支障はなく命に別状なし。

 紅蓮...鱗魚人43体、魔道機人2体、蛇蜻蟲ドブソン14体、水のオーク6体、ゴブリン11体、オーク3体、スケルトン8体、寄生種パラサイーター5体、岩鮟鱇いわあんこう1体を討伐。

 いずれもかすり傷一つ負う事なく、単独で行う。

 命令無視の傾向は変わらず、今後のため至急対応します。


 以上。

 報告者... 東部方面軍第二偵察部隊部隊長・孫華。


「はぁ....」


 報告書を書き終えた孫華は深く息を吐き、机に肘をつき、額に手を当てる。

 初めての部隊長、初めての部下を持った彼女にとって部隊の仲間たちは家族のような存在であると思っており、上手く仲良くさせられない自分の力不足を嘆いていた。

 

「やっぱり私.....隊長向いてないのかな......」


 そんな弱音を口に出してしまうほど、彼女は悩んでいた。

 その原因は当然、紅蓮だ。


 彼女の実力は疑いようがなく、軍の中では間違いなくトップクラス。

 しかも16歳という若さのため伸び代も数多くある。

 将来的には皇帝の懐刀である龍華帝国最強の二人、『双刀そうとう』に選ばれても不思議ではない逸材。


 だからこそ国は、彼女を欲した。

 亜人から帝国を守るため、紅蓮という存在を高く、高く評価した。

 偵察任務での武勲は総司令部にも届き、東部方面の長城では彼女はすでに名の知れた存在になっている。


 それもあってか、彼女の傍若無人な態度は日に日に酷くなっていった。

 部隊の訓練には顔を出さず、独学で体を鍛える日々。

 部隊内で喧嘩を起こし、怪我人を出すことも一度やニ度ではない。


 その度に孫華は紅蓮を自室へ呼び出すが、応じることはなかった。

 隊員たちの不満は限界に達しつつある。

 

「でも....私が頑張んないと.....!」


 孫華は拳を握った。


「頑張ってお金稼いで、孫覇に楽させないと!」


 弟の将来のため、分不相応だと自覚している部隊長の役目を、仕事をしっかりとやり遂げる。

 彼女は気合いを入れ直すように自分の頬を叩き、再び机に向かい作業を続けた。


 その苦悩の姿を、扉の隙間から弟が静かに見つめていたことも知らずに。



 この日、空は厚い雲に覆われ今にも雨が降り出しそうな、少し肌寒さを感じる天候だった。

 見ているだけで心が沈みそうになるほど、黒く重い雲の圧。


 そんな空の下、兵士宿舎の訓練用広場の中央、そこに孫覇が立っていた。

 今日は休日にも関わらず軍服を着て、腰には剣を差している。

 戦いに行くかのような男の眼差しを向け、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。

 そして、そんな孫覇へと近づく足音が一つ。


「何の用だ」


 紅蓮だ。

 背に偃月刀を背負い、軍服を着ている。


「装備を付けて来いと言っていたが....私はお前に構ってられるほど暇じゃないんだが?」


 紅蓮は露骨に面倒そうな態度で言い、その言葉に孫覇は一切表情を変えず、剣を抜いた。


「お前の自分勝手な行動のせいで姉さんが苦しんでんだよ.....」


 孫覇は紅蓮を睨みつけ、怒声を上げた。


「今すぐこの部隊から出てけ!!」

「あ?知らねーよ、あんな臆病な奴なんて。私は私のやりたいようにやる。結果亜人を多く殺してるのは私だ、どこに問題がある」

「姉さんを困らせるなって言ってんだ!!何度も何度も仲間を危険に巻き込んだ挙句、止めようとした姉さんや仲間を無視し、怪我人まで出した!いい加減にしろよお前.....姉さんをこれ以上苦しめる前にここから消えろ!!」


 孫覇は剣先を紅蓮に向ける。

 拒めば斬る、そうはっきりとした意思を見せて。


「姉さん姉さん.....口を開けば姉さんばかりだなお前。キモいよ、どんだけシスコンなんだよ」


 孫覇の眉が僅かに動いた。


「.....勝負しろ」

「は?」

「俺が勝ったらここから出てけ」


 一瞬の静寂の後、紅蓮は嘲笑した。


「勝負?私とお前がか?本気で言ってんのか?」 

「ビビってんのか?」


 だが孫覇のこの発言にピクっと、紅蓮の表情が変わった。

 嘲りが消え、代わりに浮かんだのは静かな怒り。

 紅蓮は背中の偃月刀を引き抜き、構える。


「.....吐いた唾は飲めねぇぞ?私が勝ったらどうすんだ、お前が消えるか?」

「好きにしろ、お前の言うことなんでも聞いてやるよ」

「.......気持ち悪い、家族なんて何がいいんだ。姉、姉、姉って....そんなんじゃ将来結婚できないぞ。死す婚....ふっ、ピッタリだなお前に」


 紅蓮は咄嗟に思いついた暴言に、思わず鼻で笑った。


「まぁでも平気か、情けない姉さんが情けない弟をずっと面倒見続ける。お前は一生姉さんの乳でも吸ってるのがお似合いだ、死す婚」


 その言葉が放たれた瞬間、孫覇は地を強く蹴り、叫んだ。


「紅蓮ッッッ!!!!!」






「雑魚が。二度と私に歯向かうな」


 雨が降った。

 広場に倒れ伏す体に、冷たい雨粒が落ちる。

 ポツポツと雨が当たるたび、傷が声を上げる。


 それでも、孫覇は起き上がろうとはしなかった。

 ただ天を見つめ、拳を強く握り締め、歯を食いしばる。


「姉さん.......」


 雨は、さらに激しさを増した。

 


 第三回偵察任務。

 任務内容は、蔓絡人マングルマンの調査。

 

 長城からの荒野監視、そして第一偵察部隊の偵察任務も含めここ数ヶ月、1体たりとも蔓絡人は姿を見せていなかった。

 不審に思った総司令部は、第二偵察部隊へその調査を命じる。

 孫華はこれを承諾し、第二回偵察任務より三週間、第三回偵察任務が始まった。


 そして、紅蓮は相変わらず命令無視を繰り返し、亜人を仕留め続けていた。


「紅蓮!!今回の任務は本当に危険なの!命令無視は辞めてっ!!」


 ゴバ荒野に点在する小さな森。

 今回の目的地である蔓絡人の住処だ。

 紅蓮は現れた蔓絡人を次々と切り伏せ、そのまま森の奥へと単独で進み続ける。

 孫華は必死にそれを追いかけ、これまでにないほど厳しい表情で叫んだ。

 

「ふん....そんなに亜人が怖いのか。兄弟揃って情けないな」


 嘲るような言葉を吐き捨て、紅蓮は振り返りもせず進む。


「紅蓮ッ!!!っ....これ以上皆んなと離れるわけには......!」


 さらに森の奥へと進む紅蓮。

 森の外に置いてきた部下たちの事を考え、孫華は足を止めざるを得なかった。


「紅蓮......」


 遠ざかっていく背中を孫華はただ、悲しみを宿した眼で見送ることしかできなかった。



「やっと諦めたか。蔓絡人....こいつらも思ったより弱いな」


 既に30体以上の蔓絡人が彼女の猛攻に倒れ、蔓絡人は逃げ始めていた。

 背を向け森の奥へと逃げるその姿を、紅蓮は鼻で笑いつつ容赦なく切り捨て、なおも残りを追いかけていった。


「こいつら100体倒せば、皇帝にもきっと私の存在を知られる。そうなれば『双刀』も夢じゃない......!」


 『双刀』に選ばれれば、生涯金に困ることはまず無い。

 親がおらず、ずっとゴミ溜めで生きてきた紅蓮にとって金は全て、絶対であり、それ以外に求めるものは何もなかった。

 

 (もうあんな惨めな生活には戻らない......どんな手を使っても、誰だろうと利用して......誰よりも幸せな生活を送ってみせる......!)


 脳裏に浮かぶ小汚い子供の姿。

 飢え、怯え、必死に生き延びていた過去の自分。


 見たく無いその姿を、紅蓮は荒く頭を振り脳内から無理やりかき消した。

 その時だった。


「ん....!」


 逃げていた蔓絡人が突如として動きを止め、まるで何かに命じられたかのように、一斉に紅蓮の方を振り返る。


「なんだ?逃げるのはもう終わりか!」


 叫び、偃月刀を振り上げたその瞬間。


「.....ほう.....」


 声が降ってきた。

 一言で全身の細胞が総毛立つ重く冷たく、圧倒的な存在感を伴った声。

 只者ではないと、本能がはっきりと警鐘を鳴らしていた。

 紅蓮は攻撃を止め、即座に周囲を見渡す。

 

「.....人間がここまで来るとは珍しい......わざわざ死ににきてくれたか.....」


 上だ。

 紅蓮は反射的に天を見た。


「.....なっ....お前は.....!」


 そこにいたのは、人型を成した巨大な蔓の怪物。

 二足で立つその巨体は紅蓮を高く見下ろすほどに大きく、その底知れない不気味な風を送ってくる。


 その正体を、紅蓮は直感で理解した。


「まさか.....六荒王のフォルネスト.....!!?」

「......我の名を気安く呼ぶな......」


 それは、蔓絡人の祖と呼ばれる怪物、フォルネスト・アース。

 300年前に突如として現れ、生物全てを敵として見る怪物。

 六荒王の中でも特に危険性が高いと言われる存在だ。

 

 もし一般兵士がこの怪物と出会した時、どういう行動を取るだろうか。

 殆どはその鋼を超える硬度を持つ蔓を前に手も足も出ず、命懸けの逃走を図るだろう。

 あるいは恐怖に押し潰され、泣き崩れ、立つことすらできなくなる。


 だが紅蓮は違った。

 それが六荒王のフォルネストであると知った彼女は、笑みを浮かべた。


「六荒王.....!!お前を倒せば確実に『双刀』になれる.....!」


 臆するどころか、フォルネストを倒そうと武器を構える。

 彼女にとっては自分こそが最強であり亜人は、そしてその親玉だろうと敵では無いと考えていた。

 警戒はあれど、私なら勝てる存在だと。


「その首貰うぞ......!!」

「.....来い......」


 こうして、紅蓮とフォルネストの戦いは始まった。


 そして、わずか10分の戦いで、紅蓮は完敗した。

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