43.本当の理由
「.....何でついて来た?」
大量の黒い球体を樽へ詰め込みながら、孫覇は背後に立つ翠鳳へ問いかけた。
「神様にどっちについて行くべきか聞いたらこっちだっただけです。それよりここって?」
翠鳳が周囲を見渡す。
そこにあったのは弓に矢、剣や槍など。
どれも使い込まれた形跡は少なく、多少の擦り傷はあれど新品同様に綺麗な状態で保管されていた。
「見ての通り軍の武器庫だ、これを取りに来た」
「これって....火薬兵器とかいう奴ですか?初めて見ました.....おにぎりみたいですね」
翠鳳の脳内に、いつか食べた海苔を全体に巻いた真っ黒なおにぎりの記憶が浮かぶ。
「お前はいつも鼻で笑える感想を言うな....」
呆れたように言いながら、孫覇は樽の蓋を閉めた。
彼の前には三つの樽が並び、残る二つも同じ中身であろう事が翠鳳にも容易に想像がついた。
「ちょうどいい、お前も手伝え」
「え、手伝う?」
「外に台車を用意してる。それにこの三つの樽を乗せるぞ」
そう言って孫覇は一つ樽を持ち上げる。
相当に重いのか、肩を沈ませながら部屋を出ようとした。
「ちょっと待ってください!それで何をするつもりなんですか?というか孫覇さん、都へ行くって......」
翠鳳の声に、孫覇の動きが止まる。
彼は樽をゆっくりと床へ置き、腰に手を当てて深く息を吐いた。
「別に、俺1人で行っても意味がないからな」
「え!もしかして祐基くんと一緒に紅蓮さんを助けに行ってくれるんですか!?」
「違うッ!!」
孫覇は即座に否定し、声を荒げる。
「あいつを助けるためじゃない!祐基の持つ雷衝動は、焰秋隊長が命を捨てて手に入れたものだ.....都まで送り届けないと、隊長の死を無駄にすることになる......俺は紅蓮とは違う....!命令も想いも、しっかりと守ってみせる!」
翠鳳に向けられた孫覇の瞳は、何か覚悟を決めた者のそれだ。
その表情に翠鳳の胸が小さく跳ねる。
「そうですね......うん!じゃあ運びましょう!!早く祐基くんのところに行かないと!」
「あぁ.....っておい!!樽を転がすなっ!!?」
◆
孫覇はいくつもの樽が積んである木製の台車の上に立っていた。
「孫覇さん.......!?」
「押せ翠鳳ッ!!!」
「はいッ!!」
もうとっくに都へ行ったと思っていた孫覇の登場に祐基が驚いていると、孫覇の乗る台車を後方から翠鳳が押した。
台車は軋む音を立てながら坂を下り始める。
孫覇は振り落とされぬよう即座にしゃがみ込み、両手で台車にしがみついた。
速度はみるみる増していく。
それに気付いたフォルネストの手が、祐基を潰そうとしていた動きを止めた。
ゆっくりと顔の向きを変え、孫覇を見据える。
「......なんだ......自殺か.......?」
フォルネストが祐基から手を引くと同時に、周囲の蔓絡人が一斉に動き出した。
迫り来る台車からフォルネストを守るように壁を形成し、無数の腕を孫覇へと伸ばす。
「......!!」
蔓が迫ると、孫覇は片手だけで台車を掴み、もう一方の手で剣を抜いた。
「フンッ!!」
迫ってきた蔓が斬り落とされ、断たれた蔓は力を失って地面へと落ちていく。
攻撃を防がれた蔓絡人たちは、伸ばした腕を一斉に引き戻した。
「孫覇さん......?」
このままでは台車ごとフォルネストに突っ込んでしまう。
そうなれば台車は粉砕され、孫覇も衝突の衝撃で確実に命を落とす。
孫覇ほどの男が、それを理解していないはずがない。
一体、何をするつもりなのか。
祐基が困惑する中、孫覇はさらに予想外の行動に出た。
彼は再びしゃがみ込み、剣を鞘へと収める。
そして懐より取り出したのは、かつて長城で見た黒い球体。
火薬兵器だ。
(火薬兵器....!?まさかあれでフォルネストを.....!)
その火薬兵器の威力は長城で見ており、祐基も知っている。
だが雷衝動と比べれば、その威力は明らかに劣る。
あれではフォルネストに傷をつけることはできないはずだ。
祐基がそう考える中、孫覇は左手に火薬兵器を持ち、導火線に小さな箱を近づける。
「この距離なら.....頼むぞ火石....!」
箱に空いた小さな穴へ導火線を差し込み、側面のダイヤルを回す。
次の瞬間、導火線の先から小さな火が立ち上った。
「よしっ....!」
孫覇はすぐに箱を仕舞う。
フォルネストまでの距離はおよそ40メートル。
坂は終わり、台車はそのまま噴水内へと突っ込もうとしていた。
その瞬間、孫覇は火薬兵器を片手に台車から離れようと身を乗り出す。
だが。
「だッ......っ....!?」
跳び降りようとした刹那、一本の蔓が孫覇の足を貫いた。
蔓絡人の攻撃だ
「あっ!?孫覇さんッ!!!」
思わず祐基は叫ぶ。
「くそっ.......」
孫覇は降りることができず、体勢を崩す。
その拍子に手に持っていた火薬兵器が零れ落ち、黒い球体はあらぬ方へと転がっていった。
孫覇は咄嗟に受け身を取り、台車は数体の蔓絡人を轢き潰しながら、そのままフォルネストに激突した。
フォルネストの鋼鉄の硬さを前に台車は粉々に粉砕され、さらに樽が砕け中から大量の火薬兵器が周囲に散乱する。
そして孫覇も、地面へと放り出された。
その直後、少し離れた場所で孫覇が落とした火薬兵器が爆発した。
閃光と轟音が響く中、ようやく祐基は孫覇がしたかったであろう行動の意味を理解した。
本来であれば火のついた火薬兵器を残し、孫覇は飛び降りる。
そして、あの大量の火薬兵器を積んだ台車ごとフォルネストに衝突させ、爆破する。
一つでは通らなくともあの量ならばもしかすれば、フォルネストの顔を消し飛ばすことができたかもしれない。
だが、作戦は失敗した。
孫覇は地面に転がったままピクリとも動かない。
その身体の下から、赤黒い血が静かに床へと広がっていった。
「孫覇さん......!!」
生きているのか分からない。
それでも祐基は孫覇の元へ行こうと腕で地面を掻き、必死に這い進んだ。
だがその道を蔓絡人が立ち塞ぐ。
「.....火薬兵器だったか.......?くだらない........」
フォルネストは倒れ伏す孫覇へと顔を向けていた。
そこに殺意は感じない。
まるで踏み潰した虫の死骸でも眺めるかのような態度だ。
「フォルネストっ.......!!」
「.....人間が気安く我の名を呼ぶな......!」
フォルネストは目の窪みを細め、祐基を睨み据える。
「.....もう手はないか......さて......どうするか.....」
「.....どうする?」
「.....どちらも瀕死では我の栄養にはならん......どう苦しめて殺すべきか.........」
悍ましく、そして恐ろしく口元を歪め、ニチャリと笑う。
その怪物の表情に、祐基の背筋は凍りついた。
フォルネストが人間とは思考の根から異なる存在だと、否応なく理解させられる。
人の死を弄び、苦しみを吟味する。
その感覚があまりにも異質で、あまりにも理解不能。
自然と鳥肌が立ち、体が勝手に震え出す。
「......このまま死んでいくのを見守るか.......体の一部を順番に壊していくのもいい........」
よほどの怨みか憎しみがあるのか、フォルネストの声には人間を壊すことができる歓びだけが滲んでいた。
「フォルネストォ......!お前は......何でそんなに人を憎んでるんだ.....!?」
「.....忘れたな.......」
ただ一言、フォルネストは答える。
その言葉に祐基は恐怖と怒りを覚えた。
同時に、ほんの僅かだがその声に言い知れぬ悲しさが混じっているのを感じていた。
「忘れた......?」
「......300年も昔だ........もう覚えていない........だが.....人間への復讐心だけは......忘れない.......」
蔓絡人は他の亜人と比べて異様なほど人間を積極的に殺そうとする種族、それを祐基は訓練時代に知識として学んでいた。
その理由を今、理解した。
理由の忘れた復讐心。
ただ憎しみだけが残り、それだけが存在理由になっている怪物。
それがこの蔓の怪物を動かす動力源。
「復讐の化身か......!」
「......そうだ.....決めたぞ........」
フォルネストは、ゆっくりと顔を左の坂の上へ向けた。
「.....あそこにいる女を目の前で殺してみよう.........そうだ......それが1番辛いよな.........」
「ッ....!お前ッ.....!!」
その言葉を合図にしたかのように、座り込んでいる翠鳳へ向かって蔓絡人たちが動き出す。
まずい、立ち上がらなければ、止めなければ。
(くそっ!動けよ体ッ.....!!)
言うことを聞かない体に縛られ、祐基は無力にもただ蔓絡人を睨みつけることしかできなかった。
翠鳳は動こうとしないのか動けないのか、その場から離れようとせず、蔓絡人が徐々に距離を詰める。
フォルネストはその光景を眺めながら、不気味な笑みを浮かべる。
孫覇が顔にしがみついている中で。
「あ......!」
「......ぬ.......?」
祐基は、ハッと気付いた。
孫覇の存在に。
いつの間にか彼はフォルネストの顔面、その蔓の皮膚にしがみついていた。
頭部から口元へと血を垂らし、片目は半分も開かず呼吸も荒い。
満身創痍。
それでも決して落ちまいと歯を食いしばっている。
そして、それに気付いていなかったのはフォルネストも同じだった。
何かがいるとようやく気がついたようだ。
「この硬い蔓がどうにもできなかった.....けど......」
孫覇は軍服を乱暴に引き裂き、胸と腹に括り付けていた火薬兵器を露わにした。
黒い球体が、無数に連なっている。
「そ....孫覇さん.....?」
胸の奥が冷えた。
これから何が起こるのか、祐基は理解してしまったからだ。
「至近距離なら....この量の爆弾......一部くらいなら吹き飛ばせるだろ.......!!」
「.....離れろ........!」
フォルネストは顔を激しく左右に振るが、孫覇は蔓を掴む手を緩めない。
どれだけ血を吐き出そうと、蔓を赤く染めようと離れなかった。
「おい祐基.....!!」
孫覇は振り返らず、声だけを祐基に投げた。
「紅蓮に言っとけ......お前の事は一生許す気はない.......けど、お前の力は誰よりも俺が知ってる.......きっと姉さんも.....!」
「......鬱陶しい.......!」
フォルネストの低い唸りと同時に、周囲の蔓絡人が一斉に動いた。
無数の蔓が、槍のように孫覇へ向けて射出される。
「孫覇さん.....!!」
孫覇は懐から小さな箱を取り出し、腹部の火薬兵器の一本に導火線を差し込んだ。
「ダメだ.....!!やめて孫覇さんッ!!!」
導火線に、火が灯る。
「いいかっ!!」
孫覇は力強く叫んだ。
「姉さんがくれた命.....無駄にするなッ......!!お前の命賭けて......俺たちの国....絶対守り抜けッ!!!」
言い終えると同時に孫覇は目を閉じ、そして。
フォルネストの顔面に閃光が走った。
次の瞬間、天地を揺るがす爆音が轟く。
床に散らばっていた火薬兵器が連鎖し、凄まじい誘爆が広場を包み込んだ。
「孫覇さァァァァァァんッッッ!!!!」
直視できないほどの閃光と、体が吹き飛びかける激しい爆風。
祐基は反射的に目を閉じ、喉が裂けるほど叫んだ。
すぐに爆発は止み、祐基は慌てて目を開ける。
鼻を突くのは火薬の独特な臭い。
薄い白煙が空間に漂い、視界を歪ませていた。
周囲には、無残に吹き飛ばされた蔓絡人の残骸。
そして、顔の右半分が消し飛び、顎がだらりと垂れ下がったまま口を開くフォルネストの姿があった。
孫覇の姿はどこにも見えない。
どこにいったのか、無事なのか、生きているのか。
その思考は孫覇の覚悟を踏み躙る行為だと祐基は瞬時に理解し、捨てる。
祐基は矢筒から1本の矢を抜き取ると、迷いなく自身の脇腹へと突き刺した。
「ッ......ぐぅぅううッ....ぁぁぁあああああぁぁああああッッ!!!」
激痛が全身を貫き、視界が一瞬白く染まる。
だがその痛みを強引に力へと変え、祐基は動かない体を叩き起こした。
足に全てを込める。
目指すはフォルネストの口。
祐基は歯を食いしばり駆け出した。
「.......にんへんはあァ......!」
次の瞬間、地表に露出していた全ての蔓が天へと伸び上がり、そして落ちる。
上から何本も何本も、蔓の槍が祐基を狙って地面に突き刺さる。
一歩でも遅れれば死。
一度でも掠れば終わり。
祐基は全神経を研ぎ澄まし、ただ避け続ける。
するとドカンッッ!!!と、坂の方角から再び爆発音が響いた。
音は遠い、フォルネストを狙ったものではない。
「行ってッ!!祐基くんッ!!!」
翠鳳の声。
見なくとも分かる、彼女が作った隙だ。
その一瞬、フォルネストの動きが止まった。
これが最後のチャンスだ。
祐基は残った力の全てを振り絞り、地を蹴った。
手を伸ばし、一直線にフォルネストの口へ。
「孫覇さん......ありがとうッ.....!!」
その言葉と共に祐基の姿はフォルネストの口内へと、飲み込まれるように消えた。




