38.蔓の王
「な、なんですか今のッ!!?」
「猛獣....いや、悪魔のような叫び声.....!?」
それは街の北部から響いてきた。
まるで悲鳴のようにも威嚇のようにも聞こえる、思わず耳を塞ぎたくなるほどの咆哮に、祐基の背筋は凍りついた。
到底、生き物が発していい音ではない。
「紅蓮隊長....!!」
未知の存在を前に、祐基は反射的に紅蓮を振り返った。
指示が欲しい。
この状況をどう判断しどう動くべきか、紅蓮の指示が。
「今の.....声は......」
「.....嘘だろ........」
呟いたのは紅蓮だけではなかった。
孫覇もまた体を硬直させ、微動だにしていない。
二人とも目を見開き、明らかに動揺していた。
それでも紅蓮隊長ならすぐ我に返り、指示を出してくれる。
祐基はそう信じ、言葉を待った。
だが。
「ッ.....!!」
「え!?紅蓮隊長どこに!!?」
次の瞬間、紅蓮は踵を返した。
門とは逆方向、街の北部へ向かって走り出したのだ。
そしてさらに。
「あれ!?ちょっ孫覇さんまで!!?」
翠鳳の声にハッと前を見ると、紅蓮の背を追うように、孫覇もまた北へと駆け出していた。
説明はない。
合図もない。
状況が理解できないまま、祐基と翠鳳もその背を追って走り出した。
「ちょっと!都に行くんじゃないんですか!?」
前を走る二人の背に向かって翠鳳は必死に叫ぶ。
だが返事はない、振り向きもしない。
まるで何かに取り憑かれたかのように、二人はただひたすら走り続けている。
「もうっ....突然どうしたんですかあの2人!」
「わかんないです!とにかく追いかけましょう!」
なぜ街に戻るのか。
しかも向かっているのはさっきの声が響いた方向だ。
(まさか....あの咆哮に聞き覚えがあるのか?けど、だとしてもなぜわざわざ向かうんだ?)
権香が陥落した以上、何よりも優先するべきは都の防衛だ。
万が一にも都が落ち、皇帝が殺されればこの国は終わる。
だからこそ祐基たちは、まだ生き残りの住民や敵が潜んでいるかもしれないこの街に深入りせず、すぐに都へ向かおうとした。
紅蓮がその事を理解していないはずがない。
未知の存在を前に、この一大事にそんな軽率な行動を取る人物では決してない。
ではなぜ今この瞬間、あの声の方向へと走っているのか。
わからない。
だが、祐基の頭に浮かんだ可能性は一つだけだった。
あの声の正体を知っている。
そして、今ここで倒さねばならない存在だと判断した。
仮にこのまま都へ向かったとしても、その“何か”が後々大きな脅威になる。
それを考慮した上での判断だとすれば、警戒心の強い紅蓮らしい行動とも言える。
だが、それでも疑問は残る。
それがわかっているなら一言くらい説明があっても良いはずだ。
なのに紅蓮は何も言わず、翠鳳の問いかけにも一切反応を示さない。
しかも、その表情はただ事ではない。
明らかに強い緊張と覚悟を帯びている。
それほど危険な敵が待ち受けているのなら、なおさら何も知らない自分たちに伝えるべきではないのか。
(......!建物.....?)
結局疑問は疑問のままで終わり、崩れかけた建物の塀の陰で紅蓮と孫覇が同時に立ち止まり、身を低くしてしゃがみ込んだ。
それにつられるように、祐基と翠鳳も息を殺してしゃがみ、足を止める。
そこにあったのは塀に囲まれた石造りの大きな建物だった。
鉄格子の門に看板が付いており、そこに『龍華帝国商業組合総本部』と書かれている。
全景は塀に遮られて見えないが、その長さからして敷地は相当に広い。
建物も五階建てで、豪華な作りとなっている。
だが建物の中央部は、まるで隕石でも直撃したかのように大きく崩れ落ちており、巨大な瓦礫の山と化していた。
「紅蓮隊長....ここに一体何が....!」
祐基は小声で問いかけた。
しかし紅蓮は答えない。
身じろぎ一つせず、ただ瓦礫の山を凝視していた。
隣を見ると、孫覇も同じだった。
目を見開き、瞬きすら忘れたように、崩れた建物の中心を見据えている。
(何をそんなに集中して見て......)
祐基も二人の視線を追い、瓦礫の山へと目を向けた。
崩壊の跡は凄惨だが、それ以外に異変は見当たらない。
そう思った瞬間、何かがスルッと。
触手のようなものが一瞬瓦礫の隙間に見えた気がした。
「やはりっ.......!」
「なんで......あいつがここにッ......!」
紅蓮と孫覇が呻くように呟いた。
「え?」
「紅蓮隊長....孫覇さん?」
やはり2人は何かを知っている、そんな反応を見せた。
(......あいつ?)
瞬間、地響きが起きた。
大地の唸り声と共に足元が震え、瓦礫の山が内側から盛り上がる。
石のレンガが砕け、崩れ、押し潰される音が連続して響き渡った。
そして、瓦礫の奥から巨大な何かが姿を現し始めた。
「触手.....!?いや.....あれはっ!?」
「凄く大っきい.....」
触手ではない事はすぐにわかった。
人など容易く押し潰せる程の大きさの深緑色の蔓だ。
ゆらゆらと揺れているが、遠目からでも異様な強度を感じさせる。
蔓はまだ原型を留めていた建物の一部を薙ぎ倒し、周囲一帯を土埃で覆い尽くした
咳払いをしながらもそれを見続ける祐基は、土煙の中で起き上がる、巨大な影を見た。
(何だあれ.....13....いや15メートルはある.....!?)
ラージャンの奥義をも超える圧倒的な大きさ。
理解が追いつく前に全身に鳥肌が立ち、冷や汗が背中を伝っていた。
「紅蓮隊長....!!あれは一体何ですか!?」
祐基は紅蓮へと視線を移す。
紅蓮は呼吸が乱れており、その瞳には隠しきれない恐怖の色が浮かんでいた。
それでも視線だけは逸らさず、必死にそれを睨みつけている。
「紅蓮隊長......?」
「祐基.....あれは......あれはっ.....」
紅蓮は震える声で絞り出し、答えた。
「蔓絡人の祖......フォルネスト・アース......」
「.....えっ!?」
祐基はその名に驚愕した。
それは六荒王の一体、全ての蔓絡人を生み出したとされる始祖。
そして、紅蓮と孫覇の元部隊長を殺した亜人。
やがて土煙は晴れ、瓦礫の上に立つフォルネストの全貌がはっきりと見えた。
瞳のない悍ましい顔を持つ、全長15メートルを超える巨大な蔓絡人。
体を構成する一本一本の蔓は人を遥かに超える太さを持ち、無数の蔓が生え伸びる2本の腕、体を支える4本の蔓の足、城だろうと一撃で粉砕してしまいそうな極太の蔓の尾。
ラージャンとは違う。
亜人の中でも魔道機人と同様の得体の知れない不気味さを感じ、意思疎通が不可能である事を直感が告げていた。
あれが六荒王の一角、蔓絡人の祖フォルネスト・アース。
「ヅルァァァァアアアアアアァァァァアアアアァァッッッ!!!!!!!!」




