34.都へ
祐基達が外へ出ると、階段に座る影が一つ見えた。
「孫覇さん!無事ですか!?」
そこにいたのは孫覇だ。
見たところ擦り傷はあるが、深い傷はない。
水のオークとの戦いを無事切り抜けたようだ。
「孫覇.....」
「翠鳳、焰秋隊長はどうした」
孫覇は顔を上げ、翠鳳に視線を向ける。
「焰秋隊長は.....」
「.....そうか」
翠鳳の表情と声色から察したのだろう。
孫覇は答えを聞く前に翠鳳の口を閉ざさせた。
「......お前は、やっぱりそうなんだな」
孫覇は視線を紅蓮へと移す。
静かに、殺意の宿る睨みを向けて。
「違っ.......っ....」
すぐに紅蓮は否定しようとするも言葉が詰まったのか、口が動かなくなった。
その顔は苦しみと罪悪感に染まっている。
「何が違うんだ。お前は腕っぷしだけが取り柄だと思っていたが.....隊長を殺すのが性なのか?」
「っ........」
「ちょっと孫覇さん!!紅蓮さんだって必死に戦ったんですよ!!」
何も言えない紅蓮に変わって翠鳳が声を上げる。
しかし孫覇は翠鳳には目もくれず、紅蓮を鋭く睨み続けた。
「それよりも敵は?水のオーク達はどこに?」
祐基は話題を変え、外に出たときから気になっていたことを尋ねた。
外には水のオークの姿が一切なく、どこへ消えたのか見当がつかなかない。
「水のオーク共ならもういない。毒蠍人共が突然現れたと思ったら、一斉に婀尨宮から撤退していった。理由はわからないが」
それを聞いて祐基は、ポリズンの仕業と考える。
あの時言っていた「戦うつもりがない」という言葉は本当だったようだ。
おかげで助かったと、祐基はホッと息を吐いた。
「そういえばあと2人いないですけど、孫覇さんどこですか?」
「そこにいる」
孫覇の視線を追い、祐基達もその方向を見ると、2人は階段の隅で横たわっていた。
両手を胸の上に重ね置き、瞼は閉じており、動く気配を感じない。
祐基は静かに理解した。
あの2人は既に死んでいると。
「.......孫覇さん」
「あいつらが命を捨てたおかげで、ある程度の数をここで防げた。あいつらの分も俺が亜人を殺す、そう約束した」
孫覇に涙は見えない。
だが、その瞳から悲しんでいるのは伝わってくる。
それと同時に、静かな怒りも。
少しの沈黙を挟み、孫覇はゆっくりと立ち上がった。
「それで、焰秋隊長から最期に命令は?」
「祐基くんが持ってる弓、秘宝の雷衝動と私たち皆んなで都へ帰還してって」
その言葉を聞き、孫覇は祐基の手にある弓へと視線を移した。
「それが帝国の秘宝.....伝説の弓か。よく見つけたな祐基.....なんか雰囲気変わったなお前」
「え、あ....ありがとうございます」
祐基は思わず反射のように礼を言ってしまう。
その後、祐基たちはラージャンとの戦闘経緯を簡潔に伝え終えると、婀尨宮を後にし、馬車の停めてある場所へ向かうことにした。
冠耀の街を歩く中、水のオークの残党がいないか警戒して歩くもその影はなく、完全にこの都市から撤退したらしい。
行きの時と違い翠鳳の口数は少なく、流石に疲労した様子が見える。
紅蓮は相変わらず、傷は翠鳳が治したというのに、傷を負っていた時よりも苦しそうな表情を浮かべている。
一体この2人の過去にどれだけの事があったのだろうか。
何か言葉をかけたい、けれど軽々しく聞けるような話でもない。
祐基はそう思いながら、静かに歩を進めた。
重い空気の中、ようやく馬車に辿り着く。
だが、そこで彼らを出迎えたのは、無残な光景だった。
馬車の周囲には血が飛び散り、御者と二人の兵士が無惨に倒れていた。
恐らく水のオークの手によるものだろう。
それでも幸いと言うべきか、馬車には損傷がなく動かせる状態にあった。
祐基たちは静かに亡骸の前に立ち、数秒間、黙祷を捧げる。
そして、馬車に乗り込んだ。
「.....誰が操縦します?」
翠鳳が尋ねた。
行きは御者が操作していたが、もういない。
当然の問いだった。
「私が....「俺がやる」
動こうとした紅蓮を制するように、孫覇が御者台へと歩いていき、座った。
「そ...そうか、任せたぞ孫覇.....」
「お前のためじゃない、お前に任せるよりかは俺がやった方が安全だからだ」
「そう...か.....」
紅蓮は苦笑のようなものを浮かべたが、その表情にはどこか痛みが滲んでいた。
祐基はそんな二人を見つめ、胸の奥がざらつくのを感じた。
いくらなんでも言い過ぎだ。
祐基は孫覇を睨み、声を上げた。
「あの、さっきから紅蓮隊長に向かって失礼すぎませんか?」
「あ?」
「そうですよそうですよ!元カノだか失恋だか知りませんけど、ねちっこいですよ孫覇さん!」
祐基に続き翠鳳も声を上げた。
車内の空気が張りつめ、孫覇がゆっくりと振り向く。
その瞳には明らかな怒気を宿していた。
「その全く面白くない冗談、ニ度と言うんじゃねぇぞ。お前らは知らねぇからそうやってそいつと接してられるんだよ」
孫覇は紅蓮に目を向けた。
「俺はお前を一生許す気はない....!本当は殺してやりたいってこと忘れんな.....!!」
紅蓮の顔から血の気が引き、絶望と恐怖が入り混じったような表情が浮かぶ。
紅蓮は何も言い返さず、ただ視線を落とした。
「お前.....!」
我慢できず、祐基は孫覇へと歩み寄る。
自分の隊長を貶されて黙っていられる部下がどこにいるだろう。
近寄ってどうするのか自分でもわからないが、祐基の足は進む。
「待て.....」
だが紅蓮が手を伸ばし、祐基の腕を掴み止めた。
「いいんだ.....悪いのは私で.....」
「でも.....!」
それでも進もうとするも、紅蓮が首を横に振る。
その顔を見て、祐基は悔しさを呑み込み、静かに元の位置へ戻った。
「.....けど...焰秋隊長から、お前がしばらく俺らの隊長となると命令を受けた。軍は軍、お前の命令にも従う」
「あ...あぁ.....」
紅蓮は弱々しく答えた。
その声には、もはや力を一切感じられなかった。
「けど忘れんな、俺はお前に背中は預けない」
孫覇はそれだけ言うと、無言で手綱を握り、馬車を動かした。
手際は迷いなく、熟練者のそれだった。
馬の鳴き声が響き、気づけば冠耀の街が小さく見えた。
短い滞在だったが、どこか懐かしみを胸に感じながら、消えゆく街を見つめた。
「そういえば紅蓮隊長、この弓はどうしますか?」
馬車の内部。
揺れる中、祐基は横に置いていた雷衝動を持ち上げ、紅蓮に問いかける。
戦闘が終わってから流れでずっと持ち続けていたが、国の秘宝を自分が持っていてもいいのだろうかと、祐基はふと思った。
傷などがつかないよう木箱の中に保管すべきかどうか。
「.....都に着くまでは祐基、お前が持っていてくれ。お前の腕とその弓があれば、また敵の襲撃があっても退けられるかもしれない」
「了解です」
祐基は頷き、弓をそっと抱えた。
沈黙が一瞬流れたあと、翠鳳が息を吐きながら口を開く。
疲労と安堵が混じった声で。
「それにしても....まさか六荒王と戦う事になるなんて思いもしませんでしたよ.....」
「本当ですね、俺もびっくりしましたよ」
「しかもそれを倒しちゃうなんて!流石祐基くん!」
「この弓のおかげですよ、これがなければどうなっていたか.....」
事実そうだろう。
ラージャンの最後の技に、普通の攻撃は一切通用しなかった。
高威力の矢を放てる上、水の弱点である雷の力を纏うこの弓だからこそ勝てた相手だった。
六荒王の実力を軽視していたわけではないが、やはりこの戦いは簡単には終わらない。
「そういえば祐基、お前何で水のオーク共に狙われてたんだ?」
馬車を操縦しながら孫覇が声をかけてきた。
「え、俺を狙ってたんですか?さぁ....わかりません」
「国を攻め落とす最中に荒王の1体がわざわざ来たんだぞ。本当に心当たりないのか?」
「.....特には」
祐基は狙われた理由を考えるが、特に思い浮かぶものはなかった。
ラージャンや水のオークに恨みを買うようなことはした覚えがない。
そもそも兵士となってまだほんの数日、考えれば考えるほど狙ってきた理由がわからない。
たまたま見た目が似ている別人を狙っていただけ、考えついたのはこれくらいだった。
「.....私も聞きたい事がある」
祐基が考えを巡らせていると、紅蓮が口を開いた。
「祐基.....亜人王とは何だ?ラージャンに対し名乗ったとき言っていたよな」
その言葉に「あっ....」と、祐基の脳裏で点と点が繋がった。
ポリズンは言っていた。
『一部ノ亜人ハ、奴ニ無理矢理従ワサレテルダケ』
水のオーク達もそうだと。
“奴”とは、恐らく亜人王の事だろう。
屈釖は亜人王がこの戦いの元凶だと言っていた。
仮にポリズンの言葉を信じるのなら、六荒王は亜人王に従う存在。
つまり、ラージャンは亜人王に命令されて、祐基を殺しに来たという事になる。
祐基は亜人王の眼を射抜いた。
それを恨んでの報復、わざわざ荒王を使うかはともかく、そう考えれば祐基を狙ってきた理由は説明がつく。
そう理解すると同時に、祐基の背筋に冷たい何かが走った。
思い返せば、ラージャンは亜人王を「殺せなかった」と言っていた。
六荒王として、人間とは桁違いの強さを見せてきたあのラージャンがだ。
六荒王が全員、力で従わされてるとしたら、亜人王はそれだけの力を持っているという事になる。
雷衝動があっても勝てるとは限らない。
祐基はそう確信し、弓を力強く握りしめた。
そして、静かに口を開く。
「.....実は、皆んなに聞いてほしい事があります」
翠鳳と紅蓮が祐基を見つめ、御者台から孫覇もチラリと見た。
「これは兄貴が命を賭して、俺に繋いでくれた情報。この騒動の元凶である、亜人王についての話しです」




