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龍華の英雄〜亜人戦記と弓を握りし臆病な少年〜  作者: オルレアンの人
第二章『水の試練』

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34.都へ


 祐基達が外へ出ると、階段に座る影が一つ見えた。


「孫覇さん!無事ですか!?」


 そこにいたのは孫覇だ。

 見たところ擦り傷はあるが、深い傷はない。

 水のオークとの戦いを無事切り抜けたようだ。


「孫覇.....」

「翠鳳、焰秋隊長はどうした」


 孫覇は顔を上げ、翠鳳に視線を向ける。

 

「焰秋隊長は.....」

「.....そうか」


 翠鳳の表情と声色から察したのだろう。

 孫覇は答えを聞く前に翠鳳の口を閉ざさせた。


「......お前は、やっぱりそうなんだな」


 孫覇は視線を紅蓮へと移す。

 静かに、殺意の宿る睨みを向けて。


「違っ.......っ....」


 すぐに紅蓮は否定しようとするも言葉が詰まったのか、口が動かなくなった。

 その顔は苦しみと罪悪感に染まっている。


「何が違うんだ。お前は腕っぷしだけが取り柄だと思っていたが.....隊長を殺すのがさがなのか?」

「っ........」

「ちょっと孫覇さん!!紅蓮さんだって必死に戦ったんですよ!!」


 何も言えない紅蓮に変わって翠鳳が声を上げる。

 しかし孫覇は翠鳳には目もくれず、紅蓮を鋭く睨み続けた。


「それよりも敵は?水のオーク達はどこに?」


 祐基は話題を変え、外に出たときから気になっていたことを尋ねた。

 外には水のオークの姿が一切なく、どこへ消えたのか見当がつかなかない。


「水のオーク共ならもういない。毒蠍人スコルピオン共が突然現れたと思ったら、一斉に婀尨宮あぼうきゅうから撤退していった。理由はわからないが」


 それを聞いて祐基は、ポリズンの仕業と考える。

 あの時言っていた「戦うつもりがない」という言葉は本当だったようだ。

 おかげで助かったと、祐基はホッと息を吐いた。


「そういえばあと2人いないですけど、孫覇さんどこですか?」

「そこにいる」


 孫覇の視線を追い、祐基達もその方向を見ると、2人は階段の隅で横たわっていた。

 両手を胸の上に重ね置き、瞼は閉じており、動く気配を感じない。

 祐基は静かに理解した。

 あの2人は既に死んでいると。


「.......孫覇さん」

「あいつらが命を捨てたおかげで、ある程度の数をここで防げた。あいつらの分も俺が亜人を殺す、そう約束した」


 孫覇に涙は見えない。

 だが、その瞳から悲しんでいるのは伝わってくる。

 それと同時に、静かな怒りも。

 少しの沈黙を挟み、孫覇はゆっくりと立ち上がった。


「それで、焰秋隊長から最期に命令は?」

「祐基くんが持ってる弓、秘宝の雷衝動と私たち皆んなで都へ帰還してって」


 その言葉を聞き、孫覇は祐基の手にある弓へと視線を移した。


「それが帝国の秘宝.....伝説の弓か。よく見つけたな祐基.....なんか雰囲気変わったなお前」

「え、あ....ありがとうございます」


 祐基は思わず反射のように礼を言ってしまう。


 その後、祐基たちはラージャンとの戦闘経緯を簡潔に伝え終えると、婀尨宮を後にし、馬車の停めてある場所へ向かうことにした。

 冠耀の街を歩く中、水のオークの残党がいないか警戒して歩くもその影はなく、完全にこの都市から撤退したらしい。


 行きの時と違い翠鳳の口数は少なく、流石に疲労した様子が見える。

 紅蓮は相変わらず、傷は翠鳳が治したというのに、傷を負っていた時よりも苦しそうな表情を浮かべている。

 一体この2人の過去にどれだけの事があったのだろうか。

 何か言葉をかけたい、けれど軽々しく聞けるような話でもない。

 祐基はそう思いながら、静かに歩を進めた。


 重い空気の中、ようやく馬車に辿り着く。

 だが、そこで彼らを出迎えたのは、無残な光景だった。


 馬車の周囲には血が飛び散り、御者と二人の兵士が無惨に倒れていた。

 恐らく水のオークの手によるものだろう。

 それでも幸いと言うべきか、馬車には損傷がなく動かせる状態にあった。


 祐基たちは静かに亡骸の前に立ち、数秒間、黙祷を捧げる。

 そして、馬車に乗り込んだ。


「.....誰が操縦します?」


 翠鳳が尋ねた。

 行きは御者が操作していたが、もういない。

 当然の問いだった。


「私が....「俺がやる」


 動こうとした紅蓮を制するように、孫覇が御者台へと歩いていき、座った。


「そ...そうか、任せたぞ孫覇.....」

「お前のためじゃない、お前に任せるよりかは俺がやった方が安全だからだ」

「そう...か.....」


 紅蓮は苦笑のようなものを浮かべたが、その表情にはどこか痛みが滲んでいた。

 祐基はそんな二人を見つめ、胸の奥がざらつくのを感じた。

 いくらなんでも言い過ぎだ。

 祐基は孫覇を睨み、声を上げた。


「あの、さっきから紅蓮隊長に向かって失礼すぎませんか?」

「あ?」

「そうですよそうですよ!元カノだか失恋だか知りませんけど、ねちっこいですよ孫覇さん!」


 祐基に続き翠鳳も声を上げた。

 車内の空気が張りつめ、孫覇がゆっくりと振り向く。

 その瞳には明らかな怒気を宿していた。


「その全く面白くない冗談、ニ度と言うんじゃねぇぞ。お前らは知らねぇからそうやってそいつと接してられるんだよ」


 孫覇は紅蓮に目を向けた。


「俺はお前を一生許す気はない....!本当は殺してやりたいってこと忘れんな.....!!」


 紅蓮の顔から血の気が引き、絶望と恐怖が入り混じったような表情が浮かぶ。

 紅蓮は何も言い返さず、ただ視線を落とした。


「お前.....!」


 我慢できず、祐基は孫覇へと歩み寄る。

 自分の隊長を貶されて黙っていられる部下がどこにいるだろう。

 近寄ってどうするのか自分でもわからないが、祐基の足は進む。


「待て.....」


 だが紅蓮が手を伸ばし、祐基の腕を掴み止めた。


「いいんだ.....悪いのは私で.....」

「でも.....!」


 それでも進もうとするも、紅蓮が首を横に振る。

 その顔を見て、祐基は悔しさを呑み込み、静かに元の位置へ戻った。


「.....けど...焰秋隊長から、お前がしばらく俺らの隊長となると命令を受けた。軍は軍、お前の命令にも従う」

「あ...あぁ.....」


 紅蓮は弱々しく答えた。

 その声には、もはや力を一切感じられなかった。


「けど忘れんな、俺はお前に背中は預けない」

 

 孫覇はそれだけ言うと、無言で手綱を握り、馬車を動かした。

 手際は迷いなく、熟練者のそれだった。

 馬の鳴き声が響き、気づけば冠耀の街が小さく見えた。

 短い滞在だったが、どこか懐かしみを胸に感じながら、消えゆく街を見つめた。


「そういえば紅蓮隊長、この弓はどうしますか?」


 馬車の内部。

 揺れる中、祐基は横に置いていた雷衝動を持ち上げ、紅蓮に問いかける。

 戦闘が終わってから流れでずっと持ち続けていたが、国の秘宝を自分が持っていてもいいのだろうかと、祐基はふと思った。

 傷などがつかないよう木箱の中に保管すべきかどうか。


「.....都に着くまでは祐基、お前が持っていてくれ。お前の腕とその弓があれば、また敵の襲撃があっても退けられるかもしれない」

「了解です」


 祐基は頷き、弓をそっと抱えた。

 沈黙が一瞬流れたあと、翠鳳が息を吐きながら口を開く。

 疲労と安堵が混じった声で。


「それにしても....まさか六荒王と戦う事になるなんて思いもしませんでしたよ.....」

「本当ですね、俺もびっくりしましたよ」

「しかもそれを倒しちゃうなんて!流石祐基くん!」

「この弓のおかげですよ、これがなければどうなっていたか.....」


 事実そうだろう。

 ラージャンの最後の技に、普通の攻撃は一切通用しなかった。

 高威力の矢を放てる上、水の弱点である雷の力を纏うこの弓だからこそ勝てた相手だった。

 六荒王の実力を軽視していたわけではないが、やはりこの戦いは簡単には終わらない。


「そういえば祐基、お前何で水のオーク共に狙われてたんだ?」


 馬車を操縦しながら孫覇が声をかけてきた。


「え、俺を狙ってたんですか?さぁ....わかりません」

「国を攻め落とす最中に荒王の1体がわざわざ来たんだぞ。本当に心当たりないのか?」

「.....特には」


 祐基は狙われた理由を考えるが、特に思い浮かぶものはなかった。

 ラージャンや水のオークに恨みを買うようなことはした覚えがない。

 そもそも兵士となってまだほんの数日、考えれば考えるほど狙ってきた理由がわからない。

 たまたま見た目が似ている別人を狙っていただけ、考えついたのはこれくらいだった。

 

「.....私も聞きたい事がある」


 祐基が考えを巡らせていると、紅蓮が口を開いた。


「祐基.....亜人王とは何だ?ラージャンに対し名乗ったとき言っていたよな」


 その言葉に「あっ....」と、祐基の脳裏で点と点が繋がった。

 ポリズンは言っていた。


『一部ノ亜人ハ、奴ニ無理矢理従ワサレテルダケ』

 

 水のオーク達もそうだと。

 “奴”とは、恐らく亜人王の事だろう。

 屈釖は亜人王がこの戦いの元凶だと言っていた。

 

 仮にポリズンの言葉を信じるのなら、六荒王は亜人王に従う存在。

 つまり、ラージャンは亜人王に命令されて、祐基を殺しに来たという事になる。

 祐基は亜人王の眼を射抜いた。

 それを恨んでの報復、わざわざ荒王を使うかはともかく、そう考えれば祐基を狙ってきた理由は説明がつく。

 

 そう理解すると同時に、祐基の背筋に冷たい何かが走った。

 思い返せば、ラージャンは亜人王を「殺せなかった」と言っていた。

 六荒王として、人間とは桁違いの強さを見せてきたあのラージャンがだ。

 六荒王が全員、力で従わされてるとしたら、亜人王はそれだけの力を持っているという事になる。

 

 雷衝動があっても勝てるとは限らない。

 祐基はそう確信し、弓を力強く握りしめた。

 そして、静かに口を開く。


「.....実は、皆んなに聞いてほしい事があります」


 翠鳳と紅蓮が祐基を見つめ、御者台から孫覇もチラリと見た。


「これは兄貴が命を賭して、俺に繋いでくれた情報。この騒動の元凶である、亜人王についての話しです」


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