26.冠耀
「馬車を止めろ」
焰秋の指示に御者は手綱を引き、馬車はゆっくりと止まった。
「よし、全員降りろ。ここからは歩いていくぞ」
焰秋が振り返って指示を出すと、部隊の兵士たちは一斉に立ち上がり、次々と馬車を降り始めた。
そして、祐基と紅蓮もそれに続く。
降り立ったその場所の周囲には、廃墟と化した建築物が犇き建っていた。
街を囲う城壁はその役割を果たせぬほど崩れ落ちており、一部の建築物は外壁が無く内部が見えてしまっている。
殆どの建物は完全に瓦礫と化しており、まともに家として機能しそうな建物は見当たらない。
かつて栄華を極めた都は、もう影も形もない。
だが、その廃都の景色は今もなお威厳を放っており、どこか神聖で気安く足を踏み入れてはいけない空気が漂っていた。
「ここが冠耀......なんていうか、古の都って感じがしますね!」
「感想が浅いな」
周囲を見渡した翠鳳のその軽やかな言葉に、孫覇は冷たく返す。
「お前達は御者と一緒にここに残っててくれ。残りはわしについて来い」
焰秋は兵士二人に指示を残すと、街の石畳の上を歩き出す。
秘宝の回収へと向かうのは焰秋と翠鳳、孫覇と残り二人の兵士。
そして祐基と紅蓮、計七人だ。
「しかし....本当に廃墟だらけ......人一人いませんねここ。夜に来たらお化けとか出そう!」
「うん、いい具合に緊張感は解れるけど....気は抜かないでね、翠鳳ちゃん」
全員が真剣な眼差しで廃都を進む中、一人だけ気楽そうに進む翠鳳。
そんな彼女に焰秋は優しく注意した。
「ね!祐基くんもそう思いますよね!?」
「え....いや.....」
彼女は弾む声で祐基に近寄り、顔を覗き込むように話しかけた。
祐基はすぐに視線を逸らす。
「あ!見てくださいあれ!青龍を模した石像ですよ!!」
翠鳳が指差した先には、蔦に覆われながらも威厳を保つ石像があった。
だが表面の一部にはひびが走っており、いつ崩れてもおかしくないほどに劣化している。
「相当古い石像でしょうにまだ立派に残ってますよ!祐基くん!」
翠鳳は興奮気味に祐基の肩を何度も叩く。
「はぁ.....そうですね」
「あれ?翠鳳ちゃん、いつの間に祐基くんとそんなに仲良くなったの?」
祐基にぐいぐい距離を詰める翠鳳を見てか、焰秋が不思議そうに尋ねた。
「単に歳が同じで、勝手に友達認定したんでしょう。周りが歳上しかいなくて威張れないから」
「孫覇さんちょっと黙っててもらえますか!」
翠鳳は頬をふくらませながら孫覇を睨む。
だが孫覇は視線を合わせず、まるで空気のように扱った。
「それよりも焰秋隊長、皇帝陛下の仰っていた秘宝は一体どこに?とてもここに、そんな物が残されているとは思えないのですが」
「皇帝陛下によると、婀尨宮の地下に眠ってるらしい」
「婀尨宮....初代皇帝の宮殿.....」
「はいはーい!婀尨宮って何ですか?」
翠鳳は手を挙げて二人に質問した。
「翠鳳ちゃん学校で習ったろ.....婀尨宮は初代皇帝が建てた宮殿だ。今の烙夭の宮殿よりも遥かに壮麗で荘厳だったと言われてる。かつての皇帝は、そこで国の舵取りをしてたんだよ」
「まぁ....覇王によって焼け落ちたらしがな」
「あ〜....そんな事聞いたことあるような......私、魔法以外興味なくて学力試験赤点だったんですよね....」
「よく卒業できたねっ!?」
焰秋隊長は翠鳳の発言に驚くと同時に突っ込んだ。
「しかし......あの宮殿に地下があるとは知りませんでした。焰秋隊長はご存知だったのですか?」
「いや....わしは何度か冠耀に見回りで来てる。婀尨宮にも入った事はあるが、知らんかった。地下への入り口なんぞどこにも見当たらんかったはずだ」
焰秋は腕を組み、遠い記憶を探るように考え込んだ。
「ではどうやって地下に?」
「安心しろ、地下への入り口はしっかり伝えられていた」
「それはよかった。余計な時間がかからずにすみそうで」
「だな.....」
焰秋は静かに頷き、そして言った。
「かの初代皇帝が残した伝承によると、地下へ行くには.....『頭を垂れよ』......」
その言葉を口にした瞬間、場の空気が止まった。
孫覇も翠鳳も、続きの言葉を待つように黙り込んでいる。
だが、焰秋はそれ以上何も言わなかった。
「.....えっ...え、あの.....それで?」
「それだけだ」
焰秋のあっさりとした返答に、翠鳳はぽかんと口を開けた。
「えぇぇぇ〜〜!!?普通そういうの....もっと....こうっ、ありますよね!?お宝の隠し場所を記した暗号とかみたいに!」
「仕方ねぇだろ、初代皇帝がそうとしか伝え残さなかったんだから。わしももっとヒント欲しいわ」
「それだけで地下の入り口を探すのは....かなり時間がかかりますよ」
「そう思って、皇帝陛下は婀尨宮をありったけの火薬兵器で破壊して見つけようとしたんだが、宰相やら側近連中から猛反発受けてダメになった。ただ、他の伝承で地下室の入り口らしき記述が“帝の間”にあったと皇帝陛下は言っていた。少なくともそこに必ずあるはずだ。国の命運がかかってんだ、死ぬ気で探すぞお前ら!」
焰秋の言葉に、部隊の残り二人の兵士が声を合わせて、「「おおっ!」」と気勢を上げた。
やがて一同の前に、ひび割れ苔に覆われた、長く大きな碧色の壁が現れた。
その壁に囲まれるようにして、ひときわ巨大な建築物がそびえ立っている。
石畳の道の先に見えるそれは、周囲の瓦礫と化した建物群とは明らかに違う。
一部こそ損壊しているものの、いまだ威容を保ち、崩れ落ちることなく堂々と立っている。
一目でわかる、あれは宮殿だ。
「あ!あれが婀尨宮ですか!」
「おおそうだ!何度見ても美しいな!」
宮殿の前には川が流れており、少し色の剥げた赤い橋がかけられている。
橋を越えた先の石畳の両脇には、青龍を模した石像が二体、まるで門番のように並んでいる。
そのさらに先には、巨大な正門が聳え立っていた。
門は閉ざされており、今なお初代皇帝が築いた威圧を感じ、近寄りがたい雰囲気が漂っている。
「何だかドキドキしますね....!あの中に入れるなんて.......偉くなった気分です!」
「ハハハ!わしも最初そう思った!」
焰秋の笑い声が静寂の都市に響くと、一同は橋に差し掛かる。
「ところで.....祐基くん.....」
渡っていると翠鳳が祐基に再び歩み寄り、耳元に顔を寄せて小声で囁いた。
「紅蓮さん....孫覇さんと喋ってからずっと浮かない顔してるんだけど.....あの二人どういう関係なの.....?」
祐基は少し目を細めた。
正確には知らない、だが思い当たる節はあった。
元仲間という発言、そして前に紅蓮が話していた過去話。
『仲間達は私を許せず長城から去った』
あの常に凜としていた紅蓮の弱っている表情からして、恐らくその時の仲間なのだろう。
祐基はそう考えた。
「.....昔、同じ部隊にいた仲間です。あまり踏み込まないであげてください」
「仲間なのにあの気まずそうな顔.....はっ!もしかして恋人同士だったとか!?」
「それ、本人達の前では絶対言わないでくださいね....」
翠鳳の能天気な推測に、祐基は少し引いた。
そんな事を話しているうちに、七人は橋を渡り終え、巨大な門の前に辿り着く。
まるで巨人が出入りしていたかのような高さと幅を誇るその正門は固く閉ざされており、人の力ではどう足掻いても入れそうになかった。
「どうやって入るんですかこれ?」
「ちょっと待ってろよぉ....」
焰秋は懐から古そうな鍵を取り出すと正門を触り始め、鍵を何かに挿した。
すると、ガチャっ....と金属の音が鳴り正門の片側の扉、その下部にちょうど人が通れる程のサイズの隠し扉が開いた。
「よし、入るぞ!」
焰秋がその扉を潜り、中へと入る。
そして、祐基達も続いて門を潜り抜けた。
通り抜けると、景色は一変する。
正面に見えたのは、巨大な石段。
それを上っていくと、並び立つ藍色の柱が長い年月を経て色褪せ、屋根瓦の一部は崩れ落ちているが、かつての栄華を今も象徴し続けている、初代皇帝が政を執ったであろう雄大な宮殿が堂々と構えていた。
「これが.....婀尨宮.....」
祐基は思わず呟いた。
言葉を失うほどの光景。
翠鳳や兵士たちも息を呑み、誰一人として動けずにいた。
「見惚れるのわかるけど、行くぞー!」
そう言って焰秋は宮殿へと進み、我に帰った一同はゆっくりと歩き始めた。




