25.再会
「「おお....!!」」
紅蓮は蛇蜻蟲に突き刺さった偃月刀を引き抜き、刃に付いた血を軽く払うと背に収めた。
そして、振り返りながら口を開く。
「友軍が亜人に襲われているところを見かけ、加勢に入った。この部隊の指揮官はあなたか?」
紅蓮は、先ほど隊長と呼ばれていた男に目を向けた。
男の年齢は恐らく40代後半ほど。
赤と白が入り混じる短髪に、薄く生えている髭、簡素に仕立てられた軽装甲冑を纏い、左腕には紅蓮と同じ隊長の証、腰には柳葉刀を装備している。
歳はとっているが、それでも隣に立つ若い兵士に負けず劣らずの若々しさを感じる
「あぁ、危ないところを助けられた。礼を言う」
男は静かに頷くと、名乗った。
「わしは玻 焰秋、この部隊の部隊長を務めている」
焰秋は軽く頭を下げ、紅蓮に向かって敬礼した。
「もし違っていたら失礼、もしやあなたは紅蓮殿ですか?」
「よくご存知で、私は龍鱗の長城・東部方面第三偵察部隊隊長、趙 紅蓮です」
「おお....やはり、噂は予々。長城での活躍、都でも聞いておりますよ『赤龍』殿。若い女性の兵士だと聞いておりましたが.....これほどとは」
「恐れ入ります」
「となると、そちらの兵士はあなたの部下で?」
焰秋の視線が紅蓮の背後へと向けられる。
振り返ると、そこには祐基が立っていた。
「はい、私の部下の祐基です」
「ほぅ.....なるほど........」
焰秋は目を細め、祐基を頭の先からつま先まで観察するように見つめた。
「ふぅむ.....他の部下は?」
「......長城の防衛戦にて」
「あぁ....そうか。それで紅蓮殿、あなた方は今どこへ向かって?」
「私達は挙抄に向かっているところです」
「挙抄....何だ、まだ知らないのか?」
「知らない....?」
紅蓮の眉がわずかに動く。
焰秋の声音には、どこか沈んだものがあった。
「挙抄は数時間前....亜人の手に落ちた。䑓戸が足止めしてる間に防衛準備を整えていたんだがな。六荒王と妙に強いのが1体、1日と保たなかった」
「挙抄が......それに....やはり六荒王も絡んで.....」
それを聞いて、紅蓮は驚愕した。
䑓戸は要塞都市だ、そう簡単に落ちるはずがないとふんでいたのを、恐らく長城が敗れたその日には陥落してしまったのだろう。
じゃなければ挙抄まで、ここまで早く到達できるわけがない。
信じ難い報せだった。
だが、あの六荒王が手を組んで攻めてきたのならば、それが事実だと確信できてしまう。
さらに、一連の動きから亜人の狙いが判明した。
亜人は長城を越え、䑓戸、挙抄を抜け、真っ直ぐ南下してきている。
つまりそれは。
「まさか....奴ら狙いは、都....!」
このまま亜人が南下すれば、次は権香、そして龍華帝国の首都、烙夭に当たる。
都と皇帝、狙われているのはこの二つと紅蓮は考えついた。
「だろうな、わしらもさっき知らされたばかりだ。本来なら挙抄で『俺龍』と合流する予定だったんだが.....」
「合流?何か任務の途中でしたか?」
「あぁ......おおそうだ!」
焰秋は何かを思い出したかのように手を打ち、紅蓮を見つめ直す。
「紅蓮殿、あなたの力を見込んで頼みがある!わしらと一緒に来てくれないか?陛下からの勅令でわしらは今、冠耀に向かっておる」
「冠耀に?」
紅蓮は思わず眉を寄せた。
冠耀、それは国の西部に位置する、かつての都。
だが今は廃都だ。
焼け落ちた宮殿、崩れた城壁、草に覆われた家々しかなく、亜人の都への進撃が迫るこの状況で、なぜそんな場所に行くのか。
「あぁ、六荒王を倒すための秘宝を取りに行くんだ」
「あの六荒王を.....?それは一体」
「詳しい事は同行するなら話せる。初代皇帝が残した伝説の武器......とにかく、わしらはそいつの回収を命じられた。それで護衛に腕の立つ兵士が必要だったんだが.....」
「それが『俺龍』だったんですね」
「そういうこった」
紅蓮は少し考え込む。
挙抄が落ちたのなら、次に目指すべきは権香、もしくは都の烙夭だろう。
だが仮に到着したところで、六荒王を倒せなければ意味がない。
(もし、本当にその秘宝に奴らを撃退できる力があるのなら.....)
「.....わかりました、そういう事でしたら同行させてもらいます」
紅蓮がそう告げた瞬間、焰秋の顔がぱっと明るくなった。
両の手を大きく打ち鳴らし、満面の笑みを見せる。
「おぉ助かる!あの『赤龍』が同行してくれるとは心強い!ささ、乗ってくれ!」
焰秋の言葉に、紅蓮と祐基は馬車へと乗り込み、その後に続き残り二人の兵士も乗り込む。
焰秋は御者台に移動し、御者の男の隣に座った。
馬車の中には五人の兵士に加え、穏やかな雰囲気を持つ若い女性が一人、奥に座っていた。
柔らかなピンク色の髪を長く伸ばし、端正な三つ編みにまとめている。
瞳もまた薄い桜色で、見る者の心を落ち着かせるような静けさを帯びていた。
彼女は深紅の僧衣を纏い、腰に金の帯を締め、首からは数珠を提げている。
靴にはブーツを履いており、傍らに金色の錫杖が立てかけられていた。
格好からして間違いなく僧侶だろう。
「あの.....あなた」
空いていた馬車の奥の片隅に座った紅蓮の、その隣に座った祐基へ女性が声をかけた。
「....何ですか」
「怪我してますね。見せてください、私が治しますので!」
「.....このくらい、いいです」
「そう言わずにこっち座ってください!ほら!」
祐基は露骨に嫌そうな顔をしたが、女性はにこりと微笑むと、迷いなく彼の腕を取り、隣に座らせた。
「それじゃあまず指から治しますね。包帯外しますよぉー」
女性は祐基の親指に巻かれていた包帯をそっと外し、痛々しい指に手をかざして唱えた。
「<ヒール>....」
その瞬間、祐基の指先を光が包み込む。
光がふっと消えると、そこにあった傷は完全に癒えていた。
(やはり僧侶だったか。貴重な回復魔法使いを連れてるということは、陛下にとってこの任務はそれだけの価値があるのか.....)
龍華帝国に生まれ育った者の多くは魔法を知らない。
唯一魔法を学べるのは、都にある国子魔法学監のみ、それもほとんどは回復魔法の教育。
国土と総人口に対して、年間で学べる人数は少ない。
そのため、国にとって回復魔法を使える僧侶は貴重な存在であり、国の保護対象になっている。
各都市に一人か二人、主に軍の基地に置かれ、基本的に軍の任務への同行や勝手に街を移動するなどが禁じられている。
もし移動先で何かあっては、貴重な回復魔法使いの損失に繋がるため、よほどの事態でない限りは許されない。
つまりその回復魔法使いである僧侶の彼女が同行しているということは、それだけこの任務が皇帝にとって重要なのかがわかる。
「翠鳳.....入学して僅か1年の16歳で回復魔法を習得した逸材だ。頭はアホなのに魔法の才だけはあるっておかしな奴だ」
「むっ!誰がアホですか!」
紅蓮の目の前に座る、語るように口を開いた男に対し、僧侶の女性...翠鳳は頬を膨らませた。
紅蓮はふと男の顔を見た瞬間、目を大きく見開き呼吸を止めた。
「武の才は誰よりもあるのに、部隊の事を一切考えず命令を無視してた奴によく似てる、そう思わないか?」
その男は、恨み節のように喋り続けた。
その言葉に、紅蓮の心臓はドクンッと大きく鳴り、掌に汗が滲んだ。
「そ......孫覇.....?」
紅蓮はあからさまに動揺していた。
「.....知り合いですか」
祐基が紅蓮に問う。
紅蓮はしばし沈黙し、やがて唇を震わしながら答えた。
「.....昔...同じ部隊にいた.....仲間.....孫覇だ」
そう言うと祐基は男に視線を向けた。
男は静謐な気配と落ち着きを纏っていた。
祐基と同じ軍服を着ており、背まで届く艶やかな銀灰色の長い髪、切れ長の灰色の瞳、横には柳葉刀を置いている。
「仲間か......久しぶりだな、紅蓮。元気そうで何よりだよ」
孫覇は冷たい目を紅蓮に向け、感情の乗っていない言葉を発した。




