24.言う権利
「.....祐基、歩けるか?」
山小屋で一夜を明かした紅蓮は、服を正しながら振り返った。
割れた窓から朝の光が差し込み、冷たい空気が二人の間を流れていく中、祐基はゆっくりと顔を上げた。
「.......はい」
昨日は立とうとしなかった祐基だったが、今は自分の足で立っていた。
だが、その瞳には相変わらず光が宿っていない。
影を落としたまま、どこか遠くを見つめているようだった。
紅蓮はしばし黙ってその様子を見つめる。
祐基の心がまだ、屈釖を失った現実を受け入れられていない、言葉にせずとも分かった。
「.......今日中に挙抄まで行く、しっかりついて来い」
「.......はい」
返事はあった。
だが、それは生気を欠いた声で、ただ命令に従うためだけに発せられた言葉のようだった。
本当なら、もう少し休ませてやりたい。
けれど、立ち止まっていられる時間はない。
紅蓮は無言で扉を開ける。
小屋の中へ、朝の冷気が一気に流れ込む。
「じゃあ、行くぞ」
紅蓮は先に小屋から外へ出る。
その背中を追うように、祐基もゆっくりと小屋を後にした。
◆
二人は静かに森の中を歩いていた。
足元の落ち葉を踏む音だけが、乾いた空気の中にぽつぽつと響く。
会話は一切ない。
紅蓮は祐基の歩調に合わせて歩いているが、その胸中には焦りがあった。
無理に急かせば崩れ落ちそうなほど、まだ祐基は弱々しい。
けれど、このままでは挙抄に着くのが遅れてしまう。
少しでも早く、森を抜けておきたい。
紅蓮は歩きながら、そっと後ろを振り向く。
祐基は昨日よりもさらにやつれた顔で、のそのそと歩いている。
肩が落ち、視線は地面の一点を見つめたまま動かない。
「......祐基、すまないがもう少し早く歩けるか?」
「........はい」
返ってきたのは、変わらず生気の抜けた声だった。
口だけが動いて、歩幅は変わらない。
紅蓮は小さくため息をつき、前を向いた。
仕方がない。
けれど、放っておくわけにもいかない。
数歩進んで紅蓮は立ち止まり、振り返った。
「......なぁ祐基。いつまでそうやって落ち込み続ける気だ?お前にとって屈釖の存在がどれほどかは、あの時...熱く語っていたお前の顔を見てればわかる。けど、屈釖は死んだ。どれだけ悔やんでも、もう帰ってはこない。受け入れろ。そして.......いい加減、前を見ろ」
紅蓮は祐基にそう言葉をかけると、祐基は静かに立ち止まった。
「......あんたに....何がわかんだよ」
「......は?」
そう言った祐基に目には、若干の怒りが宿っていた。
「紅蓮隊長.....あの時、どこにいたんですか....兄貴は...長城が壊されても戦い続けてましたよ。僕が亜人に殺されそうになった時、兄貴が助けてくれました」
祐基の声は震え、握りしめた拳が白くなる。
溜め込んでいたものを噴き出すように、その声は段々と大きくなってきた。
「隊長は.....隊長なのに、兄貴を助けてくれませんでしたね。どこにいたんですか.....?なにやってたんですか.....?部下1人も守れないで、よく....よく隊長だなんて名乗れましたね.....!!」
次の瞬間、祐基はハッと我に返った。
自分が何を言ったのかを理解したのだろう、顔が再び俯いた。
「.....すいません.....言葉がすぎました.....」
「いや、いい。お前の言う通りだ」
紅蓮は振り返り、前を向いた。
「事実、私は部下の誰1人救えなかった。お前にはきっと....それくらい言う権利はある」
紅蓮はそう言って、歩き出した。
祐基も数秒遅れて、その背を追う。
だが、その道のりには言葉も音もなかった。
風が木々を揺らしても、二人の間の沈黙は解けない。
その空気は、先ほどよりもはるかに重く、冷たかった。
それから一度、耳兎という白と黒のまだら模様の毛を持つ小動物を見つけた。
普段は垂れて地面を擦っているが、音を聞く際は大きく張り上げる長い耳が特徴の兎だ。
紅蓮はそれを捕まえて焼き、無言のまま2人は腹を満たした。
それ以外には特に何事もなく時間だけが過ぎ、五時間ほど歩いたころ、ようやく森の木々の隙間から出口が見えてきた。
「街道.....これを辿れば挙抄まで行けるはずだ」
森を抜けると、そこには馬車の車輪跡が続く、整備された街道があった。
紅蓮は頭の中で地図を思い浮かべる。
(祐基と合流し、あの地点から南へ歩き続けたということは....ここは挙抄と西方の都市を結ぶ街道のはずだ)
彼女は短く息をつき左手の方、東の挙抄へ向かって歩き出す。
その時だった。
「ん.....?あれは....馬車?」
街道の先に何かが見えた。
紅蓮は目を細め、視線を凝らす。
やがてそれが何かを認識した瞬間、彼女の表情が僅かに引き締まる。
1台の龍華帝国軍の馬車。
その周囲を守る、1人を除いて青い甲冑を身に付けている六人の兵士。
そして、彼らを取り囲むように、12の黒い影が蠢いていた。
亜人、蛇蜻蟲だ。
「亜人...!既にここまで来ていたか......!」
既に何体か倒しているようで、周囲に蛇蜻蟲の死体が転がっている。
だがその数に押されてか、兵士たちは防戦一方で、馬車の御者は恐怖に震え固まっている。
このままでは不味い。
「祐基!ここで待ってろ!」
紅蓮は偃月刀を抜き放つと、地を蹴って疾走した。
「くそっ!邪魔だ亜人!!」
「隊長!!ここは我々が足止めします!!行ってください!!」
「っ.....すまない!馬車を動かせ!!」
兵士二人が叫び、彼らを残し、その他の三人の兵士と隊長の証を身につけている男は馬車に乗り込む。
「隊長!!前方から何か来ます!!」
「亜人か!?」
「いえ....あれは......人です!我が軍の兵士です!」
その報告に、隊長は馬車の進路方向、前方を見た。
「あれは......」
紅蓮はその男と目が合い、馬車に辿り着くと、間髪入れず偃月刀を振り抜いた。
四体の蛇蜻蟲は胴から真っ二つに裂ける。
その動きは一瞬、まるで風が通り抜けたかのようだった。
「そこの二人!左の蛇蜻蟲二体を相手しろ!右の六体は私がやる!」
「「は...はっ!」」
短い命令に兵たちが反応するよりも早く、紅蓮の姿はもう馬車の御者台を飛び越えていた。
右手の偃月刀が光を反射し、紅蓮が舞う。
「『赤・乱』!!」
偃月刀を回転させ、赤い残光が円を描く。
まるで、赤い龍が宙を舞うように動く偃月刀を、紅蓮は妓女の様に美しく舞い踊りながら、六体の蛇蜻蟲を次々に切り裂き、赤黒い血が宙に舞い散った。
その勢いのまま、紅蓮は偃月刀を投げ放つ。
刃が空を切り、左側に残っていた1体の蛇蜻蟲の胸を貫いた。




