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龍華の英雄〜亜人戦記と弓を握りし臆病な少年〜  作者: オルレアンの人
第一章『崩れた平和』

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22.敗走

「はぁ....はぁ.......祐基.....?」


 紅蓮が息を荒げながら森を駆け抜けると、視界の先に二つの人影が見えた。

 1本の木に寄りかかって座り込む屈釖、その胸元には赤黒く乾いた血。

 その前で膝をつき、顔を俯かせて啜り泣く少年、祐基の姿があった。

 紅蓮は足を止め、その光景に息を奪われた。


 長城に突如現れた巨大な魔道機人(マギカロイド)の一撃により、部隊は一瞬にして崩壊した。

 辛くも怪我なく無事で済んだ紅蓮は、散り散りとなった部隊の仲間である新兵たちを必死に探し回る。

 だが見つかるのは、冷たくなった仲間たちの亡骸ばかり。

 それでも、まだどこかに誰かが生きていると信じ探し続けていると、長城の下で祐基と屈釖が走って行く姿を目撃し、紅蓮はそれを追ってここまできたのだ。


 そして、ついに見つけた二人。

 けれどその光景を目にした瞬間、紅蓮は理解した。

 もう、遅かったのだと。


 (屈釖.......そうか.......)


 胸の奥に重く沈むものを感じながら、紅蓮は静かに屈釖の傍へ歩み寄り、片膝をつく。

 手をそっと胸の前で組み、短く黙祷を捧げた。


「祐基....ここから移動するぞ」


 紅蓮は静かな声で呼びかける。

 しかし、祐基は何も答えなかった。


「祐基、辛いのは私にも痛いほどわかる。けど悲しむのは後にしろ、ここにもすぐに亜人が来るかもしれない」


 祐基は何も答えない。

 俯いたまま、まるで耳に届いていないかのように。


「.....命令だ。早く立て」


 その言葉に、祐基はようやく反応を見せた。

 ゆっくりと、あまりに遅い動きで立ち上がる。

 立ち上がっているというのに、そこに生の気配はなかった。


 祐基は屈釖の服の裾を掴んだ。

 弱々しく、何度も引っ張る。

 現実を拒んでいるのか、それとも、一緒に連れて行こうとしているのか。

 どちらにせよ、その行動は見る者に悲惨な痛々しさを感じさせてくる。


「祐基.....屈釖はここに置いていく」


 紅蓮は静かに告げる。

 それでも祐基の手は止まらない、掴んだ布を離そうとしない。


「今は屈釖を背負って行く余裕はない。急いで移動しなければならないんだ」

 

 長城が破られ、既に多くの亜人が国内に侵入している。

 亜人がどこへ向かうかはわからないが、亜人を国から追い出すためには、1人でも多くの兵士が必要だ。

 となれば、ぐずぐずはしていられない。


 紅蓮は拳を握った。

 そもそも見た感じから祐基の力では、屈釖の亡骸を背負っては歩けないはずだ。

 それに、弔う時間も今は惜しい。

 紅蓮は祐基の左肩に触り、屈釖から離れさせようと力を入れる。

 

「祐基....わかってくれ!未曾有の事態なんだ....1人でも多くの兵士を国が必要としている!今は屈釖を悼む暇も、埋葬する時間もないんだ!」

 

 祐基は反応しない。

 虚ろな瞳のまま、屈釖の服を握りしめ続けた。


「っ.....!」


 紅蓮は歯を食いしばると、祐基の体を力任せに抱え上げる。

 祐基の身体は驚くほど軽く、抵抗の力もほとんどない。

 抱えた祐基を肩に担ぎ、紅蓮は走り出す。

 抱えられながらも祐基はその手を、屈釖へと伸ばし続けていた。


「あっ.......あに.......き.......」

 

 途切れた声が、かすかに震えながら紅蓮の耳に届く。

 祐基は肩に担がれたまま必死に腕を振り、戻ろうとした。

 その抵抗は、涙と同じように弱々しく、痛々しかった。

 紅蓮は唇を噛み、胸の奥を焼かれるような痛みを覚えながら、それでも走り続けた。


「私にも.....弔いたい者はいる。屈釖もできればそうしてやりたい.....けど、わかってくれ祐基!」

「.........」


 木々が屈釖の姿を完全に隠した頃、祐基の身体から力が抜けていくのを感じた。

 全身がぐったりと沈み、腕がだらりと垂れる。


 ようやく諦めてくれたか。

 そう思い、紅蓮は森の奥を見据えながら静かに口を開いた。


「いいか祐基....現状の説明だが、長城では既に兵士たちに後退の指示が下った。総司令部にて指揮を取っている師羽藺副司令の指示だ。壁が破壊された以上、次の防衛地点は....亜人がこのまま南に進むのであれば、䑓戸(だいと)になる」


 龍華帝国の都市の一つ䑓戸(だいと)

 龍鱗の長城第46地区から最も近い都市であり、かつて長城が築かれる以前は、そこで亜人を食い止めていた歴史がある要塞都市だ。

 長城程ではないが当時使っていた、都市を二重に囲う堅牢な壁は現在もあり、要塞都市として今も機能している。

 というより、有事の際に備えて機能を継続させていたと言った方が正しい。


「私達もそこへ向かいたいところだが....恐らく、亜人の方が早く辿り着くだろう。だから、もしもの時に備え、私たちはこれから挙抄(きょしょう)へ向かう!祐基....お前の力が必要なんだ.....しっかりしてくれ.....!」


 紅蓮は走りながら言葉をかけた。

 だが祐基の瞳は虚ろなままだった。

 まるで世界の音が何一つ聞こえていないかのように、紅蓮の声も届かない。


 (重症だな.......あれだけ慕ってた屈釖が、恐らく目の前で死んだんだろう....無理もないが、今はそんなこと気にしていられない。亜人との戦いに、こいつの弓の腕は必ず必要になる.....頼むぞ.....祐基.....!)


 そう心の中で祈るように呟くと、紅蓮は祐基を担いだまま、南東の森の奥へと足を進めた。

 目指すは挙抄(きょしょう)

 亜人を倒すため、国を守るために。

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