19.神に選ばれた者
「うっ.....て....テメェ....!!」
「ほう....戦いに生きる時代の人間は、雑魚でも流石に生命力が高いな」
屈釖は自身の胴を貫いている男の腕の感触を、嫌というほど感じていた。
熱い。
灼けるような痛みが、腹から背中へと走る。
呼吸がうまくできない。
そしてその感覚は、自分にどれほど致命的な傷ができてしまったかを、嫌でも理解させてくる。
もう俺は助からない。
そう屈釖は、血を吐きながら確信してしまった。
「....おい、亜人王....つったか....この亜人共の攻撃は.......テメェの仕業か.....!」
「あぁそうだ、哀れな話じゃないか。人を超える力を持っていながら互いに争い合い、壁一つ超えることすらできなかった、力の無駄だ」
男は、まるで亜人を見下すような呆れた声音で言い放った。
「だから俺が有効活用してやることにした。六荒王だったか?奴らを跪かせ、手始めにこの国を攻めることにした」
「へぇ........で、結局お前は何なんだ.....その体の仕組みとか....詳しく教えろよ......」
屈釖の声はかすれ、血混じりの唾が口端から零れ落ちる。
それでも、せめて敵の正体だけでも掴もうと、執念で言葉を絞り出した。
「教えたところでお前達ではわからん事だ。いや....神に選ばれた者の事など旧人類にわかるはずもない。覚醒を恐れ覚醒をしない者など.....」
何言ってんだこいつ。
頭がもうろうとし、視界の端が暗く染まる中、屈釖にはそれくらいしか感想が出なかった。
「そもそも.....お前の正体は....何だ......亜人なのか.....人なのか.....」
「見ればわかるだろう、人だ。もっとも、お前達旧人類とは違う存在ではあるがな」
「人.....じゃあ何で.....長城を.....」
「ふん、語るだけ時間の無駄だな。それに....お前はここで死ぬ、知ったところで意味がないだろ」
「ああ....だろうな.......けど....!!」
屈釖は口元を吊り上げて笑った。
血に濡れた歯を見せ、死を前にしてもなお、闘志の炎を絶やさない。
そして、自身の胸を貫く男の右腕を、両手で力の限り掴んだ。
「ん....!」
男は眉をひそめ、右手を引き抜こうとするが、屈釖の握力は普段よりも遥かに強かった。
火事場の馬鹿力とでも言おうすべての力を振り絞ったその手は、まるで鋼の枷のように、男の腕を掴んで離さない。
「礼に一つ教えてやるよ.......俺は誰よりも強い.....けどな.......そんな俺でも....1人、マジでやったら....勝てねぇと思った奴がいる......お前を倒すのは.....きっとあいつだ.......!」
血混じりの息を吐きながら、屈釖は勝ち誇ったように笑った。
「.....あいつ?」
男が怪訝そうに眉を寄せた。
その瞬間、風を裂く音が屈釖の耳元を掠める。
背後から放たれた1本の矢が、男の右眼を正確に撃ち抜いた。
「っ.....!」
男は怯み、咄嗟に左手で顔を覆い隠す。
矢の刺さった右眼から血が滴り、地面を赤く染めた。
「オラッ!!」
屈釖は怒号と共に全身の力を振り絞り、男に蹴りを放つ。
重い音とともに、男の身体が大きく後方へと吹き飛んだ。
胴を貫いていた男の右腕が、肉を裂きながら引き抜かれる。
「ぐっ.....っ.....!!!」
悶絶しかける激痛に、屈釖の視界が一瞬白く染まる。
それでも彼は歯を食いしばり、倒れることなく立ち続けた。
「兄貴っ!!」
祐基が駆け寄ってくる。
その声に、屈釖は薄く笑みを浮かべた。
「祐基......信じてたぜ.....!」
祐基は屈釖の手を握り締め、走り出した。
「あいつが来る前に早く!!」
「....あぁ.....」
屈釖も頷き一歩一歩、激痛が響きながらも地面を蹴る。
胸元からは夥しい血が流れ、歩を進めるたびに地面に赤い滴が落ちていく。
「っ.......旧人類が.....!!」
右眼を押さえた亜人王の顔には、明確な怒気が宿っていた。
潰れた眼は別に痛くはない。
問題はこの自分に、旧時代の人間ごときが傷を与えたという事実。
それは彼のプライドを深く抉る、決して許されぬ冒涜だった。
「おいッ!!ラージャンッ!!」
怒号が長城に響く。
その名を呼ぶと、長城に空いた穴から重々しい足音が近づいてきた。
屈強な体躯が水色の肌を晒し、見ているだけで涼しさを感じさせる。
額には極太の縄が巻き、瞳は蒼い。
緑の衣には、胸から肩、腕へと流れるように刻まれた水流の模様。
その手には、金と蒼で装飾された魔法の杖、水のオークの象徴が握られていた。
彼の名はラージャン・パラード。
水のオーク族を率いる族長にして、六荒王の一角。
ラージャンの背後には、同じく水色の肌を持つ水のオークの戦士たちが槍を携え、整然と続いていた。
やがてラージャンは亜人王の前に歩み寄ると、静かに片膝を地につける。
「不知火様.....ご用件は.....」
その屈強な体躯を持つラージャンは、己の何倍も小柄な細身の男、亜人王・不知火に対し、膝をつき深々と頭を垂れた。
見た目の差こそ圧倒的だが、ラージャンの眼には一片の侮りもない。
彼は知っているのだ。
この男にはどう足掻いても、自分では勝てないということを。
「お前に命令する」
不知火の声は低く、冷たく、まるで炎の底のように静かな怒りを宿していた。
「俺の眼を潰した奴が逃げた。ガキの男...灰色髪のポニーテールの弓を持つ奴だ。そいつを追い、捕らえ、俺の前に連れて来いッ!!」
「え....しかし不知火様....我らはこのまま南下し都へ.....ッ!!?」
不知火はその言葉を聞き終える前に、右足を馬の足に変化させると、地を砕く勢いでラージャンを蹴り飛ばした。
ラージャンの巨体は長城の壁へと叩きつけられる。
分厚い石がひび割れ、粉塵が宙を舞った。
「神に選ばれた俺にいちいち口答えするな.....お前らは黙って俺の命に従ってろ」
「っ.....はい....」
ラージャンは咳き込みながらも、ゆっくりと膝をつき、頭を垂れた。
駆け寄る水のオークたちの手を借り、立ち上がると、不知火の指差す先を見据える。
「奴は向こうへ逃げた、すぐに追えッ!!」
「わかりました....不知火様....」
ラージャンは短く答えると、一部の水のオークたちを率い、不知火の指差す方へと歩き出す。
水色の肌をした戦士たちの地を蹴る音が、やがて遠くへと消えていった。
「ギョッギョッギョッ!!殺してしまえばいいんじゃないか!?亜人王よ!」
ぬるりとした声が響き、不知火の隣に異様な姿の亜人が歩み寄ってくる。
遠ざかるラージャンを見つめながら、その亜人は薄気味悪い笑みを浮かべていた。
その体は鱗魚人に似ていたが、頭部には幾本もの赤紫の蛸足が髪のように生え蠢き、潮の香りを漂わせる。
身にまとうのは将校を思わせる豪奢な軍装。
金糸で波や渦を描いた意匠が、見る者に海の恐怖を思わせる。
そして手には、持ち手の柄を中心に渦を巻いているかのような美しい装飾がされた青い光を放つ三叉槍、鱗魚人の海底王国に伝わる三つの王家武器の一つ、『震海』。
彼の名はクライケン・テロ・マーヤン。
鱗魚人の王国より遣わされ、ゴバ荒野に展開する地上侵攻軍の総指揮官。
そして、六荒王の一角に数えられる存在だ。
「黙れ、生殺与奪は強者の特権。お前如きが意見するな」
「ギョッギョッギョッ!!そいつはすいませんね亜人王殿!なにしろ、あいつは昔から気に食わない野郎でして!」
クライケンがラージャンを嫌う理由。
それは両者が長年にわたり、水を巡って争ってきたことに起因する。
鱗魚人は地上で生きていくために、体内に水袋と呼ばれる器官を持ち、そこに数リットルの水を貯めておかねばならない。
その水が常に肌から滲み出ることで、彼らは弱点である乾きを恐れず、地上での活動を可能としていた。
しかし、水のオークにとって水は神聖なものであり、誰かが独占することなど断じて許されないという考えを持っていた。
ゆえに、川を支配しようとした鱗魚人を彼らは認めず、両種族は長きにわたり流血の因縁を積み重ねてきたのである。
「お前らの争いなどどうでもいい」
不知火は冷たく言い放つ
「ラージャンの持つ権能は強力だ。それの代わりとなる強者をお前が連れてくるのなら好きにするがいい」
「ギョッギョッギョッ!!ウオは王国でニ番目の強さ。あいつは....生意気にウオと同等の強さですし、なると我らの王しかいない!ギョッギョッギョッ!!無理ですな!」
クライケンは盛大に笑った。
「それで、我々はどうするんで?」
まるで同等の立場かのように問うクライケンに、不知火は視線を横に流し、ゆっくりと歩き出す。
「残る荒王....ポリズンはここである程度、残党狩りをさせておけ。フォルネスト、リベレル....それと魔道機人の指揮機を連れて来い。俺らはこのまま帝国の都に行き......皇帝を殺す」




