1.憧れの兵士に
日が照らす青空の下、整備された街道を馬車が進んでいる。
全部で九台、馬車の中身はこの先で待つ砦へ届ける物資、そしてそこへ配属される事が決まった新兵15名。
およそ半年の基礎訓練を終え、今日から正式に龍華帝国の一兵士となる若者達だ。
新兵達は全員、龍華帝国の黒と藍色の軍服に身を包み、緊張感はあまりなく小声で楽しげに喋りあっていた。
内容は『誰が一番最初に武勲を上げれるか』や、『荒野に住む亜人に関する情報の確認』など。
既に亜人との戦闘を想像しているようだが、誰一人として恐怖や緊張を顔に浮かべている者はいなかった。
龍華帝国の男達は、国に全てを捧げる兵士に憧れを抱いており、男にとって兵士となることはこの上ない名誉とされている。
『手に入れたい女がいるならば、まずは兵士となれ』なんて言葉も存在する。
そのため、彼らには実戦への恐怖心はなく、ただ祖国に牙を向く敵を倒し、一人前の兵士になりたいという熱意だけがあった。
やがて馬車が止まり、力強い男の声が響いた。
「新兵、下車!栄えある龍華帝国の兵士としての第一歩だ。遅れるな!」
その声は新兵達を慌てて立ち上がらせ、深呼吸をして気を引き締める者、服と髪を整え身だしなみを気にする者などが現れる。
新兵達は急いで馬車から降り始め、地に足を置く。
眩しい陽光と共に、新兵達の目に飛び込んできたのは雄大な石の城壁。
どこまでも続くその姿は、まさしく龍華帝国の盾、龍鱗の長城であった。
そして最後に馬車から降りた二人の新兵、彼らもまた、長城を前に大きく目を見開いた。
一人は軍服を着たかなり小柄な150センチ程度の体、背には自身を超える大きさの弓を背負い、矢の入った筒を腰に付け、灰色の髪をポニーテールに留めている緑色の眼を持つ男。
もう一人は、刈り上げてキメている黒髪に緑色の眼、180センチを超える筋肉質で健康的な肉体を持ち、柳葉刀を腰に差している男。
前を歩く新兵たちの背を追い、二人の若者もゆっくりと歩みを進める。
前者の男は肩をすくめるほど緊張した面持ちで足を運び、後者の男は余裕の笑みを浮かべ、まるで遊びにでも来たかのように落ち着いていた。
「どうした祐基!そんな強張ってよ!」
「兄貴....僕、本当に兵士になれるか....怖くて.....」
掠れるほど弱々しい声。
とても今日から兵士になるとは思えない、情けなさが滲んでいた。
だが、隣を歩く男は大きく口を開けて笑う。
「バカやろう!男がいきなりんな弱音吐いてどうすんだ!!」
「で、でもさ....」
「いいか!今日からここが俺たちの戦場だ!気を抜けばすぐ死んじまうぞ!」
「……う、うん」
祐基はまだ恐怖心を拭えない様子だったが、兄貴の叱咤に少しだけ顔のこわばりが和らぐ。
兄貴の名前は屈釖。
兄貴と呼んでいるが、別に血のつながった兄というわけではない。
同じ村で育ち、共に遊び、共に苦労を重ねてきた親友のような存在。
祐基が憧れを込めてそう呼んでいるだけだ。
祐基の歳は、兵士となるための条件である最低年齢の16歳。
対して屈釖は20歳と4歳差だ。
歳の離れた2人が同時期に軍へ志願したのには理由がある。
祐基は幼い頃から国を守る兵士に憧れていたが、その臆病な性格に自分では無理だ何だと理由をつけ諦めていた。
それを見かねた屈釖が、祐基が16歳になったら一緒に軍へ志願しようと約束したためである。
そして約束の日。
二人は共に軍へ志願し半年の間、軍の訓練施設に入った。
祐基は体力試験こそ振るわなかったが、学力試験では高得点を収め、さらに弓術の試験では歴代でも指折りの記録を打ち立てた。
一方の屈釖は、学力こそ底辺に近かったが、体力・剣術を含む実技試験では群を抜く成績を叩き出し、「今期の期待の星」とまで呼ばれた。
半年の訓練期間を終えた二人は、今期の訓練兵120名の内15名の総合成績上位者に入り、龍鱗の長城への配属が決定された。
そして今。
二人が並んで歩いていると、前方の石畳の道の先にそびえる巨大な建物が視界を埋める。
その入り口と思しき、龍の紋章の刻まれた木の門が、軋むような音を立てながらゆっくりと開かれていく。
長城に寄り添うように築かれた四層の建物は、分厚いレンガの外壁と瓦を戴く屋根に覆われ、要塞そのものな威容を感じる。
門前に立つ兵士たちは鋼の甲冑を身にまとい、最上階の回廊からは鋭い眼差しがこちらを射抜く。
建物全体から放たれる圧はまさに山脈の如く、訪れる者を圧倒する。
ここが龍鱗の長城、その東部方面を統べる軍の総司令部だ。
「これより諸君らを龍鱗の長城東部方面司令部へ引き渡す!胸を張れ!お前達はすでに、我らが国を守る一兵士だ!」
先ほどの男の声が再び響き、その言葉に新兵達はただ一言。「「「はっ!」」」と、拱手という龍華帝国伝統の敬礼で返した。
祐基の胸は高鳴った。
半年間の訓練を経て辿り着いた、夢のスタート地点。
目の前の光景が、その始まりを告げていた。




