18.亜人王
「あ、何だあれ....?」
そいつは祐基たちを見ると、ずるりと蛇の尾を引きずりながら、近づいてくる。
次の瞬間、目を疑う光景が見えた。
立ちこめる土煙の中で輪郭が不自然に揺らぎ始め、薄っすらと見える体の形が変わっていった。
下の蛇の体も、上のオークの体も徐々に細くなり、足が2本に変わると二足歩行を始めた。
肉体は人間の輪郭になっていき、皮膚の色も変わっていく。
そしていつの間にか黒い衣服をまとい、獣の頭部は人の顔へと変貌していた。
現れたのは男。
短い黒髪に、闇のように深い黒い瞳。
年の頃は25ほどでその顔立ちは、どこか日の国の人間を思わせる。
「ひ、人......?」
祐基は思わず呟く。
その声に男は反応せず、静かにこちらへ歩を進めてくる。
ただの人間とは思えぬ、底知れぬ気配。
だが、恐れず屈釖は一歩前に出た。
剣を構え、男を真っ直ぐに睨みつける。
「おい、そこで止まれお前」
屈釖の声が響く。
その言葉に、男は素直に立ち止まった。
表情は、無。
何の感情も読み取れない、冷たい仮面のような顔。
「何者だお前」
「お前、さっき見たよ」
問いかけに、男はゆっくりと首を傾け、口を開く。
「亜人共が束になっても倒せていなかった女と、同じくらい暴れてたよな。一つ聞きたいんだが.....お前、この世界で強い方か?」
「あ?お前俺を知らねぇのか?だったら聞いて驚き知って驚き、そしてその眼で見て驚け!」
屈釖は胸を張り、剣を肩に担いで笑う。
「俺の名は屈釖!誰よりも強い龍華帝国の兵士にして、こいつの兄貴分だ!!」
「そうか、では実験台となってくれ」
男は表情を一切変えずに、素早い動きで屈釖へと走り出す。
「なっ....!」
屈釖は反射的に剣を、その頭を狙って振り抜いた。
すると、ガキンッ!と、人の頭部に剣が当たって鳴るはずのない音が響いた。
鉄がぶつかり合ったかのような響き。
剣が当たっているのは、魔道機人の頭部だった。
「はっ!?」
剣は弾かれ、屈釖の体勢が一瞬崩れる。
その隙を逃さず、男の右腕がぐにゃりと膨張した。
服が裂け、筋肉が隆起し、肌の色が変わる。
次に見えたのは、オークの太く逞しい腕だった。
「がはっ.....!!?」
剛拳が屈釖の腹に直撃する。
その強烈な一撃に屈釖は息が漏れ、口から血を吐き出した。
「兄貴っ!!?」
屈釖は血を吐きながらも歯を食いしばり、剣を振るう。
「ん...のやろぅッ!!!」
だが、今度は男の左腕が魔道機人の腕へと変化し、鋼の腕で剣を受け止めた。
火花が散って金属音が響く。
次の瞬間、男の腰のあたりから何かが生えた。
背後から伸びたのは、毒蠍人が持つ鋭い毒針の付いた茶色の尾。
先端の針が、屈釖を狙って突き出される。
「兄貴っ!!!」
祐基は咄嗟に弓を構えた。
皮の剥がれた親指と肩の激痛に歯を食いしばりながら矢を放とうとした、その瞬間。
「邪魔だな」
男の尾がぐにゃりと動いた。
方向を変え、祐基を正面に捉える。
尾が、腕に変わった。
鋼鉄の腕、魔道機人のそれだ。
いや尾だけではない、胴体も魔道機人の胴に変わっていた。
「えっ....!」
掌が祐基に向けられ、光が凝縮する。
「祐基ィィィィッ!!!」
屈釖の叫び声が響いた。
次の瞬間には轟音が鳴り、眩い閃光が爆ぜる。
魔法が祐基の立つ一帯を呑み込み、地面ごと吹き飛ばした。
土煙が舞い、爆風があたりを薙ぎ払う。
耳鳴りと砂塵の中で屈釖は歯を食いしばり、男を睨みつけた。
「てめぇ....随分と面白ぇ体の作りじゃねぇか....!!何者だ!?」
屈釖の問いに対し男は、ゆっくりと顔を変化させ、再び人の姿へと戻る。
黒い瞳が屈釖を捉え、無機質な声を出した。
「俺は....亜人王。神に選ばれし者だ」
「亜人王だぁ?」
「知らなくていい、今の打ち合いでわかった。お前は俺より遥かに弱い、相手する価値もない」
「....あぁ?」
刹那、男の姿が霞のように掻き消えた。
「っ....!?」
気づけば、男は屈釖の目の前に立っていた。
足は黄褐色に染まり、黒い斑点が浮かぶ獣脚。
「んなっ....!?」
驚愕する間もなく男の左腕が蠢き始め、緑の蔓がうねりながら男の腕を覆い尽くした。
あれは蔓絡人の腕だ。
「ぐっ....がぁああッ!!?」
屈釖の体が蔓に拘束され、軽く宙に持ち上げられる。
必死に暴れるも、蔓は蛇のように屈釖を締め付け、骨が軋む音が響いた。
そして、今度は男の右腕が変わり始めた。
茶褐色の艶に外骨格の鋭利な刃。
毒蠍人の持つ右腕、ハサミだ。
「ッ........!」
ハサミは屈釖の胴を貫いた。
「ガッッ......!!?」
血が吹き出し、屈釖の握る剣が地面に落ちる。
「お前程度が強い部類なら.....俺の相手になる者は、この国にはいなさそうだな」




