12.長城の弱点
「紅蓮隊長!!何なんですあれは!!?」
「あんなの.....あんなの防げるわけ......!?」
新兵たちは蒼白な顔で口々に叫び、隊長へと詰め寄る。
誰もが今にも泣き出しそうな表情だった。
あの亜人の海を見れば無理もない。
「騒ぐなッ!!」
紅蓮の怒声が空気を裂いた。
雷鳴のような一喝に、仲間たちは思わず身を竦め、息を呑む。
「言っただろ、私にも誰にもわからない何かが起きていると。だが、一つ確かなことは....」
紅蓮は振り向き、全員を射抜くような目で睨めつけた。
「我々がここを守り切らねば、国が滅ぶ.....!!」
その言葉に、場の喧騒は凍りついた。
仲間たちは言葉を失い、震えながら荒野の方へと視線を戻す。
「心に刻め!」
紅蓮の声が響く。
「奴らがここを越えたとき、国は終わる。お前達の母も父も友人も.....殺される!我々には戦う以外の選択肢は存在しない。わかったら覚悟を決めろッ!!!」
怒号に似た叫びが、新兵たちの胸を打つ。
誰もが震えながらも、腰に差す剣のグリップを握りしめた。
「兄貴.....あんな数.....勝てるわけ.....」
祐基はか細く呟く。
昨日の襲撃では、敵は長城を登りきり接近戦になる程に迫ってきた。
その昨日の比ではない、目の前に広がる何倍もの数の敵を相手にするなど、殆ど自殺行為に等しい。
昨日よりも防衛する兵士の数は多い、だが亜人の数はそれを遥かに超える。
そもそも亜人と人間では、種族としての生まれ持つ戦闘能力の大きな差が存在する。
これは勝てるわけがない戦いだと祐基は悟り、恐怖に肩を震わせた。
その震えを止めるように、上からポンと手が置かれる。
「落ち着け祐基、大丈夫。俺がいる」
屈釖の声は力強い。
その瞳は、これまでに見たこともないほど鋭かった。
「兄貴.....でも流石にあれは....」
「祐基、俺を誰だと思ってる!今まで俺がどうにかできなかった奴がいたか?」
「い、いなかったけど....」
「だろ!だから今回も平気だ!なんたって、ただでさえ強い俺に....後ろにはお前がいる」
屈釖は祐基の胸を軽く拳で叩いた。
熱い拳の衝撃が、心臓にまで響く。
「後ろは任せたぜ、兄弟!」
「.....兄貴」
その一言で、祐基の中の何かが少しずつ解けていく。
「けどやっぱあの数は.....」
「だぁ〜〜〜っ!!」
だが流石に今回は不安が勝った祐基に、屈釖は盛大にため息をついた。
そんな時だった。
「総司令部より火薬兵器の使用許可が下りたぞーーッ!!!!」
突如響いた報告に、歩廊の空気が一変する。
それまで張り詰めていた沈黙が弾け、兵士たちは一斉に動き出した。
「よし....!回回砲の弾を石から火薬弾へ変え、精鋭弓兵部隊は火爆矢を番えろ!!第一、第二近接隊は手投げ爆弾を持って来い!!!」
指揮官の怒号が響くと、長城全体がまるで生き物のようにうねり始める。
太鼓がドン、ドンと鳴り、各所で兵士たちが走る足音が重なる。
下の階からは、回回砲のアーム部分が動かされる、ギギギ……という木の軋む音。
石弾が廃棄され地面に叩きつけられる、ドシンッ!!という重低音が鳴り響いた。
その光景は、まさに一糸乱れぬ戦場機構。
混乱はなく、誰もが己の役割を理解している。
指揮官の命令は瞬く間に浸透し、戦闘準備は驚くほどの速さで整っていく。
「我々は長城を登ってきた亜人共を迎え撃つ。1匹たりともこの長城の先には行かせるな!!」
「「「はっ!!!」」」
紅蓮の指示に、新兵たちも腹の底から声を張り上げた。
だがその新兵たち声の裏には、震える心を押し殺すような気配も混じっている。
「あの、紅蓮隊長。一つ聞きたいことが....」
「ん、なんだ祐基?」
祐基はちらりと荒野の先、無数に蠢く影へと目をやった。
「ここに長城の兵士達が集まるということは、亜人が集まっているのは、ここだけなのですか?」
「ああ、そうらしいな」
「なんで亜人達は....ここに狙いをつけたんでしょうか?」
ここ最近、亜人の襲撃が増えているらしいが、特にこの場所、第46地区が最も多く襲撃されていると祐基は聞いていた。
龍鱗の長城は、その長大さゆえに地区ごとに軍の指揮が分かれている。
東から1地区〜50地区が東部方面軍。
50地区を堺に、51地区〜100地区が西部方面軍の管轄だ。
ここ1ヶ月の襲撃回数は東部方面で計24回。
そのうち、46地区だけで実に13回。
亜人達が今日、この日のためにここに狙いを定めていた事がわかる。
ではその理由は。
兵器の数、兵の練度も他と比べて劣ってはいない。
ましてや門があるわけでもない。
というより長城に門は存在しない。
だったらなぜ亜人達はここを狙うのか。
祐基にはその理由がわからなかった。
「....歴史を習ったのならば知ってるだろう、龍華帝国の皇帝....覇王の名を」
その言葉に、祐基の体はピクリと揺れた。
当然知っている、いや知らない者などこの場にはいないはずだ。
覇王とは、龍華帝国で初代皇帝と並ぶ有名な歴代皇帝の1人。
そして、世界を征服しようとした人物でもある。
「覇王.....!」
紅蓮はうなずき、荒野を睨みながら静かに言葉を続けた。
「かつて覇王は世界を取ろうと世界侵略を始め、手始めに選ばれたのがゴバ荒野。しかし長城には門が存在しない」
「確か....長城の一部を壊して進軍したって....」
「ああ、覇王はちょうどこの46地区、いま私達が立つこの場所の壁を破壊した。覇王がローグ王国の勇者の末裔に討たれ、46地区の壁は急ぎ修復したが、初代皇帝の築いた長城と比べるとどうしても脆い。実際、六荒王の1体である水のオーク族長が攻めてきた時は、奴の権能によって崩壊寸前にまで追い込まれたと聞く」
「それで亜人達は、ここを狙ってるんですか....」
祐基の声は自然と震えた。
無論長城である以上、並大抵の攻撃では崩れないはずだ。
だがもしあの大軍の中に六荒王などの、壁を破壊できる力を持つ者がいたら話は別だ。
紅蓮の言葉が真実だとすれば、この地区は長城最大の弱点ということになる。
そう、理解した瞬間だった。
荒野の向こうで、大地が鳴る。
黒い影の群れが、一斉に動き出した。




