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龍華の英雄〜亜人戦記と弓を握りし臆病な少年〜  作者: オルレアンの人
第一章『崩れた平和』

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12.長城の弱点

「紅蓮隊長!!何なんですあれは!!?」

「あんなの.....あんなの防げるわけ......!?」


 新兵たちは蒼白な顔で口々に叫び、隊長へと詰め寄る。

 誰もが今にも泣き出しそうな表情だった。

 あの亜人の海を見れば無理もない。


「騒ぐなッ!!」


 紅蓮の怒声が空気を裂いた。

 雷鳴のような一喝に、仲間たちは思わず身を竦め、息を呑む。


「言っただろ、私にも誰にもわからない何かが起きていると。だが、一つ確かなことは....」


 紅蓮は振り向き、全員を射抜くような目で睨めつけた。


「我々がここを守り切らねば、国が滅ぶ.....!!」


 その言葉に、場の喧騒は凍りついた。

 仲間たちは言葉を失い、震えながら荒野の方へと視線を戻す。


「心に刻め!」


 紅蓮の声が響く。


「奴らがここを越えたとき、国は終わる。お前達の母も父も友人も.....殺される!我々には戦う以外の選択肢は存在しない。わかったら覚悟を決めろッ!!!」


 怒号に似た叫びが、新兵たちの胸を打つ。

 誰もが震えながらも、腰に差す剣のグリップを握りしめた。


「兄貴.....あんな数.....勝てるわけ.....」


 祐基はか細く呟く。

 昨日の襲撃では、敵は長城を登りきり接近戦になる程に迫ってきた。

 その昨日の比ではない、目の前に広がる何倍もの数の敵を相手にするなど、殆ど自殺行為に等しい。

 昨日よりも防衛する兵士の数は多い、だが亜人の数はそれを遥かに超える。

 そもそも亜人と人間では、種族としての生まれ持つ戦闘能力の大きな差が存在する。


 これは勝てるわけがない戦いだと祐基は悟り、恐怖に肩を震わせた。

 その震えを止めるように、上からポンと手が置かれる。


「落ち着け祐基、大丈夫。俺がいる」


 屈釖の声は力強い。

 その瞳は、これまでに見たこともないほど鋭かった。


「兄貴.....でも流石にあれは....」

「祐基、俺を誰だと思ってる!今まで俺がどうにかできなかった奴がいたか?」

「い、いなかったけど....」

「だろ!だから今回も平気だ!なんたって、ただでさえ強い俺に....後ろにはお前がいる」


 屈釖は祐基の胸を軽く拳で叩いた。

 熱い拳の衝撃が、心臓にまで響く。


「後ろは任せたぜ、兄弟!」

「.....兄貴」


 その一言で、祐基の中の何かが少しずつ解けていく。


「けどやっぱあの数は.....」

「だぁ〜〜〜っ!!」


 だが流石に今回は不安が勝った祐基に、屈釖は盛大にため息をついた。

 そんな時だった。


「総司令部より火薬兵器の使用許可が下りたぞーーッ!!!!」


 突如響いた報告に、歩廊の空気が一変する。

 それまで張り詰めていた沈黙が弾け、兵士たちは一斉に動き出した。


「よし....!回回砲の弾を石から火薬弾へ変え、精鋭弓兵部隊は火爆矢を番えろ!!第一、第二近接隊は手投げ爆弾を持って来い!!!」

 

 指揮官の怒号が響くと、長城全体がまるで生き物のようにうねり始める。

 太鼓がドン、ドンと鳴り、各所で兵士たちが走る足音が重なる。


 下の階からは、回回砲のアーム部分が動かされる、ギギギ……という木の軋む音。

 石弾が廃棄され地面に叩きつけられる、ドシンッ!!という重低音が鳴り響いた。


 その光景は、まさに一糸乱れぬ戦場機構。

 混乱はなく、誰もが己の役割を理解している。

 指揮官の命令は瞬く間に浸透し、戦闘準備は驚くほどの速さで整っていく。


「我々は長城を登ってきた亜人共を迎え撃つ。1匹たりともこの長城の先には行かせるな!!」

「「「はっ!!!」」」


 紅蓮の指示に、新兵たちも腹の底から声を張り上げた。

 だがその新兵たち声の裏には、震える心を押し殺すような気配も混じっている。


「あの、紅蓮隊長。一つ聞きたいことが....」

「ん、なんだ祐基?」


 祐基はちらりと荒野の先、無数に蠢く影へと目をやった。


「ここに長城の兵士達が集まるということは、亜人が集まっているのは、ここだけなのですか?」

「ああ、そうらしいな」

「なんで亜人達は....ここに狙いをつけたんでしょうか?」


 ここ最近、亜人の襲撃が増えているらしいが、特にこの場所、第46地区が最も多く襲撃されていると祐基は聞いていた。

 龍鱗の長城は、その長大さゆえに地区ごとに軍の指揮が分かれている。

 東から1地区〜50地区が東部方面軍。

 50地区を堺に、51地区〜100地区が西部方面軍の管轄だ。

 ここ1ヶ月の襲撃回数は東部方面で計24回。

 そのうち、46地区だけで実に13回。

 亜人達が今日、この日のためにここに狙いを定めていた事がわかる。


 ではその理由は。

 兵器の数、兵の練度も他と比べて劣ってはいない。

 ましてや門があるわけでもない。

 というより長城に門は存在しない。

 だったらなぜ亜人達はここを狙うのか。

 祐基にはその理由がわからなかった。


「....歴史を習ったのならば知ってるだろう、龍華帝国の皇帝....覇王の名を」


 その言葉に、祐基の体はピクリと揺れた。

 当然知っている、いや知らない者などこの場にはいないはずだ。

 覇王とは、龍華帝国で初代皇帝と並ぶ有名な歴代皇帝の1人。

 そして、世界を征服しようとした人物でもある。


「覇王.....!」


 紅蓮はうなずき、荒野を睨みながら静かに言葉を続けた。


「かつて覇王は世界を取ろうと世界侵略を始め、手始めに選ばれたのがゴバ荒野。しかし長城には門が存在しない」

「確か....長城の一部を壊して進軍したって....」

「ああ、覇王はちょうどこの46地区、いま私達が立つこの場所の壁を破壊した。覇王がローグ王国の勇者の末裔に討たれ、46地区の壁は急ぎ修復したが、初代皇帝の築いた長城と比べるとどうしても脆い。実際、六荒王(ろっこうおう)の1体である水のオーク族長が攻めてきた時は、奴の権能によって崩壊寸前にまで追い込まれたと聞く」

「それで亜人達は、ここを狙ってるんですか....」


 祐基の声は自然と震えた。

 無論長城である以上、並大抵の攻撃では崩れないはずだ。

 だがもしあの大軍の中に六荒王などの、壁を破壊できる力を持つ者がいたら話は別だ。

 紅蓮の言葉が真実だとすれば、この地区は長城最大の弱点ということになる。

 そう、理解した瞬間だった。


 荒野の向こうで、大地が鳴る。

 黒い影の群れが、一斉に動き出した。

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