第6話「 プレゼント見通しの旅」
「着きましたよ、リリシラさん」
うたた寝している私をルナセインは静かに起こす。
私は目を半分だけ開いた。
「起きてください。時間がないんですから」
「ええ……」
六か所を回る予定だった。
サンタクロース会議で決まった内容をもとに、お菓子、洋服、花、肉、野菜の行くことになっていたのだが、花屋のリリーラが先に見積もりの話をしてくれたおかげで、五か所だけになった。
......ありがとう、リリーラさん。
眠い自分をなんとか奮い立たせながら馬車から降りた。
「ここから徒歩で行きますよ、リリシラさん。馬車だと通れないですから」
「――はい」
なんて、懐かしい風景。
街の風景は、ターナル王国に似ていて、石やレンガで作られた家が並んでいる。
……どうなっているの?
並んでいる家々の中に、一軒だけ傾いた家があった。
どうやってバランスを保っているのか……不思議。
「そこで、見てないで行きますよ」
ルナセインに引っ張られながらどこか懐かしく趣深い風景を眺めていた。
「着きましたよ」
ルナセインが言って足を止めた所は、他の家よりも少し大きい所だった。
「では、行きましょうか」
ルナセインは一呼吸をし、扉に付いている輪っかを、三回ほど叩いた。
「おお、初めまして」
私の方に向かって挨拶してくる一人の男性。
「は、初めまして……」
「さあさあ、こちらにどうぞ」
一人の男性についていくと、一つの部屋に着いた。
「カルタークがお待ちになっております」
ルナセインが扉を開ける。
「おお。これは、これは想定外……」
「うちの妻です」
「初めまして……リリシラと申します」
「長旅だったでしょう。こちらにお掛けくださいな」
カルタ―クの言葉に甘えて、ルセナインと私は椅子に腰を下ろした。
「それにしても、美しい……申し忘れました。カルタークと申します。からくり人形の工場の代表をしております」
「ええ、初めまして」
「サンタクロースの見積もりでお越しくださったのですよね?」
「ええ……こちらが見積もりになります」
ルナセインが見積もりの入った封筒を渡すと、カルタークは静かに開け中身を確認する。
「うーん……なるほど。今回はそういうことですか」
カルタークは紙を見ながらなんとなく嬉しそうに言う。
「今回は、あなた方に八割ほど作って頂きたくて……」
「いいですよ。なんなら九割でも作りたいくらいです」
「そう言っていただけてありがたいです。これが、あのからくり人形ですか?」
ルナセインは、からくり人形を指さした。
「そうなんです。ちょっと触ってみますか?」
「ぜひ、お願いします」
からくり人形を手に取り、背面のゼンマイを三回まわすと、からくり人形が動き始めた。
床に置くと、からくり人形は五歩ほど前に進み、右腕を上下に二回。
続いて左腕を上下に二回動かし、両腕を上下に動かしながら、さらに前進。
そして両腕を上下に四回動かした後、両腕を下げたままの姿勢で静止した。
これが、からくり人形の踊り。
人間の踊りとは明らかに違う。
意味の分からない動き、表情のない眼。
これを踊りといって良いのだろうか。
……でも、からくり人形がここまで動くってことを考えると、手元に置いておきたい気持ちもわかる。
何度か見ていれば、癖になってくるに違いない。
「いかがですか? からくり人形の踊り」
「……良いと思います」
「ありがとうございます。ルナセイン様はいかがでしょうか?」
「これは欲しいです。欲しくなってしまいます。愛くるしい姿、かっこいい踊り……最高です」
「そうでしょう、そうでしょう。それで、ラグマールさんは、どれくらい作られる予定ですか?」
「五百体ほどです……」
「少ないですね、何かあったんですか?」
「……それがですね。まだ一つも完成していないのです。もしよければ、一つ頂いてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。こちらのからくり人形でよろしいですか?」
「いいのですか? こちらのからくり人形を頂いても」
「いいですよ。余ってしまうくらい作っていますから」
カルタークはからくり人形を丁寧に梱包し、ルナセインに渡した。
「これで、からくり人形の試作機づくりに役立ててください」
「ええ、ありがどうございます」
「それと、私は勝ったのですね。ようやくこの日が来た。親父と誓ったあの日を思い出す。『カルターク、あのからくり人形を見てみろ。動きが変わらないのが、サンタクロースが作ったものだ。そして、こちらの錆びついたような動きをしているのが、俺たちが作ったもの……サンタクロースのように、長持ちするものを作らなければならない。わかったか、カルターク』はい、父上」
「では、次にお金をお渡しする際に伺いますね」
「あっ、お願いします。最近、昔のことに浸ることが多くなってきましたね……なんなんでしょうね」
「ええ……わかりますよ、その気持ち」
ルナセインは、言葉を噛みしめるように答えた。
「わかってくれますか……おっと、次の見積もり先は大丈夫ですか?」
「ええ、時間は余裕をもっていますから」
「そうですか。こちらでお開きということで。ルシマール、サンタクロース夫妻のお迎えお願いする」
カルタークが大きい声でそう言うと、扉が開いた。
ルナセインが歩き出す。
私はカルタークに軽いお辞儀をし、少し遅れてその後を追った。
カルタークの建物を後にした私たちは、馬車に乗り込んだ。
★
「次は、お菓子の国ですよ。リリシラさん」
「ええ。お菓子の国、楽しみ」
二人とも、こんなに気分が高揚しているのは、どちらもお菓子好きだからだ。
お菓子の国――ケートゥン王国は、国全体がお菓子で出来ているわけではない。
クッキー専門店、マフィン専門店など、様々なお菓子の店が並んでいる。
「ルナセインは、何の専門店に行きたいのですか?」
「スフレ、プリン、チーズケーキの専門店に行きたいかな。リリシラさんは?」
「ロールケーキ、ショートケーキ、チョコレート専門店とかです」
「楽しみですね」
「ルナセインさん」
「はい、なんでしょう?」
「昨年、行ったのではないのですか? 初めて行くみたいに興奮してらっしゃいますけれど」
「その……昨年はルドウィックに付き添う形で行ったのですが、ルドウィックさん……お菓子あまり好きではないようで。見積もりが終わった後、すぐ帰りました。あの時の遣り切れない気持ちは二度としたくないです」
「はは……」
ルナセインの熱量に、少したじろいでしまった。
お菓子の国は、さっき訪れた所と近いらしく、少しの時間で着くみたいだ。
「リリシラさん、バターの香りが漂ってきましたね」
「ええ……」
嗅いでみる。まったくバターの匂いがしてこない。
ルナセインの方をみると、顔が溶けているような微笑みをしている。
私がおかしいのか。
ルナセインの嗅覚がすごいのか。
わからない。
――数時間後、バターの匂いが漂ってきた。
ルナセインはこれを感じ取っていたのか。
確かに顔がとろけそう。
匂いを楽しんでいると――。
「そろそろかな」
ルナセインがそう言うと、馬車は止まった。
馬車から出ると、お菓子の香ばしい匂いが四方八方から漂ってくる。
ここで待っているだけでも、十分に楽しめそうだ。
「初めまして、ケートゥン王国十二代国王、チョレコットと申します」
「――初めまして、リリシラと申します」
「ルナセインさん、お久しぶりです」
「ええ、久しぶりです。チョレコットさん」
「今回、お願いがありまして」
「ええ、何でしょう?」
ルナセインがチョレコットに尋ねると、
「リリシラさんに」
チョレコットは私の方を見て、そう答えた。
「――私ですか⁉」
「挨拶しなさい、ナコッタ」
「ひゃい。はじて……はじめまして、ナコッタです」
チョレコットの後ろから、ひょっこりと現れた。
五歳から七歳くらいの少女。
喋り慣れていないのか、緊張しているのか。
初々しい感じである。
「はじめまして、ナコッタさん」
私はナコッタに挨拶した。
ナコッタは、こくんと首を縦に振った。
「それで、何をすればよろしいのですか?」
「一緒に遊んでいただけないのでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「では、お願いします」
私はルナセインに耳元で尋ねた。
「見積もり、一人で大丈夫?」
「大丈夫です。昨年もやっていますから」
そう言って、半分キメ顔で答えたルナセインは、チョレコットとともに正面の王宮へと歩き出した。
「ナコッタさんはどこに行きたいかな?」
「ナコッタでいいよ。お友達になるんだから」
「そうね、ナコッタ。どこに行くの?」
「えっとね……」
ナコッタは、ポケットから小さい紙を取り出し、広げ始めた。
小さく畳まれていた紙は、広げると地図ほどの大きさになった。
どうやら、私とどこへ行くかが書かれているらしい。
裏面から透けて見えるけれど、何かが書いてあるのはわかる。
ただ、詳細は読み取れない。
「最初は、モンブランかな」
「――モンブラン⁉」
思わず声が漏れてしまった。
初めのお菓子としては、お腹が溜まるものじゃない。
最初は、もっと軽めのスフレとかアイスとかが良かった。
「リリシラちゃん、モンブラン嫌い?」
「いや……好きだよ。すきすき。行ってみようか」
「うん」
ナコッタはとびっきりの笑顔で言った後、私の手をぐいっと引っ張る。
彼女の引っ張る力は、私の体を軽々と動かすほどに力強い。
「ナコッタね、モンブランだったら“これ!”っていうのがこのお店があって。そこに連れていくね」
「うん……」
ナコッタに引っ張られながら周りの様子を見渡すと、街ゆく人が足を止め見ているのがわかる。
……恥ずかしい。
「ここだよ。ラ・ルシェっていう店で、モンブラン専門店だよ」
「――ここが、モンブランの専門店……」
私は、息を整えながら答えた。
自分で歩くよりも、引っ張られながら歩く方が体力を持ってかれて、普段歩いているときよりも、息が上がるのが早い。
「行こう、行こう!」
ナコッタに手を引っ張られ、私は店に入った。
店内は落ち着いた雰囲気で、私たちは場違いというのが伝わってくる。
「ここに座って、座って」
「ええ」
ナコッタに言われるまま椅子に腰をかけた。
「モンブランってね、クリームの積み重ねが一番重要なの。最初から入れ過ぎると、クリームが崩れちゃうの。絶妙な力加減が、見栄えの良いモンブランになるんだって」
「お待たせしました。かぼちゃのモンブランと抹茶のモンブランです」
「リリシラさんは、かぼちゃのモンブランね」
「ええ」
初めて、見た。
かぼちゃのモンブラン――こんなに鮮やかな黄色の塊。
「リリシラさん、食べて! 食べて!」
「ええ」
フォークでクリームとスポンジケーキをすくい、口に運ぶ。
ほお……たまらない。
このかぼちゃクリームの甘味。
とってもおいしい。
こんなに甘みが引き立つのか。
スポンジケーキも負けていない。
クリームよりも、かぼちゃの甘味がほどよく抑えられていて、バランスがいい。
マンゴーも入っていて、酸味というアクセントもいい。
「どう? リリシラさん」
「ええ、最高よ」
「次ね……次は、ショートケーキ」
「――っ⁉ ショートケーキ?」
「リリシラさん、ショートケーキ好きなの?」
私の楽しみをしている顔を察知したのか、ナコッタは、不敵な笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「――ええ。好きよ。大好き」
本当は、もっと全力で「大好き!」って伝えたいのに、ためらってしまう。
完全にナコッタの勢いに押されている。
「すぐ行く? それとも特製の紅茶でも飲む?」
ナコッタは二つの選択肢を出した。
どちらが良いのよ……。
気持ち的には、すぐに行きたい。
ショートケーキを食べたい。
イチゴの甘さを堪能したい。
しかし、ナコッタがあえて「特製の紅茶でも飲む?」と言ってくれたのに、それを飲まないのは彼女に悪い。
それに、特製の紅茶がどんなのか、気になる。
「特製の紅茶を、いただきます」
「そうこなくっちゃ」
……正解だったみたいだ。
数分経ったとき、特製の紅茶がテーブルに置かれた。
「こちら、特製紅茶でございます」
「ありがとうございます」
「まず、香りを楽しんで、リリシラさん」
「ええ……」
紅茶に鼻を近づけると、ほのかに花とリンゴの香りが漂ってきた。
鼻の奥が少しスッキリしたような感じがする。
「いい匂いでしょ?」
「ええ」
「この紅茶ね、香りを楽しみながら飲むものなんだよ」
ナコッタは自信満々に話し始めた。
「それとね、この紅茶。後味がスッキリしていて、次のショートケーキ前の、小休憩みたいな感じでいいでしょ。口に残る嫌な甘さが消えるから」
「ええ、そうね」
私は、その“嫌な甘さ”も含めて、好きなのだけれど。
それは、ケーキを連続で食べたことがないからこそ感じるものなのかもしれない。
紅茶を口に運ぶと、口の中が花畑みたいになった。
口から広がる花の香りは、実際の花畑よりも濃い。
そして、リンゴの香りも一緒に押し寄せてくるから、頭が少し混乱する。
「この紅茶、どう?」
「ええ、いいわ」
あまり良い返答とは思えないけれど、今の私には精いっぱいの返しだった。
初めての感覚に動揺が隠せない。
思考も、半分くらいしか働いていない気がする。
最後まで飲み切った時には、少しずつ慣れてきて、いろんな感想が浮かんできた。
しかし、あまりにも抽象的な言葉しか思いつかず、ナコッタに言っても伝わらない気がするので、これ以上考え続けるのはやめることにした。
「じゃあ、ショートケーキのお店に行こっか」
ラ・ルシェを出て、向かい側のお店に入った。
店に入った瞬間、果物の甘い香りが漂ってくる。
ガラスのショーケースの中には、色とりどりのショートケーキが並んでいる。
……何時間でも居れそうだ。
「この席に座ろうよ」
「ここ⁉」
ナコッタが選んだのは、ケーキを作る人の姿が見える、店の中央の席だった。
これって、試されてる?
リリシラさんが、どれくらいのショートケーキ好きかって。
だとしたら、店を出たい。
特別好きというより、人並みに好きという感じで、一番好きな人には、負けちゃうと思うから。
「ナコッタが選んじゃうね」
「よろしくお願いします」
ナコッタは、ガラスショーケースの中から二つのショートケーキを選んだ。
あまり悩んでいる様子はなく、あらかじめ決めていたような感じだった。
一つは、イチゴとオレンジ、ブルーベリーが乗っていて、断面にも色とりどりの果物が入っている。
もう一つは、イチゴのショートケーキ。
ナコッタは、手前にイチゴとオレンジとブルーベリーが乗っているショートケーキ、奥にイチゴのショートケーキをテーブルに置いた。
どっちが私の分?
手前か?
それとも奥?
「あっ、ごめん。反対だった」
ナコッタは手前のケーキを持ち上げ、奥に動かして、奥のケーキを手前に滑らせた。
胸が痛い。
鼻息がうるさくなる。
息を吸うのを忘れて、ナコッタがケーキを動かす様子をまじまじと見つめていた。
「じゃあ、食べましょう。リリシラさん」
「ええ……頂きます」
私がいただくのは、イチゴのショートケーキ。
まずは、上に乗っているイチゴは食べずに、ケーキそのものを楽しむ。
ケーキをフォークですくい、口に入れる。
生クリームはきめ細かいのか、かなりの弾力がある。舌で押したときに少し押し戻される感じ。
イチゴはとても甘味があり、クリームは少し甘味を抑えている。
スポンジの部分は、ほろ苦く。
甘味の強いイチゴと合っている。
「どう? イチゴのショートケーキ。おいしいでしょ?」
「ええ……」
……来た。
この時が。
ケーキへの理解が深い、感想を言わなければ。
「うーん……最高。生クリームがきめ細かく、イチゴはとても甘い。生クリームとイチゴの甘さに対して、スポンジケーキは甘味が抑えられていて、全体的に整っていて、飽きずに食べられる。甘さもくどくもなく、食べるペースが落ちない」
「リリシラさん……」
ナコッタの表情が重い。
……もしかして、引かれた?
後ろでケーキを作っている人たちに目を向けると、感心したようにうなずく人がちらほら見える。
「そんなに、おいしかったのね。気に入ってくれてよかった」
さっきの重い表情と違い、飛びぬけた満面の笑みをしている。
「まさか、リリシラさんからあんな具体的な感想が出てくるとは思わなかった。さっき言ってくれたこと、紙に書き留めたいくらい」
「大袈裟ですよ」
「それくらい、感激しちゃって」
「店主のル・ロドリ・マです。先ほどの感想。感激しました」
「ありがとうございます」
「皆さん、リリシラさんの感想を聞いて、少し上機嫌になっていますよ」
「ありがとうございます」
「次は、プリン。プリン食べに行こ」
「リリシラさん、終わりましたよ」
ナコッタの会話の後、一人の男性の声が聞こえた。声の方に顔を向けると――。
「ルナセインさん?」
見積もりが終わったルナセインが立っていた。
「ここで終わりみたいね」
と、ナコッタは言う。
ナコッタは、私とルナセインに軽いお辞儀をして、店を出ていった。
……本当に申し訳ない。
洋服屋の町に行くために、馬車に乗り込んだ。
★
洋服の町――錦舞国は、リュナリア王国よりも小さい国で、町ほどの大きさしかない。
木造建築が立ち並んでいる所らしい。
金をお菓子に張り付ける文化もあるようだ。
……是非食べてみたい。
馬車の扉を叩く音が聞こえる。
目を微かに開け、扉を開ける。
「リリシラ様、お初にお目にかかります。華姫と申します。そちらに寝ておられるのは、ルナセインさんですね」
「ええ」
華姫は着物という、この国特有のものを着ている。
華やかなドレスに比べて、落ち着いている雰囲気。
「ラスファインさんも、お城に行かれますか?」
「僕は……このあたりでゆっくりしていますので、お気になさらず」
「そうですか、残念です……ルナセインさん、リリシラさん、こちらに来てください」
ルナセインを起こし、華姫をあとに着いていった。
お城は五階建てで、全体的に白く塗られていて、屋根の上には猫耳のような突起が上に付いている。
城に入ると、木の香りが鼻をくすぐる。
……ムズムズする。
華姫は四枚の壁のうち、中央の二枚に両手を伸ばし、ゆっくりと動かした。
奥には一つの部屋があり、真ん中に座っている一人の男性が座っていた。
「よくぞお越しくださいました、リリシラ殿、ルナセイン殿。拙者、錦舞国を治めている、播磨友禅と申します。さあさあ、どうぞお掛けください」
私とルナセインは、一枚のクッションに腰を下ろす。
ルナセインの座り方を見ながら、真似してみる。
この姿勢は足に負担がかかる。
時間が経つたびに、ビリビリと足の裏に変なのが流れる。
「こちらでございます」
ルナセインは、播磨友禅に見積もりの書かれた紙を渡した。
播磨友禅は紙をそれに目を通し、言った。
「確かに、頂戴しました。玉梓から設計図を作る工程を、半分ほど手伝わせてはもらえないだろうか?」
「いえ、結構です」
私は、ママーラから預かった伝言を播磨友禅に届けた。
「八割ほど終えているので、お気遣いは不要でございます」
八割終えているというのは、相手に納得させるための常套句であり、実際は一割ほどしか進んでいない。
しかし、お金を渡す頃には終わっているだろうと、言っていた。
「――なるほど。八割終えているなら、手助けは不要ですね」
「では、おいとまさせていただきます」
ルナセインは片足を立て、固まっている。
勿論私も、同じ状態になっている。
……何よ、これ。
足が笑っちゃって、立ち上がれない。
思わず自分の足を見つめてしまう。
足の笑いが治まり、立ち上がったときには、ルナセインの姿はいなかった。
「ルナセインさんは、どちらへ?」
「一足先に帰られましたよ」
すぐに私は、壁の方へ振り向いた。
「リリシラさん、帰られる前に穴屋場という茶屋に寄ってもらえないですか?」
「ええ、寄ってみます……」
すぐに、馬車に戻ってしまったルナセインに、疑問を持ちながら馬車に戻ることにした。
城の門の前で、ルナセインが一人の男性と話している姿がみえる。
私は駆け足で、近づいた。
「ルナセインさん、早いですよ」
「ごめん……恥ずかしくて、足が逃げていた。申し訳ない」
「この方は?」
「穴屋場を営んでいる。穴屋利蔵でございます」
「――穴屋場? あっ、播磨さんから寄ってほしいと言われた所……」
「ご存知でしたか。では、穴屋場に参りましょう」
穴屋利蔵は歩き出した。
私たちも、後ろを続く形で歩き出す。
周りの光景は、木造建築で並び、石やレンガで作られた建物とは違う雰囲気が漂っていた。
穴屋利蔵は一軒の家に入っていく。
その家の周りには、赤い布が掛けられた椅子が並んでいる。
「お待たせしました」
穴屋利蔵は、大きい皿の上に小皿が二つ載せて、それぞれに抹茶のカステラを二切れずつ盛って差し出した。
「金箔抹茶カステラでございます」
「――金箔?」
「金箔というのは、金を薄くしたものです」
「おお……」
......金って、食べられるの?
装飾品とか、食器とかに使われるものじゃないの?
赤い布が掛かっている椅子に座り、カステラを口に入れる。
噛む前に、ルナセインの方をみると、金箔を包んでいる抹茶のカステラを口に放り込んで噛んでいる。
金箔は、食べられるものみたいだ。
細い木製のフォークで半分にして、口に入れる。
舌で、カステラと金箔を分けた。
抹茶のカステラは、かなり味が染みていて噛めば、噛むほど、深い茶の味わいが口に広がる。
金箔は、口に溶ける紙を食べているみたいで、味はない。
「どうでしょうか? リリシラ様」
「ええ、美味しいです。金箔って必要ですか?」
「見栄えと言う部分では、必要です」
なんだ、現地の人もそう思っているのか。
★
次のジアトリノは、野菜の楽園と呼ばれていて、どの野菜も大きく、丈夫に育つところらしい。
馬車からでも、虫の鳴き声が聞こえてくる。
耳を塞いでも、煩わしい音が聞こえる。
「虫の演奏、心地いいですね」
と、ルナセインが言う。
……耳を疑った。
この音を、心地がいい?
頭に残る雑音。
留まることがない、音の連鎖。
声を荒げて、かき消したい。
「おお、着きましたね」
馬車から出ると、煩わしい音が聞こえなくなっていた。
「ここが、ジアトリノ……」
森に囲まれていて、点々とツリーハウスがある。
「ちょっと!」
ルナセインは、歩き出す。
私は周りを見ながら、追いかけた。
周りの景色は、油絵で描かれたような幻想的な風景で、癒される。
胸いっぱいに息を吸い込むと、新鮮な空気が体に入ってくる。
なぜか、身体が軽く感じた。
ルナセインは、らせん状の階段を登り始めた。
続いて、私もその階段を登る。
階段は、丸太の組み合わせで出来ていて、足場は狭く、おまけに滑りやすい。
……こけてしまいそうだ。
登り切ったとき、少し疲れていた。
ルナセインは、ツリーハウスの扉を叩いた。
その音は、打楽器のような甲高い音に似ていた。
「ほお、ようやく来たか……ん?」
床まで付く白い髭の男性が現れた。
「この方は?」
白い髭の男性がルナセインに尋ねる。
「僕の妻です」
「は、初めまして、リリシラです」
「初めまして、リリシラさん」
「タスリスさん、こちらです」
ルナセインは見積もりの書かれた紙を渡す。
「昨年と同じ……じゃな」
タスリスは、独り言のようにつぶやく。
「ええ、昨年と同じです」
ルナセインは、その言葉に合わせるように、同じ声の大きさで返す。
「そうだ、渡したいものがあるんだ。ちょっとここで待っててくれ」
タスリスは駆け足で家を出ていった。
あの身のこなしは、子どものように無邪気で、大人には真似できないものであった。
「ルナセイン、渡したいものって何かしら?」
「……野菜かな? 昨年も頂いたし」
「野菜ですか……腐ってしまいません?」
「あの方法なら……腐らないか。腐らないですね」
「あの方法とは、何でしょう?」
「それは、実際に見ればわかります」
「言ってくれたらいいのに……」
私は拗ねる。
「い、いや……実際に見たほうが……。ほら、戻ってきたみたいだし」
ルナセインが言った直後、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
……本当に五感が良いんだから、ルナセインさん。
扉が開く。
タスリスは一点を見つめながら、息を整えていた。
「ほ、ほら……持ってきたぞ……」
息を整いながら、竹のザルを床に置く。
「これは、何ですか?」
ザルの中には、輪切りのじゃがいもが円を描くように並べられて、その内側に輪切りのニンジン、細切りのピーマン、輪切りのレンコン、半分に切られたトマトが乗っていた。
……どの野菜も小さい。
「これは、干し野菜といって、お天道様の力によって水気をなくして、保存しやすくするものだよ」
と、タスリスは説明した。
「水分がない分、縮んでしまうってことね」
「そういうことです。リリシラ様」
「持ってみます?」
「ええ」
私は、竹ザルを持ってみる。
……軽い。
何も載っていないみたい。
「軽いでしょ?」
「ええ」
タスリスは木の箱に、輪切りのじゃがいも、ニンジン、レンコン、細切りのピーマン、半分に切られたトマトを敷き詰めた。
「これを使うときは、水に浸してくださいね」
「ええ、わかったわ」
木箱を座席に置いたあと、私たちは馬車に乗り込んだ。
★
最後に訪れるところは、ミートリアス・ポマールという国で、幻影の肉王国と呼ばれている。
その理由は、突然消えたり、出現したりする神出鬼没する国だからということらしい。
そんな、おとぎ話なことがあるのか。
しかし、それは目の前で起きた。
馬車が止まり、ラスファインの戸惑っている声が聞こえてくる。
「ない……ない。ルナセインさん、とんでもないことをしてしまいました」
「私たちも行きましょうか」
「ええ」
私たちも外へ出る。
目の前に広がるのは、ただの草原。
建物一つもない光景。
……ミートリアス・ポマールは一体どこにあるの?
「どうしましょう、ルナセイン様?」
「どうしようって言われても……昨年はあったし。ちょうど、私が立っている所が入り口だったんだ」
「そうだ、地図が届いているって、ルドウィックさんが言ってました。今の場所が書かれた地図。ルナセインさん、ルドッウィクから受け取っていませんか?」
「受け取ってないです……」
「リリシラ様は、受け取りましたか?」
「貰ってないです」
「わかりました……帰りましょう」
ラスファインは御者台へ歩き出す。
「少し待ってくれ、ラスファイン」
「何でしょう? 何か思いついたのですか?」
「あれが、使えるかも」
ルナセインは鞄の中を探り始める。
「これ、これだ」
ルナセインが手に持っていたのは、布に包まれた丸いもの。
布の中から出てきたのは煙玉だった。
ルナセインは、煙玉を持って前へ走る。
ある程度のところで足を止め、煙玉を地面に置いて火をつけた。
煙玉は白煙となって空へと舞い上がる。
そして、ルナセインは戻ってきた。
「これで、使いの者が来てくれるはずだ」
白煙が消えた頃、一匹の馬がやってきた。
「本当に来ちゃった……」
「これでいいですね、ラスファイン」
「はい……」
「では、馬車に戻りましょうか、リリシラさん」
「ええ」
トナカイは、その馬と知り合いなのか、親しげな様子。
馬車に乗り込むと、馬が走っていくのが見えた。
きっと馬の向かう先にミートリアス・ポマールがあるのだろう。
馬車に揺られ、三十分ほど。
ようやく建物が見えてきた。
布でできた丸天井の家々が、並んでいた。
ヤギ、牛、豚、鳥などは、木の柵で分かれている。
「はあ……ようやく着きましたね」
ルナセインは眠気に耐えながら言う。
馬車が止まり、私たちは外へ出る。
そこには一人の男性が立っていた。
「どうして……ルナセインがここに?」
「見積もりで来たのですが……」
「ああ……忘れていました。 今日は見積もりの日でしたか。こちらの方は?」
「うちの……」
「リリシラです」
ルナセインが言い終える前に、思わず口にしてしまった。
「おお、王妃……。すいませんね。ご苦労かけてしまって」
「私は、ミートリアス・ポマールの長をやっています。ミルキークと申します。どうぞ、こちらへ」
私たちはミルキークの後ろに続き、大きな丸天井の家の前で足を止めた。
「ここが私の家です。どうぞ、お入りください」
「……失礼します」
建物の中は、意外と広く。
天井は、傘のような見た目。
「今日は、お疲れでしょ」
「ええ」
「少しでも、ここで疲れを癒してくださいね」
「ええ……そうします」
私たちは、椅子を見つけて、腰をおろした。
「こんなものしかありませんが……」
ミルキークがテーブルに置いたのは、白と青が混ざった皿と木製のコップ。
皿には、白い棒状のものがいくつも並べられている。
木のコップには、白い液体が注がれていた。
「これは何ですか?」
「皿に乗っている白いのがアーロール。コップに入っているのが馬乳酒です」
「どんな味ですか?」
「食べてみればわかりますよ」
「ええ、そうですね」
アーロールからいただいてみる。
ほお、酸っぱい。
唾液が絶えず出てくる。
そして、あとから甘いのを感じる。
……これは、癖になりそう。
続いて、馬乳酒。
これは、牛乳なのだろうか。
匂いを嗅ぐと、ほのかにチーズの香り。
……牛乳ではないのか。
口にすると、舌のピリピリと酸味が伝わる。
なんの味に似ているのかというと、チーズケーキ。
「どうですか? リリシラさん」
「おいしいわ」
「それは、よかった」
「ところで、昨年と同じ場所ではなかったのですか?」
ルナセインは単刀直入にミルキークへ尋ねた。
「それは、家畜の大移動の時期が重なってしまったからです」
「家畜の大移動?」
「家畜の運動不足とストレス解消に大移動を行うのです。その時は、突然で……私の直観任せているので、時期がまちまちなのです。本来でしたら、国の位置を地図に記して、渡り鳥に託して届けてもらうのですが、今年はそれを忘れてしまいました」
「そういうことですか」
ルナセインは納得したようで、軽くうなづいた。
「あの……?」
「何でしょう?」
「ルナセインさん、あれを見せてください」
「あれ?」
「煙玉を包んでいた布よ」
「ああ」
ルナセインは、鞄から布を取りだした。
「そ、その模様は、先代が得意にしていた刺繍です……わかりました。使ってくださって、ありがとうございます。だから、たどり着いたのですね」
「あの煙玉って……」
「緊急信号ですね……もう使うことはないですけれど」
「使うことはない……?」
「昔は交易が盛んで、場所が変わったときに馬をよこしてもらうための合図だったんです。でも最近は、そういう機会も減りまして……その頃の名残ですね」
「はあ、なるほど……」
「きっと予感していたんでしょうね……お恥ずかしい限りです」
「……あの見積もりって……」
ルナセインは、ぼそっとつぶやく。
「そうでした。見積もりに来たんですよね」
「ええ」
ルナセインは、見積もりの紙をミルキークに渡した。
「昨年と同じですか?」
「ええ、大体同じ内容になるかと」
「では、これから忙しくなりますね」
「そうですね」
「次に行くところはありますか?」
「こちらで最後です」
「最後ですか……ゆっくりしてくださいね」
「ええ、お言葉に甘えて」
私たちは、アーロールと馬乳酒をゆっくり味わい、ミートリアス・ポマールを後にした。





