第5話 「サンタクロース会議」
――あれから、二月が経過した。
未だにマフラーを見ると、胸が苦しくなり泣いてしまう。
「リリシラ様、そろそろ皆さん来られるようです」
ルドウィックは扉の前に立つ。
そんなことを考えている暇はもうない。
これから、サンタクロース会議が始まる。
会議というのは、一月前に世界中の十歳までの子どもたちから寄せられた玉梓を集計し、その結果から、リュナリア王国で用意するものか、他郷で用意するかを決める場である。
ルドウィック曰く、「子どもたちの想いを受け取る大事な機会であり、極めて重大なこと。これが失われれば一体感は薄れ、やがてこの文化は塵と化すだろう」と。
だからこそ、生半可な覚悟で臨んではいけない――彼は、そう言っているような気がした。
ルドウィックが扉を開ける。
私の喉から心臓の鼓動が高鳴る。
思わず、呼吸が浅くなる。
入ってきたのは、洋服屋・着付けを営むママーラ、からくり人形や時計を作っているラグマール、八百屋のベジルト、鮮魚店のタシナリア、肉屋のマナラタ、花屋のリリーラ、お菓子屋のラタマリア――合計七人。
彼らは大きな正方形のテーブル席に腰を下ろした。
左側の三席には、手前からママーラ、ラグマール、リリーラ。
右側の四席には、手前からベジルト、マナラタ、タシナリア、ラタマリアが座っている。
そして、一番手前には、私――リリシラとルナセインが並んで座り、扉付近にはルドウィックが立っている。
「サンタクロース会議を始める」
ルナセインが開口一番にそう告げると、一斉にお辞儀をする。私も少し遅れながらではあるが、見様見真似で頭を下げた。
「では、最初に集計の結果をグラフにしたものを配布します」
ルドウィックが七人に紙の束を机に置いていく。
ルナセインが配っている紙を横目に見ると、大きい円が描かれていた。
円の中には、線と色で何かが区分けされているようだが、私の位置からでは詳細は見えない。
「リリシラ様もどうぞ」
「ええ、どうも……」
ルドウィックは、私の行動を見ていたからなのか、七人と同じものを私のテーブル近くに置いた。
ありがとう、ルドウィック。
これで、ようやく詳細がわかる。
円グラフには、赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫の七色に分かれていた。
赤に、からくり屋のラグマール。
オレンジに、洋服屋のママーラ。
黄に、お菓子屋のラタマリア。
緑に、八百屋のベジルト。
青に、鮮魚店のタシナリア。
藍に、肉屋のマナラタ。
紫に、花屋のリリーラ――という内訳が、円グラフの下に記されていた。
「昨年から、からくり人形の人気が伸びており、四十五パーセント、ほぼ半数の子どもたちがからくり人形を求めています。今回のからくり人形は、昨年よりも、天に登るぐらい人気なんです。それに、面白い動きをするみたいなんですよ。確か……ゼンマイを三回ほど巻くと少し前に歩き、何やら踊り出すそうです。あまりの可愛さと面白さに、流行っているのだとか」
ルナセインは、興奮交じりに語った。
「このからくり人形、昨年と同じく六割はこちらで作りますか? ラグマールさん」
ルナセインは子供みたいに、はしゃいだ様子で尋ねた。
「いや、今回は逆だ。限定品のような位置づけにしてくれ」
「どうしてですか? 昨年のあなたでしたら、なるべく作らせてくれと懇願していたじゃないですか?」
「今回のからくり人形は複雑で、そうも言えない。どう動くって言った?」
「少し歩いた後、踊り出す」
「どんなふうに踊り出す?」
「実物持っていないのでなんとも……」
「そうやろうな。それに、歩いた後に踊り出す切り替えの仕組みがわからない。今、試作に取組んでいるが、前に歩かせるのが精一杯で、肝心の踊り出すところまでたどり着けていない。結果として、五百メートルも前に進み続ける人形を作ってしまった。こんなのを子どもに渡したら拍子抜けどころか、サンタさんを恨むことになる。そんなことは絶対にさせたくないし、あってはならない。だから、限られた時間では、せいぜい五百体ほどしか作れん」
「そうですか……」
ルナセインは、肩をすくめる。
「それと明日、見積もりを提出しに行くのだろう? お二人さん」
「ええ、そうですね……」
――え?
初めて知った。
明日、見積もりに行くなんて聞いてないし、そんな素振りも見せてなかったのよね、ルナセインさん。
「私に何か、言うことない?」
私は頬を膨らまし、ルナセインの顔に向けてつぶやいた。
「……ごめん。忘れてた」
ルナセインは私の耳元に囁いた。
二月経って、気づいたことがある。
ルナセインは、少々抜けている所がある。
普段ルドウィックが伝えてくれるから、そこに甘えちゃって言わないという可能性もあるけれど。
「リリシラ様、ルナセイン様。お願いがあります。明日、からくり人形を一つ、貰って来ていただけないでしょうか。今、開発に滞っておりまして、実際の物がないと厳しいのです。きっと、一つか二つくらいなら余っていると思われます」
「――なるほど。それで、どれくらいの進捗なんだ?」
ラグマールは、苦虫を嚙み潰したような表情で説明し始めた。
「……それがですね。あまり言いたくはないのですけれど、二割ほどです。というより、前に進むだけのからくり人形を作ることしかできなくて……。実物がないと、まともに作れないのが現状です」
「それは、一大事ですね」
「――面目ありませんない」
「明日、からくり人形を渡すとしたら、試作機の完成はいつ頃になりそうですか?」
「一週間ほど……」
「早いですね」
「そんなもんです」
「それでは、気を取り直して。昨年から、一割増えました洋服。今年は、玉梓に絵を描いて送ってくれている子どもたちが多いようです」
「あら、そうなの? 嬉しいわね」
「昨年と同じ形でお願いしたかったのですが――」
「どうか、なさいましたか?」
「今年、玉梓に絵を描いてくれた方が九割いらっしゃいまして、昨年と同じ方法だと聖なる夜に間に合わないです」
「あらら、どうしましょう」
リリーラは、焦る様子はなく淡々と受け答えをしていた。
「今回は、他郷にお任せする形でよろしいですか?」
「それは、良くないですね、ルナセイン様」
「ですが、聖なる夜に間に合わなくなってしまいます」
「確かに、ルナセイン様のおっしゃる通りです。今回は、昨年と違うやり方にします。すべての玉梓に目を通し、設計図に書き起こしたうえで、それをもとに他郷に製作を依頼するという形にしてもよろしいでしょうか?」
「それは、名案ですね」
「今日から、始めないといけないですか? ルナセイン様」
「まあ、そうですね。できるだけ早い方が、余裕をもって終えられるかと」
「今日から協働。よろしくお願いしますね、みなさん」
リリーラは語尾を強く、念を押すように言った。
その瞬間、周りの空気が重く感じられた。
勿論私も同じように感じたけれど、なぜか悪い気はしなかった。
サンタクロースに欲しい洋服を、文字だけでなく絵まで描いて伝えている。
絵なんて、文字を書くよりも負担が大きいし、時間もかかる。
それだけに、どれほどの想いが込められているか、玉梓を読まなくても伝わってくる。
「どれくらい、玉梓はあるのですか?」
「一部屋の半分埋まるほど、と聞いております」
ルナセインがそう言った途端、場がざわめいた。
これは、仕方がない。
これから立ち会うことになるのだから。
「では、続きましてお菓子についてです。お菓子は昨年とほぼ横ばいで、昨年はこちらでは作らずに、他郷で製作してもらう形でしたね」
「はい、そうですねー。クッキーさんやスコッチさん。うふふ。出来たてを食べて欲しいですからね」
ふわりとした口調で、胸に手を当て静かに語る。
「昨年と何か変えることありますか?」
「いいえ、昨年と同じで構いません」
ラタマリアの視線が、私に向いた気がした。
いや……気のせいだろう。ルナセインの方を向いて話しているのだから。
それでも、あの針が刺さったような視線は何だったのだろうか。
「……すいません」
私は、静かに挙手をした。
「何かありましたか? リリシラさん」
「きっと、気のせいだと思うけれど、ラタマリアさん。質問してもいいですか?」
「いいですよ」
「私をちらっと見て、話していましたか?」
「それは、ないんじゃないか?」
ルナセインは、不思議そうな顔で私に尋ねた。
「私の心がざわざわするのよ」
ルナセインに耳元でそう告げた。
「そうか……どうなんですか? ラタマリアさん」
皆さん、すいません。
私の勘違いで、流れを止めてしまって。
……どうか、勘違いであってほしい。
しかし、ラタマリア口にしたことは、私の予想とは違っていた。
「やっぱり……気づいていましたか、リリシラ様」
妖艶で、どこか狙っているような表情でこちらを見ていた。
「わ、私に……何か用事があるのかしら」
こわばってしまって口があまり回らない。
「そうですね。後で言おうと思っていたんですけど、今、言っちゃいますね」
ラタマリアは、花が開いたように声高にしゃべり始めた。
「新しいクッキーが、焼けたんですよ。ニンジンを使った、甘い甘いお菓子。ぜひ、食べてほしくて」
「はあ……」
……呆れてしまった。
もっとサンタクロースに必要な情報だと思っていた。
協働の時に、いつもクッキーをもらっている。
一人では食べきれないほどの量が、いつも袋に詰められていた。
まだ、二、三袋残っている。
脂っぽくなく、食べやすいのだが、如何せん量が多い。
でも、あの笑顔を見せられると、どうしても断れない。
「……後でもらいます」
「ありがとうございます、リリシラ様。以上です」
ラタマリアは、静かに席に座った。
ようやく、伝えたいことが言えたようで、落ち着いている様子であった。
「では続きまして、魚、肉、野菜ですね。二ページをご覧ください。昨年とほぼ同じです。昨年と同様の形で、リュナリア王国では用意せずに、他郷での準備とする形でよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
タシナリアはそう答え、優しく微笑む。
「……それでお願いします」
マナラタも少し遅れて、うなずく。
「昨年と同じですね。了解しました」
ベジルトは、落ち着いた口調でそう言った。
「じゃあ、これでサンタクロース会議を……」
勢いよく、扉が開く音が響いた。
その音に、皆が一斉に顔を向ける。
「すいません! お時間よろしいですか?」
息を切らしながら、一人の青年が入ってきた。
けれど、その幼い顔立ちは、まるで子どものようだった。
「それは、緊急を要するものか?」
「緊急と言われたら……そうだと思われます」
「言ってみなさい」
「わかりました。子どもたちから届いた玉梓の中に、『お母様に会いたい』との一文がございました。その子どものお母様は、今年ご逝去されたとの記述がありまして……このような場合、どのように対応すればよろしいでしょうか」
青年は、代表の人たちに問いかけた。
しかし、誰も返答しなかった。
重たい空気の中、扉のそばで立っていたルナセインが口を開いた。
「死者の筆談はいかがでしょうか?」
「……あれを使ってもよろしいのですか?」
「いいですよ。こういう特別なことが起きたときこそ、使うものですから」
死者の筆談とは、文字通り、亡くなった人と文を通して会話するもの。
一人につき三回まで使用できる。
まず、死者を呼ぶためには、紙に対象者の名を書き、一光が差す台座の上に置く。
火が灯されれば、会話に応じたことになる。
灯らなければ、そっぽを向かれたということだ。
その後、文を通してやりとりを続け、火が消えれば筆談は終了。
火が灯り続けていたら、筆談は続行中ということだ。
「わかりました。やってみます」
「ラスファール、ルドウィックが死者の筆談を行います」
「よろしいのですか? 見積もりはどうされるのですか?」
「見積もりは、ラスファール、お願いします」
「……承知しました」
青年は全員に一礼し、退出した。
「では、サンタクロース会議を終わりにします」
ルナセインの言葉を合図に、代表の七人は続々と退出していった。
「リリシラ様、あとで来てくださいね」
「ええ」
最後のラタマリアが退出した後、ルドウィックに尋ねた。
「ルドウィック、私にやらせてもらえない?」
私なら、お母さんに会わせることができる。
この子どもと似た境遇だし、マフラーのこともあって、一緒に考えられると思うから。
「――大丈夫です。任せてください、リリシラ様。死者の筆談を使って、トラブルが起きたことありません。それに、お母さんに会いたいって……お母さん本人に聞けば、子どもが本当に求めているのがわかるはずです」
「そこまで言うなら信じるわ」
……でも、どこか引っかかる。
子どもが本当に求めているものを、お母さんはわかるのかしら?





