第21話「クリスマス~初めてのサンタ体験と戦慄の浮遊感~」
ふくよかな体型で白いひげが首半分のところまで伸びていて、赤い帽子を被った――サンタクロース達が子どもに渡すプレゼントの入った袋をソリに置いている。
いよいよ子どもたちにプレゼントを渡す日になった。
もちろん私も同じ格好をしている。
見た目だけでは、誰かわからない。
初めて目撃したら、失神してしまうほどの異様な光景。
「リリシラ様、似合っていますか?」
一人のサンタクロースが話しかけてきた。
声から察するに、パン屋のミシルだろう。
彼女も私と同じ。
サンタクロースになるのは初めてで、そわそわしている。
「似合ってる」
「そう? あと口調もどうかな? ほっほっ皆さん、サンタクロースじゃ。どう?」
「ええ、良いと思います」
ミシルの声は大人の声より幼い印象がある。
私の声も似たような感じがあるし、今回はあまり喋らないにしよう。
「それとね、地図の見方を覚えたんだよ」
ミシルは地図を広げ私に見せた。
地図には、様々な色の丸印が記されていた。
これは、家族ごとにプレゼントの袋に結ばれているリボンと同じ色。
その上には一枚の紙が貼られていて、そこには手紙で書かれていた子どもの名前。
ミシルと同じ私も、地図の見方を覚えた。
地図を見なくても場所がわかるぐらいに。
「でも、ちょっとわかりづらいのがあって、同じ色が使われている所あるよね?」
ミシルは地図の同じ色の印を指さす。
「それは、記を付けた人の彩色がとても繊細で、少し薄くなった色とか、濃くなった色を別の色として扱っているからだよ」
「あっ、そういうことね。わかった、わかった。ありがとうね、リリシラさん」
ミシルは元の場所に戻りサンタクロースと話している。
どちらも同じサンタクロースの姿なので混乱する。
身体をくるっと回して、姿を見せているのが、ミシルだろう。
それを見て拍手をしているのが、ミシルの母――フィシィルだと思う。
ようやく所作だけで判別ができるようになってきた。
「リリシラさん、そろそろですよ」
隣のサンタクロースが話しかけてきた。
声と位置的にルナセインだ。
あともうちょっとで準備が整う。
今、手に持っているハンドベルを鳴らすと『一つのグループが準備完了』という合図になっている。
八つのグループに分かれており、私たちを含めて六回鳴った。
残りあと、二回。
ハンドベルの音は低い『ド』から高い『ド』まで。
全部で八音。
グループの数と一緒だ。
私たちが鳴らした音は、低い『ド』で一つ目のグループだ。
グループは横一列に並んでいて、私たちはその一番左端に位置している。
右奥から二回連続で鳴る。
準備が整ったようだ。
私は、ハンドベルを揺らし二回鳴らし、一拍置いた後、三回鳴らす。
これは『出発します』という合図だ。
ソリが浮かび始めた。
「あっ……」
思わず、ルナセインに抱き着く。
「リリシラさん? 苦手なのですか……?」
ルナセインは戸惑いの声で言う。
「わ、私ね、初めてで……」
「――ん? 初めてじゃないですよ。最初、リュナリア王国に来た時、経験したと思いますよ」
「あのふわふわした感触がそうでしょうか?」
「それです。あの浮いた感じですよね。私も最初の頃は苦手でした。直に慣れますよ」
ルナセインに励ましの言葉を貰ったが、慣れそうにない。
嫌悪感が身体の中に大きくなる。
思わず、手すりを強く握る。
「リリシラさん!」
ルナセインは叫ぶ。
「なんですか?」
「私の手を握ってて下さい」
「ええ……」
言う通りにルナセインの手に覆いかぶさるような形で握った。
ルナセインは片手で紐を引き、トナカイの首元にある鈴を鳴らす。その音を境に、トナカイは勢いを増して駆け出す。
「ちょっと!」
「掴まってください。それと、ハンドベルは落とさないでくださいね」
「ええ、わかっているわ」
ハンドベルには、まだ使い道がある。
それはサンタクロースがやってきた合図をするためだ。目的の地に近づいたら鳴らすことになっている。
現地の人も同じ音階のハンドベルを持っていて、サンタクロースが鳴らした後に鳴らすらしい。
それにしても、前景に人がるミニチュアみたいなものは全て本物の建物で、おもちゃではない。
最初に目にしたときは、あまりにも現実離れしていてミニチュアと錯覚してしまった。あの頃の自分が今の事実を知ったら驚きのあまり気絶してしまうのかもしれない。
「ふふ」
「リリシラさん、寒いですか?」
「い、いえ……丁度いいですわ」
このサンタクロースの中は心地がいい。
温かすぎず、息苦しいこともないし、視野が遮られることもない。
私たちが訪れるのは全部で三か所。
一か所目は小さい村が点在していて、意外と広範囲に広がっている地域。
二か所目は高低差が激しく、最上部は山を一つ登るくらいの高さがある
三か所目は二つの国を合わせたような広さの城下町。
今回は、初めてということもあり、少なくしてもらっている。
その分、他のグループに負担がかかり、一番多いところでは、三十地域も行くことになってしまった。
……本当に申し訳ない。
「リリシラさん、そろそろです」
「ええ」
トナカイが下を向いて降りて行っている。
また、あの嫌な浮遊感が身体に伝わる。思わず声を出してしまうほど。
「リリシラさん、痛いです」
「すみません」
ルナセインの手を強く握ってしまったようだ。
「リリシラさん、これは慣れです。十回ほど体験すれば、楽しくなります」
......何を言っているの?
十回……もしないと慣れないの?
……長い、長いわ。
そこまで辛抱強く耐えられない。
「リリシラさん、目を瞑ってみてください」
「ええ」
ルナセインの言う通りに目をつぶる。
きっと浮遊感を軽減できるのだわ。
……違った。
余計に身体の感じ方が強くなり、怒りが出てきた。
「はあ、ルナセインさん」
隣を向いて、じっと見つめた。
「い、いや。あっ、松明の光が見えますよ。ハンドベルを鳴らしてください」
話のすり替えて良かったな、ルナセイン。
まあ、私のすべきことに集中しよう。
ハンドベルを揺らしてサンタクロースが来たことを伝える。
こんな遠いのに聞こえるかしら。
何度も、何度もハンドベルを鳴らした。
「リリシラさん、耳を澄ましてください」
ハンドベルに鳴らすのをやめて、耳を澄ます。
微かに『ド』の音が聞こえる。
「聞こえました」
「そうでしょ、そうでしょ」
ルナセインは体を小刻みに揺らし、嬉しそうにしている。
駆け下りている最中にあの動き出来るのか感心する。
微かなハンドベルを聞きつけてトナカイは速度を上げる。
私も負けじと、ハンドベルを鳴らし続けた。
◇◇◇◇◇
……なにか、騒がしい。目を開けると、松明の光に囲まれた場所で人々が子どもたちへのプレゼントを手際よく仕分けしている。どうやら、無事に着いたみたいだ。
「リリシラさん、そこから離れたほうがいいです」
ルナセインが耳打ちしてきた。
「ええ」
ソリから離れ、ルナセインが立っている所に移動した。
どうやら、私が眠っている間に袋が私の体に絡まってしまって、みんなの移動がちょっと大変だったみたい。人々は一人持てるぐらいの袋に子どもたちのプレゼントの入った袋を入れていく。そして、入れ終わったら、続々と村の方に消えていく。
「私たちには手助けすることはないですね……」
ルナセインはぼそっと呟く。
この後、私たちが手助けすることなく、最後の人が村の方に消えてしまった。
「行っちゃった……」
「行っちゃいましたね」
「どうするのですか?」
「待ちましょうか、リリシラさん。まだこれを渡してないですからね」
ルナセインが持っている編みカゴには、たくさんの小袋で詰まっていた。
中身はクッキーで、ラタマリアと一緒に作っていたものだ。
外はサクサクで、ほんのりバターの香りがする。
ラタマリアの所に協働しに行った際に、いつも貰うのはこれの原型だった。
色んな施策をしていて飽きさせず、食べられる味わいを目指していた。
暗闇から、続々と人が現れた。
皆、持っていた袋は無くなっていた。
どうやら、子どもたちに渡し終えたようだ。
「サンタさん、あれを貰い忘れていました」
ルナセインは編みカゴを村の長に渡した。
「確かに……と」
村の長は小包からクッキーを取り出し、口に入れた。
「今回はプレーンですか。久しぶりに食べたのですけれど、この味たまらない。みんな、お好きに取っていいぞ」
村の長が大きい声で言うと、村の人は駆け寄り小袋を持っていき、暗闇に消えた。
続々と小袋は無くなっていき、残り一つになった。
「これは渡しておきます。サンタクロースさん、次の所に行って下され」
村の長の計らいにルナセインは会釈をし、ソリに乗り込んだ。
続いて私も乗り込む。
ソリは浮かび、次の場所に向かった。





