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第2話「サンタクロースの街を散策してみよう」

 窓から差し込む光で、私は目が覚めた。

 

 あれほど泣いたのに、部屋でも涙が止まらなかった。

 おかげで、喉が少し痛い。

 

 どうして、あそこまで泣いてしまったのだろう。

 あの時の、ルナセインの表情は戸惑いの目だった。

 思い返しただけで、顔が熱くなる。

 

 それから、ルドウィックが言っていたことがある。


『リュナリア王国では、九割の人がサンタクロースになって、子どもたちにプレゼントを手渡す』のだと。

 もしかしたら、私もその一人になれるかもしれない。


「リリシラ様、起きていらっしゃるでしょうか?」

 

 ドアの奥から声が聞こえる。この声の主は、ルドウィックだろう。


「ええ、起きているわ」

「朝のご用意ができました。ご準備が出来次第、扉をお開け下さい」

「ええ、そうするわ」

 

 私はベッドを飛び出し、勢いよく扉を開けた。


「ルドウィック、食べるところはどこかしら?」

「こちらでございます」

 

 ルドウィックの背中を追いつつ、ダイニングに向かった。


「お、お美しい」

 

 ルナセインは私の姿を見て、スプーンを持ちながら硬直していた。

 口を開けながら固まっているので、少し滑稽(こっけい)


「ルナセイン様、お口が……」

 

 ルドウィックが言いかけると、ルナセインは口を閉じ、私の目を見つめ、こう言った。


「先ほどは、お恥ずかしい姿をお見せした」

「……構いませんよ。少々、みっともない姿をお見せしても。それに、そっちのほうが仲良くなれそうです」

「そうですか……それは、助かります。リリシラさん」

 

 ルナセインは、安堵するように言った。


「では、こちらがバゲットとロヒケイットでございます」

 

 マーメニーと見た目が似ている。

 ミルクを使っていて、野菜たちが煮ているこの感じが。


「これは、マーメニーではないのですか?」

「いえ、違います」

 

 それと、気になることがある。野菜が、あまりにも大きい。

 私のふるさと——ターナル王国では、野菜は小さくなっていて、もっとやわらかい感じがした。


「この野菜たちは、火が通ってないのですか?」

「十分に通っております。これ以上、加熱しますと形が崩れてしまいます」

「そうですか……」

 

 それじゃ、納得はできない。

 うちの国ではそれが常識。

 野菜は、色が見分けられないぐらい——スープの一部になるまで煮ていた。


「あと、これは何?」

「これは、魚のサーモンです」

 

 スープの中に魚が入っている。

 

 私の国では、魚とは塩漬けになっている物。

 そんなものをスープに入れるものなら、塩気が強すぎて食べられるはずもない。


「これを、口になさっているのですか?」

「はい。とても臭みがなく、おいしいですよ」

 

 そう言われても、私は魚が嫌いだ。

 いくら、臭みがないとは言っても、片隅に生臭さは存在する。

 最初はいないと油断をしていたら、魚の大群――生臭さが襲うのだ。

 いつも、それに悩まされている。

 

 半分食べては、残し。

 半分食べて、口から吐き出す。

 そんなことを、繰り返している。

 

 この魚だって同じことになる。


「まずは、一口すくって、食べてみてはいかがでしょうか?」

 

 ルナセインは私に提案した。


「そうね……」

 

 私は、ちらっとルナセインの方を見る。

 ルナセインは、(おく)することなく、スープを(たしな)んでいる。その姿は自然で、魚の生臭さは感じていないようだ。

 私は、(おそ)(おそ)るスープを口に放り込んだ。


「――ん!」

 

 思わず口から漏れてしまった。

 野菜の甘味とコクがスープに染み込んでいておいしいし、ミルクもいい感じに作用している。

 そして極め付きに、魚の生臭さが感じられない。


「いかがですか? リリシラ様」

「ええ、好きになりそうな味」

「左様ですか……! ありがとうございます。では、こちらのサーモンもご賞味下さい」

 

 ルドウィックがこちらを見ている。食べなければ。

 (おそ)(おそ)る口に入れた瞬間、思わずスープを覗いた。

 ……魚の大群がいない。


「どうでしょうか? おいしいですか? リリシラ様」

「ええ」

「それは、良かったです」

「あとは、こちらのバゲットをつけて食べてみてください」

「ええ、わかったわ」

 

 バゲットをむしり、スープにつける。

 パンは香ばしく焼けており、つけずに食べれば、口が裂けてしまいそうだ。

 ある程度、バゲットにスープが染み込んでふやかしてから、口に入れた。

 パンの風味とスープの甘味が合っていて、おいしい。


「いかがですか? リリシラ様」

「ええ、おいしいわ」

 

 朝食を済ませると、ルドウィックからある提案された。


「リリシラ様、街に行ってみるのは、いかがでしょうか?」

「街ですか……」

「街は、国の縮図です。街に住む人の営みがわかれば、姫様としての振る舞い見えてくるかもしれませんよ」

 

 ルドウィックがそう言うのも納得できる。ターナル王国の街では、みんなが仲良く、温もりがあった。

 それは、父が色々な施策をやってきたからだ。

 街を散策するのは、王妃としての責任なのかも。


「では、行ってみようかしら。どの服装で行こうかしらね。煌びやかな衣装かしら、(きさき)として行くのですからね」

「それは、止めたほうがいいかと」

「――そうですか? (きさき)として行くのではないですか?」

「今回は、素のままを見て欲しいので、街の人と同じ格好で行ってもらいます。それと、お忍び……その言葉に、なにか惹かれるものはありませんか? リリシラ様」

 

 私は、この言葉にゾクッとした。

 今まで、姫様として、街に出かけることはあっても、街の人に扮して行くことはなかった。

 街の人に扮するってどんな感じなのだろう?

 想像するだけで楽しみが増える。


「そうしましょう」

「こちらです」

 

 ルドウィックに連れられたところは、サンタクロースのガラスケースが飾っているところの隣の部屋だった。

 その部屋には、一人の女性が立っていた。


「初めまして、コアファフトンから参りました。グラアスと申します」

「初めまして、リリシラと申します」

「では、こちらのコルトをお着替え下さい」

 

 グラアスが手に持っているコルトというものは、フェルトで作られていて色鮮やかな赤と青で構成されている。

 彼女から、コルトを受け取り着替え始めた。

 (しん)()よりも温かく、包まれているような感じだった。

 

 着替えが終わり、鏡を見て確認した。

 この格好は、少し落ち着かない。

 私が普段着ているドレスとは雰囲気が、まるで違うから。

 

 でも、これが街の人たちの普段着。

 着ているうちに、慣れていくのかしら。


「どうでしょうか、グラアスさん」

「お似合いだと思います」

 

 グラアスの言葉はなんだか、他人行儀であった。


 私は街へ出かけた。

 街の建物は、淡い黄色や淡いピンクに塗られており、絵本のような幻想的な光景に見える。

 街の人々の服装は、私が着ているものと同じで安堵した。

 見渡すほどに、この街の風景は夢のよう。

 

 最初は、何処に行こうか——。


「そこの方、寒いでしょ? 店に寄ってかない?」

 

 偶然、店の人が外に出てきて、そう言われた。

 私は、入ってみることにした。こういう偶然は中々ないし、店を入る理由もできたことだし。

 

 店内は、暖色の照明に照らされ、色とりどりの花たちがたくさん飾られている。花屋さんなのだろうか。

 しかし、値札らしきものはない。

 あえてそういう風にしているのかも。

 恩着せがましいと思われて、購買力が下がるとか。

 そんなところかな。


「この店、良いですね。雰囲気も、なんだか懐かしい感じで」

「そう? 嬉しいわね。色々見てって」

「凄いですね。ここでも、こんなに立派な花を育てられるなんて」

「そうなのよ。色々と改良をしていたら、この環境でも立派な花が育ってきたのよ。あなた、この地の人じゃないね」

「た、旅の人です。たまたまこの街に訪れて……」

「旅の人ね。そうよね。王妃かと思っちゃった。髪とか、瞳が、神々しく見えちゃったわ。旅の人でいいのよね……旅の人……旅の人……」

 

 繰り返し、自分に言い聞かせるように一点を見つめ、小さい声で呟いている。

 ちょっと、怖い。


「いやいや、王妃って。私ってそんな風に見えます? 嬉しいです」

 

 あえて、こう返すことで、“王妃ではない”という印象を強める。

 旅の人として、認識してもらえるように。


「そうだ、あなたに合うお花を選択してあげる。これも何かの縁だし」

 

 さっきまでとは打って変わって、明るい表情で言ってきた。


「いいのですか?」

「いいのよ。あなたを見ていると、ときめきが出てくるのよ。これって恋かしら」

「……」

 

 これは、何も返してはいけない気がする。どんなことを言っても傷をつけそう。


「冗談よ。そんな反応しないでよ」

「そうですよね」

「ああ、傷ついたわ」

「……っ⁉」

 

 私は、驚きのあまり目を大きくする。


「ごめんなさい冗談よ。あなたの反応見ていて楽しいわ。そうだ、何かこの花は入れてほしいのがあるのかしら?」

「……ないです」

 

 この女性店員、初めて会ったはずなのに、昔からの友達みたいに接してくるから、戸惑ってしまう。

 

 それから、私は店を散策する。

 彼女は、鼻歌を漏らしながら、花を選び取っている。

 これは、邪魔をしてはいけない気がする。

 それに、あんな笑顔だもん。

 

 店を散策する中、一つの絵が目に入った。

 それは、星がたくさんついているような花。

 こんなに小さい花たちが集まっているところに健気なところが可愛いし、紫色というのもいい。


「すいません。この絵に描かれている花ってなんですか?」

「それは、ペンタス。花言葉は希望が叶うとか、願望って意味。店に訪れる人の願いが叶って欲しいって意味」

「この花って、ここにありますか?」

「それが、ないのよ。私もできれば店頭に置きたい……でもね、暖かいところでしか育たないみたいで、すぐ枯れちゃうのよ」

「なるほど……だから、この絵が飾られているのですね」

「そういうこと。それと、完成したわよ。あなたに合う極上の花たち」

 

 店の方は、たくさんの花を一ヶ所止めて持ってくる。


「正面の白い花が、ダリアと菊。花言葉は、気品と高貴。その周りを飾っている紫の花は、クレチマス。花言葉は、旅人の喜び。クレチマスを包んでいる黄色の花たちは、ロウバイ。花言葉は、ゆかしさ——色んなものに心が惹かれること。後ろの、独特の形。青紫色の花は、ベロニカ。花言葉は名誉。そして最後に、後ろの佇んでいる白い花。レースフラワー。花言葉は、ほのかな愛。どうかな?」

「いいと思います……」

 

 見ているだけで楽しくなる。

 彼女と交わした言葉が、この花たちに込められている。


「何か不満でもある?」

「いえ、最高です」

「そうだ、この花たち、預かってもいいわよ。色んな街を見て回るのでしょう?」

「まあ、何件か回りますね。時間もありますし……」

「じゃあ、王宮に……いやいや、宿舎に帰るときに寄って来てくださいね」

「ええ、そうするわ」

 

 私はあの花たちを預け、店を後にした。

 

 それにしても、王妃だと気づいていたな。

 気づかれていたほうが、良かったのだろうか。

 でも、お忍の意味がなくなるし……。

 さて、どうしたものかな。


「お姉さん!」

「なんでしょうか?」

 

 元気な声で私の手を握る少女。


「新しいパンを作ったので、た、た食べてもらえませんか?」

 

 寒さで、声が出せないのか、精いっぱいの勇気を振り絞っているかはわからないけど、頑張っている感じがして胸が熱くなる。


「勿論よ」

「いいの⁉」

 

 女の子は日差しが刺すような眩しい笑顔で言った。

 元気いっぱいの女の子に引っ張られ、店の中に入る。

 そこには、女性が立っていた。

 きっと、女の子のお母さんだろう。

 店に入った時に、少し不安の表情が見えた。あれは、女の子の成長を見守っているようにも感じた。


「いらっしゃいませ。ここ、滑りやすいですから、気を付けてくださいね」

 

 女性は優しい表情で言う。


「ええ……」

 

 ……この女の子、私が王妃と知って近づいてきたのかな。それとも、たまたま目を合わせたのが私だったのか。

 どっちだろう?

 とはいえ、花屋の事もあるし、王妃と思って近づいたに違いない。


「お嬢ちゃん、どうして私なのかな?」

「これ、気に入ってくれると思って!」

 

 女の子が持ってきたのは、白い角砂糖が上に乗っているパン。


「これ?」

「うん! 食べて、食べて!」

 

 元気な女の子に誘導される形で、私はパンを口に入れた。

 温かいパンは、凍えた体を暖めるような感じがしていいし、外側はほのかに甘い。

 そして、ひとつ気になることがある。


「なに、この甘酸っぱいの?」

「オレンジピール」

「果物が入っているの?」

「そうだよ。おいしくない?」

 

 女の子は不安げな声で尋ねる。


「うん、おいしい。おいしいよ……」

 

 最初、口にオレンジピールが入った時は驚いた。まさか、酸っぱいものが入っているとは思わなかったからだ。

 でも、口に転がしていくうちにオレンジ特有の甘味が、パンと見事に合っている。


「お母さん、お姉ちゃん良いって!」

 

 女の子は、隣にいる女性を向き言い放った。


「うちの娘の所業をお許しください」

 

 女の子のお母さんは、私に頭を下げた。


「いやいや、そこまでしなくていいですよ。これ、結構好きですから」

「ありがとうございます」

「お母様も、お食べになりますか?」

「いいですよ。お粗末なものですから」

「いやいや、食べてみたらわかりますって」

「では、お言葉に甘えて」

 

 女の子のお母さんは、ゆっくりとパンを持ち上げて、少し躊躇した後に、大きく口を開け、口に入れる。


「おっ! これは⁉」

 

 彼女は、パンを一度見て、二口、三口と食べていった。


「おいしいでしょ?」

「信じられない、こんなに合う組み合わせを考えられるなんて」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。私のお気にいり、持ってきたから、一緒に食べよ」

「いいよ」

 

 女の子が持ってきたパンは、カリヤランピーラッカ、フィアデンリング。

 最初に「これ食べて」と出されたのが、カリヤランピーラッカ。

 摺りつぶされたニンジンにパンが包まれているものだ。

 

 口に入れると、ニンジンの甘味が口に広がる。こんなに、果物のように甘く、最初は戸惑っていたが、嚙みしめるとパンの塩味とニンジンの甘味がうまく合っている。


「お姉ちゃん、おいしい?」

 

 女の子は不安げに言う。


「おいしい……おいしいよ。こんなにニンジンって甘くなるんだね」

「ふふーん。そうだよ。塩とバターを使って水分がなくなるまで茹でるとこんなに甘くなるの」

 

 女の子は、自慢げに説明した。


「へぇー、塩とバターで甘くなるのか……」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。次は、これ食べて」

 

 女の子が指さしたものはフィアデンリング。

 クッキーのように平べったく、円の中に穴が開いていて、八つに分かれるように線が入っている。

 

 フィアデンリングは、サクサクしているよりは、ふんわりしている。噛めば、噛むほど口の中の水分が失われていく。

 何か、飲み物が欲しいと思った瞬間。

 そっと、飲み物が置かれた。


「ありがとうございます……」

 

 女の子に目をやると、何かをごまかしながら微笑む。どうやら、お母さんが置いてくれたみたい。

 私は、コップを持ち上げ飲み物を口に入れた。

 

 まずこれは、お酒だ。

 赤ワインの渋みがあり、後味に生姜の独特な風味が鼻に抜ける。


「これは、なんですか?」

「これは、グロキ゚というものです。お口に合いませんでしたか?」

「いえいえ、初めて飲んだものですから」

「気に入ってくれて良かったです」

「お姉ちゃん、これ家に帰って食べてよ」

 

 女の子が、たくさんのパンが入っている袋を渡してきた。


「いいの?」

「いいよ。私の好きなものおいしそうに食べてくれたから」

 

 女の子は笑顔で言った。


「お姉ちゃん、またね」

 

 女の子に見送られながら店を出た。

 それから、片っ端から店に行くことに決めた。肉、魚、洋服、玩具、お菓子のお店に立ち寄った。

 どの店も温かく歓迎してくれて、心も身体も暖まる。


「まだ、他の店に立ち寄るの? そろそろ、どの店も閉まってしまうかな」

 

 お菓子屋の店主が言う。


「ええ、まだ半分くらいしか巡れていないので」

「閉まっていない店があるといいね」

 

 店を出るとき、店主はそう言い残した。

 

 外は、街灯だけが光っている。

 私のふるさと――ターナル王国では、この時間帯でも、お店は賑わっていて華々しかった。

 

 仕方なく王宮へ戻ると、入り口付近にルドウィックが立っていた。


「リリシラ様、随分貰いましたね」

「ルドウィック、一つ質問があるのだけれど」

「なんでしょうか、リリシラ様」

「私、お金を払っていないのに、こんなにも貰っちゃってもいのかしら」

「いいのです。王妃がようやく来て下さったのですから」

「でも、お金を払わないのは、なんだか申し訳ない気持ちだわ」

「そうでしょうか?」

「そうよ。ターナル王国では、王族であってもお金は払います。それは、お客として来ているというものがあるからです」

「そうなのですか……」

 

 何か言いたそうなルドウィック。

 

 そういえば、どのお店にも、値札がどこにもなかった。まるで、お金というものが存在しないみたい。


「ルドウィック。ここ特有の、紙幣や硬貨はないのかしら」

「ありませんね。サンタクロース関連で使う硬貨や紙幣はありますが。どれも、他郷(たきょう)のお金。この国では使いませんからね」

 

 なるほど、ようやく理解できた。

 どの店にも、値札が置かれていないのは、この国にお金を使うという概念がないからだ。


「じゃあ、どうやって商売を……?」

「商売なんてしてないですからね。物とモノの交換で街は動いておりますから」

「ものともの……?」

「簡単に言えば、ある花が欲しければ、何かを渡す必要がございます。野菜、肉、手伝いなどですね」

「手伝い?」

「明日から、忙しくなりますね。リリシラ様」

 

 ルドウィックは微笑んだ。


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