第12話「似て非なる花」
……眠い。それにしても眠い。
オリベリアは遠い所にあるため、月が輝いているときに行かなければならない。
馬車を引いてくれているトナカイは、脚を折り曲げて眠っている。
見積りのとき、頑張ってくれたんだ。
もう少し寝かせてあげたい。
「リリシラ様!」
リリーラは大きい声で言い放った。
眠っていたトナカイは飛び起きる。
……ごめんなさい、トナカイさん。
「リリシラ様、楽しみですね」
「ええ……」
リリーラは鞄と一冊の本を抱えている。大辞典二冊分くらいの分厚い本。
「その本は、何ですか?」
「全花載書。すべての花の情報がここに書いてあるの」
「すべての花が……」
「意外と少ないって思った?」
「いえいえ……」
「人間が頑張って見つけて、色んな解析をしたものが、ここに載っている。人の叡智よ」
リリーラは飛び切りの笑顔でそう言った。
月の輝きに映る彼女の瞳は、いつにも増して輝いている。
「さあ、行きますよ、リリシラ様」
「ええ」
私たちは、馬車に乗り込んだ。
馬車の中でリリーラは、全花載書を見せてくれた。
全花載書には、花言葉の項目はなく、文字がびっしりと並んでいて、箸休めみたいに小さく花の絵が描かれていた。
「ちなみに花の絵は、参考程度に留めておいてね」
「こんなに精巧に描かれていても、ですか?」
「そうよ」
「どうしてですか?」
「目をつぶってくれる?」
「……ええ」
戸惑いつつも目をつぶった。
本をめくる音が聞こえる。何をするつもり?
「目を開けてください」
目を開けると、リリーラは花の絵を指さしていた。
「これを覚えておいてね」
「ええ」
「目をつぶってください」
もう一度、目をつぶる。
「目を開けてください、リリシラ様」
再び、リリーラは花の絵を指さしていた。
「この花は、同じ花でしょうか? それとも違う花でしょうか?」
先ほど見た花の絵を思い出してみる。
確か、花がたくさん集まって、一つの丸い形を形成していたように見えた。
今見ている花も、それと同じだ。
「……同じ花?」
「違います」
「いや、同じです」
「食い下がりますね、王妃」
「その呼び名は、やめてください」
「今見ているのがオオデマリ。さっき見せたのは、アジサイ」
「——ということは?」
「本当にわかってない? 見た目が同じに見えても、違う花ってこと」
「今、わかりました」
リリーラは呆れた表情で私を見ている。
本当に分からなかった。
白黒で描かれたあの花の絵は、書き写したみたいに似ていて、見分けがつかなかった。
「これで、何を伝えたかったのですか?」
「花は奥深いってこと……」
リリーラはゆっくりと目を閉じ、私の肩に頭を乗せて眠ってしまった。
私も、なんだか眠くなってしまった……。
「起きてください、リリシラ様」
リリーラが、私の体を揺さぶった。
「ええ……」
目を半分だけ開けて、周りを見渡す。
扉は開いていて、向こうには白い花が咲いていた。
「もう着いたの……オリベリア」
「そうよ、早く行きましょう」
リリーラは私の手を引っ張り、馬車から外に出した。
顔を見上げると、白い花が広がっていた。
小さい頃に行ったときは、もっと色とりどりの花が咲いていたような。
「リリシラ様、行きますよ」
「ええ」
リリーラに引っ張られ、進んでいく。
オリベリアは、人間が通れるようにならされた道はなく、花の中を進んでいくことになる。
葉っぱが足に触れて、くすぐったい。
「リリシラ様は、小さい頃に行ったことがあるんですよね?」
「ええ」
リリーラの引っ張る力が強くなる。
「オリベリアって白い花しかないのかしら? リリシラ様」
「いえ、必ずこの先に、色とりどりの花が迎えてくれます」
「そうよね。そうよ……この先に、白以外の花があるのよね」
「ええ」
リリーラは納得してくれた。
馬車を飛び出してから、同じ花しか見えていないのだから、不安になるのも当然だ。
もし、花を見るためだけに来ていたら、このあたりで引き返していたかもしれない。
小さい頃の私は、どうやって色とりどりの花たちを見つけたのだろう。
子どもの無尽蔵の体力を使って、走り回って見つけたのだろうか?
「リリーラさん、一緒に走りませんか?」
「いいですね、お花に囲まれた中のかけっこ……楽しそう」
リリーラは私の手を握り直した。
「よーい、どん」
リリーラの掛け声と同時に走り出した。
どうして私の手を握ったまま走っているのだろう。
はぐれないため?
一緒に走ろうと言ったから?
「はあはあ……速くない?」
ペースが少しずつ上がっていき、リリーラの背中が見えてきた。
「ごめん、リリシラ様、はしゃぎ過ぎたみたい」
そう言って、私のペースに合わせてくれた。
「はあ、はあ……見えてきたよ。リリシラ様……」
「……」
走るのに精一杯で、口から言葉が出ない。
白から赤に変わる狭間が見えてきた。
この先に、小さい頃に見た景色がある気がする。
「リリシラ様、ありましたね」
「……そうね」
思わず息をするのを忘れて、目の前に広がる光景を眺めていた。
太陽に反射して輝く色とりどりの花たち。
小さい頃に見た、あの光景だった。
「リリシラ様、これからですよ」
「ええ」
私たちは、ピンク色の花が咲いている場所まで歩いた。
「食べられるもので、ピンク色の花だよね?」
「ええ」
「だったら、検討はついている」
リリーラは、ピンク色の花の中に入っていき、一輪の花を持ってきた。
「これだと思う」
リリーラが持ってきたものは、色鮮やかなピンク色で、中心に近づくたびに白くなるグラデーションの花だった。
「この花って、なんていう名前ですか?」
「これは、デンファレという花。サラダとか、料理の飾りつけに使われることがあるかな」
「本当に食べられるんですね」
「そうよ。では、摘んでいきましょうか、リリシラ様」
「ええ」
二十輪ほど摘んで、リリーラに渡した。
「退散しますか、リリシラ様」
「ええ」
「手袋付けて、摘んだ? リリシラ様」
「ええ、手袋をはめて摘みましたよ」
「一つだけ、違う花が混ざっていたよ」
「そうですか……間違えてしまいました。私が間違えたのは、どんな花ですか?」
「キョウチクトウ……毒の花です」
「毒の花?」
「そう、ルスマリナさんが間違えてしまった、例の花よ」
「リリーラさん、どうしてこの花を食べたってわかるのですか?」
「リリシラ様が見間違えて持ってきたのを見て、思い浮かんだの。断言してしまったことは謝ります」
「いえいえ、謝らないでください。気になっただけですから」
◇◇◇◇◇
馬車に乗り込み、リュナリア王国に戻った。
すでに太陽は沈んでいて、街灯の照明が点いている。
「リリシラ様、あとはお願いしますね」
リリーラは念を押すように言い、自分の家に帰っていった。
王宮に戻ると、入り口付近でルドウィクが待っていた。
「おかえりなさいませ、リリシラ様」
「調理場、借りられるかしら」
「申し訳ございません、リリシラ様。もう片付けてしまいまして、明日の朝まで出入りができないのです」
「そうなのね。わかったわ」
「リリシラ様、明日パシェードに行ってみてはいかがでしょうか? あの方たちと一緒のほうが、道が切り開かれるのではないかと思いまして」
「……ええ、そうするわ。おやすみなさい、ルドウィック」
「リリシラ様も、ゆっくりお休みください」





