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第11話「死者の筆談」

「リリシラ様、朝ですよ」

 

 ルドウィックの声で目が覚める。

 昨日の疲れが、まだ取れない。

 あと、半日ぐらい寝ていたい。

 寝ぼけながらも、扉を開けた。


「リリシラ様……朝食ができましたよ」

「ルドウィック、疲れているの?」

「いえ、疲れなどいませんよ」

 

 ルドウィックは無理に笑ってみせた。何か隠している?


「今日は、お菓子パーティをされるんですよね?」

「ええ」


 今日は、丸一日、協働(きょうどう)の予定がない。だから昨日、お菓子パーティを開こうと、ルナセインと話していた。

 

 まさか、ルドウィックが知っているとは。

 いや……ルナセインが話したのだろう。

 お菓子パーティ――それぞれが作ったお菓子を並べ、食べあう遊び。

 私たちは、ただお菓子を食べるだけでなく、自分たちで作り、それを味わうのが好きだ。

 昨日、お菓子の国――ケートゥン王国で、色々なお菓子を見てきたことで、お菓子づくりの火が灯ってしまったからということでもある。

 

 朝食の後から、お菓子作りの始まりだ。

 

 朝食を済ませ、衣裳部屋へと向かおうとしたとき、ルドウィックに呼び止められた。


「リリシラ様、お話がございます」

「なんでしょうか?」

「サンタクロース会議の時に出た、あの手紙を覚えておりますか?」

「ええ、覚えています」

 

 『お母さんに会いたい』と書かれた手紙。

 

 死者の筆談を使って、実際のお母さんに聞いてみようみたいな話だった気がする。


「昨日、死者の筆談を行ったのですが……これを見てください」

 

 ルドウィックは二つ折りにした紙を私に渡した。

 その紙には、死者の筆談の会話の記録が書かれていた。

 いや、実際に使ったものだろう。

 

 最後の一文に目が留まった。



『サンタクロースにすべて任せます』



「どうしましょう、リリシラ様」

「任せるって書いてあるし、サンタクロースが勝手に考えて渡せばいいんじゃない?」

「それはできません」


 ルドウィックは言い切った。


「それはどういうことですか?」

「サンタクロースが渡すものは、あくまで子どもが欲しいと手紙に書かれているのです。

サンタクロースが勝手に考えたものではあってはいけません」

「でも、任せるって書いてあるよ」

「それが問題なのです。サンタクロースにすべて任せるって、何も渡さないと同じ……リリシラさん、あの子は、亡くなったお母さんに会いたいと願っているのですよ」


 その言葉に、私は息を呑んだ。物理的な品では代替できない、空白の願い。でも、そんなことは願った子ども自身が一番よく分かっているはず。


「だったら私に、死者の筆談をやらせてください」


 私自身、親を亡くした時の痛みを知っている。私なら、あの子と亡き母との架け橋になれるはずだ。


「リリシラ様の手を煩わせるわけには……」

「これを対処できる人が、他にいらっしゃるのですか?」

「それは……」


 場が少し凍る。

 沈黙が流れる中、ルナセインがゆっくりと口を開く。


「リリシラさん、やってください。お菓子パーティの件は延期にしましょう。こんなことがあっては、楽しめないです。どうでしょう?」

「ありがとう、ルナセインさん。ルドウィック、死者の筆談がある場所はどこかしら」

「ご案内いたします、リリシラ様」

 

 ルドウィックのあとをついていき、ある扉の前で足を止めた。



                    ◇◇◇◇◇



 死者の筆談っていうくらいだから、他の部屋とは違う扉かと思っていたが、そうではなかった。

 見た目は他の部屋と同じで、扉を開けてみないと見逃してしまいそうだ。


「リリシラ様、お願いします」

「ええ」

 

 扉を開けると、一人分の木の机と椅子が置かれている。机の上には、青銅の機械と二本の万年筆が乗っている。

 万年筆は、最近インクを入れたばかりなのか、あまり減っていない。

 

 青銅の機械が、死者と筆談を行うための装置なのだろう。機械のところに火が灯せそうなところを見つけた。

 そこに火を灯せば、機械が動き出すようだ。

 

 そして、一筋の光が机の真ん中に差していた。

 

 死者の筆談には準備がいる。

 まず、青銅の機械の前に紙を敷き、万年筆を機械に取り付ける。

 次に、火を灯すところに油がしみ込んだ綿を入れる。

 そして、機械に付いているレンズを動かし、光を綿に差すように調整する。

 あとは、一文を書いて待つだけ。



『ルスマリナさん初めまして、リリシラと申します』

 

 

 これで、準備完了。

 懐中時計を見ながら、待つこと一時間ほど経過したとき、火が灯るのが見えた。

 すぐに、レンズを動かし、光が綿に当たらないようにする。

 その後、機械が動き始めた。



『お久しぶ……あれ? 初めまして、ルスマリナと申します。リリシラさん、お話しましょう』

 

 

 と、機械が書いた。

 これは、死者と繋がったことでいいのかな。



『ええ、もちろんです』

 

 

 様子見を兼ねて、了承の文を書いてみた。

 すると、機械が動き出した。



『何を話しましょう? そうね、好きなものとか』

 

 

 好きなものなら、お母さんに会いたいのヒントになるかも。



『いいですね。私は、お菓子が好きです。様々な見た目、色々な作り方、味のバリエーション、名前の響き、どれも愛しいですよね』

 

 

 思いつく話が広がる題材を出してみた。なにかに引っかかってくれと願う。

 私が文を書き終えると、一拍置いて機械が動き始めた。


マフィンが好きです。リリシラさんは?

 

 どれにも引っかからなかった。

 出しゃばりすぎたみたいだ。



『ふわふわなのが好きです。ロールケーキとか、ショートケーキ、スフレとかですね』

 

 

 今、思いつく好きなものを挙げてみた。どのケーキも話が広がるに違いない。



『ショートケーキ……あとは、わからなかったですが、煌びやかですね。なんだか、お姫様みたいです』

 

 

 これはまずいか……。

 文面で悟られてはいけない。



『お姫様に見えます?』

 

 

 平静を装って文を綴った。

 書き終えた途端、機械が動き始めた。



『見えます、とても』

 

 

 打ち明けた方がいいかな。

 でも、打ち明けたら会話が終わってしまう可能性が考えられる。


『いつも、お金を貯めて食べているんです。頑張って稼いだお金を使って食べるケーキはご褒美です』

 

 

 きっと、街の人はこう言うだろうと思って、それらしく書いてみた。

 五秒ほど間を置いて、機械が動き始めた。



『ご褒美ね。私なんてマフィンがご褒美です』

『いいじゃないですか、マフィン。私も大好きです』

 

 

 私は、少し食い気味に書く。

 

 その後、機械の動きが止まった。

 気分を害してしまったのかもしれない。

 私でも、どうすることもできなかった。

 しかし、火は消えていない。



『すいません。私、出しゃばり……』

 

 

 私が謝罪の言葉を書いている最中、機械が動き始めた。



『特別な日に、息子と一緒に、マフィンを食べています。私のだけピンク色の花を入れてね』

 


 このことを書くために、時間がかかっていたのだろう。

 きっと、思い出に浸っていたに違いない。



『ロマンティックです。息子さんがいらっしゃるのですね』

 

 

 ようやく息子さんの話題が出てきた。

 ここから自然に、息子さんの話へと移れるような文を書いた。

 書き終えた直後、機械が動き始めた。



『そうなんです。今年で十歳。サンタクロースから好きなものをもらえる最後の日。私はどうして』

 

 機械は、万年筆を紙に押しつけたまま止まった。

 ……故障したのだろうか。

 それとも、続きの言葉は言い出したくないことなのだろうか。



『そこまでで、十分ですよ』

 

 

 心配の気持ちを綴った。

 その言葉に反応したのか、機械が動き始めた。



『気にしないで。お花ね、オリベリアで摘んでいるのよ』

 

 

 オリベリアは、すべての花が咲いていると言われていて、別名花の聖地。私も幼い頃に行ったことがある。

 見渡せないほどの花畑に圧倒されて、混乱して倒れてしまった思い出がある。

 そういえば、花屋のリリーラさんはまだ行ったことがないらしく、いつか訪れてみたいと言っていたな。



『マフィンに花を入れて食べるなんて、考えたこともなかったです。私も試してみようかしら』

 

 

 きっと、これがお母さんに会えるプレゼントになるに違いない。

 懐中時計の秒針が半周したとき、機械が動き出した。

 機械は、万年筆を強く紙に押しつけて書き始めた。



『やめてください。お願いです。もう、あんなことはリリシラさんには経験させたくありません』

 

 

 火が消えてしまった。

 マフィンに花を入れて食べてはいけないの? どうして? わからない。

 とりあえず、オリベリアに行って確かめるしかない。

 

 


 部屋を出ると、ルナセインが扉の近くで、両膝を曲げて、膝を手で抱え込むようにして眠っていた。

 私のことを待ってくれたのかな。


「ありがとうね、ルナセインさん」

 

 ルナセインの頭を触ると、口角がわずかに上がったように見えた。


「リリシラ様、どうでしたか?」

「うーん……」


 私は紙をルドウィックに渡した。


「……ルドウィック、オリベリアに行ってもいい?」


 ルドウィックは咎めてこない。

 あの体たらくな会話を見て、何も言いたくならないのかしら。

 それに、相手に打ち切られた形で終わったことを、疑問に思わないのかしら。


「リリシラさん」

「……」


 思わず、ルドッウィクから顔を背けた。


「明日、リリーラさんとオリベリアに向かってください。話はつけておきます」

「ええ、もちろんです」

 

 ルドウィックはこの紙を読んで、オリベリアに向かうしかないと確信したのだろう。

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