第1話「いざサンタクロースの王国へ」
ある日、父――マルコーニが亡くなった。
父はターナル王国の王であり、優しく情に厚い人で、民に深く愛され、国を穏やかに治めてきた。
その死により、国中が深い悲しみに包まれている。
王位は、弟のマルシラが継ぐことになっている。
しかし、弟はまだ十三歳の子ども。
まだ国の責任を背負うには、荷が重いと考えた母――ラスマーヤは、弟が二十歳になるまで、側近たちと国を支えていく形になった。
そんなおり私――リリシラは、国のために嫁ぐことになっている。
それは、国同士の結びつきを強めるためのもので、政略結婚とも呼ばれるそうだ。
王位を継ぐ者以外は皆、他郷へと嫁いでいく――それが、この国の流れである。
王族の血を様々な国に広げることで、より円滑に協力関係を築ける。
そんな考え方を、父から何度も聞かされてきた。
私が行くリュナリアという所は、雪と森に囲まれた小さな王国。
その王国には、聖なる夜にサンタクロースと呼ばれる人物が現れ、十歳までの子どもたちへプレゼントを届けるという風習がある。
あの夜に響くベルの音を聞くと、つい心が高鳴る。
聖夜が訪れるたびに、私はいつもあの出来事を思い出す。
十歳の時、サンタクロースを一度見たくて、お城を飛び出し、空を眺めていた。
その夜は、心も冷えてしまうほどの寒さだった。
やがて眠気に襲われ、その場で眠り込んでしまった。
その後、サンタクロースに抱きかかえられ、お城に戻った
——夢のような出来事があった。
そのときに、サンタクロースから置き土産としてもらったのが、毛糸で編まれたオレンジ色のマフラー。
右と左で編みの密度が変わっていて、右は規則的に編まれているものに対して、左は編みの大きさが不揃いだった。
「リリシラ様、リュナリア王国から使いの方がそろそろと」
ドアの向こうから声が聞こえた。
あの声はサーシャだ。
私が十一歳の時に、使いの人としてやってきた。
彼女から女性の立ち振る舞いや様々な事を教えてもらった。
そんな彼女とも、もうすぐお別れになる。
「……わかったわ」
せっかくだし、あのマフラーを持っていこう。
サンタクロースはリュナリア王国にいるみたいだし、あの出来事の詳しいことがわかるかもしれない。
……確か、部屋のクローゼットにしまっていた気がする。
私は、クローゼットを開けた。
ここから先、着ることはないドレスが隙間なく並んでいる。そのドレスを見るたびに心が少し締め付けられる。
そんな思いの中、マフラーを探した。
しかし、見当たらない。
あれは私が夢で見た、幻想物だったのかもしれない。
物寂しい気持ちでドレスを眺めていると、上部半分がオレンジ色のドレスが目に入った。
今まで、上半分が違う色のドレスを着たことがあったのだろうか。
......いや着たことがない。
もしかして、母が昔に用意してくれたドレスかもしれない。
母に勧められたけれど着なかったドレスが、クローゼットに沢山並んでいるからだ。
私はそのドレスに近づいた。
「あっ……あった、あった」
オレンジ色のマフラーを巻いたドレスがそこにあり、よく見ると、そのマフラーは編み模様が異なっていた。
――これは、私が探していたマフラーだ。
小さい頃、着せ替え遊びの一環でドレスにマフラーを巻いて遊んでいたのを、そのままにしていたのだろう。
「リリシラお嬢様、何をなさっているのですか?」
サーシャが驚いた顔で、クローゼットに入ってきた。
......無理もない。
今になってクローゼットに入って、マフラーを探しているのだから。
昨日のうちに探しておけば良かったのにと、今になって後悔してきた。
いつも勝手に部屋に入ってくるサーシャが、最後だから少しでも部屋を満喫してもらおうと、部屋に入らずにドアの前で静かに待ってくれていたのに。
それなのに私は、その時間をマフラーに探すことに使ってしまった。
「早く行きますよ。もうリュナリア王国の馬車が来ているのですから」
サーシャに急かされて、部屋を出た。
慌ててマフラーを鞄に押し込みながら、王宮の入り口に向かった。
「ご無沙汰足しております。リリシラ様」
綺麗にお辞儀をしているスーツ姿の白髪の初老の男性は、きっとリュナリア王国の執事だろう。
「お初にお目にかかります。リリシラと申します」
「はあ、そうですか……」
初対面のはずなのに、彼はまるで一度会ったことがあるかのような口ぶりだった。
どこかで会ったことがあるのだろうか。
リュナリア王国と私に、そんな接点があったとは思えないけれど――。
「では、出国の儀を始める」
母は高らかに言う。
ファンファーレが鳴り響き、私は目の前に停まる馬車へと歩みを始めた。
馬車を引っ張るのは馬ではなく、トナカイだった。
私が歩んでいる道には、金色の縁取りのある赤いカーペットが馬車のところまで敷かれている。
周囲は旅立ちを見届ける人々が、涙を流しながら並んでいる。
最後に母の方に振り向き、深々と一礼をしてから、馬車へと乗り込んだ。
車内は、豪華な装飾と、固すぎず柔らかすぎない絶妙な座り心地のソファーが置かれている。私はその感触を確かめているうちに、馬車は動き出した。
そのとき、ベルの音が聞こえ始めた。
なんとも心地よい音色だと思い、耳を澄ませていると――ふいに、身体が落ちるような感覚がした。
どこか地に足がついていないような、まるで宙に浮いているような、不安定な浮遊感。
私は少し戸惑いながらカーテンを開き、窓の外を覗いてみた。
そこには、目の前いっぱいに広がる雲。
普段は下から見上げるしか出来なきないものなのに、目の前に広がっている。
また、落ちるような感覚が訪れた。さっきよりも強く、不快感が体に伝わる。思わず手が動き、ソファーに手を置いて身を支える。
体を引きずり、もう一度窓に近づいた。
窓に目をやると、下にミニチュアの家々が並んでいるのが見える。なんて、かわいらしい光景だろう。これを設置した人は、きっと可愛いものが好きな人なのかしら。
でも、気になることがある。
ミニチュアの家から煙が立ちのぼっている。
ミニチュアにそんな機能が付いているものがあるのだろうか……他の王国にはあるのかもしれない。
そんな小さい家が並んでいるミニチュアの風景を眺めていると、白い土台――雪のようにも見えるものが現れた。
なぜか、肌寒くなっている気がする。
ちょっと手が震えてきた。
また、あのふわっと浮かぶような不思議な感触が出てきた。
今回は、さっきのよりも強い。
足でふんばり、ソファーを握りしめ思わず目をつぶってしまった。
......目を開けると、馬車の扉が開いていた。
「リリシラお嬢様、もう着きましたよ。降りて下さい」
「ええ、わかったわ」
外に出ると、一人の男性が立っていた。
「初めまして、リュナリア王国十五代当主のルナセインと申します」
「は……初めまして、リリシラと申します」
彼が、私の夫になる人。
勇ましく頼りがいのある容姿。
「こちらでは、凍えてしまうのでこちらにどうぞ」
ルナセインの大きい背中を見ながら、ついていく。
巨大なガラスケースのところにやってきた。そのケースには、サンタクロースの衣裳が飾られている。
「なぜ、ここなのですか?」
「見せたいものがありまして、ここまで来てもらいました。これです」
ルナセインが、そう言って手を前に伸ばした。
手が示す先には、ふくよかな体型で白いひげが首半分のところまで伸びていて、赤い帽子を被ったお馴染みのサンタクロース。
「……っ⁉」
何か質問をした方がいいけれど、言葉が出てこない。
まさか、サンタクロースが出向かえてくれるなんて……。
サンタクロースは、腰に巻いているベルトのバックルに手を当てた。
すると、彼が服のようにしおれ、気品のある男が現れた。
「思い出されたでしょうか? リリシラ様」
その男性は、最初に出会った執事の人だった。
思い出すって何を?
私がサンタクロースと接した記憶って――。
「あっ、あの時の助けてくれたサンタクロースさんなのですか?」
「左様です。思い出されたのですね。小生の名をまだ申していませんでしたね。リュナリア王国執事のルドウィックと申します」
この方が、私のことを助けてくれたサンタクロース。
そのうえ、マフラーくれた人物。
「あの、もしかして——」
持っていた鞄を開け、オレンジ色のマフラーをルドウィックに見せた。
「これは、あなたがくれたものですか?」
「それは、私が渡したものです。まあ……元々、リリシラ様が十歳のときに渡すものでありましたから」
「――ん? それは、どういう意味ですか?」
「これは、リリシラ様が生まれる前にマルコーニ様とラスマーヤ様が共同で編んだもので、リリシラ様が十歳の時に渡してほしいとお願いがありまして。まさかあの形で渡すことになるとは思ってはいませんでした」
「そうなのですか……」
このマフラーにそんな話があるなんて思わなかった。
父と母から、たくさん頂くものはあったけれど、手作りのようなものはなかった。
右は母が、左は父が編んだのだろう。
……父は、不器用でこういう作り物には向いていなかった。
以前、調理場に向かう父を見かけたことがある。
数時間後、悲鳴と笑い声が聞こえた。覗いてみると、皿に盛られた黒焦げの何かと、笑い呆けている父と怒っている料理人たちがいた。
そんな父が。
父は——。
「リリシラさん、大丈夫ですか?」
「……え?」
ルナセインさんにそう言われて、自分の状態に気が付いた。
――私は泣いていた。
涙は、とどまることなくこぼれ落ちている。





