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鮮端最輝アリマキ外伝 『残機』+1  作者: さいだーのめない(l日記)


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第2話


 一週間前――

 「ん……」

 みらいはぼんやりと目を開けた。

 「あれ……?」

 みらいは身を起こし、部屋を見渡した。

 そこは、壁、床、天井、みらいが座っているベッド、棚やテレビに至るまで何もかもが真っ白な、どことなく無機質な部屋だった。

 「ここ、どこ……?」

 自室で寝ていたはずなのに。私、まだ夢見てる?

 がちゃり。ドアが開き、1人の痩せた長身の青年が部屋に入ってきた。

 「おはよう。そろそろ起きる頃と思ってたよ。」

 青年は至極当然のように、ベッドの傍に置かれたパイプ椅子に座った。サイドテーブルに伏せられた文庫本の隣に何やら買ってきたらしいファミイレの袋を置く。

 真っ白な部屋の中で青年のいる空間だけが黒く、異質な印象を与える。ビジネスカジュアルなジャケット、ワイシャツ、スラックス、履いているスリッパまで全身黒で統一された青年の姿はどこかカラスを連想させた。

 青年がみらいに微笑みかけた。

 「経過は順調そうだな。」

 「ひゃ……」

 みらいは身を強張らせ、咄嗟に掛け布団を抱き寄せた。

 女子大生が寝ている間に知らない部屋に連れ込まれ、見知らぬ男と二人きり。

 客観的に考えて、この状況はかなりマズいのでは?

 みらいの脳裏に拉致監禁の四文字が浮かぶ。

 自分はこれから何をされるのだろう。いや、既に何かされた後だったり……?思わず酷い想像が過り、みらいの全身に悪寒が走った。

 「あ、あなた誰ですかっ、ここは……?私に、何するつもりですかっ!」

 怯えるみらいを見て、青年は困ったような表情を浮かべた。

 「綿吹(わたふき)みらいさん」

 みらいの華奢な肩がびくりと震えた。

 「どうして、私の名前を」

 「何を誤解してるのか知らないけど」

 青年が軽く頭を掻いた。

 「住み込みって書いてあったろ。バイト。ここはその寮で、僕は綿吹さんの担当の何というか……教育係?的な。そんなところだ。」

 「バイト……」

 そういえば、昨日はバイトの説明会に行ったんだった。人材派遣大手のプロリファレイト社。眠くて説明は聞き流していたし、貰った資料も読まずに即バッグに突っ込んだが、大企業なのでそんなに怪しい仕事でもないだろうと考えていた。バイト初日はどうせ週明けだし、資料はそれまでに読んでおけばいい、そんな軽い気持ちで。

 と、そこでみらいは奇妙なことに気付いた。

 説明会に参加した、その後の記憶が全くないのだ。

 自室で寝ていたはず、そう思い込んでいたが、よくよく考えると部屋に帰った記憶すらない。

 「えーっと、バイトって、なにするんでしたっけ?」

 みらいは愛想笑いを浮かべ、恐る恐る青年に訊ねた。

 「説明あった通りだ。シフト制で連絡が入り次第、現場に急行。そこで暴れてる旧ミライ人っていう、虫っぽい見た目の怪人を倒す。死体は会社の焼却施設に運ぶ。それだけ。武器の使い方とかは追って教えるから。」

 「は……?ちょっと待って?!」

 青年の言葉を飲み込めず、みらいは混乱した。

 「怪人?死体?武器?何それ、聞いてないんですけど?!」

 青年が困惑を深めたように眉間にしわを寄せる。

 「説明、聞いてない?」

 青年の問いに、みらいはこくりと頷いた。

 「何も?」

 もう一度頷くみらい。

 「この仕事、何で選んだの?」

 「求人サイトで見かけて、何となく?……短時間って書いてあったし、時給いいなーって。応募したのは事務だったけど、説明会場で君はこっちだって隣の部屋に連れていかれて。何でだろ?って思ったけど、大企業だし、まぁ大丈夫かなーって。」

 「あー……」

 青年は天を仰いだ。

 「クソが」

 吐き捨てるような青年の呟きに、みらいが身を縮める。

 「あ、綿吹さんじゃなくて」

 青年はひどく苦し気な表情を浮かべた。

 「ここは本来、綿吹さんみたいな未来ある若者が来るべき場所じゃない。カモられたんだ、キミは。」

 「え……?」

 「プロリファレイト社はブラック企業だ。それも超ド級の。」

 「……マジですか。」

 ショックに項垂れるみらいに、青年が問いかけた。

 「……綿吹さん、死ぬ覚悟って、持ってる?」

 「はい?」

 みらいは驚いて顔を上げた。

 「いつ死んだって構わない、悔いはない、そういう覚悟、ある?」

 青年はみらいの瞳をまっすぐ見て言った。冗談とは思えない、真剣な眼差し。うわぁマジだ。本当(マジ)本気(マジ)でブラックな仕事なんだ。

 みらいは気まずさに、思わず視線を逸らしてしまう。

 「死ぬ覚悟って……?あるわけないですよ、そんなのっ!」

 「だよな。」

 青年が眩しそうに目を細めた。

 「それでいい。」

 青年は何か決心したように大きく一つ頷いて言った。

 「……わかった。綿吹さんは絶対に死なせない。僕の命に代えても。」

 「そんな大袈裟な。えっと……そうだ、名前、何て呼べばいいですか?」

 みらいは雰囲気を変えるため、つとめて明るい口調で話そうと試みた。

 「僕のことは『残機』とでも呼んでくれ。」

 青年が素っ気なく答えた。

 「ざん……?何それ、ゲームの?」

 「概ねそんな意味だ。僕と綿吹さんの身体には互換性がある。戦闘中に綿吹さんのパーツが破損したら、腕でも脚でも内臓でも、僕のを引き千切って埋め込めばいい。僕はキミの『残機』だから。」

 「はぁ?!本気で言ってるんですか、それ……?」

 みらいが気味悪そうに青年を見た。

 「重いんですよ、死ぬとか命に代えてとか、意味分かんないし。それより普通に、名前訊いてるんですけど。」

 「名前……」

 青年はベッドの下に置かれた鞄からメモとペンを取り出し、ちょっと考えてからテレビを点けた。

 デーゲームの野球中継。みらいは初めて、今日が休日だったことに気付いた。おかしい、昨日は確か火曜日だったはず……。

 「アーウツッ!!」

 審判の甲高い声が響いた。

 「今日の球審は白木(しろき)か……」

 青年が呟き、メモに書き込む。

 「白木……木を増やして白林(しろはやし)。言いにくいな。引っくり返して林白(はやししろ)、当て字で林代(はやしろ)。」

 青年は腕時計を見た。

 「午後三時……十五時。十五と書いてトーゴ。林代(ハヤシロ)トーゴ。これでどう?」

 「いや真面目に答えてください……」

 みらいは思わず呆れてしまった。

 「いいだろ名前なんて。個人を識別できれば何だって。」

 青年――林代トーゴ(自称)は少し不機嫌そうに言いつつ、メモと入れ違いに鞄から一台の携帯端末と充電ケーブルを取り出し、サイドテーブルに置いた。

 「じゃあ、ここに社用スマホ置いとくから。連絡はこれ使って。会社と僕にしか繋がらないし、メールもSNS類も全て使用不能。ネットの閲覧履歴は全部監視されるけど、普段使いには支障ないはずだから。」

 「いや、支障ありまくりでは?!ってか、私のスマホは?!」

 「会社の規定により廃棄された。」

 みらいは絶句した。

 「そんな……」

 「言ったろ。超ド級のブラック企業だって。」

 「じゃあどうすればいいんですか?!友達とか家族とか、他にもたくさん……チャットすらするなってことですか?!」

 「そうなるな。」

 林代の返答は非情だった。

 「あと、仕事で出る時以外は原則外出禁止。綿吹さん、キミは大学生だったか。申し訳ないけど退学してもらえるかな。」

 みらいは遂にキレた。

 「いい加減にしてくださいっ!!こっちは学費稼ぐためにバイトしてるのに!これじゃ何のために来たのか分からないじゃないですか!!大体、これって監禁じゃ?!人権とか、労働基準法とか諸々違反で訴えますよ!!」

 みらいは社用スマホを手に取り、電話アプリを開く。110番にかけるが繋がらない。

 「無駄だ。諦めろ。」

 林代がみらいに同情するような視線を向けた。

 みらいは頭に血が上り、林代を睨みつけた。バイトと言われて信じかけたが、この男がデタラメを言っている可能性だってある。というかそう考える方が妥当だ。穏やかな口調で若い女性を騙して監禁する、そういうヤバいやつなんだきっと。逃げなきゃ。()られる前に!

 みらいはベッドから跳び下り、ドアに向かって駆け出そうとした。が、足がもつれて無様にすっ転ぶ。

 林代がみらいに手を差し伸べた。

 「落ち着きなって。外出禁止っていうのは……」

 みらいは林代の手を振り払い、玄関ドアを開けた。パジャマ姿に素足のまま廊下に飛び出し、階段を駆け下りる。

 「おい、待てっ!」

 林代の声を背に、みらいは全力で走った。身体が軽い。走れば走るほど、全身に力が漲ってくるような高揚感。身体の芯から湧き出たエネルギーが、今にも爆発しそうな程に歓喜の叫びを上げる、そんな未知の感覚にみらいは戸惑った。

 階数表示を見るに、みらいの居た部屋は11階だったらしい。よくある少し大きめなマンションで、廊下や階段に特に変わった様子はない。とにかくこの建物から脱出し、前の道を最初に通りかかった人に助けを求めよう。丁寧に説明すれば、きっと分かってもらえるはず。そう信じてみらいは走り続けた。

 


 みらいを追いかけようと慌てて靴を履いた矢先、林代はこめかみに電流が奔るような鋭い痛みを感じた。

 「クソッ!こんな時に……!」

 林代のこめかみから、髪の毛とは違う2本の長い曲線が跳ね上がった。昆虫、正確に言えばアブラムシのものに似た触角だ。

 すぐ近くで、旧ミライ人の暴走が始まったようだ。直に嗅ぎつけたプロリファレイト社から連絡が来るだろうが、そんなもの無くたって、林代の脳には近場の敵の位置情報が触角を通じて否応にも流れ込んでくる。

 「いや、誘引したか……!?」

 林代は顔を歪める。

 林代もみらいも、身体に旧ミライ人との戦闘に特化した改造を施されている。身体能力の強化は勿論、より効率的に敵を倒すため、身体そのものが暴走中、或いは暴走の兆候がある旧ミライ人を引き寄せるフェロモンのような物質を撒き散らす誘蛾灯と化している。原則外出禁止とされるのもそのためだ。

 林代のようにある程度戦い慣れた者ならともかく、みらいのような初心者が外に出ると、いきなり襲ってきた旧ミライ人の餌食になりかねない。

 現に今、そうなりかけている。

 林代は部屋に戻って鞄を引っ掴み、みらいを追って一足飛びに階段を駆け下りた。鞄の中で銃器がぶつかり、がちゃがちゃと音を立てる。蛍光グリーンを基調とした玩具の大型水鉄砲のような見た目――対旧ミライ人専用銃のプロトタイプだ。

 みらいはまだ遠くには行っていないはずだ。先に旧ミライ人を片付け、近くにいるはずのみらいを回収する。林代の触角が小刻みに揺れ、旧ミライ人の位置を伝える。林代はそこに近付くもう一つの存在を感知した。

 最悪の状況だ。林代は奥歯を嚙み締めた。



 みらいは静まりかえった住宅街を駆けていた。最初に出会った人に声をかけよう、そう思ったのに、未だ通行人を見かけない。狭い道で休日の昼下がりとはいえ、これ程人通りが少ないものだろうか。

 みらいは角を曲がった所で立ち止まり、荒い息を吐いた。走り続けて息が上がっていた。軽く頭痛もする。みらいは膝に手をつき、視線を落とした。

 「え……」

 みらいの足元に、中年の男がうつ伏せに倒れていた。首筋に空いた大穴から血を流し、身じろぎもしない。

 5m程先にも同じように若い女が倒れ、その向こうにも老夫婦らしき2人が倒れている。

 「大丈夫ですか?!」

 みらいは足元の男の肩を揺さぶったが反応はない。咄嗟に救急車を呼ぼうと思ったところで、スマホを持っていないことに気付いた。

 「どうしよう……」

 みらいは助けを求めるように道の先を見た。

 そこに通りかかった人影を認め、みらいは胸を撫で下ろした。

 「すみませーん!」

 みらいの声に、買い物帰りらしい人の良さそうな中年女が立ち止まった。不思議な赤い模様のカーディガンを着ている。女がみらいを見て微笑んだ。

 みらいが女に駆け寄ろうとしたその時、女が跳んだ。

 「?!」

 垂直に10mは跳んだだろうか。人間離れした跳躍力で、女はみらいの頭上を軽々と跳び越え、着地した。

 「美味しいお肉一つ、戴けるわよね?」

 そう言いながら振り返った女の顔が歪む。笑みを浮かべた口の先がすぼまり、針のように鋭い形状に変わると同時に口端からエビのようなヒゲが飛び出す。いつの間にか、女の頭は黒褐色の光沢を持つ丸い昆虫のそれに変わっていた。女の両手が先に鉤爪のある鋭い槍のような形状――昆虫の脚に変わり、カーディガンの胸を破ってもう一対の脚が現れる。

 その時、みらいは女のカーディガンの赤い模様が血であることに気付いた。

 まさか、怪人……?!

 みらいの脳裏に林代の言葉が過る。虫っぽい見た目の怪人――旧ミライ人。

 女だったはずの怪人はみらいの目の前でまたも跳躍した。

 「わわっ!」

 逃げなきゃ、そう思うものの、怪人の進路が読めない。まるでデタラメに跳びはねているような、予測不能な軌道。ただ、みらいを狙っていることだけは確かなようだった。

 「危ない!!」

 逃げ惑うみらいの腕を誰かが掴んだ。そのまま引っ張り込むように抱え込まれたみらいの視界が一回転する。怪人が直前までみらいのいた地点に飛び込み、勢いあまって頭から路面に叩きつけられた。

 「すまない。遅くなった。」

 みらいの耳元で声がした。林代だった。

 みらいは林代に抱きかかえられた格好で路面に転がっていた。

 「へ、変態!!」

 みらいが暴れ、林代の腕を振りほどく。

 素早く上体を起こした林代は左手でみらいの腕を掴み、後ろに引いた。

 みらいの盾になるように。

 「ひゃっ!」

 「見とけ。これが仕事だ。」

 林代は片膝立ちの姿勢で右手に持った水鉄砲型銃を構えた。

 林代の右手は銃のグリップに沈み、溶け込むように一体化していた。

 何事も無かったかのように起き上がった怪人が跳躍する。

 「ヒトノミ型か……」

 林代が呟く。

 林代の水鉄砲型銃の銃身に鮮やかな黄緑色の光が奔る。

 トリガーが引かれた。

 爆発音と共に、林代の腕を通じてみらいにも反動が伝わる。みらいがびくりと震え、身を縮こまらせた。

 怪人の左目が砕け、赤い血の混じった体液が飛び散る。

 態勢を崩しながら着地した怪人が睨みつけるように林代を見た。

 怪人が身体を丸め、弾けるように跳び出した。路面と平行に、林代目がけて突進する。

 立ち上がった林代は右足で怪人を受け止めた。

 林代の銃が一際眩しく輝く。

 「融着解除」

 林代の声と同時に右手と分離した銃が投げ上げられる。

 林代は銃の輝きに釣られるように跳び上がった怪人の針状の口器を掴み、怪人の体を路面に叩きつけた。二度、三度と叩きつけ、折れた針を怪人の首元に突き立てる。

 怪人が苦痛に身をよじらせた。

 林代は落ちていた銃を蹴り上げ、右手でグリップを掴む。

 止めを撃ち込み、怪人の頭部を粉砕した。

 林代のスラックスを、怪人の体液の飛沫が汚した。

 怪人が動かないことを確認し、林代は安堵の息を吐いた。後ろのみらいへ振り返る。

 「もう大丈夫だ。」

 みらいは怯えた表情で林代を見た。

 林代はみらいの身体が震えていることに気付いた。無意識にきつく掴んでしまっていたらしい、みらいの腕から手を放す。

 「……殺さない?」

 みらいが恐る恐る林代に訊ねた。怯えきった幼女のような泣き顔だった。

 林代はその言葉が自分に向けられたものだと気付くのに数秒を要した。

 「綿吹さんを?僕が?」

 林代は困ったように苦笑した。

 「何でバイトの後輩を殺さなきゃなんないんだよ。動機が無いだろ?」

 みらいが訝しむような目で林代を見上げる。

 「……これが超ド級ブラック企業の下働きだ。僕もキミも、プロリファレイトに体を弄られてるせいで、ちょっと出歩くだけで奴ら――旧ミライ人を引き寄せてしまう。暴走した旧ミライ人は人間の血を吸う。気を抜けば僕らだって簡単に殺される。……でも、キミは死にたくないだろ?」

 林代は笑った。

 「それに、カネも欲しい」

 おずおずと頷くみらい。

 「強欲なのは良いことだ。一体倒すごとに4万入る。但し、月末まで生き延びられたらの話だが。」

 「……」

 みらいは黙り込んだ。今更ながら、自分はとんでもない事態に巻き込まれてしまったらしい。ブラックどころの騒ぎではない気がする。危険な割に報酬安いし。それとも、皆言わないだけでバイトってどこもこんな感じなんだろうか。

 「まぁそう深刻な顔するなって。綿吹さんは、俺が絶対に死なせないから。」

 妙に明るい口調で林代が言う。

 「直にA勤の連中が来る。撤収しよう。」

 林代は鞄に銃をしまい、代わりにバスタオルを取り出した。

 バスタオルで頭部を失った怪人の血塗れの上半身を覆い、担ぎ上げる。器用に鞄を拾い、みらいを促した。

 みらいは一瞬、躊躇(ためら)ったが、やがて諦めたように唇を噛み、林代の背を追った。

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