表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄地獄変

作者: AZ




「クルト・アラービ・キーウィンナーの名の下に告げる!

 ハイデマリー・ハクサ・イタヴェール! お前との婚約を破棄するッ!!」


「うおォォォァァァァああああああああああああああッッッッッッッ!!」




 学園の卒業パーティーは一瞬で地獄と化した。




「…………は…………?」


「あっ…………」




 王子から婚約破棄を宣告された令嬢は、たまたますぐ近くに立っていた護衛騎士から細剣を奪い取り、王子のみぞおちを刺し貫いたのである。

 実に的確に急所を貫通していた。


 やってしまった。

 令嬢は自分が何をしでかしたかを遅れて理解したが、時は既に遅し。


 細剣を引き抜かれた王子の身体はすぐに崩れ落ち、床に這いつくばる。

 胸から真っ赤な血が溢れ出して止まらない。顔から、肌から、血の気が引いていく。


 令嬢もまた即座に周囲の護衛たちが総出で取り押さえ、拘束された。


 しかしその中には、元々王子を深く慕っていた女性の騎士見習いも存在しており……。


「ハイデマリィィィィィィイイイイイイイイッッッッ!!!」


 彼女もまた怒りのあまりに我を忘れて細剣を引き抜いてしまい、王子の仇となった令嬢の眉間に狙いを定めて……。




 ほんの数分前までの賑やかで華やかな雰囲気はどこへやら……。


 学園の卒業パーティーは一瞬で地獄と化した。

 主役であったはずの王子と、その婚約者であった令嬢、二人の喧嘩が最悪も最悪の結果を導き出したことで……。




 どうしてこんなことになってしまったんだろう。


 一体誰が悪いんだろう。


 衝動で彼を刺し殺してしまった私か。


 そもそも私との婚約を理不尽に握り潰した彼か。


 あるいはどっちもどっちなのか。 


 どうしてこんなことに。どうして。どうして。




 頭の中央を刺し貫かれた激痛で視界がぼやけていく中、令嬢はただひたすらに「どうして」と声にならない叫びを上げ続けたが、その疑問に答えてくれる者はどこにもいなかった。

 周りの人間たちが大小様々な悲鳴や罵声を上げていることだけは何となくわかるのだが、それもすぐに聞こえなくなってきた。


 ……程なく、王子と令嬢の意識は途絶えた……。




 * * * * * *




「……ここは、どこ……?」


 何も見えない。本当に一切何も見えない。私の周りの全てが真っ暗闇だ。

 しかし今、確かに私の意識は『ここ』にある。


 一体どこなのかもよくわからないこの暗闇の中に、確かに私は生きて…………

いや、違う。


「…………私は死んだ。死んだはずよ。あいつを刺したその場で、すぐに私も顔を刺されて…………」


 私は生きてなどいない。

 身体の感覚が無い。軽いとか重いとかの問題ではない。何をどう意識しても手足が『動かない』を通り越して『何も起こらない』。


 そう……『無い』のだ、私の身体が。


 私は間違いなく死んだ。

 しかし『意識』だけはここにある……果たしてこれが本当に『私の意識』と呼べるものなのかどうかさえ疑問に思えてきたが。


 とにかく、死んだはずの私がいるこの場所は……つまり……。


 死後の世界、とでも言うべきではないだろうか。


「…………何も、無い…………」


 私の周りにはただ無限の闇が広がっているだけだった。

 何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。何もわからない。


 どうしろと言うのか。

 私はここから一体どうすればいいのか。


 死後の世界というものは無限の虚無をさまよい続けるだけなのか。


 いつまで? 何時間? 何日? 何か月? 何年? 何百年……?


 そもそも私はいつからここにいた?

 今さっき到着したばかりなのか? それとも既に結構な時間が経っているのか?


 ……私が元いた世界はどうなった? 私があいつを殺して、私も殺された後……どうなったんだ?

 恐らくロクなことにはなっていないだろう。仮にも国の王子が死んだのだから。今頃国中がとんでもない大騒動になっているはずだ。


 しかし本当にあいつは死んだのか? いや私は確かにあいつの胸部ド真ん中を貫通させたぞ。あれで生きているはずがない。

 私は間違いなくあいつを殺した。絶対にやりきった。絶対に死んだ。死んだはずだ。私と同じように。


 ならば……私と同じようにあいつもこの死後の世界に来ているはずじゃないのか……?


 ……来ているのか? 果たしてそれはどうなんだろうか。

 私は王子殺しの大罪人だ。ここが本当に死後の世界だというのであれば、間違いなく天国なんかじゃなくて地獄だろう。


 あいつは天国行きだろうか? いや……それはどうだろうか。

 そもそも私があれだけの凶行に走ったのは、あいつもあいつで大概なことを散々繰り返して私を苦しめたからだ。


 私は彼を愛していた。だからこそ彼の心変わりが許せなかった。だからこそ私の愛は最後に全て憎悪にひっくり返って、あいつを殺すにまで至った。


 今思い出すだけでも忌々しい。憎々しい。

 あいつの胸に剣を突き立ててやった感触は今でもはっきり思い出せるが、その達成感をもってしても、あいつを恨む気持ちは今も全く晴れはしない。


 憎しみは憎しみを生むだけ。だから復讐なんて愚かな真似をしてはいけない。


 よく聞く綺麗事だ。今ならわかる。この言葉はまったくもって正しい。紛れもない正論だ。

 何せ……私の憎しみはたった一回一瞬の復讐如きでは微塵も払えなかったのだから。


 私は今でもあいつを憎んで憎んで憎みきっている。この地獄でもう一度会えたらその場で再び刺し殺してやりたい。そんな風にしか考えられない。


 ああ、本当に……私の憎しみは私の中で更なる憎しみを増やし続けている。これは確かに愚かだ。際限が無さすぎる。


 もう私にはこの激情を抑えきれない。


 会いたい。

 今すぐもう一度あいつに会いたい。


 もう一度会って私の中の怒り恨み憎しみ全てを叩きつけてやりたい。

 今度は一回では済まさない。何度でもやってやりたい。何度でも、いつまでも、いくらでも……!


「……クルト!」


 あいつの名を呼ぶ。


「クルトッ!! クルトッッ!!

 クルト・アラービ・キーウィンナーッッ!!!」


 何度でも呼ぶ。あいつもいるはずだ。ここにいるはずなんだ。あいつもクソ野郎だ。最低のカスだ。絶対に地獄にいる。

 もし何かの間違いで私を差し置いて一人だけ天国に行っているというのなら、何としてでもここまで引きずり降ろしてやる。絶対に、絶対にだ。


「クルトォォォォッッッ!!!!」


 相変わらず自分の身体の感覚は無い。だからこの叫び声が本当に音となって出ているのかどうかも私にはよくわからないのだが、それでも叫ばずにはいられない。


 何度でも叫ぶ。あいつの名を。

 早くこっちに来いよ。私の目の前まで……早く……早く…………早く早く早く早く早く早く早く早くッッ!!


「――――――ッ――――――!!」


「……ッ!?」


 ……何か、聞こえた?

 今、確かに遠くから何かが聞こえた……かもしれない。


「――――リーッ! …………ハイ…………」


「クルトッ!?」


 今度はもっとはっきりと聞こえた。


 この暗闇の中で一体どれだけの時間を過ごしたのかもわからなくなっていたせいで危うく忘れかけていたが……確かに聞こえた。


「ハイデマリー……ッ……!!」


 そうだ……私の名前だ……ハイデマリー。紛れもなく、私の名前だ。本当に忘れるところだった。あいつの名前なら忘れはしないのに。


「クルト! そこにいるのね!?」


「ハイデマリーッ!!」


 声を認識した途端に、続けて視界にも変化が現れた。

 何もない無限の闇の中に、たった一つだけ、人影を見つけられた。


 間違いない。本当に間違いなんかじゃない。

 あいつがいた。いたんだ。そこに間違いなくいた。ずっと会いたかったあいつが。


 クルトが、再び私の前に来てくれた。


「ハイデマリー! そこにいたんだな!」


「クルト! 会いたかったわ!」


 ようやく会えた。やっと、やっと……あいつが、今……確かにそこにいる。私の目の前にいる。こんなに嬉しいことはない。

 この無限の虚無の中をどれだけの時間さまよったのかはわからないが、もうそんなことはどうでもいい。あいつ以外の全てがどうでもいい。


「ハイデマリーッ!」


「クルトッ!」


 やっと会えた。だからもう、今から私がやるべきことは決まっている。一つしかない。そう……。


 そうだ、今から、私は……。




 あいつを……




「もう一回死ねェェェェェェェェエエエエエエエエエッッッッッ!!!!!」




 ブチ殺す。















「…………あれ?」


 クルトの方も私と全く同じ台詞を叫んでいたことに気づいたのは、私達二人共がお互いの身体を触れずにすり抜けてしまってからだった。


 ……いや、違う。また間違えた。

 そうだ。私の身体は『もう無い』のだ。そしてそれは向こうの方も同じだった。


 私はあいつの方に振り返り、あいつもまた私の方に振り返って、改めてお互いの状態を見つめ直す。


 確かに今、私の目の前にはクルトの姿がある。

 見慣れた顔だ。昔は愛しかったが、今は憎たらしくて仕方がないだけの、あいつの姿がそこにある。


 しかし、改めて冷静に見つめ直すことでようやく一つ気づいた。


「……ハイデマリー?」


「クルト……?」


 あいつの姿は半透明だった。闇の中でかろうじてヒトの形を成しているだけで、そこに物理的な実体は無かった。

 そして私もそれと同じ状態だということがようやくきちんと認識できた。


 やっと理解できた。今の私たちは、身体を失くした……いわゆる幽霊というやつなのだと。


「…………なぁ、ハイデマリー」


「……何よ」


 なんとはなしに話が始まった。


「僕たちは……死んだんだよな?」


「そうよ、貴方は私が殺した。確かに、間違いなく」


「ああそうだ、僕はお前に心臓を刺された。しかし意識が完全に無くなる前に僕も確かに見届けた。お前の顔も剣で刺される所を」


「そうね……あの女、よくもまぁ私の美しい顔を狙ってくれたもんだわ。今度会ったらあいつの顔をあの千倍はぐちゃぐちゃにしてやらないとね」


「馬鹿か、もう僕たちは死んだんだろうが。今度も何もないだろう」


「いいや、そのうちあの女だってここに来るはずよ。人殺しは重罪でしょう? 死んだら地獄行きに決まってるじゃない。私たちと同じようにね」


「いや待て。そこが不可解だ」


「はぁ?」


「ここが本当に地獄だというのなら、お前はともかく何故この僕が地獄に落ちている? 僕はお前に殺されただけのただの被害者だぞ」


「……本当にどうしようもない男ね。まだ自分一人だけが清廉潔白なつもりでいるの?」


「なんだと?」


「私が貴方を殺したのはそれだけ貴方に追い込まれたからよ。私がやったのは相応の理由がきちんと存在する、いわば復讐よ」


「ふざけるな……何が復讐だ。そもそもそんな物の考え方をするような性根の腐った女だということを理解したから婚約を取り消したんだ」


「ふざけてるのはそっちでしょう。貴方と話してるうちにどんどん思い出してきたわ。ああ、どんどん腹が立ってきた」


「それはこっちの台詞だ」


「お互い様よ。大体ねぇ、百歩譲って私をフるにしても、もっと段階を踏んで私を納得させる努力をするべきでしょうが。婚約ってものを根本からナメすぎなのよ貴方は」


「そもそもその婚約自体、お互いの親同士が勝手に決めたことだろう。僕らの意思を無視して……僕には僕の自由というものがある。僕はそれを彼女から教わって」


「出た出た、例の彼女。まったく、何が真実の愛よ。あの特待生の平民少女と一緒に過ごした寝室はそんなに気持ち良かったのかしら」


「ゲスな言い方をするな。お前如きに彼女を語る資格は無い」


「はンッ……残念だったわね。地獄で二人っきりになれたのが私で」


「だからそこが解せないと言っているんだ。何故僕が」


「貴方が愛の無い薄汚い政略結婚だと嫌がった私との婚約に、実際どれだけの社会的意義があったのかも理解していないのね」


「下らない、何が社会的意義だ。そんな汚いしがらみにまみれた貴族社会の腐敗を正すという意味でも僕は」


「口先だけは達者だことで。仮にも婚約関係にある女を目先の性欲だけで衝動的に蹴り飛ばしたような男が、本当に好きな女を幸せになんてできるのかしら」


「性欲だの寝室だの……お前の言葉遣いは本当に最悪だな。自分で自分を美しい顔だとかなんとか言って……本当に気色悪い。お前一人だけで地獄に落ちろよ」


「言葉遣いが汚くなってきたのはそちらも全く同じだと思いますけど?

 第一王子クルト殿下?」


「僕の名前を呼ぶ声すら薄ら寒いんだよ、この――」





「ハァァァァァーイ、お二人とも一旦そこまでデェェェェェーッス!!」




 彼方からまた新たな大声が届き、私とあいつが揃ってそちらに目線をやる。

 また別の人物がこちらに近づいてきているのが確認でき…………いや。


 ……人物?

 …………違う、あれは…………。


 ヒトじゃない。




「どーもどもども、ハイデマリー・ハクサ・イタヴェールさんとクルト・アラービ・キーウィンナーさんデスね! お間違いは無いようで!」


 一言で言うと……真っ黒なローブを被った……骸骨。

 確かに骸骨だ。生身の人間なんかじゃない。骸骨が独りでに動いて喋っている。


「おい、なんでこのクズを差し置いて僕の名前が二番目なんだ」


「お前そんなことまでいちいち気にすんのかよ?

 本当に見下げ果てたなクルトお前?」


「お前とか言うな。さっきまで貴方って言ってただろうが」


「あァ?」


 どんだけ喧嘩腰なんだこの男。


「ハイそこまで! とりあえず二人ともワタクシの話を聞いてくださいます!? 喧嘩は後で好きなだけやらせてあげますから、ネ!」


 そしてこの骸骨の軽妙な喋り方は一体何なんだ。陽気過ぎてかえって気色悪い。


「えー、自己紹介が遅れました! ワタクシはデスねぇ!」


「死神ですか?」


「ハイ、そのトォーリ! お察しがよろしくて助かります!」


 案の定、死神だったらしい。それぐらいは見ればわかる。


「ワタクシ、死神7613号と申します。お気軽にナムイさんとでもお呼びください!」


「……地獄の案内にでも来たのか?」


 クルトの奴も渋々と会話に参加してくる。


「ハイハイそちらもその通り! これからアナタたち二人をデスね、生前の罪状に合わせた地獄にお連れ致します!」


 ……ご丁寧なことで。とりあえずこの無限の暗闇は、まだ地獄の入り口に過ぎなかったということなのだろうか。


「待て死神。こいつはともかく何故僕が地獄に連れていかれなければならない? 僕は本当にただの被害者だぞ、どこに何の罪がある?」


 まだ言ってんのかよこいつ。


「あ、ナムイさんって呼んでくれないんデスか?」


「知るか」


 うん、まぁそこに関してだけは確かに知ったことじゃないが。


「ちぇー……」


 いじけられても困るが。何だこの感情豊かな骸骨。何をやっても気味が悪い。


「……まぁ、仕方がありません。とりあえず貴方たちの罪状を順番に読み上げますんで、それでも納得いただけないようでしたら質問を受け付けます」


「その質疑応答の結果次第でまさか私たちの地獄行きがひっくり返る可能性なんてあったりするの?」


「それは流石にまず無いとは思いますが」


「ああそう」


 ……別に本気で期待していたわけではないが。


「それではまずハイデマリーさんの罪状から」


「また僕は後回しか?」


 まだ言ってやがる。


「実を言うと貴方たちの命が途絶えた順番はハイデマリーさんの方が僅差で早かったのデスよ。ほんの数秒差デスが」


「剣で刺されたのは僕の方が先だったぞ」


「頭刺されたからねぇ、私」


 何でこんな下らないことで張り合ってるんだ私たちは。


「あーすいません、ワタクシとしてもさっさと話を進めさせていただきたいんで、クルトさんは一旦お静かに願えます?」


 ……死神の声には僅かに圧力がこもっていた。


「うっ……」


 この瞬間に私は直感した。そしてそれは恐らくクルトの側も同じ。

 今や実体の無い幽霊でしかなくなった私たちは……これほど明確な存在感を持つ死神には、絶対に逆らうことはできないのだろう……と。


 ……クルトの減らず口を威圧で黙らせてくれたという部分に関しては、ちょっとだけ爽快感を覚えてしまったが。


「ハイ、それでは改めまして、ハイデマリーさんの罪状デス」


「……ええ」


 死神がローブの下から書類のような物を取り出す。


「……あー、大方アナタ自身も十分自覚はしてらっしゃるとは思いますが、アナタの罪の最大の焦点となる部分はクルトさんを刺し殺したこと、それは確かに間違いありません」


「そうね」


「そこに至るまでの過程もまた問題ではあるんデスが……ああー……いやはや、これはなかなかに酷い」


「ふぅん」


 何がそんなに酷いのかしら。


「元はと言えばアナタの婚約者だったはずのクルトさんが、突然、

 特待生として学園に編入されてきたアミー・オマンジュさんと仲良くなり始めたことに対して、アナタの中で嫉妬心が芽生えたのが原因だったのデスね」


「……そういえばそうだったわね」


 ……アミー・オマンジュか。確かにそんな名前だったな……あの平民少女。


「アミーさんは平民の出身ながら聖女の力の片鱗が見出されたことで王侯貴族も通う首都の学校へと迎え入れられたわけデス。

 彼女はまたたく間に学園中の生徒たちの注目の的となりました。しかしハイデマリーさんにはそれが面白くなかった。だから彼女に執拗な嫌がらせを繰り返したのデスね」


 ……だんだん思い出してきた。そういえば一連の騒動の一番最初の発端となったのは、確かに彼女の登場だ。


「いやー、滅茶苦茶やってますねぇアナタ。アミーさんの上靴に画鋲を仕込む、私物を盗む、足を引っかけて転ばせるは序の口。

 学園の窓ガラスやその他備品を壊した罪を被せる、彼女の友人たちに不穏な噂を流して孤立させる、学園祭のために彼女が頑張って稼いだバイト代で買ったお洒落着を台無しにする……」


「あはは、懐かしい話ねぇ、どれもこれも」


 色々と思い出してきた。まぁ、今となってはただの楽しい思い出話だ。


「何笑ってんだお前……」


 クルトが横槍を入れてくる。まだこいつの番じゃないんだが。


「いやハイデマリー、お前ちょっと、一回ぐらい逆の立場で想像してみたらどうなんだ?」


「……はァ?」


「例えば……もしお前が僕以外の誰か適当な男子生徒と、何となくちょっと仲良くなったとして、それを見た僕が嫉妬して、

 その男子に対して今挙がったような数々の嫌がらせを僕が実行したりなんかしたら……お前、そんな滅茶苦茶なことをする男と結婚なんかしたいか?」


「全部とっくの昔に終わった話でしょうが。私たちはもうとっくに死んで地獄の入り口にまで来てるのよ。今更、生きてた頃をもし何々がどうたらこうたらと反実仮想して何になるわけ?」


「……話にならないな」


「お互い様よ」


 本当に喋れば喋るほど腹が立ってくるな、こいつ。もう物理的な腹なんて無いけど。お互いに。


「あのー、続きをよろしいデスか?」


 死神が軌道修正に入ってくる。


「……悪かったわね」


「ごもっともで。ハイデマリーさん、アナタはとんだ極悪人デス」


「褒め言葉をありがとう」


 後ろからまた「褒めてねーよボケ」というあいつの小声が聞こえてきたのは無視しておく。


「しかしこれらの行動は裏を返せば、それだけハイデマリーさんが婚約者であるクルトさんを、アミーさんに渡したくなかったという独占欲に駆られた暴走だったとも言えるわけデスよ」


「……そうね。そこは素直に認めるわよ」


 この辺も全部過ぎた話ではあるが。


「生前の私は確かにクルトに執着していた。あの薄汚い平民少女さえ排除すれば全部元通りになると本気で思い込んでいた。

 ええ、そうよ。私はとんだ大馬鹿者だったわ。短絡的にも程がある。あの子もあの子でよくもまぁ、こんな意地悪女に一発殴り返しもせずに我慢なんか続けてたもんだわ」


 また更に後ろから「意地悪どころじゃねーだろ」という小声が聞こえたが、やはり無視する。


「だからこそ、最後の最後にクルトさん本人からの糾弾がてらの婚約破棄によって、全てが爆発してしまったのデス」


「ええ」


「そして怒りのままにクルトさんを殺害したアナタもまた、アミーさんとはまた別のクルトさんを慕っていた女性、

 騎士見習いのルシア・ノウ・リベントさんによってその場で即座に殺害されてしまったというわけデス」


 私を殺した女はそんな名前だったのか。一応覚えておくべきか。


「……クルトに婚約破棄を言い渡されたあの瞬間をもって……私の中のクルトへの愛という名の執着心は、全部……全部丸ごと……憎悪へとひっくり返ったわ」


 愛と憎しみは表裏一体。あの時までの私は確かにこいつを愛していた。あの時からの私は……。


「……今でも私はクルトが憎い。たったの一回刺し殺してやったぐらいじゃ、この憎しみは全く晴れやしなかった。

 ねぇ死神さん。人を殺した私が地獄に落ちるのはもうこの際潔く受け入れることにするけど、クルトの方は一体どんな地獄に連れて行って、苦しめてくれるの?」


「どうせならナムイさんって呼んで欲しいんデスけど」


 いや、まだそこ拘ってんのかよこの骸骨。


「……おいハイデマリー」


 ……再び後ろから、今度は音量の小さくない、ドスの利いた声。


「何よ」


 お前また横槍入れてくんのか。


「死神もだ。ハイデマリーの罪状とやらは大体そんなところで終わりだろう。だから早く聞かせろ。僕に何の罪がある? 僕は何故地獄に落ちなければならない?」


 ……ところで死神の方を向くと、表情の無い骸骨のはずなのに「やっぱりナムイさんって呼んでくれないんだな」と残念がるような雰囲気を感じ取ったのは……気のせいだろうか。


「それは今からご説明致しましょう。次にクルトさんの罪状を読み上げさせていただきます」


「フン……」


 本当に偉そうだなこいつ。さっき簡単に黙らされたくせに。

 死神が書類を一枚めくって目を通していく。骸骨だから目玉なんて無いはずだけど。


「……あのー、クルトさん」


「……何だ」


「罪状の一番先頭に、なんデスけどね」


「おい、何なんだ」


「ちょっとお気に入りだったお若い女性使用人二人を自室に誘い込んでソッチの奉仕を強要した、と書かれているんデスが」


 …………はい?


「なッ……!!」


「おまけにだんだん反抗的な態度を見せてくるようになったら、多少の口止め料を持たせて二人まとめて強制解雇なさったとか。アナタもアナタで大概なコトしてたんデスね」


 おい何だその罪状。このクソ野郎、そんなふざけたことしてやがったのか。


「待て! 何故それを知って――」


「へーぇ、事実なんだぁ」


「ハイデマリー!? 違う、これは!!」


「そうやって貴方が慌てれば慌てるほど真実味が増してくると思わない?」


「クソがッ! 殺すぞクズ!!」


「とっくに死んでますけどー?」


「クソッ……クソッッッ!!」


 おいおい……こんなのが仮にも私が惚れた男の正体か? 言葉遣いもチンピラ同然にどんどん汚くなってきたし。


「まだワタクシの話の途中デスよお二人とも。クルトさんの罪状はまだまだこれで序の口デス」


「うるさい黙れッ!!」


 クルトの馬鹿が死神に向かって殴りかかる……が、結果は予想通り。幽霊は相手の身体をすり抜けるだけ。


「無駄デス。大人しく最後まで話を聞きなさい。質問なら後で受け付けるとさっきも言ったでしょう?」


「ぐッ……!!」


「あんまり騒がしいようでしたら『コレ』を使わせていただきますけど」


 突然、死神の左手に何やら物騒な感じの物体が出現した。


「ひっ!?」


 ……ああ、流石は死神と言うべきか。

 要するに……巨大な「鎌」である。


 威圧感でわかる。無力な幽霊でしかない私たちは、あれで斬られれば一瞬で終わりだろう。

 死神の鎌によって幽霊が更にもう一回殺されたら一体どうなってしまうのか……なんて、あまり想像はしたくない気もするが。


 と言うかクルトの阿呆、ビビりすぎだろ。


「えー、ハイ、それじゃあ次デス。いいデスね?」


「……どうぞ」


 親に怒られた幼児みたいにすっかり大人しくなってやんの。


「……まぁ何と言いますか、アナタも本当に大概デスね」


「うぐっ……」


「アミーさんとの出会いで真実の愛に目覚めたなどと口で言っておきながら、その裏ではまた別の同級生の母親と……デスか」


 ……何?


「待て! その女性は確か未亡人だったろうが!」


 え、何……次から次へと……何?


「そういう問題ではないんデスが」


「クソッ! あることないこと好き放題書きやがって!」


 クルトのクソボケが死神の手元の書類を奪い取ろうとするが、当然無理だった。学習しろよいい加減に。


「いや、あることしか書かれてませんよコレ。ないことは書いてありません。仮にも神の視点から観測した情報デスよ」


「やめろ! もう本当にやめろ!」


 …………頭痛くなってきた。物理的な頭じゃないのに。


 いや……何? 私はこんなカスに対する愛憎をこじらせた果てに凶行に走って、それでルシアとかいう女にやられたのか?

 おいおい……私の人生って一体何だったんだ? と言うかルシアもルシアでこのゴミクズの本性を知らないまま敵討ちに燃え盛ってしまったってことになるのか?


「大体そもそもアミーさんを選ぶためにハイデマリーさんとの婚約を破棄したつもりでいるようデスが、

 ハイデマリーさんの悪行を本格的に阻止するのが遅かったのは、アミーさんが苦しんで泣いてアナタにすがりついてくることに、内心で味を占めていたような節が見受けられますね」


「それは流石に言いがかりだろ!?」


 ……こいつがあの平民少女と一緒に過ごした時間は、私のイジメもある意味で都合の良いダシにされていた……とでも?


「あのークルトさん、アナタ、これだけの不貞を働いておいてよくあそこまで自信満々に地獄行きに抗議できましたね」


「ひ、人殺しよりはマシだろうが!」


「男性が力に物を言わせて女性にそういうことを強要するのは、度が過ぎれば女性の心に一生物の傷を刻み込みます。

 一生、男性という存在そのものにずっと恐怖を感じながら生きていかなければならなくなる可能性もあるんデス。これは最早精神的な殺害デス」


「ッく……! し、しかし僕を拒絶するような女はほとんど……」


「それはアナタが権力のある立場だったからデス。王子であるアナタに威圧されれば断ろうにも断れない女性も多かったことでしょう」


「ク……ッソ……ッ!!」


「ワタクシも地獄の案内人として、これまでにも女性の尊厳を踏みにじった罪で地獄行きが決まった男性など散々相手にしてきましたが、

 その中でもアナタのように生まれ持った権力を笠に着るような方は、とりわけ悪質な部類デス」


「こッ……のッ……言いたい放題ベラベラと……ッ!!」


 …………どうしよう。マジでどうしよう。


 たったの一回刺し殺したぐらいじゃ私の中のクルトへの憎悪は晴れやしなかった……なんて、さっきはカッコつけて言ってみたものの。

 今、その気持ちが物凄い勢いで白けていくのを感じる。


 私はこんなクソ野郎……いや野郎なんて人間扱いするのもおこがましい程のクソの中のクソのために、自分の人生を棒に振ってしまったのか?

 罪無き平民少女を無駄に長々と繰り返し虐げたりもして……。


 ………………本当にどうしよう。どうしようも何も、もうとっくに死んだ身なので今更どうしようもないんだが。


「……ところでクルトさん」


「ぐっ……何だ!?」


「ここから先はアナタと、そしてハイデマリーさんも死んだ後に起こった問題なのデスが」


「何……?」


「あら私も関わってくる話?」


 名前を呼ばれたのでとりあえず返事はしておく。


「えー、そうデスね。ここから先はー……よし、これを見てもらった方が早いデスね」


 死神が右手の指……の骨を打ち鳴らす。


 すると暗闇の中に眩しく光る大きな枠組みが出現して……これは何だろう。どこかの景色を映しているのか?

 私たちの生前の世界だろうか。


「あれ……これって……」


 ……この屋敷……どこか見覚えがある……いや、間違いない……これは……。


「私の実家じゃない? これ……」


「なんだって?」


「ハイ、そうデス。ハイデマリーさんの生家、イタヴェール公爵のお屋敷デスね」


 ずっと学園の寮で暮らしていた私にはひどく久しい景色だ。


 しかし何故いきなり私の家が映されるのか?

 それはそうと、何やら完全武装の兵士の集団が、懐かしき我が家にズカズカと押しかけているのだが。


「え、どうなってんのこれ。私の家に何が?」


「説明します。ハイデマリーさんが一応第一王子であるクルトさんを殺害し、そしてアナタ自身もその場で殺されてしまったために、

 アナタのご両親が責任追及のために首都の裁判所へと連行される、という流れが出来上がったわけデス」


「おい、第一王子の前に一応とか付けんじゃねえ」


「クルトは黙ってなさいよ」


「なんだと……?」


 いちいちまたクルトのカスがうるさくなってきた途端、死神はまた左手の大鎌をわざとらしくガチャリと鳴らした。


「ッ……!!」


 またしても簡単に黙らされている。本当に学習能力が無さ過ぎて阿呆らしい。


 ……そして死神の説明通り、お次は私の父の前に兵士たちが集まってゴチャゴチャと物申す様が映されていた。


「父上……」


 もう二度と会えぬ私の父上……ハインツ・シューマ・イタヴェール……。


 ……なんて、感傷に浸る間も無く。


 次の瞬間、父上及び屋敷の衛兵たちが、首都側の兵士たちをザクザク斬り捨て始めた。


「うぇッ!?」


「イタヴェール公!? 何をやっているんだ!?」


 この急展開には流石に私もクルトも同時に驚愕してしまった。


「これはデスね、こんなに色々と無茶苦茶な事態になった原因はそもそも娘が理不尽な婚約破棄を喰らったせいである、という部分に、ハイデマリーさんのお父さんが激怒したんデス」


「あ、そこにキレてるの?」


「いわばハイデマリーさんの敵討ちデスね」


 え……? あの父上が私のために……?


「僕のせいでイタヴェール公が乱心したとでも言いたいのか!?」


「クルトさん一人だけが全部悪いとまでは言いませんが、少なくとも一連の騒動の原因の一つには十分入りますね」


「このクソ女も大概なクソだったのはさっきしっかり読み上げただろうが! お前が俺の立場だったらこんなクズと結婚できるか!? 無理に決まってんだろ!」


 ……あ、今「俺」って言ったなこいつ。一人称すら今までずっと取り繕ってたのか。


「あ、すいませんクルトさん。一番大きな問題はむしろここからなんデスよ」


「はぁ!?」


 ……まだ何かあるの?


「とにかく、しばらくこちらをご覧ください」


「何なんだよ、一体……!?」


 仕方がないので死神に言われた通り、枠の中に映された出来事を眺め続ける。




 …………。




 ………………。




 ……………………。




 要約すると。


 私の父上が、お隣の軍事大国であるカマンベイル帝国と結託して、私たちの祖国であるミモレット王国の首都をガッツリ強襲していた。




「……なんだこの地獄は」


 クルトがぼやく。


「地獄はここよ。まだ入り口だけど」


「そういう問題じゃない」


「まぁ言いたいことはわからなくもないけど」


「何でこの阿鼻叫喚を平気な顔して眺めていられるんだお前は」


 ……確かに酷すぎる事態だ。私たちが住んでいた街が盛大に焼き討ちされている。学園も燃えているのがチラっと映っていた。民間人はどれぐらい死んだのだろうか。


「いやぁ……なんて言うかさ……」


 …………しかし、私の本音としては…………そう。


「正直言って……いい気味だな、って……」


「は?」


 こいつがそういう反応をするのも当然だとは思う。それぐらいはわかる。しかし……それにしたって、私の本音は、紛れもなく……。


「私の敵討ちなんでしょう? この大侵略」


「いや……待てお前。いくらなんでも待て。正気か? やられてるのは俺たちの国だぞ?」


 もう一人称はそれで通すんだなこいつ。まぁそこは別にどうでもいいが。


「ねぇ知ってる? イタヴェール公爵領って丁度カマンベイル帝国との国境に面してるからさぁ、

 私の実家って代々帝国との商取引をこなしつつ余計な介入をしてこないかを見張るための、いわばミモレット王国の防波堤の役割を担ってきたわけよ」


「それが盛大に裏切って帝国軍と一緒に俺の国を蹂躙しているんだが!?」


 ……俺の国、ねぇ。俺たちとすら言わなくなったか。


「まぁ、そういうこと。私の家がその気になって帝国側についてしまえば、帝国軍はウチの領土を一切何も消耗せずに素通りして、王国の首都に直行できるというわけね」


「こんなクズの極みみたいな娘の敵討ち程度のためにそこまでやるか!?」


「父上はそこまでブチギレる程に、ミモレット王国への愛想が尽きたってことなんでしょうねぇ……ふふっ」


「いやお前さっきから何ヘラヘラ笑ってんの!? 頭おかしいんじゃねぇの!? いや元からか! 元からだったわお前が狂ってんの!」


「素敵な褒め言葉をありがとう」


「うるせーよ!? もう何なんだよこれ!? わけわかんねーよ! この戦争どうなったんだ!? 王国から勇者が決起して最後は逆転勝利飾ったとかないのか!?」


「子供向けのおとぎ話かっつーの」


「クソが! おい死神! とにかく結果を教えろ!」


 ……また骸骨がちょっと残念そうな表情をしていたような気がする。そんなに拘りがあるんだろうか、ナムイさんとかいう自称。


「戦争は二か月ほどで王国首都が陥落してカマンベイル帝国の侵略完了で終わってますね」


「ふざけんなァァァァァァァァアッ!!」


 たったの二か月で終わったんかい。思った以上に早いな。


「決め手になったのはクルトさんの異母弟である、

 第二王子のクラウス・キヌービ・キーウィンナーさんが、国王の首を手土産に帝国軍に降伏したことデス」


「あいつ親父ブッ殺したの!?!?!?」


 まだそんな急展開が潜んでたのか……何から何まで坂道を転がり落ちるどころか垂直の崖から落下するかの如き勢いだな。


「勝ち目の無い相手に食い下がり続けて余計な犠牲を増やす前に潔く……といったところのようデス」


「じゃあもうテメーも自決しろよ!?」


「ワタクシに言われても困ります」


「知るか!」


 そんなことばっか言ってたらまた死神の鎌をガチャっと鳴らされるだろうに。


「……いや待て! そういえばアレだ!」


 どうかしたのかクソボケ。


「アミーはどうなった!? まさかこの戦火に巻き込まれちゃいないだろうな!?」


 ……ああ、そこ心配するんだ。この期に及んで。


「アミーさんはクルトさんが死んだ日から呆然自失の様子で寮の自室にずっと閉じこもっていたら、学園に火が移った時」


「それ以上言うなァァァァァァァァァアアアアッッッッッ!!!」


 現実は非情だった。


「……プッ」


「ハイデマリー!?」


「くはっ……あっはははははははっ!!」


「お……お前ッ……お前ェェェェェェエエエエッッッ!!!」


 笑いが止まらん。いや本当に笑う。笑うしかないでしょこんなの。


「ねぇ聞いたクルト!? お前があの子を選ぶために私との婚約を握り潰したら! その場で私に殺されて! 私も殺されたけど!

 私たちが死んだ後で色んなことが巡り巡って結局肝心のあの子さえも死に追いやったのよ!」


「黙れッ!!」


「お前の中途半端な愛があの子を殺したのよ!! これが笑わずにいられる!?」


「黙れェェェッッ!!」


 この色ボケクソ阿呆ときたら性懲りもなく私に掴みかかろうとするが、当然またお互いにすり抜けるだけである。


「ざまぁないわね! だから言ったのよ! 百歩譲って私をフるにしても相手を納得させる努力をしろって!」


「クソがァッ!!」


「親同士が勝手に決めた政略結婚!? 汚いしがらみ!? 貴族社会の腐敗!? お前が婚約ってもんを徹底的にナメ腐って私の父をブチギレさせた結果がこれよッ!!」


「お前なんぞと結婚できるかクズがァァァァァァァッッ!!」


「私がクズならお前はカスだろうが! あんな下半身の勢いだけで生きてたような色ボケの変態王子だって知ってたら私の方から婚約破棄してたわッ!!」


「お前もさっき今更生きてた頃を反実仮想したって無駄って言ってただろうがァッ!!」


「ならついでに言ってやろうか! 私がお前を殺してなきゃお前みたいなカスが次期国王になって国を腐らせてたと思うとやっぱブチ殺しといて正解だったわッ!!」


「俺の統治より帝国の侵略支配の方がマシだってのかァッ!?」


「千億倍マシッ!!」


「テメェッ!!!」


「いや間違えた! ゼロに掛け算しても一生ゼロだわ! ってかマイナスだわお前! マイナス千兆倍に訂正ッ!!」


「数字増やしてんじゃねえェェェェェェッ!!」


「なんならお前が王座についたら気色悪いハーレム作って最終的にめんどくさい女に後ろから刺されて死んでたんじゃない!? いかにもお似合いじゃん!」


「クソがァッ! 大体お前の親父だって自分の娘を次期国王とくっつけて家の地位向上でもしたかっただけだろどうせ! それが全部ご破算になってイカレたんだろッ!!」


「過程なんかどうだっていいわ! ミモレット王国はあんなにあっさり滅亡した! それが現実ッ!!」


「国賊の娘がッッ!!!」


「国賊に仕立て上げた原因はお前にもあるって言われただろうがッッ!!!」


「俺がお前なんぞに殺されてさえいなけりゃいくらでもどうとでも対応したわッッ!!!」


「何その自信!? お前みたいなカスが指揮とってたら二か月どころか一か月で負けたんじゃない!?」


「クラウスのクソッタレまで裏切ったせいだって言ってただろうが! あンの王家の恥がッ! 俺がいたらあんなふざけた真似させんわッ!!」


「じゃあ降伏もしないで無駄にダラダラ抗戦し続けて余計に死人増やしてたかもね! 良かったわね引き際弁えてる優秀な弟がいてくれてッ!!」


「何が良かったわねだボケがァァァァァッ!!!」


「ほんッッと帝国軍サマサマよねェッ!! あんなに気持ちいい殺戮劇を見せてもらえるんなら死んだ甲斐もあったってもんよッッ!!!」


「ンなら殺された一般人たちの前で帝国の植民地になるための犠牲になってくれてありがとうございましたって言ってきてみろやァァァァァァッ!!!」


「今更民草思いの名君気取りか色情狂のクソボケ阿呆カスがァァァァァァァッッ!!!」


「元々お前も俺に惚れてた結果が今この状況だろうがァァァァァァァァッッッ!!!」








「あのー、ハイデマリーさん、クルトさん、ここら辺でそろそろ……」








「どうせなら私もクラウス君みたいな賢い男と結婚しときゃ良かったわねェッ!!」


「君とか付けんじゃねぇよ!! あんな妾腹のクソッタレッッ!!」


「そうやってお前みたいなカスに差別されて育った結果即行で父親殺して祖国見限ったと思うとホント笑うわ!! 最高よクラウス君!! あっははははははははッッッ!!!」


「お前は来世便所バエにでも生まれ変わって人間様に潰されて死んどけェェェェェェェッッッ!!!」







 その時、私たちは気づいていなかった。


 収集がつかなくなってきて面倒くさくなった死神が、大鎌を振りかぶっていたことに。












「ハイッ! それじゃあお二人とも、張り切って参りましょうか!

 結果論デスが、カマンベイル帝国の侵略の原因を作り、ミモレット王国を崩壊に導き、数多の犠牲者を生んだ大罪人であるアナタたちのための、お楽しみの地獄巡りのお時間デス!」











「あのー、すいません」


「どうしました?」


「私たちの首から下はどうなるんでしょうか」


「それはアナタたちのこれからの行い次第デス」


 私とクルトのカスは鎌の一振りでまとめて首を刎ねられてしまい、今は死神の手で髪を乱雑に掴まれ、頭だけの状態で運ばれている。

 幽霊の私たちは実体が無いが、死神側だけは自由に触れるらしい。


 とりあえず首だけになってもまだ死んでない……あ、いや死んではいる……生きてはいない……消滅せずに済んでる、とでも言ったところ?

 もしかして消滅しない程度に手加減して斬ったんだろうか。多分、なんとなくそんな気がする。加減して首を刎ねるってどういう理屈なんだって話だが。




 しかし、本当に死神の手加減が入っていたのだとしても。




 鎌で斬られた瞬間の、自分の意識……いや存在そのものが、完全に消し飛ぶんじゃないか、という恐怖が……いつまでも、消えなかった。




「これからの行い次第とか言われても首だけでどうしろと……」


 まぁそれはそうなのだが、クルトのクソボケ阿呆カスの発言に賛同してしまうのは胸糞が悪いので、相槌は打たない。




「そういえばハイデマリーさん、さっき言いそびれていたんデスが」


「何か?」


「アナタを殺害したルシアさんも、カマンベイル帝国の侵略で早々に戦死したようデス」


「……ああ……そうですか」


「一応伝えておくべきかと思ったんデスが」


「別にまぁ、それぐらいはもうどうでもいいかな……」


「そうデスか」










 * * * * * *




 カマンベイル帝国の侵攻にあっさりと屈したミモレット王国の人々は、そこから長きに渡って辛苦の時代を歩むことになったのだが。


 六十年ほど後に、クルトの異母弟であるクラウスの子孫が旧王国領の総督の座に就き、まぁまぁそこそこ良い感じに統治した……ということを、一応付け加えておく。




 * * * * * *







「ッあー、いい湯だったわ」


「だなぁ」


 私たちが死んで地獄に到着したあの日から一体どれだけの月日が流れたのかなんて、もうさっぱりわからなくなったが。

 霊体の扱いにすっかり慣れきった私たちは、あの時奪われた首から下をどうにか気合で再生し、地獄のお勤めをまぁまぁ無難にこなし続ける日々を送っている。


 これだけ鍛えた今の私なら死神の鎌だって十発でも二十発でも耐えられそうな気がするし、それは恐らく隣のクソボケも同様だろう。


「地獄も住み慣れてくると結構楽しいもんね」


 牛乳を一気飲みする。なんで牛乳なんか売られているのかは以前教わったことがある気もするが、既に忘れた。


「新入りの世話なんて俺の性分じゃねえんだけどなぁ」


「ぼやきなさんな」


 まぁ確かに近頃の罪人共は音を上げるのが早すぎて困るが。


「ハイデマリーさんとクルトさんもすっかり仲良くなられたものデスね」


 ナムイさんが下らない茶々を入れてくる。


「どこが」


 丸っきり同時に同じ台詞を吐いてしまった私たちは、お互いを少しだけにらみ合った後、そのまま無言で次のお勤めに向かい始めた。




「おうクル坊、お勤めご苦労さん」


「ウィーッス」


「おっ、釜茹(フロ)上がりのマリーちゃんが見られるなんて今日はついてんな」


「そいつはどーも」


 地獄まで来てもオッサンって生き物はホント、美女を見る度こういうことしか言わないもんよねぇ……。




「やれやれ……あんなに馴染まれちゃ、来世に向けた改心のための刑罰にならないんデスがね……たまにいるんデスよねぇ、こういう逞しい人たち……」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
死に戻りとかの救済もなくただただ地獄。 そんななか、本人たちは割とエンジョイしているのがw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ