毒親
キッチンに積まれた空き缶。
灰皿から溢れたタバコ。
家の壁にはヤニが染み付いていて、
いつ買ったのかわからない鉢植の中のサボテンは、原型を留めていない。
父は小学校に上がる前に死んでしまった。
小学校中学年の頃に母は再婚したが、その人から弟の光と私は虐待されていた。
弟のことは庇うが、私のことは見て見ぬふりする母。
いつしか母は他人としか思えなくなっていた。
中学生になると、再婚相手はいなくなった。
その頃から母は、酒と煙草に溺れていった。
その姿が何より嫌いだった。
私にとって2DKのちっぽけな世界、それがその頃の全てだった。
高校を卒業してから15年、私は母とは会っていない。
たが私を縛りつける鎖は、何年経っても錆びることはなかった。
そんな世界にもとうとう終わりが来た。
数時間前に母が倒れたと光から連絡があった。
あぁ、やっとか。
そう思いながら、急いで病院へと向かった。
到着した時には既に母は死んでいた。
呆気なく死んだ母を見て、悲しみよりも安堵が勝るのだから、私は親不孝者だ。
横にいた光は俯きながら、私と同じような、でも悲しそうな表情を浮かべていた。
病院の人は、淡々とこの後の流れを説明してくれた。
でも中身なんて頭の中には入ってこなくて、
ぼーってしていただけだった。
受付の椅子に座って、電話で手配した葬儀屋を待つ間、光は自販機で飲み物を買ってきてくれた。
いつもは冷たい珈琲を買ってくるが、今日は温かい珈琲だった。
温かい缶が、心の冷たさを溶かしてくれるような気がした。
光は俯きながら涙声でこう言った。
「姉ちゃんお疲れ様。」
たった一言。
私の心を溶かすのには充分過ぎる言葉。
大粒の涙が頬を伝い止めどなく溢れてくる。
光はそんな私の背中を、ゆっくりと摩ってくれていた。
ひとしきり泣いたあとに前を向くと、さっきまでいた世界とは全く違うように見えた。
2DKのちっぽけな世界は崩れていき、大きな世界が私の前に現れた。
珈琲缶を空けて1口飲んだ。
温かい珈琲は冷めてしまったが、今までに飲んだどの珈琲よりも美味しく感じた。