第7話 春の息吹は恋の芽吹き?
この後はどうしたものか。
カフェのコーヒーもサンドイッチも美味しかった。
また来たくなる、そんな味だったな。
土日の散歩のついでにふらっと寄るにはいいかもしれない。
井上さんにまたバッタリなんてことがあると困るけどなぁ。
砂糖とミルクは胃の調子が芳しくない俺が使うべきだったんじゃなかろうか。
支払いを済ませ店内を出る。
「本当にありがとうございます。ご馳走になっていいんですか?」
「気にしないでください。部下に払わせる訳にはいきませんよ」
ご馳走になるのはなんだか心苦しい。
それに部下って言い方がなんだか無性に悲しかった。
今はプライベートなのに。
⋯⋯⋯⋯あ
私なんて課長って呼んでる。
でも川崎さんって呼ぶのも変だよね?
外ではお名前で呼んだ方が正しいの?
誰か教えて欲しいよぉ。
もしかして私ってすっごい失礼な子になってる?
どうしようどうしようどうしよう。
だめ、課長といると本当に変になる。
なんでこんなに私の心を揺らしてくるのだろう。
「ありがとうございます、ご馳走様でした」
「いいえ、美味しかったですね。井上さんはこのまま帰りますか?」
しまった、聞いてしまったらダメだろう。
ここは俺の方がもう帰る、さよなら、とスパッと帰るが正解じゃないのか?
なんでこんな聞き方をしてしまったのだろうか。
まだ井上さんと一緒に居たい、そんな気持ちが少しでも俺にあったのか?
何を考えてるんだ俺は。
部下だぞ、ましてや18歳だ。
馬鹿なことを考えるんじゃない。
井上さん、このまま帰ると言ってくれ。
「は、はい、どうしましょうか」
えっと、こういう時って帰るが正解?
まだ話してたいのに、帰らないとなの?
でも聞いてくれたってことは、課長もまだ私と一緒に居たいって思ってくれたの?
それともこれが俗に言う社交辞令なの?
もう社会人のルールなんて学校で習わないからわかんないよ。
お母さんにも教えてもらったことなんてないもん。
誰か教えて。
「か、課長はこの後はどうされるんですか?」
質問返し⋯だと?
いや、むしろこれはチャンス。
こんなおじさんと一緒に居たいわけないんだ。
ここは切り上げる方向に持っていけ。
「私はドラッグストアに行く用事があるので、あっちにあるドラッグストアに行きます」
また月曜日にお会いしましょう、と言って去ろうとした。
「ドラッグストアなら近くにありますよ!」
んん?
まさかのことを井上さんに言われてしまった。
これは誘いに乗らないとなのか?
いや、カフェに行ったのだってギリギリアウトかもしれないんだ。
それなのに更にお買い物だと?
どこの休日カップルなんだ。
俺が返答に困っていると、「こっちですよ課長!」と言って井上さんは進んでしまう。
これは付いていかないとだよなぁ。
はぁ⋯⋯⋯⋯胃が痛い。
今日も胃薬追加だな。
思わず引き止めてドラッグストアに案内することになっちゃった。
ここからドラッグストアは歩いて5分くらい。
その5分でも課長と歩きたかった。
今も横を歩いてくれている。
背の高い課長。
痩せすぎず、かと言っておじさん体型でもないスラッとした課長。
私に比べて脚も長い。
首も長いし、指もとっても長い。
学生時代には課長みたいなスタイルの人も居たけど、関わりがなかった。
背が高くてスタイルのいい男性ってこんな感じなんだ。
何もかも私と違う。
そんな課長をチラチラ見ながら歩く。
今日はジャージだけど、お出かけの時の私服はどんな感じなんだろう。
おうちはどんな家なんだろう。
彼女はいるのかな。
聞きたいことはまだまだ沢山あるけど⋯
踏み込んだことは聞くに聞けない。
「ん、どうしました井上さん。私に何かついてます?」
やばっ、見ているのバレてる。
どうしようどうしようどうしよう。
「いや、課長ってかっこいいなって思って!」
わわわ、なんてこと言ってるの私!
うう、また全力で取り消したい⋯
「⋯⋯⋯⋯⋯へ?」
聞き間違い⋯⋯⋯か?
かっこいい?
括弧いい?
各個いい?
馬鹿なこと考えるな。
聞き間違い、そう、聞き間違いなんだ。
「えっと⋯⋯ど、ドラッグストアはどのへんなんですか?」
ここは無理やり話題を変えるしかない。
変われ話題!
「あっ、えっと、あと少しです!」
よし、ここから更に話題を変えろ!
「井上さんにはお世話になりっぱなしですね、いつもありがとうございます」
「い、いえ、私なんて何も⋯⋯カフェでもご馳走して貰えましたしたから」
「それではさっきのがお礼も込めてたってことでもいいかもですね」
はぁ、何とか変わったか。
お、あそこにドラッグストアっぽい店構えのがあるな。
あそこは全国チェーン展開してる店か。
「あ、あそこがドラッグストアです!」
なんとか誤魔化せたのかな⋯⋯
心臓に悪すぎるよ。
焦りすぎて言わなくていいこと言うなんてバカすぎだよ。
注意しないと。
課長に変な子だって思われちゃう。
ドラッグストアに用事なんてないけど、私もご一緒しても不自然じゃないよね。
「課長は何を買うんですか?」
「私は胃薬と湿布ですね」
まだ胃を痛めてるんだ。
私に出来ることってなんだろう。
胃に優しいお料理作ってあげたいな。
外食ばっかりだと良くないだろうし。
なんて、お節介すぎだよね。
「最近からなんですか?」
「そうですね、今年の四月からなんだか調子が⋯⋯やですねおじさんは。ははは⋯」
「まだまだお若いですよ!」
ふう、なんだか元気づけられるのも辛い気もするな。
お世辞だろうが励ましてくれてるんだ。
「ありがとう」と言って店内を歩く。
胃薬と湿布を見つけ、井上さんに尋ねた。
「何か欲しいのありますか?」
「うーん、今は大丈夫そうです!」
そう言うので会計を済ませて店から出る。
ここはバシッと決めて切り上げるぞ。
「課長、もう少し散歩しませんか!」
言ってしまった。
今日は何度目のやらかしだろう。
ううん、課長といると私はずっとやらかしてる気がする。
ドラッグストアで、お別れが近づいてると思えば思うほど寂しくなった。
悲しくなった、切なくなった。
なんでかわかんない。
まだ一緒に居たかったのかな。
そうじゃなきゃこんなこと言わないよね。
でもなんで私は課長と一緒にいたいんだろう。
お母さんに相談してみようかな。
まさかの先手を打たれてしまったではないか。
それがまさかの延長戦希望と来たもんだ。
断った方がいいのだろうか。
こんな風に誘ってくれた女の子を無下にできない⋯
でもこれじゃいけない気がする。
ここはどうにかして回避するんだ。
「そ、そうですか?そろそろ日が暮れ⋯」
「まだ5時です!」
「親御さんが心配され⋯」
「母子家庭でお母さんは今日は夜までお仕事です!」
「こんなおじさんと一緒だと変じゃ⋯」
「ないです!」
レスポンスが早過ぎないか?
これは断れない流れに⋯
「じゃあ⋯⋯⋯少し歩きましょうか」
グイグイ押していた。
本当に私はどうしたんだろう。
食い気味での返答もしたことがないのに。
絶対変な子と思われてるよね。
さっきもうしないようにと思ったのに⋯
私のばか!ばかばかばか!
でもこれでまだ課長と一緒に居れるんだ。
「ありがとうございますっ」
嬉しそうだな⋯
無邪気で可愛らしい笑顔だ。
なんでそんなに嬉しいんだろうか。
なんで俺も嬉しいんだろうか。
相変わらず胃は痛いが、嬉しい。
確かにそう思った。
不思議だな。
許可してしまったんだ、よく分からないが少し散歩してみよう。
「この辺はよく分からないので適当に歩くでもいいですか?」
「はいっ!」
いいお返事だな。
どっちに行こうか。
「こっちに行きましょうか」
課長が向かった方向は私の家の方だった。
家に近づくと帰るのが早くなっちゃう気がした。
だから私は別方向へ誘導してみた。
「課長こっちに川があるんですよ!知ってますか?」
「それは知りませんでした。ではそちらへ行きましょうか」
川があるのはウチとは真逆だ。
上手く誘導できたから、まだまだこの時間は続くよね。
他愛のない会話をしながら井上さんと歩く。
そんな時間を心地よく感じている自分がいた。
不思議な子だな。
こんなに年が離れてるのに。
小さいが川が流れている。
もう綺麗な川なんて都会ではそうそう拝めない。
自分達のいる反対側の川沿いに桜の木が並んでいる。
桜のない川沿いを歩いていると爽やかな風が当たった。
その風を感じながら井上さんと歩いている。
それだけで楽しく思えた。
「お散歩するの久しぶりです、こうやって春の風を感じると気持ちいいですね!」
もう今年は桜は散り始めている。
だけど春らしい風が心地いい。
これってデートって思っていいのかな。
男の人とデートなんて初めて。
また私は課長を見る。
上着のポケットに手を入れて歩いている。
そんな風に歩くんですね。
課長の新たな一面を知るだけで嬉しい。
そんな風に見ていると、一際大きい風が吹いた。
ブワッと吹いた一陣の風。
風で舞う桜の花びら。
顔を背けた。
背けた方向は井上さんの方だ。
うっすらと開けた目に井上さんが映り込む。
見惚れてしまった。
風に靡く亜麻色の髪。
彼女の周りに幻想的に舞う桜の花びら。
一つの絵画のようだった。
見惚れている俺と2人の視線が交錯する。
しばらく見つめ合ってしまう。
彼女はこちらを見て「⋯課長?」と俺の事を不思議そうな顔で呼んでいる。
いやいや、18歳の女の子だろ。
何を見惚れているんだ。
「あ、その⋯なんでもないんです。風⋯強いですね⋯⋯⋯」
井上さんが俺に見つめられて戸惑っている。
上司が部下をそういう目で見ていい訳がない。
だが俺の中の抗えない思いが膨らんでいく。
そんな思考を春の風が優しく吹き流す。
この時俺の中に何かが芽生えたのかもしれない。
いや、もう芽生えてたのかもな。
それが芽吹いたのがこの時だったのだろう。
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