第6話 カフェで
これは大丈夫なんだろうか。
18歳は、今は未成年ではないが、一昔前は未成年だ。
やっぱりダメではなかろうか。
激しく後悔しながら井上さんと歩く。
井上さんは俺に色々質問してくる。
こんなおじさんのパーソナル情報なんて興味ないだろうに。
気の利くいい子なんだろう。
こうしてプライベートの姿は初めて見るな。
見た目はまだまだ子供に見える。
ダボッとした大きめのトレーナーを着ている。
プリントされている絵柄も可愛らしいクマさんだ。
髪の毛を下ろしているのも初めて見る。
いつもと違う雰囲気って新鮮でいいものだ。
周りからはどう見られるのだろうか。
妹⋯はないな。
仲のいい叔父と姪?
恋人⋯は絶対ないだろ。
パ活とか同伴の可能性に思われるのが1番きつい。
やっぱり親子か?
はぁ、それもなかなかきついな。
私はここぞとばかりに課長に質問攻めだ。
「好きな食べ物は?」
「趣味は?」
「出身は?」
「どんな学生だった?」
課長は丁寧に質問に答えてくれる。
本当に優しい。
それに課長の声。
私はこの声が好きなのかもしれない。
優しい声。
低くないけど私の脳に心に響いてくる。
男性とこんな風に2人きりになることってほとんどなかった。
慣れてないはずなのに課長と二人きりなのが嬉しい。
でも恥ずかしい。
それを隠すように悟られないようにたくさん話してしまう。
「ここを曲がったらカフェがあるんです」
道を教えながら横並びで井上さんと歩く。
プライベートで女性と歩くのも久しぶりだ。
娘みたいな年齢の女の子なのに、少し高揚している自分がいる。
はぁ、ダメだろ。
なるべく真横に行かないように距離を取る。
「ほら、ありましたよ」
「わぁ、こんなところにカフェがあるなんて知りませんでした!」
「そうなんですね。個人がやってる小さいカフェですから、見逃しちゃうかもしれませんね」
「こういうとこは入ったことないので楽しみです!」
「美味しいのあるといいですね」
「はいっ!」
井上さんは本当に元気だなぁ。
元気で背が低くて可愛らしくて⋯
そんな子がこんなおじさんとカフェに行く。
本当に大丈夫なんだろうか。
気持ち悪いとかセクハラと思われてたら社会的に死んでしまう。
怖すぎるが、俺の方から誘ったんだ。
何も無いと信じよう。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
店内に入るとコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐった。
その匂いを楽しんでいると、可愛らしいエプロンをした女性が出迎えてくれる。
とっても美人な女性。
この人がこのカフェの店主なのかな?
「2人です、今は大丈夫ですか?」
課長が対応してくれる。
それだけでなぜか嬉しかった。
「2名様ですね、はい、こちらへどうぞ」
女性店主さんの案内で4人がけのテーブル席への案内される。
可愛いテーブルクロスが敷いてある。
木製の柔らかい雰囲気の家具。
テーブルも椅子もアンティークな雰囲気が漂う。
店内には観葉植物や季節の花がそこかしこに置いてある。
なんだかとってもオシャレ。
店内にはお客さんが4人居た。
常連さんなんだろうか。
レジの横にあるガラスケースには、手作りの焼き菓子やケーキが置いてある。
いちごのショートケーキもあった。
とても美味しそう。
案内されて席に座る。
4人テーブルに向かい合って座った。
この雰囲気はいいな。
最近はチェーン店のカフェにしか行かないから、こういう個人の喫茶店は久しぶりだ。
井上さんはコーヒーは好きだろうか。
若いし、ましてや女の子だ。
コーヒー好きはいるだろうが、そんな子は珍しいだろう。
店内に入った時から芳しいコーヒーの香りで、俺の空腹感をさらに刺激してくる。
胃に優しいものを意識したせいか、朝のコーヒーもやめていたからなぁ。
空きっ腹には良くないだろうから、食後に1杯頂こうか。
こんなにいい匂いを嗅がされたら飲みたくなっても仕方ないだろう。
「課長、いい雰囲気のお店ですね」
「そうですね、アットホームな雰囲気ですし、店員さんとお客さんも楽しそうに会話してるのがまたいいですね」
「はい、まだ注文してないのにお気に入りの店になりそうです」
「それはいいですね。じゃあ注文しちゃいましょうか」
メニューは1つしかないので、横向きにして2人で見れるようにする。
お互いがテーブルに身を乗り出すとまではいかないも、前傾姿勢になっている。
俺なんか老眼になってきているから、近づかないとなかなか見えない。
頭と頭の距離が近い。
なんか恋人同士みたいだな⋯
待って⋯
これって恋人がするような感じじゃないの?
ファミレスとかで見たことある。
ドキドキが止まらない。
「これなんか美味しそうです」「井上さんは何がいいでしょう」なんて指でメニューを指しながら課長が話してくれる。
頭が混乱して集中できない。
「課長は決まりました?」
「私はそうですね。サンドイッチにしようかなと。結構種類もありますし」
「いいですね!」
「井上さんは若いですし、たくさん食べれますか?」
「少食なので、たくさんは食べれないんです」
「そうなんですね。それじゃあ私はBLTサンドにします」
「あ、それ美味しいけど量が多いやつですよね!私はたまごサンドにします!」
課長と同じのにしたかったけど、食べれそうにないからその上にあったたまごサンドにしてみた。
ショートケーキも食べたいし!
「すみません、注文お願いします」
広くない店内なので、すぐに先程の女性が来てくれる。
「BLTサンドとたまごサンドを1つずつ。それとホットコーヒーを⋯あ、井上さんの飲み物を決めてませんでしたね」
失念していた。
これはまずいな。
「あ、私もホットコーヒーをお願いします!それとショートケーキも!」
井上さんもホットコーヒーか。
飲めるんだなコーヒー。
注文内容を確認した店員さんは戻って行った。
「ごめんなさい井上さん、勝手に呼んでしまって。コーヒーで大丈夫なんですか?」
「はい、コーヒー大好きなんです!」
珍しい女の子だったのか。
でも嬉しいな、コーヒー好きな仲間ができたみたいで。
やっぱり課長は私が駅前のカフェにいたことを認識してなかったんだ。
その事実を再確認し、少し気分が落ち込んじゃう。
気にしてもしょうがない!と気持ちを切り替える。
せっかく2人きりのお食事なんだもん。
楽しまないとだよね。
私達のコーヒーを淹れてくれてるのだろう。
フワッとさっきよりも強いコーヒーの香りが漂った。
とってもいい香り。
この店の常連になっちゃおうかな。
課長と毎週土日はここでコーヒー飲むなんて素敵かも。
そんなふうになれたら嬉しいなぁ。
少しボーッとしてたら先にコーヒーを持ってきてくれる。
「おっと、食後に頼むのを忘れてました」
「え?どうしてですか?」
「空きっ腹で飲んだら胃に良くないかと思いまして。はは、おじさんになるっていやですね」
「そんな、課長はまだまだお若いですよ?」
「いやいや、井上さんに比べたら⋯雲泥の差ですから」
そんなことないのになぁ。
課長は飲まないんだ。
すごい良い香りなのに。
「はい、ミルクとお砂糖です」
「え?」
「使わないんですか?」
「私、ブラックが好きなんです!」
すごいな、若い女の子でコーヒー好きにも驚いたが、まさかブラックが好きなんて。
「少し驚きました。若いのに珍しいですね」
「もしかして⋯私のことお子様って思ってました?」
「い、いやいや、そんなことないですよ!」
しまった⋯不快にさせてしまったか?
これはパワハラ案件になるのだろうか。
それともセクハラか?
もはや何ハラかすら分からないぞ。
「課長は大人っぽい人が好きなんですか?」
ちょっとムッとなってしまった。
私だってもう成人してる大人の女性なのに。
そう思ったらなんてことを私は口走ったのだろうか。
全力で取り消したい。
「あ、あはは、何を言ってるんですか井上さん、おじさんの好みなんて聞いてもいいことありませんよ!」
なんて質問をしてくるんだ。
そうですと答えたら不快になるだろう。
そうじゃないと答えたらただのロリコンじゃないか。
どっちにしても社会的に死ぬ気がしてならない。
ここは誤魔化すの一択しかないだろう。
「コーヒー冷めちゃうから飲みましょうか!こんなにいい香りがしてるのに勿体ないですからね!」
「は、はい!」
課長が無理やり話題を変えたのがわかった。
全力で取り消したい私もそれに乗っかる。
聞きたい気持ちも大きかったんだけどな。
はぁ、なにやってるんだろ私⋯
「うん、美味しい!」
「はい、美味しいですね!」
苦しい話題転換だったがなんとかなって良かった。
ふう、胃が痛い。
これは帰ってから胃薬だな。
井上さんに会えたのは嬉しかったが、胃には優しくないな。
ん?嬉しい⋯だと?
なんで嬉しいだろうか。
まぁいい、若い女の子と2人きりで食事するなんてそうそうない。
この時間を楽しもう。
楽しむ⋯楽しめるかな⋯
頑張れ俺の胃袋。
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