第46話 初夏の風
帰りの車内もゆったりと時間が過ぎていく。
夢花と一緒にいると、全てが穏やかに感じてしまう。
この子の性格のおかげなのだろうか。
信号で止まると俺は夢花に視線を送る。
その度に夢花は笑顔を見せてくれる。
それだけで心が癒されていく。
それだけで気持ちが温かくなる。
それだけで夢花への気持ちが強くなる。
目的地まで近づいていく。
俺と夢花の関係の距離も近付いている。
そう思っても自惚れじゃないよな。
今日の動物園は人生で1番楽しかった。
とっても幸せな時間だった。
車の中で今日のことを思い出している。
どの瞬間も楽しかった。
本当に絶対にまた来る。
もちろん大地さんと。
大地さんを見ると、とても真剣な顔をしていた。
どこに向かっているんだろう。
ふと私の頭にちゃんとするって言葉が思い浮かんだ。
もしかして⋯⋯⋯⋯そういうこと?
無意識に繋いだ手に力が入る。
そろそろ着くな。
夢花も何かを感じ取ったのか?
握る力が強くなったのがわかる。
俺の緊張が伝わったのだろうか。
「夢花、少し外で話さないか?」
俺は車を停め、夢花に話し掛ける。
じっと俺を見つめる夢花。
こくりと小さく頷いてくれた。
手を離し外へ出る。
「ここは⋯⋯⋯」
薄暗くて気づかなかったけど、ここは大地さんと散歩できたところだ。
桜を一緒に見たところ。
今はもう夏だからあの時のように桜の花は咲いていない。
でも大地さんとの思い出の場所だから、たまに1人でも来る。
大地さんとのことを考えて散歩してると必ずここに来てた。
「懐かしいな。少し前なのに。もう懐かしい」
俺はあの時のことを思い出して懐かしさに浸る。
あの時と違うのは俺の気持ちだろうか。
それとも繋いだ手だろうか。
どこで俺は夢花のことを好きだと思ったのだろうか。
いつから俺は夢花に惹かれていたんだろうか。
4月の入社式から数ヶ月。
たった数ヶ月の間に色々あった。
その一つ一つをゆっくりと鮮明に思い返している。
「夢花、聞いてくれるか?」
大地さんは手を繋いだまま、桜の木を見ながら私に言った。
「⋯⋯⋯はい」
どんな話をされるのだろう。
緊張感が増していく。
大地さんの声が職場でも聞いたことがないくらい真剣だったから。
どうすればいいんだろう。
どうしたらいいかわからない。
でもなぜか大地さんの顔から目を逸らせない。
私はただ大地さんを見つめ、言葉を待っていた。
「ずっと考えていたんだ」
何から話せばいいか。
もはや考えなんてまとまらない。
思ったことを話すしかない。
そう思ったら言葉が出てきた。
「夢花のことをずっと」
「そう⋯なんです⋯ね」
「ああ、そうなんだ」
「なんで、ですか?」
「それはな⋯⋯⋯」
俺は手を繋いだまま、夢花の方に身体を向ける。
夢花もこちらを向いてくれた。
手を繋いだまま大地さんと向き合う。
やっぱり大地さんは背が高い。
どうやっても顔が上がっちゃう。
大地さんは私を見下ろしている。
「夢花⋯⋯⋯⋯」
「はい⋯⋯⋯⋯」
なんだろう。
大地さんの瞳に吸い込まれそう。
そんな真剣に見つめられたら⋯
夢花の瞳が潤んでいる。
不安なのだろうか。
緊張しているのだろうか。
俺の次の言葉を待っているのだろうか。
回りくどい言い方なんて必要ない。
素直な俺の気持ちを伝えよう。
「君のことが⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯はい⋯⋯⋯」
握る手に力が篭もる。
心臓の音がうるさい。
言うんだ。
好きと伝えろ。
「大地⋯⋯⋯⋯さん?」
どうしたの?
なんて言いたいの?
痛いくらいに握られている。
そんなに言いづらいことなの?
何を私に伝えたいの?
いいことなんですか?
悪いことなんですか?
大地さん、早く教えてください。
言うんだ。
早く、さっさと、今すぐ伝えろ。
まっすぐに目を見つめて言え。
「君のことが⋯⋯⋯好きだ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
夢花の瞳が溢れそうなほど潤んでいるのが分かる。
「俺と夢花は年齢が離れている。だけど、そんなことどうでもいいくらいに君のことが好きだ」
一回口にしたら止まらなかった。
俺の想いを伝えようと。
「夢花の笑顔が好きなんだ」
一つ一つ伝えよう。
「夢花の元気な声が好きだ」
夢花の瞳から一筋の雫が頬を伝う。
「夢花の温もりが好きだ」
夢花も握る手の力が強くなる。
「夢花の料理も好きだ」
俺がこれまでに葛藤してたことなんてどうでもいい。
「夢花の優しさが大好きだ」
今は夢花への愛を伝えるんだ。
「夢花、俺は君のことを愛している。離したくない」
涙が止まらない。
好きって、愛してるって⋯⋯
ズルいよ大地さん。
私も大好きなのに。
大好きってたくさん伝えたいのに。
なのに涙が溢れて言葉が出てこないよ。
愛してる。
大地さん、私も愛してる。
伝えたい。
私の愛もあなたに⋯⋯⋯
「夢花、聞いてくれてありがとうこれが俺の気持ちだ」
夢花が泣いている。
この涙は嬉し涙なのだろうか。
それとも⋯⋯⋯
夢花が俺の胸に顔を押し付けてきた。
反対の手で肩を優しく抱く。
繋いだ手を離し、背中を優しく撫でる。
ありがとうと繰り返し言いながら撫で続けている。
嬉しすぎて幸せすぎて涙が止まらない。
初恋は報われない、そんな話を聞いたことある。
でも私の初恋は報われたの?
ほんとうなの?
伝えたい。
もう涙が止まらなくてもいい。
ぐしゃぐしゃの顔でもいい。
伝えたい。
大地さんが好きって言ってくれた私の笑顔で。
「大地さん⋯⋯私も⋯⋯私も、大好き!」
くしゃくしゃな笑顔だった。
涙で顔を濡らし、頑張って作ろとした笑顔。
だけど今までで1番可愛らしく見えた。
愛おしかった。
そう思ったら抱きしめていた。
強く、強く抱き締めた。
「俺もだ夢花⋯⋯⋯ありがとう⋯」
両思いになれてたんだ。
嬉しい。
嬉しいです大地さん。
離さないでください。
ずっと、ずっと大地さんと一緒に居たいです。
「落ち着いたか?」
どれくらいこうしていただろうか。
完全に日は暮れそうだった。
「⋯⋯⋯はい」
少し身体を離す。
薄らと見える夢花の顔。
指でそっと涙を拭う。
あの時のように風が吹いた。
2人で桜を見た、あの時のように。
「俺と付き合ってください」
あの時は恋を告げる風だったのだろう。
「はいっ!」
2人を優しく包む初夏の風。
今度は2人の愛を紡ぐ風になった。




