第36話 押しかけ宣言
入院して1週間が過ぎた。
今日で最後の検査だそうだ。
これで何も無ければ晴れて退院の運びとなる。
そして今、医師の問診を受けている最中だ。
「川崎さん、もう何ともなさそうですね。ご自分ではいかがですか?」
「はい、自分でも調子がいいのが何となく分かります」
「それは良かった。それでは退院は明日にしましょうか。お仕事もあるでしょうけど、張り切りすぎないで下さいね」
俺はお礼言い、診察室を後にした。
退院、か。
気付けばあっという間だったな。
咲ちゃんには報告しないとなと思い、俺はいつものラウンジへと向かった。
いつものように折り紙をしている咲ちゃん。
俺が声をかける前に咲ちゃんは手を振ってくれている。
「こんにちは咲ちゃん、おじさんは退院が決まったよ」
「え、ほんと!おめでとう大地!」
入院生活で変わったことと言えば、呼び名だろうか。
咲ちゃんは何故か俺を呼び捨てにしてくる。
小学生の同級生と同じ扱いなのかもしれない。
友達になれたのかもな。
「じゃあ今日で最後かぁ。もっと大地と折り紙したかったなぁ」
「おじさんも咲ちゃんと折り紙するの楽しいから、退院するのが少し寂しいよ」
「咲も寂しい!あと少し入院してよ?ね?」
「そうしたいんだけどなぁ。おじさんも仕事があるから、早く退院しないとなんだ」
「えー、やだなぁ」
コロコロと表情を変え、身振り手振りで感情を表現している咲ちゃん。
そんな姿が微笑ましい。
「じゃあじゃあ、退院しても遊んでよ!」
「そうだなぁ⋯⋯⋯⋯」
それは、アリなのか?
咲ちゃんの親御さんに怒られそうな気がするんだが⋯⋯⋯
「大地の連絡先教えてよ!」
「え、いや、その、なんだ、ど、どうしようか」
「なーに!イヤなの!」
嫌⋯なのか?
嫌とかそうではなく、社会的な問題が⋯⋯
「パバとママに聞いといてもらっていいか?」
「なんで聞かないとなの?」
「おじさんは大人なんだ。大人と小学生が簡単に連絡先を交換するのはいけないことなんだ」
「そうなの?じゃあ聞いてみる!」
そう言って咲ちゃんは自分のスマホで急いでメッセージを送っていた。
「あ、メッセージきた!」
早いな⋯⋯⋯ダメだと言ってくれ。
「パパもママも良いって言ってるよ!」
なんてこったい。
これが無自覚たらしってことなのか?
いや、小学生が恋愛感情を俺に抱くことなんてないんだ。
だからこれはたらしではない、断じてないぞ。
「両親が許可を出してくれたなら、連絡先の交換をしようか」
「やったぁ!大地ありがとう!」
両手を上げて喜ぶ咲ちゃん。
笑顔がかわいいなぁ。
「はい、これ読み取ってね!」
咲ちゃんのQRコードを読み取りメッセージを送っておく。
「これで退院しても遊べるね!」
「そうだね。先に退院して、遊べる日を待ってるよ」
「咲も頑張って退院するね!」
咲ちゃんと最後の折り紙タイムを終えた俺は部屋へと戻った。
あ、大地さんからのメッセージだ。
良かった、退院が決まったんだ。
大地さんどうするんだろう。
そのまま家なのかな。
ご飯どうするのかな。
明日は会社休みたい。
でも有給がないからできない。
ズル休みなんてできないし、本当に悲しい。
今日も面会に行って、明日の夕飯は私が作るって言ってもいいかな。
「川崎さん、失礼しますね」
今日の夜勤の吉田さんが入ってきた。
相変わらずの美人⋯ごほごほ。
やめておけ。
また無自覚とか言われてしまう。
「退院決まりましたね、さっき聞きました」
「おかげさまで決まりました。お世話になり感謝しています」
「川崎さんが居なくなると寂しくなります」
⋯⋯⋯⋯は?
社交辞令に決まってる⋯⋯よな?
「はは、私も早く退院したいと思いましたが、いざ退院となると寂しさはあります」
「咲ちゃんも寂しがってましたよ」
「吉田さんのおかげで咲ちゃんと仲良くなれましたからね、ありがとうございます」
「川崎さんは女性に好かれる性ですよね、面会に来るのもすごい若い女の子ですし」
吉田さんにもそう思われているのか⋯
すごい若い、か。
そりゃあまだ18歳だからな。
そういえば夢花の誕生日はいつなんだろうか。
イメージは夏って感じだな。
元気な子だからなぁ。
「明日は誰か付き添いで来られるんですか?」
「いや、平日なんで誰も来ないですよ。私は家族もいないので」
自分で言ってて悲しくなるな。
はぁ、やっぱり結婚しておくべきだった。
「てっきりいつもの若い子が来るのかと思いました」
「あの子は⋯⋯⋯」
夢花のことをなんて説明すればいいんだろうか。
ただの部下が毎日面会に来るものか?
土日にはおめかしして面会に来てるんだ。
院内の噂なんてすぐに広まるだろうしな。
「あの子はただの部下ですよ、ただ少し私のことを慕ってくれてるだけですから」
「ただの部下⋯ですか」
なんなんだろうかこの含みのある言い方。
まさかこれも無自覚たらし⋯なのか?
いやいや、そんなことは無い。
俺はただ入院してるだけだぞ。
なんだか一刻も早く退院したくなってきたな。
吉田さんも仕事があるので用事を済ませて退室して行った。
ノックをする。
今日でここの部屋をノックするのは最後だ。
「大地さん、ただいま!」
「おかえり夢花。今日もお疲れ様」
笑顔で迎えてくれる大地さん。
そのまま大地さんの胸に飛び込みたくなる。
ダメダメ、最近の私って変だよ。
こんな妄想ばっかりして⋯⋯⋯
「退院決まって良かったですね!」
「ああ、ありがとう。夢花が毎日面会に来てくれたおかげだ」
「そんなことないです!私は、その、し、心配⋯だったので⋯⋯⋯」
「その気持ちが嬉しいよ。ありがとな」
本当に嬉しかった。
夢花のただいまの言葉、それを毎日待っていた。
明日からそれが無くなる。
そう思ったら一気に寂しくなる。
俺はこんなに弱かったのか。
今までは隠していただけなのだろうか。
心を空っぽにすることで弱い自分を守っていたのだろうか。
「明日からはどういう予定になるんですか?」
「ああ、それなんだがな、社長からメッセージが来たんだ」
大地さんはスマホを取り出し、メッセージの確認しながら教えてくれる。
「今週は有給で休めとのお達しだ。都合2週間も休ませてもらえることになったよ」
「え、いいですね!」
これはチャンスよ。
毎日押しかけちゃう作戦実行しちゃうんだから。
「退院してからの食事が心配だからなぁ。休みを利用して料理の勉強でも頑張ろうかと考えていてな」
え、そんなこと考えないでください。
絶対ダメです。
大地さんはしなくていいんです。
私がします。
させてください。
「大地さん!」
急に夢花に大きな声で呼ばれた。
びっくりするからやめてくれ。
「私が作ります!」
ん?何をだ?
キョトンとして夢花を見てしまう。
「私が大地さんのお料理を3食毎日つくります!」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい?
それはもはやプロポーズではないだろうか。
毎日、俺に味噌汁を作ってくれ、と同じような⋯いや、古すぎる、それは昭和だ。
「大地さんが二度とあんなことにならないように、私がぜーーーんぶ、作ってお世話します!」
言っちゃった。
押しかけ宣言。
絶対絶対するんだもん。
大地さんがNOって言っても諦めないんだから。
「ゆ、夢花⋯あのな⋯⋯⋯」
歯切れが悪い⋯やっぱりダメなのかな。
「いや、その嬉しいんだがな、毎日は大変じゃあないか?」
「だって毎日しないと怖いです!」
そうよ、もうあんなのやだもん。
絶対に嫌なの。
だから毎日なの!
「わ、分かった、これはまた今度考えるとしよう」
ダメだ、この子は自分が何を言ったのか分かってないのかもしれないな。
若さ故の過ち、若さ故の勢いで言っただけなのかもしれないしな。
「明日なんですけど、お迎えはいけないので、退院祝いさせてください!私の家に来てもらえませんか?」
「いやいや、そこまでしてもらう訳にはいかないぞ、明後日以降でいいじゃないか」
「こういうのはその日にやらないとですよ!決まりです、明日は19時に私の家に来てくださいねっ」
19時⋯⋯⋯少し遅い気がするんだが、本当に大丈夫だろうか。
しかも決められてしまったな。
まぁいい、夢花に甘えさせてもらうか。
「わかった、楽しみにしているよ」
俺の了承の言葉で、満面の笑みになる夢花。
やっぱり夢花の笑顔はかわいいな。
この子の笑顔が俺の最高の癒しと思えるほど好きなんだ。
そう、俺は夢花のことを好きなんだ。
もういいだろう。
弱い自分も、こんな若い子に恋してる自分もさらけ出そう。
誰になんと思われてもいい。
夢花に惚れてしまったんだ。
「夢花、ありがとう」
その言葉と共に見つめられる。
吸い込まれそう。
大地さんの瞳に釘付けになってしまう。
ふと手に違和感を感じる。
じんわりと伝わる温もり。
この温かさを私は覚えている。
大地さんの温もりだ。
そっと添えられ、優しく握られた。
でも私は大地さんの瞳から目を離さない、離せない。
「夢花⋯」
「大地さん⋯」
そのまま時が止まったようだった。
お互いの名前を呼び合う。
それだけで満たされていった。
大地さんの瞳は何かを言いたげだった。




