第30話 お礼は⋯
俺は誘いに乗ることにした。
頑張って誘ってくれたんだ。
無下にしたら可哀想だからな。
「あの、大したおもてなしは出来ないんですが⋯⋯⋯」
「そんなの気にしないでくださいね。気持ちが嬉しいので」
ついて行った先は⋯⋯
「ここは、玉木さんの家じゃないですか?」
「は、はい⋯その、手料理をご馳走したくて⋯私に出来るのってこのくらいだから⋯⋯⋯」
いや、それはまずいんじゃないか?
金曜日の夜に若い女の子の部屋に行くだと?
さらに手料理?
どこのカップルだ。
もっと先に聞いて断るべきだったな。
既に家の前だ。
断るに断れない⋯⋯⋯⋯
「ど、どうぞ、上がってください」
「お邪魔します」
2度目になるのか。
前回は気にはしなかったが、綺麗にしているな。
女性特有のいい匂いがする。
⋯⋯⋯こんなこと考えたらダメだ。
「あ、あの、汚いところですが、こちらに座ってお待ちください、直ぐに用意致しますので」
前回来た時にも思ったが、一人暮らしの女性の部屋にしては広い⋯のか?
1LDKなんだろう。
リビングにある2人がけのソファ。
そこへ腰をかける。
なかなかの座り心地だ。
目の前には、透明なガラス天板のローテーブル。下に敷かれたラグの模様が透けて見える。
その先に50inch以上ありそうなテレビが鎮座している。
大卒の女の子の部屋にしては豪華すぎないか?
いいとこのお嬢様なのだろうか。
「テレビつけて大丈夫ですので、これがリモコンです」
色々としてくれるな。
飲み物まですぐでてきたが、ビールか⋯
「金曜の夜ですし、少しくらい大丈夫⋯ですよね?」
大丈夫は大丈夫なんだが⋯⋯⋯
玉木さんも飲むとか言わないよな?
グラスと共に差し出されたビール。
断る暇もなくグラスにビールが注がれる。
傾けたグラスに黄金色の液体が注がれていく。
グラスを水平に戻し更に注ぐ。
喉がなる。
綺麗な泡が出来上がった。
うますぎないか?
「上手に注ぎますね」
ほぅ、と息を吐き、思わず関心して声を漏らす。
「え、えへへ、れ、練習しました」
なんで練習してたのかは分からないが、聞かないでおこう。
「ありがとうございます、では頂きますね」
ビールは喉越しだ。
喉を鳴らすように飲む。
グラスの半分は飲んだろうか。
「まだまだありますからどうぞ」
また満杯まで注がれた。
酔わせようとしてるのか?
玉木さんまで飲んだら危険な匂いしかしないんだが⋯⋯⋯⋯
「私は、用意してきますね、しばらくお待ちください」
そう言って着替えもせずエプロンをつけキッチンへと向かった。
ピンクのチェックのエプロンだった。
玉木さんのイメージとは違うが、とても可愛らしいエプロンだ。
腰で紐をキツく締める。
細い腰を引き締めることで、その破壊力のある胸部がさらに強調される。
似合いすぎてるな⋯⋯⋯
目の前の美味しそうなビールのせいか、エプロン姿の玉木さんのせいか、再びゴクリと俺の喉が鳴る。
玉木さんが料理を作り始めている。
その姿をソファに座り眺めていた。
手際よりパタパタと動き回り作っている。
社内で見るオドオドとした雰囲気が嘘のようだ。
女性の手作り料理が久しぶりではない。
だがこうやって2人きりの環境で女性の手作り料理を振る舞われるのは何年ぶりだろうか。
グラスのビールを飲みながらその姿を眺めている。
玉木さんは俯いていることが多く、地味な印象が強い。
だがよく見ると普通に可愛らしい顔をしている。
腰まで伸びている綺麗な黒髪を一つに束ねている。
眼鏡をかけているが、目は大きくまつ毛も長い。
化粧は濃くはなく薄めだ。
鼻も口も整っていて、普通に美人と言ってもいいだろう。
それにあの⋯⋯⋯あれは反則だ。
キッチンで動き回る度に揺れるあれはダメだ。
あまり見ないようにせねば。
「もう少しかかるので、これをおつまみにしてお待ちください。遅くなって申し訳ございません」
おつまみになる簡単なものまで作ってくれていたのだろう。
ただの冷奴だが、刻んだネギ、鰹節、しょうがのっていた。
醤油と共に置かれた。
「この漬物は自分で漬けてるぬか漬けなんです。おばあちゃんが一人暮らしするなら持っていけって⋯お口に合うと嬉しいです」
きゅうりに人参、大根が綺麗に均等に刻まれて皿の上に盛り付けられている。
器用なんだなこの子は。
どれも美味しそうでビールに合いそうだ。
でもな、皿を並べる時に前屈みになるのはやめてくれないだろうか⋯
破壊力がヘビー級のパンチ力並のものが目の前に来るんだ。
白シャツの上につけているエプロンで支えてるにも関わらず主張してくるその胸部装甲。
何カッ⋯⋯⋯⋯ダメだ考えるな。
俺はそっちの星人ではない。
こっちの星人なんだ。
どっちでもいいだろそんなの。
まさかビール1杯で酔ったのか?
「あ、ビール無くなりましたね、またビールでいいですか?」
俺は何も言ってないのに再度ビールを持ってきて注ぐ玉木さん。
ビール以外もあるのか?
「残りも作ってくるのでお待ちください」
またキッチンへ戻り料理を続けている。
冷奴に醤油をサラリとかける。
しょうがをつまみ一切れの豆腐に乗せる。
それを口へ運ぶ。
絹ごし豆腐なこともあり、スっと喉を通っていく。
美味いな⋯
ビールが進んでしまう。
キッチンの玉木さんも見る。
玉木さん、冷奴、ビール。
何だこのコンボは。
玉木さん、きゅうりのぬか漬け、ビール。
玉木さん、人参のぬか漬け、ビール。
玉木さん、大根のぬか漬け、ビール。
おかしい、美味すぎる。
もうビールがない。
「おーいおかわり」なんて言いたくなる。
夫婦じゃないからそんなことは言えない。
言いそうになったが酔った頭でもストップを掛けることができた。
ビールはないが、美味しいぬか漬けをポリポリと食べる。
「あ、もうビール無くなったんですね、今お持ちします」
無くなって1分も経たないうちに、それに気付いてビールを持ってきて注いでくれる。
「すぐ言ってくださいね、お持ちしますので」
君は俺のなんなんだろうか。
ここは居酒屋か?
それとも君は俺のメイドか?
まさか⋯⋯⋯彼女を通り越して、嫁か?
酔ってるな。
この環境のせいだろうか。
ビールが美味い、つまみも美味い、玉木さんが可愛らしい。
夢花のことでやさぐれていた俺の心が癒されていくようだった。
⋯⋯最低だな。
夢花のことを他の女性で癒そうなんて。
早く帰りたいな。
女性の部屋で2人きりになること自体良くないことだ。
それに相手は夢花と同じ新入社員だ。
夢花より年上とは言え、大卒の22歳だ。
何歳俺と離れてると思ってるのか。
ふぅ、と息を吐きグラスを置く。
もう3本目が空になってしまったな。
少し休憩しなければマズイ。
俺は料理が出来上がるのを玉木さんを眺めながら待つ。
「ビール大丈夫ですか?」
「ああ、少し休憩しておくよ」
おっと、口調が⋯まぁいいか。
社内じゃない、プライベートなんだ。
それに酔ってたらそこまでコントロール出来なくなる。
ソファによりかかり天を仰ぐ。
何してんだろうか俺は。
「課長、出来ました、すみません時間がかかって」
出来上がった料理を並べてくれる。
事前に準備してなくて⋯⋯これか?
ずっといい匂いが漂っていたが、これは予想以上だ。
テーブルの上に色とりどりのサラダ、豚汁とハンバーグが白いご飯と共に並べられる。
「本当はもっと手の込んだ物を作りたかったんですけど、こんなものになってすみません」
「いやいや、何言ってるんだ。とっても美味しそうだ。豚汁もハンバーグも大好きだから嬉しいよ」
俺の好みでも知っているんだろうか。
そう思うほど、俺の好きな物が並んでいる。
「次はもっと美味しいハンバーグと豚汁作りますね!」
「あはは、楽しみにしてるよ」
次?楽しみに?
俺は何を言ってるんだ⋯
「やった、次もある、頑張らなくちゃ」
「い、いや、その、あのな?」
「どうぞ召し上がってください!」
「あ、ああ、玉木さんは?」
「私もご一緒します。あ、私も少しだけ飲んでもいいですか?」
そっちもご一緒する気か⋯
断るのも可哀想だからなぁ。
「一緒に飲もう」
「はい、嬉しいです」
ビールをお互いに注ぐ。
俺も上手に注げたんではなかろうか。
「それじゃあ」
「はい」
「「乾杯」」
ビールを少し飲む。
もう4杯目だ、そんなにごくごくは⋯
おいおい、一気飲みはやめた方がいいのに。
「んくんくっ、はぁ。美味しいです」
いい飲みっぷりだ。
「えへへ、無くなっちゃいました」
注げ、そういうことなのだろうか。
用意がいいというか気を使えるというのか、冷やせるような状況になって缶ビールがテーブル横にまだまだ置いてある。
どんだけ飲む気何だこの子は。
新たな缶を開け、玉木さんのグラスに注ぐ。
「それじゃあ俺は何から食べようか⋯」
まずは豚汁か。
いい匂いだ。
スープをすする。
なんて美味しいのだろうか。
口いっぱいに広がる豚汁特有の味と香り。
鼻腔まで突きぬけ、俺の食欲を更にそそる。
里芋を箸にとり食べる。
柔らかい。
柔らかく滑らかな食感でとても美味しい。
次にハンバーグだ。
箸でハンバーグを割る。
テレビで見るかのような肉汁が溢れてくる。
なんて美味しそうなんだ。
ソースもデミグラスソースではなく、自分で作っているのだろうか。
そのソースを絡め、ご飯にワンクッション。
そして食べる。
美味い。
美味すぎるんじゃないか?
牛100パーセントじゃない、合い挽き肉だろうか。
その方が俺は好きだから嬉しい。
そしてこのソースだ。
なんなんだこれは、美味すぎる。
「どう⋯⋯⋯ですか?」
無言で食べ進めすぎていたな。
感想は気になってしまうだろう。
「ごめん、美味すぎて感想言ってなかったな。本当に美味しいぞ。ハンバーグのソースもサラダのドレッシングも玉木さんのオリジナルか?美味くて美味くてつい無言になってしまったよ」
口の中の物を飲み込み、ビールでさらに流し込んでから喋る。
酔ってるからかいつもより俺も饒舌だ。
「良かったです⋯⋯⋯私、料理は少し得意なんです」
「得意と言っていい程に美味いぞ、これは止まらないな」
あっという間に平らげてしまった。
さすがにご飯のおかわりはしなかったが、したくなるほどに美味しかった。
「ご馳走様でした。最高のお礼をありがとう」
「い、いえ、最高だなんて⋯嬉しぃ⋯」
本当に最高だな。
美味いビールに美味いご飯、そして目の前には巨⋯かわいい女の子。
お金払わないとダメな気がしてくるな。
3万で足りるかな⋯
残りのビールをちびちびと飲み、食後の時間を話しながら過ごす。
玉木さんの私生活や学生時代の話、酔ってるせいか色んな事を聞かせてくれた。
いいとこのお嬢様ではなく、祖父母がしっかりしている感じだな。
ご両親が立派じゃないわけではないだろうが、祖父母の元で長く過ごしていたらしい。
「そろそろ電車も危うくなるし、帰るとするよ、今日は本当にありがとう」
俺は席を立ち、帰ろうとする。
玉木さんは食器の片付けをしてくれていた。
このタイミングなら引き止められても帰れるだろう。
「あ、課長、待ってください⋯」
洗い物をやめ、手を拭きながらこちらに来る。
「おっと⋯うぉっ!」
何故か目の前て自分の足に躓き、俺に倒れ込む。
酔っている俺は受け止めきれず背中を壁に打ち付けた。
そのおかげで倒れることは無かったが、この体勢はダメだ。
柔らかいのが当たっている。
玉木さんの匂いも俺を刺激する。
「玉木さん、大丈夫か?」
「は、はい⋯⋯⋯ごめんなさい⋯」
引き離そうと肩に手を置く。
玉木さんは俺のシャツを綺麗な指で掴む。
「そろそろ⋯離れないか?」
「は、はい、でも⋯まだ⋯⋯⋯もう少し⋯⋯⋯」
困ったぞ⋯⋯⋯
こんな暴力的な魅力でしがみつかれていたら理性が飛んでしまう。
落ち着け、落ち着くんだ。
「玉木さん、これ以上はまずいから、な?」
「は、はい、でも⋯⋯⋯」
でもじゃないんだ⋯
飛んじゃうんだ。
遥か彼方に俺の理性がお出かけしてしまう。
行くな理性。
留まれ理性。
少し力を入れ、玉木さんを引き離す。
まずは柔らかいものを取り除かなければ。
しっかりと玉木さんを見つめる。
「いいかい?俺と君は上司と部下だ。こんなことしたらいけないんだ」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「酔ってるから、そういうことにしよう。だからこれ以上を酔った勢いでするのはダメなんだ」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「また月曜日に会おう、ちゃんとしてからじゃないとこういうことはしてはダメなんだ」
わかってくれただろうか。
引き離し、ジャケットを羽織り、カバンを持って玄関へと向かった。
「今日は本当にありがとう。素敵なお礼だったよ」
「い、いえ、こちらこそいつもありがとうございます。それにご迷惑も⋯⋯」
「迷惑はかかってないぞ」
俯いて泣きそうになってる玉木さんの頭を撫でる。
夢花にもしてないなこんなこと。
何故かこの子には自然としてしまった。
「また機会があったらご馳走様してくれると嬉しいよ。それじゃあおやすみ」
「は、はい!おやすみなさい!」
最後は嬉しそうな顔をしてたな。
これでいい。
過度な期待をさせてはいけないし、深入りもしちゃダメだ。
俺には若い子は眩しすぎる。
夢花も玉木さんもアリサもだ。
⋯⋯⋯⋯勿体ないことしたかな。
馬鹿なこと考えるな。
はぁ、帰ろ。




