第11話 危険な夜
車内は静かだった。
坂下さんはそっぽを向き、無言で窓の外を見ている。
カーブを曲がる度に遠心力で玉木さんの体が俺に密着してくる。
胃が、俺の胃がもたない⋯
俺の胃も場の雰囲気にも耐えられなくなりそうになった時、運転手さんは車を停めた。
俺は料金を支払おうとすると、玉木さんに密着されているため動きが遅れてしまう。
坂下さんが支払いを済ませ、玉木さんを何とか車から降ろした。
「このマンションの3階ですね」
もうそこまで調べていたのか。
新しくできたワンルームマンションなんだろうか。
外観はとても真新しく綺麗だ。
オートロックのマンションエントランスを通り、エレベーターに乗る。
3階へ行き、玉木さんの部屋の前へ。
「ここですね、課長、一人暮らしの女性の部屋に入るのは憚られると思いますが、あと少しお願いします」
「ええ、ここは仕方ないですよね⋯ベッドに連れて行ったら、あとはお願いします。そしたら私は外に出ますので」
「はい、分かりました」
役割を決め、俺は玉木さんをベッドへ寝かす。
綺麗に整頓された部屋だった。
ベッドもピシッとしていて彼女の性格が現れているようだ。
「玉木さん、ベッドに着きましたよ、ゆっくり休んでくださいね」
「かちょ~かっこよすぎです~」
んな、ま、まて、これはやばい!
寝ぼけてるのか酔っているのか、俺の首に手を回し俺ごとベッドに倒れ込む。
「何してるんですか課長、早く離れてください」
「いや、これは俺がしてるんじゃなくて、あー、もうだめだ!玉木さんごめん!」
「やだ!課長行っちゃダメです!」
「あ、足まで絡めたらダメだって!」
「もう、早くしてください!」
俺は何とか無理やり引き剥がす。
「はぁ、はぁ、なんだこれは⋯しんどすぎる⋯」
「課長が隙だらけすぎなんです。はい、あとは任せてください」
「あとは頼んだ⋯⋯」
ふらふらした足取りで玉木さんの部屋を出た。
はぁ、危なかった。
あとは任せるしかない。
先に帰るのはなんか違うよな⋯
坂下さんが来るまで待ってるとしよう。
ふと、俺は途中から焦って丁寧口長も出来なかった事を思い出⋯⋯
あああ、そうか!約束!
思い出した。
「お待たせしました」
過去のことを思い返していると坂下さんが帰ってきた。
「おかえり⋯⋯アリサ⋯⋯」
「はぁ、やっと思い出してくれましたね大地さん」
そう、やっと思い出した。
俺は坂下さん、いや、アリサと約束していたのを。
「すまない、随分前の事だったからな」
「うふふ、もう3年前のことですからね」
3年も前になるのか。
2人きりの時は俺が丁寧に話すのをやめ、お互い名前で呼び合うって約束をしたんだよな。
約束して以来、2人きりになることなんてなかったからすっかり忘れていた。
「玉木さんは大丈夫そうか?」
「ええ、ぐっすり寝ています」
俺とアリサは玉木さんのマンションを出て駅まで歩く。
「タクシーの中から若い子にあんな風にされて、大地さんは鼻の下が伸びっぱなしでしたね」
「⋯⋯⋯いや、そんなこと⋯ないんだが⋯⋯⋯⋯」
むしろ胃が最高に痛かったんだぞ。
今もあの約束を履行している事で、更なる胃の痛みが込み上げてきているんだからな。
「今日は楽しかったです」
アリサが急にそんなことを言った。
「俺も飲み会なんて久しぶりだったからなぁ」
「大地さんとたくさん話せたからですよ?」
俺の左腕にアリサが腕を絡めてきた。
「今日の私は頑張りました。このくらい⋯⋯許されます⋯よね?」
んなっ⋯⋯⋯⋯
「そ、それはそうなんですが⋯いやでも、よくないんじゃないじゃないでしょうか⋯⋯⋯」
「大地さん、約束は?」
すかさずアリサに突っ込まれる。
「あ、ああ、すまん。いや、そうじゃなくてだな」
「玉木さんとはずっとこうしてました」
してはいたが、あれは不可抗力だろう⋯
アリサもくっつきすぎなんだ。
柔らかいアリサのモノが俺の腕を優しく刺激してくる。
これはいつまでこうしてればいいんだ⋯
「私、頑張りましたよね?」
「ああ、アリサは頑張った。えらいぞ」
「えへへ、嬉しい⋯⋯」
か、可愛すぎない⋯か?
アリサはもう27だったような。
普段は頼りになる美人な女性がこんな風に甘えてきたら、破壊力がとんでもない。
「大地さん、あんまり食べれなかったしお腹空きました」
「確かにな、飲み会の食事じゃ満足出来ないことも多いからな」
「はい、それにまだ飲み足りないですし、大地さんと一緒に居たいです」
それはいいんだが、終電無くなるぞ?
「じゃあ少しなにか食べようか」
「はい、駅前にある居酒屋にでも行きましょう」
駅前には焼き鳥屋さんがあった。
こんな時間だが、まだまだ客が結構いる。
地元の人達が金曜の夜だし遅くまで飲んでいるのかもしれない。
「焼き鳥食べたいです」
「いいな、俺もそう思っていたんだ」
店内に入るとすぐに席に案内された。
「居酒屋って感じがしていいですね」
「アリサはこういうお店は好きなのか?」
「あんまり来ません、でも⋯⋯」
「でも?」
「ないでもないです。さ、頼みましょ」
気にすることでもないか。
俺とアリサは適当にお酒と食事を何品か頼んでいく。
「ふふ、じゃあ初めての2人きりに⋯⋯乾杯」
「か、乾杯⋯」
なんてものに乾杯するんだ。
俺は狙われてるのか?
そんなバカなこと⋯
いや、ここまでされたら、冗談でやってるとは思えないか。
「サクッと食べて帰らないと終電が無くなるから気をつけないとな」
「⋯⋯大地さん、帰っちゃうんですか?」
「え⋯?帰らない⋯のか?」
「埋め合わせはこれからですよ?」
これから⋯一体何が待ち受けていると言うのか。
試練なのかこれは⋯
井上さんといい、玉木さんといい、アリサといい、俺には女難の相でも出ているのか?
そうだとしたらこの胃の痛みは理解出来⋯これはまた違うか?
もうなんだかよく分からない。
とりあえず飲もう。
酔って忘れよう。
何杯飲んだんだろうか。
楽しかった。
女性と2人きりなのもそうだが、お酒の力なのだろうか。
それともアリサだからなのか。
井上さんとは全く違った魅力が⋯⋯
なんで井上さんのことをは引き合いに出したんだ?
「もう終電無くなりましたね」
「ははは、それじゃあ帰れないかぁ」
「そう⋯⋯⋯ですね」
だからどうした?と言わんばかりに俺はジョッキに残っていたレモンサワーを飲み干した。
いいじゃないか帰れなくったって。
「今日はとことん付き合うさ、ほら、飲もう」
そう言って俺はレモンサワーのおかわりを店員さんにお願いした。
「大地さんってそんなにお酒好きなんですか?」
「そんなことはないんだがな。隣にこんな綺麗な女性がいたら酒が美味しいんだ」
俺は何を言っているんだろうか。
酔い過ぎだろ。
⋯⋯⋯もうそれでいい。
よく分からないんだ。
「これで最後にしてここを出ませんか?」
「それはいいが、ここを出てどこかへ行きたい場所はあるのか?」
「それは⋯⋯秘密⋯⋯⋯⋯です」
「秘密にされたらわからないなぁ、ははははは」
この時俺は何も考えていなかった。
「夜風が気持ちいいですね」
「ああ、そうだな」
焼き鳥屋を出て2人で歩く。
「あっ、大地さん、歩くの早いです」
「すまない」
そう返事をするとまた俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
「勝手に行ったらダメです」
甘えんぼキャラだったのか?
ギャップってやつなのだろうか。
無性に可愛く見えてしまう。
思えば入社していた頃はこんなにビシッとしていなくて、玉木さんや井上さんのように初々しかったな。
気が付いたら頭を撫でていた。
「なんだ、アリサは甘えんぼだったのか?大丈夫だ、今日は帰らないよ」
俺がそう言うとアリサは絡めた腕に力を込めた。
「嬉しい⋯⋯⋯⋯」
さっき居酒屋で聞いたが、アリサは恋人は居ないらしい。
今までそういう関係になった人も居ないんだとか。
本当かどうかはわからん。
それにこんな美人を周りの男が放っておくか?
気の強いところはあるが、今だってこんなに甘えんぼだ。
上司と部下じゃなければ間違いを犯したかもしれないな。
「行きたい場所ってどこなんだ?まだ秘密か?」
「教えて欲しいですか?」
「そうだなぁ⋯ここは聞かないでおくとするか」
アリサが案内してくれるようだったので俺はついて行く。
「ここです大地さん。タクシーに乗ってた時に近いところ調べておきました」
「こ、ここは⋯」
そして俺とアリサは朝まで楽しんだ。
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