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The One  作者: めがね
5/8

5

 センセイはとある部屋へとオウリを連れてきた。まるで会議室のようなその場所には楕円形の大きな机に、椅子が等間隔に6つ。窓はひとつもなく、閉鎖的であるのはやはりここが、話し合いをする場所だからだろう。極めて、秘匿性の高い話を。

「座って待っていてくれ」

 どこに座るべきかと思ったが、

「俺の隣だ」

 センセイは顎で自分の右隣の椅子を指す。オウリが座り暫くすると、扉から3人の男が入ってきた。それは、昨日見た男たちだった。

 1人は、ここではあまり見ない明るい茶色の髪に、黒い瞳が銀縁のメガネからこちらを見ている。背が高く、着ているものは白衣に似ていた。

 1人は、昨日、オウリに話しかけてきた髪の長い美丈夫だ。

 そしてもう1人は、彼らの中では1番背丈がオウリに近いようだ。恐らく年齢も1番低いだろう。もしかしたら、オウリよりも年下かもしれない。こちらを睨むような視線に少しだけ居心地が悪くなるが、この3人もやはり美しい容姿の持ち主であった。

 もはやこの国には、美形しかいないのかもしれない。

 5人が椅子に座った事を確認すると、センセイが立ち上がった。

「オウリ」

 名を呼ばれる。やはり、この男から呼ばれると、音が違って聞こえる。

「まずはお前が攫われた時の事を話してくれ」

「ーーーーーー………」

「……できる範囲で構わないから」

 言い淀んでいると、センセイがそう付け加える。

「へーか。あまり時間はありませんよ」

 すると、年若かの青年がそう言う。彼はオウリを見ると、小さく鼻を鳴らした。

「お前の言動の全てを信じるわけじゃ無いけど、事細かに説明してもらわないと、こっちとしても調べようが無い」

 強い言い方にオウリは思わず息を呑む。知り合い相手でも強い言い方をされると嫌な気分になる時があるのに、見知らぬ相手との初めての会話ならば尚更だ。

「……メイ」

 嗜めるように言葉を発したのは昨日話した長髪の男だ。

「お前はもう少し言葉遣いを学ぶよう言ったはずだが?」

「ですが、陛……」

「メイ」

 2度、名前を呼ばれ青年は押し黙る。長い髪の男はそれに苦笑をすると、オウリを見た。

「確かにあまり時間はないけど、ゆっくりでいいから最初から話してくれるかな」

 優しい声で言われ、オウリは昨日の事を頭に思い浮かべた。

 母は言った。

 月が揺れた、と。

 それは地球と月の間に、何か大きな物体が姿を現したからだ。

「私が見たときは、大きな影のように思いました…」

 次にはひどく強い光が見え、誰かに右腕を掴まれたような気がする。オウリの記憶はそこで途絶えていた。

「次に目が覚めた時は、小さな箱のようなものの中にいました」

 裸で。あの白い部屋の空いている不可思議な箱の中にいたのだ。

「裸で…?」

 それに反応したのは、メガネを掛けた男だった。銀縁の奥の瞳がオウリを捉える。

「ーーーーライスの連中は、手に入れようとしていたのかもしれませんね」

 彼らは実に短絡的であり、合理的だ。そう続ける。果たしてその意味が分かった時、オウリは思わず己の体を抱きしめた。

昨日も言っていた。オウリの力を手に入れる手段として、()()()()()()()していたのかもしれない。

「「その人」を犯す事で、力が手に入ると考えている連中は確かにいますから」

「ばかな事を…」

 傍のセンセイが小さくそう吐き出し、オウリを見る。それ表情はどこか、苦しげに見えた。

「その力は母親から受け継いだ、と言っていたな」

 オウリは頷く。

「お前も、誰かにその力を受け渡すことができるのか?」

 それには、首を横に振るしか無かった。

「そのやり方は、母から教わっていない。でも聞いた話だと、血縁者にしか力は渡せないと…聞いています」

「ーーーーーーそうか」

 センセイはまた手を顎に添えて考える。

 本質や相性ということも関係しているだろう。母はこの力を叔父から引き継いだと言っていた。自らの子には、力を宿す才能がなかったのだ、と。

「つき、と言っていましたね?」

 そう聞いてきたのは、メガネの青年だ。

「…はい」

「つき、の前に現れたと言っていましたが、それは星の周りの衛星の事を指していますか?」

 その通りだ。月は、地球の衛星だ。

「わかりました。ではまずは衛星から探していきましょう。「つき」という衛星がある星のことを」

「そうだな、ジョウゼン。それはお前に任せる。メイ。お前はもう一度ライスに潜入してくれ」

 若い青年は肩をあげると、了承の意を示した。彼らもきっとオウリを探しているはずだ。それどころかもう、この第三皇国にいるとわかっているはずだ。

「フィッツ。あなたは皇国西方からの侵入者に注意をしながら、セイトの監視を続けてください。西部も、あの国も、きっとオウリの事を嗅ぎ付けてくる」

「ーーーーーーわかりましたよ、皇子様」

 センセイがまた眉を寄せる。それに、オウリは首を傾げそうになった。

 一国の皇子が敬語で話しかける相手。それは自分よりも身分が高い者かと思っていたが、センセイは長い髪の男にだけ敬語を使う。

「……それからオウリ。お前は俺のそばからなるべく離れるな」

 皇子自ら、守ってくれるというのか。

「俺はお前の力を知りたい」

「ーーーーーー…っ、それ…は…」

 ビクッとつい体が揺れる。

 ライスという国の人間はオウリを手にしようとしていると言った。その力を知りたい、とそんな言い方をされると、変な事を考えてしまうのは仕方がない。

 はぁーっとこれみよがしに、別のところから大きなため息が聞こえた。

「へーかは、別にあんたをどうこうしようとは思ってないよ。こんな色気も何もない女に興味なんて湧かないだろ」

 ほぼ初対面でこの言い草は如何なものか。先程に似た強い言い方ではあるが、メイと呼ばれた男は、今度こそオウリを嫌な気分にさせた。明らかに、この青年はオウリに対し、良い感情を持っていないのだ。尤も、状況を考えれば、仲良くする必要などない。

 オウリと彼らは、取引をする関係でこの状態を保っているのだ。そして恐らく。ほんの少しだけオウリが優位に立っている。

「わかりました」

 と、オウリはそこで面々を見渡した。

「ですが、私が力を使うかどうかは私自身が決めるということ、忘れないでください」

 メイがゆっくりと椅子から立ち上がり、オウリに睥睨を返す。

「あんた、自分の立場がわかってないんじゃないか?」

 いつだって守られるだけではなかった。それは、この奇異な力がオウリの源であるからに他ならない。彼女も椅子から立ち上がる。

「今聞いた中でも、この第三皇国、ライス、そしてセイトという国がある。恐らくこの国内の違う勢力が西方にいて、そのどれも私の力を狙っている事がわかりました」

 つまり、選択肢でもあるのだ。

「ライスは…無いとしても、セイトと西方の勢力が、ここよりも好条件である可能性はゼロじゃ無いはずです」

 逃げ出す方法諸々は困難かもしれないが、これは脅しの一つになっているはずだ。

「ライス、セイト、そして西方の勢力に私の力が渡る事は絶対に避けたいのでは?」

 メイは大きく顔を顰める。

「私は母を見つけて家に帰りたい。その為なら、どんなことでも出来ます」

 つまり彼らは、オウリを手放す事ができないのだ。体の自由を奪ったところで、彼女自身があの力を使わないのならば、意味がない。これは、オウリには大きな賭けでもあったが、ここにいる彼らはオウリを殺そうとは考えていないと思い、打って出たのだ。

「ーーーーーーチッ…」

 男から舌打ちが聞こえる。オウリの我慢も限界だった。

「ちょっと!態度悪すぎない?!」

 メイを相手に大きな声をあげる。彼はギョッとしたようにオウリを見た。

「ーーーっ、お前の陛下に対する態度だって悪いだろ!」

「どこの陛下の事か知らないけど、私には何でもないじゃない!」

「ーーーーーーなん…っ……」

 すると、彼女の傍らから低い笑い声が聞こえてきた。次第にそれは、大きくなる。

 声を出して、笑うことがあるのか。

 オウリは、笑い声をあげているセンセイを見ながらそんな事を思った。

「なるほど。かの力の「その人」は、俺たちが思っているよりもずっと強かで、楽しいやつのようだな」

 すると、メガネの青年、ジョウゼンと呼ばれていた青年も小さく笑った。

「確かに、そのようですね」

 長い髪のフィッツと呼ばれた青年も肩を震わせながら笑っていた。

「申し訳ない。君が…あまりに予想外で……メイが言いくるめられてる…」

「言いくるめられてはいません!」

「お前は、もう少し女性に対する態度を改めた方がいいぞ」

 センセイはまだ笑いながら言う。メイはすっと横を見ると、「余計なお世話だ」と小さく漏らした。

 楽しげな笑い声が響く中、オウリは自分が脅していた状況が緩和されていく雰囲気を感じる。この雰囲気が、彼らのものなのだろう。

「お前の言うとおりだ。オウリ。俺たちはその力を借りたい。同時に、他国にその力を使わせたくない」

 もう、笑いはおさまったようだ。センセイは長い足を組むと、椅子に深く沈み込む。

「俺たちが実力行使をしないと踏んだ点については良い読みをしている。この国の誓いで、お前は守られている」

「……誓い?」

 この国では数年前、大きな戦いがありそこで多くの国民を失ったという。

「戦況が芳しくないところで、軍の長が腐り切ったお偉い方を一掃し、結果その国とは今休戦になっている。が、あまりの被害に俺たちは国を変えると決めた。その折、新しく国民との誓いを結んだんだ」

 軍を保持するこの国では今後決して、他国を占領、挑発しないという誓いが出来たのだ。

「先の戦いで、この国は多くの国を占領し、そこに住む人々を苦しめてきた」

 だから今は。自ら戦いを起こす事をしないと国民たちと誓ったのだと言う。あくまでこの軍部は、今は自衛のためだけに存在しているのだそうだ。

「でも、私の力を…」

 そうだ。戦わないのならば、なぜオウリの力が必要だと言うのか。

「必要だ。だが、さっきお前が言った通り、他国に使わせたくないというところだ。1番良いのは、誰も手が出さないところでお前を守ることだが…現実的ではないだろう」

 ライスが「その人」を攫ったとわかり、すぐに行動をしたのだ。あの国は力を手にすれば何をするかわからない。

「正直、お前がライスに加担する可能性もあったからな。早々にこちらに来てもらうしかなかった。取り敢えずはお前の力が何であるか、ジョウゼンに研究をしてもらおうとは思っていたが…直接的にその力を使う必要は、俺たちには無い」

「おい」

 と、そこで不機嫌そうに腕を組んでいたメイが声を上げる。

「そんなにベラベラ、コイツにしゃべっていいのかよ?」

 手の内まで見せたら何をされるかわからない、と彼は言った。確かにその通りだ。オウリがこの情報を持ってどこかへ逃げ出すかもしれない。

「いや。そうは思わない。オウリ、お前が今したように、俺もお前に掛けてみたい」

 もしかしたら「その人」が、この国々の戦いに何らかの結末を迎えさせる事ができるかもしれない。

 そんな僅かな、希望を。

「俺は持っている」

「ーーーーーー…………」

 黒い瞳が曇りのない輝きで、こちらを見る。それはまるで、夜空のずっと奥にある未知の景色のようだ。

「センセイの言う通りだね。元々、戦闘を好む民族でもない。そもそも君のその力は、君自身の気持ちが深く関係していると聞いている。きっと無理矢理、力を使わせる事は不可能に近いんだろ?」

 フィッツのそれに、オウリはゆっくりと頷いた。

「ならば、それに対応するやり方をやっていくしかない。俺たちはお前を傷付ける気はない。ただ、力を貸して欲しいだけだ。だから、包み隠さず全て話した」

 センセイの言葉に、オウリはもしかしたらこの男ならば、少しながら信用できるのではないか、と思う。

「お前の母親の件を調べる。その後でお前の力の研究をする。それからは、その力の有無に関わらず、この国々の争いを終結させる為に、俺たちは戦う」

 彼はそう言い切ったのだった。






「部屋を、変える?」

 クアロアにそう鸚鵡返しする。彼女は微笑みながら頷いた。ここはセンセイの部屋から遠いらしい。

「私の部屋の隣がセンセイだから、その隣にオウリの部屋を用意させた。ここよりも広いから、ひとりだと落ち着かないかもしれないけど」

 それはこの建物の最上階、奥に位置していた。必要なものは全て揃っている。確かに、至れり尽くせりだ。室内の説明をクアロアが終えた頃、扉を叩く音がした。

 扉の奥には、メガネの青年がいた。

 名を、ジョウゼン。

「おや…お邪魔でしたか?」

 クアロアの姿を見ると彼はそう言う。

「いや、大丈夫。一通りの説明は終わっているから。じゃあね、オウリ」

 彼女を見送ると、

「いきなり女性の部屋に入るのは無礼でしたね」

 口元にうっすらと笑みが浮かんでいる。冷たい色のメガネのせいか、敬語のせいか、オウリの中の印象はクールであった。

「いえ、どうぞ」

 そうして部屋へと通す。

 肩口に少し付くほどの短さの茶色の髪が、部屋の明かりで時折金色に見える。前髪の間からメガネに隠された黒い瞳がオウリを映した。

「つき、の話を聞きたくてきました」

 彼はそう言った。

「ついでに朝食も持ってきました。一緒にいかがですか」

 傍にはバスケットのようなカゴを持っている。ふわりと香った香ばしいそれに、オウリは自分が空腹であると気がついたのだった。






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