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The One  作者: めがね
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4

 オウリに与えられた部屋は、最上階にある一室であった。広さはかなりあるが実にシンプルな作りで、必要最低限のものだけがある。右側は全てがガラス張りになっており、開放感がある。机に椅子、ソファとベッド、そして小さめのキッチンがその部屋にはあった。奥に続くのはトイレとバスルームだ。壁紙は白で、椅子やベッドは木製のようだ。作りがしっかりしているのは、そこ施された細工からも見て取れた。植物の装飾のようだ。恐らくここは、客間のような場所なのだろう。

 明日から本格的な調査を開始すると言われ、部屋に閉じ込められた。だが鍵は内側からしかかけることが出来ず、いつでも外には出られる状況だ。信用してほしい、と言葉にしていたが、こういった行為がそれにつながると踏んでいるのだろう。

 また、興味深いことがあった。どうやらオウリが住んでいた地球とここは、時間の単位も同じなのだ。1日は24時間で1週間は7日。だが、「月」という概念はなかったため、365日中の何週目、何日目、という認識なのだそうだ。

 それを教えてくれたのは、今このオウリの部屋で飲み物を準備している人物であった。

 早々に部屋への来訪者があったのは、数分前。開けた扉のそこには、この世のものとは思えぬほどの美を携えた女性がいた。もっとも、センセイもそうであったが、ここの住人たちはみんな、容姿が端麗だ。

 彼女の名は、クアロアと言う。女性にしてはかなりの長身だ。170はゆうに超えているだろう。細身で、濃紺の長い髪を高い場所で一つに結っている。先程センセイが言っていた、3人の他もう1人、オウリのことを知っている人物とは彼女の事であった。

「お茶をしない?」

 そう言い、軽やかな足取りでオウリの部屋へと入ってきたのだ。根掘り葉掘り聞かれるものの、全てを答える気はなかった。所詮は彼女もここの住人だ。信用できるわけでは無いが、先程の4人の男たちに比べると、どうにも気が緩んでしまうのは確かだった。人間は、目からの情報に弱い。年齢はオウリよりも、幾分か上だろう。30歳手前といったところか。

「オウリの兄弟は?」

「……一人っ子です」

「そうなんだ。しっかりしているから、弟でもいるのかと思った」

「ーーーーーー………」

 机に並べられた茶器を差し出される。

「口に合うといいけど」

 白いカップには、緑色の温かな液体が注がれていた。もしかしたら、緑茶なのではないかと訝しむ。先程センセイと言語の話をしたが、「茶」という飲み物の概念も同じのようだ。

「これは、茶葉。こっちはあつあつのお湯。この茶葉とお湯からできたこれがお茶で、これは湯呑。こっちはお茶菓子」

 彼女はひとつひとつを指差しそう言う。

「お茶っていう飲み物で、ホッとする香りと、温かさがあって、味は少しだけ苦味がある。オウリの舌にあうといいんだけど」

 まさしくだった。それは、緑茶そのものだ。

「毒なんて入ってないから。ちゃんとそこで、私が作るのを見ていたでしょ?」

 確かにキッチンの蛇口からの水を沸騰させ、茶葉から茶を淹れていた。だが疑おうと思えばいくらでも出来るが。

「それに今、オウリをここでどうにかしたとしても、私たちに利点はない」

 それが尤もな答えだった。

「…いただきます」

 オウリは両手を合わせると、クアロアは少しだけ驚いた仕草を見せた。

「……まるで、祈っているみたい」

 なるほど。食事をする前の作法は、違うらしい。

 オウリは湯呑を手にする。平からほんのりと温かさが伝わり、それだけで小さな安堵感が生じる。口にすると、適温の茶が食道を伝い、体中に広がっていくような感覚がした。思わず、涙が出そうなほどだ。苦味の後に広がるわずかな塩気が、まるで薄味の出汁のように感じられた。

 とても美味しい。

 クアロアはその姿を見ると、嬉しそうに微笑み、自らもその茶を口にした。

「…あなたの恐怖は計り知れないけれど」

 彼女はそう切り出す。

「私は何でも話すし、聞くから」

「ーーーーーー………」

 すると次の瞬間、部屋がパッと明るくなった。いや、そうではない。外が一瞬にして暗くなったのだ。部屋には照明があった。もしかしたら最初から点いていたのかもしれないが、外が明るかった為、わからなかった。

「ここは下に広がる皇国だから、朝と夜は機械的に人が変えることになってる。今18時でしょう。この国は18時からが夜で、6時からが朝」

 それこそまるで、部屋の照明のようだ。

「さて。じゃあ夕食を食べに行きましょう」

 彼女はまた楽しそうに言った。

 部屋から出るな、とは言われていない。だが誰とも接触させる気はないと言われていたが、オウリは多くの人がいる食堂らしき場所に連れてこられた。昔、学校の食堂がこのような感じだったと少し懐かしい気を思い起こさせるこの場所は、ここに住む者たちが自由に食事をとるところだそうだ。中央に大きな円形の机があり、その周りにいくつもの椅子が置かれている。100人は座れそうだ。部屋の壁に沿うような形で料理が置かれていて、奥は厨房のようだ。料理をしている様子が見てとれる。

「口に合うものがあれば良いけど」

 彼女はまた丁寧に一つ一つの料理を説明してくれた。料理名はどれも知らないものだったが、肉や野菜、魚、とやはり基本的に人が口にする食材は同じであった。味付けは様々で、肉料理が多かった。

「ここは一般階層の場所だから、男性が多くて…量が多いものが多いかな」

 どうやらここ以外にも食堂はあるらしい。

「私のおすすめは…」

 と、彼女は料理を次々と木製のトレーに乗せていく。果たして、この細身の女性に、これほどの量を食べることが出来るのかと不安になる。

 1日分はありそうな食事を机に置き満足そうにすると、クアロアは一つの椅子を手前に引く。

「どうぞ」

 そう言いオウリに席を差し出す。

「…ありがとうございます」

 オウリが椅子に座るのを見ると、彼女はその隣に座り、「さぁ食べましょう」と楽しげに言った。そうしてその言葉通り、彼女はそのほとんどを1人で平らげたのだった。

 その間も彼女のおしゃべりは止まることがなかった。だが核心に触れるようなことはなく、好きな食べ物の話、お酒の話、そこでもまた様々な共通点を発見した。まるで、ここはもう一つの地球のようだ。そんな事を思った。

 部屋に帰ると、緊張が一気に解けたようにオウリはベッドへと倒れ込んだ。

 こうして広い部屋でふかふかのベッドにひとり寝転び目を閉じると、つい昨日までと同じ自宅でくつろいでいるような錯覚に陥る。

 この数時間で起きたことが全て夢であれば良いのに、と。

 そう思わずにはいられなかった。






 唐突に周りが明るくなった。いな、外が朝になったのだ。オウリはパッと目を開ける。どうやら昨夜はあのまま眠ってしまったようだ。一度も目覚めなかったが疲労感が抜けていない。少しの頭痛と、胃の辺りがやや重いのは昨夜の食事のせいか、ストレスなのか。

 すると、部屋の扉をノックする音がした。

 扉の前に行き、耳を澄ます。確かに気配がする。また3度、扉を叩く音がし、「起きているか?」と低い声が聞こえてきた。

 センセイだ。オウリはゆっくりと扉を開けた。

「眠れたようだな」

 ボサボサの髪の毛に昨日と同じ服なのだから、見抜かれるのも無理はない。そういえばクアロアが服や下着一式を用意してタンスに入れてくれていた。

「オウリ」

 と、男に名を呼ばれる。

何故だろうか。彼の発音のせいかもしれないが、その音はこれまで呼ばれてきたそれとはどこか違う気がする。

「話し合いをする。俺と来てくれ」

 そう言われ、頷く。

「体調は問題ないか?」

「……特には」

「上とは気圧が違う。体調が悪くなったらすぐに言え」

「気圧…?」

 オウリはついそう返してしまった。

「ああ。この星はいくえにもなる層で守られている。空気があるのは……」

「ちょっと待って。ここには重力がある…?」

 考えてみると、中心に引きつける力がないのならば、こうして立つことは出来ないはずだ。

「ああ……お前のところにも?」

 センセイはまた手を顎にかけ考える。どうやら男の思考時における癖のようだ。

「他の星には、基本的に重力がない。一部そういった星もあるが力はとても弱い…だから人工的に作り出しているが……」

 センセイの切れ長がオウリを見る。

「お前のいた場所は……」

「おはよう、オウリ」

 センセイを遮ったのは昨日よく耳にした声だった。男の後ろから、ひょっこりと顔を出したのはクアロアだった。

「おはようございます」

 起きたばかりのオウリと違い、彼女はすでにきっちりと身なりを整えていた。長い髪はやはり一つに結んでいる。薄らとではあるがきちんと化粧も施されていた。

「センセイ。女性の部屋を訪ねるには、早すぎるでしょう」

 嗜めるようにそう言い、彼女は形の良い眉を少し寄せた。こうして2人並んで見てみると、少しだけこの2人は顔の造作が似ているような気がした。

「ちゃんと準備してから、行くから待ってて」

「ちょっ……しかし…ッ」

 そうしてセンセイを押し退けるとクアロアはオウリの部屋に足を踏み入れ、扉を閉じてしまった。

「ごめんね。あいつ、あまり気が利かないから。嫌なこと、言われてない?」

「……はい。大丈夫です」

 確かセンセイはこの国の皇帝ではなかったか。それを相手にあいつ呼ばわりとは、なかなか出来ることではない。

「よかった。じゃあを準備しようか」

 彼女の手際は実によかった。オウリが風呂に入っている間に必要な衣服を整え、化粧道具まで用意してくれていた。

「私は部屋の外にいるから、準備ができたら出できて」

 それだけ言うと部屋から出ていってしまった。呆気に取られながらも、言われた通りオウリは準備を始める。服に手を通し、いつものような化粧をする。服は昨日のようなワンピース型のものだった。だが今日の色は薄い緑色で、少しだけ華やかだ。化粧道具も地球のものに似ているのだから、本当に不思議だ。

 オウリが部屋の扉を開けると、その先に彼女の姿は無かった。代わりに、壁に背を預け腕を組んでいるセンセイがいた。

「………………」

 じっ、と見つめられる。

 何か言われるのかと身構えると、

「……化粧をすると、変わるな」

「ーーーーーー………」

 決してそれは褒め言葉ではない。

 別段、化粧が濃い方ではないはずだが、そう言われると、あまり良い気はしない。

「あーー……」

 と、センセイは天を仰ぎ、低い声を漏らす。

「貶しているわけじゃない。綺麗だと思ったから言っただけだ」

「ーーーーーー………」

「クアロアに今のことは言うな」

 また怒られる。そう続けると、男は壁から背を離す。そうして長い廊下をどんどんと進んでいってしまう。

 何やら色々言われた事が頭の中を回っているが、オウリは慌ててその後を追ったのだった。






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