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第三皇国は、地下に広がる国だった。
オウリは今、その国にある高い背の建物の最上階にあるソファに腰をかけていた。部屋はとても広く、右側は全てがガラス張りのようでだ。とても開放的で見える景色はほぼ、綺麗な青空で、だがどこか違和感がある。ここはまるで、全てが人工物のようだ。
彼女はチラリと横を見る。
表情が乏しいタイプなのだろう。オウリをここに連れてきた男は長い足を組み、ソファに深々と腰を下ろしていた。
俺の国、と言っていた。ならば彼が、この国のトップという意味だろか。
だがどちらにせよ、危害を加えられるような素振りは今のところない。やはりあの白い部屋から脱出してきて正解だった。
聞きたいことは山ほどある。だが何を聞いても、これから説明する、としか返ってこない。
「地球外生命体」と言葉にすると、今目の前にいる彼とはかけ離れてしまう。あの時、オウリが聞いた言葉は事実ではないのかもしれない。違う宇宙から攻めてきたのだ、というあれだ。
部屋にある唯一の扉が開く。開けられたそこからは、3人の男が入ってきた。思わず身を固くすると、
「大丈夫だ。彼らは俺と同じ、お前をあいつらから守る」
「ーーーーーー……」
また、守ると口にされる。それがオウリの警戒心を徐々に解いていることに間違いはない。
「まずは説明をするよりも、お前の疑問に答えた方が良さそうだな」
男は言う。オウリの頭の中には次々と疑問が浮かんだ。
「私の母はどこ?」
「お前を攫ったのはさっきの奴らだ。母親のことは残念だがわからない」
「ーーーーっ、ここは、どこ?」
溢れ出しそうになる不安をグッと抑える。ここで感情を乱せば、思考の整理ができなくなるからだ。
「ここは、第三皇国。俺の国だ」
知りたいのはここの名ではない。
「ここは違う銀河なの?」
「ーーーーーー…………」
男はその質問には口を開かない。
そこで聞こえてきたのは違う声だった。
「その質問には、正確に返答が出来ないんだ」
先程部屋に入ってきた男のひとりだった。男は背が高く、細身だった。髪はやはり黒色で、絹糸のようなストレートが腰まである。その表情は幾分か、穏やかに見えた。それは、美麗な微笑みを浮かべているからだろう。
「君を攫ってきた連中がどこで君を攫ったかはわからないんだ。ただ一つ、俺たちがわかっていることは、あの連中がどこからか、かの力を持っている君を捉えてきた、ということだけ」
男は続けた。
「君は「その人」だろう。その力はこの世界の誰もが欲しがるもの。君を殺して力を奪おうと考える連中や、君を手に入れて力を得ようと考える連中が山ほどいる」
「……得る…?」
「女性を手にしたいと考える男は多い」
「ーーーーーーっ……」
意味を察し、オウリはつい体を硬くする。それに、男は優しげな瞳を揺らす。
「たが俺たちは、君をその連中から守る代わりに、その力を借りたい」
欲しているものは同じだと言う。
「君の力を得たいとは思わない。だがこの国で俺たちにその力を貸して欲しい」
ここにずっといれば、守る。
そう言った。
「ーーーー何をさせる気なの?」
「……簡単に言えば、国同士の戦いに力を貸して欲しいんだ。この戦いが終われば、君を元の場所に返すことを約束する」
「ーーーー………」
他に君の信用を得るためには、どうすればいい。そう問われ、オウリは咄嗟に言葉が出ない。
今の時点では信用して良いとは思えない。だが、彼らは戦いが終わればオウリを元の場所に返すと言う。果たして、それも信じて良いのかすらも、わからない。今のオウリに、信じられるものは何一つないのだ。
ーーーーだが、やはり。
彼女は、1人の男を見た。あの不可思議な空間で命を狙われたオウリを助けたのは、確かにこの男なのだ。
信じることは出来ない。
だが、やはり選択肢は無い。
オウリは男に向かい口を開いた。
「まずは母の無事を確認して。それから、協力するかは考える」
表情が乏しい男は、切れ長の瞳で彼女を見つめ返す。そして不意に視線を逸らすと、
「……わかった。掛け合ってみよう」
そう言った。
俺の国だ、と宣ったはずだが、決定権がないのだろうか。統治していると言うことではないのか。
「あなたが決めたことなら、俺たちは従いますよ」
それはまた、腰までの長い髪の男の言葉だった。
「しかし…」
「あなたの、国でしょう」
理由はわからないが、男がやや困惑気味に見えたのは気のせいでは無いだろう。目にかかる前髪を乱暴に掻き上げると、男は眉を寄せる。
「…わかった。まずはお前の母親の安否を確認する。どんな結果であれ、お前が納得したその後は、こちらに協力をしてもらう」
まずはこれでいいか。
その問いに、オウリはゆっくりと頷いたのだった。
3人の男たちが部屋を出ると、オウリはまたあの男と2人だけになった。まだ困惑が続いているのか、男の眉間には皺が寄っている。
色々と説明をすると言われたものの、男は何も言わない。そもそも、オウリはこの男の名前すら知らなかった。
しばらくこの建物で暮らす事になると言われた。オウリがいた地球とここの関係性、そして母親のことを調べるのだ。そのためには、オウリ自身の協力も必要となる。
「……ここはこの皇国の中枢だ」
ようやく男は口を開いた。
「俺たちもここに住んでいる」
「……あなたが、ここを治めているの?」
「ーーーー……正確にはここの第一皇子だ」
微妙な間に、オウリは男を仰ぎ見る。
「ーーーー……俺の名は、センセイ」
「せん、せい…?」
発音だけを聞くと、つい教師を想像してしまう。
改めて男を見る。やはり、美しい容姿をしていた。切れ長の瞳にかかるほどの前髪が、少し影を落としている。国を治める者の容姿としては最適なのかもしれない。
「ひとつ聞いても良いか?」男はそう問う。
「お前は母親の心配をしているというが、俺が見る限り冷静に判断する能力もある。お前のその力と、何か関係があるのか?」
オウリは少しだけ驚いた。鋭いのだ。今のオウリは母親が心配である事に変わりはないが、彼女が無事であるともわかっているからだ。
「…この力は、母から受け継いだものだから。もし母に何かあれば、すぐにわかる」
「……直感のようなものか?」
「…たぶん。よくわからないけど」
母親はその力をオウリに与え、力を失した。だが生命と直結しているものではなく、彼女はその後ものんびりとした生活を送っていたのだ。だがどこか、結びつきが強いのだろう。これまでも母の危機を、オウリは何度か感じ取ったのだ。そして今は、それがない。
「生きているとはわかる。でも、無事がどうかまでは……」
「……名は?」
話の流れが急に変わった事に、しばらく沈黙をしてしまうと、
「お前の名だ。「その人」なんて呼ばれたくないだろう」
「ーーーーーーオウリ」
男、センセイは口の中で小さくつぶやく。
「やはり、俺たちにとっては珍しい響きだな」
センセイ、もオウリにとっては珍しい名だ。
「なぜ、言葉がわかるのか、と言っていたな」
この世界では様々な言語を使うと言う。国の言葉、という概念がそもそもないようだった。古い書物にある言葉や、建造物に刻まれた言葉など、様々な言語が古代より受け継がれて今もそのまま多岐に渡り使用されているのだ。
「俺たちが今話しているこの言葉は、昔の書物から続いているものだ。恐らく、お前の住んでいた場所に関係があるだろう」
問題はその書物がある場所だと言う。
「ライス、という国がある。いくつかの星を支配していて、未だに本拠地がわからない。お前を攫った連中の国だ」
「……ライス…」
その国が支配をしているとある星に、その書物はあると言われているそうなのだ。
「さっきそこに、メガネをかけた男がいただろう。そいつが書物の解析をすればある程度のことがわかるが…まずは、ライスから書物を手に入れる必要があるな…」
男はそのまま天を仰いだ。
「同時にお前の母親の無事を確認する。それにはお前からの情報が不可欠だ。しばらくはここで俺たちと暮らしてもらう。それが1番安全だからな」
この建物の外には出るな、と続けられた。建物内なら自由に動いて構わないが、
「逃げようとも、思わないことだ」
「………他の連中が狙ってくるから?」
「ーーーーなかなか、頭の回転が早いな」
不自由なく暮らせる設備はある。専用の部屋も用意するという。
「お前の存在を知っているのは俺を含めて先ほどの3人と、もう1人だけだ。それ以外の連中とは接触させる気はない」
十分不自由な気はするが、ここで反発をしたところで、オウリに利点はない。
「俺も「その人」のことを聞いた時は、宇宙生物のようなものを想像していたが…」
切れ長にオウリが映る。
「どうやらお前も俺たちも、同じ「人間」のようだ」
「……確かに…そうみたい」
「固有名詞が同じだろう。木材も、メガネも、お前に通じた」
言われてみるとその通りだ。その言葉で、同じものを指している。
「宇宙が違うわけでは…ないのかもしれないな…」
センセイは独り言のようにそう呟くと、考えるように手を顎に当てた。
「オウリ…」
不意にそう呼ばれ、驚く。
「なるほど。確かに、ここにはない良い響きだ」
そうしてオウリは、男が少しだけ微笑む姿を見たのだった。
了