167 アリサ 5
長男様は数学に興味を抱いた。この時代にも幾何学や方程式はある。アリサは数学の本を読み聞かせる。
167 アリサ 5
長男様は数学に強い関心を持った。この世界では幾何学や方程式の概念はあるが、三角関数や微分積分の概念はない。王宮の図書室にも幾何学方程式の本はある。問題を解きながら面白さに惹かれたようだ。数学に惹かれると共に物理学化学生物学地学医学にも興味を持った。軍事、経済、流通にも関心を持ちありとあらゆる分野の本の読み聞かせをした。その中で数学や物理化学の分野では西の国の本の内容が優れており、西の国のその分野の本を読み聞かせた。3歳にして恐れるべき天才だ。読み聞かせから逸脱するが、この国文章を西の国の言語に言い換えさせたりしてみた。西や北の言語で弁論させたり、三角関数、対数関数、微分積分、微分方程式、とその応用を説明した。弓矢の素材、強靭な金属、毒の精製と毒の発見と解毒の方法。魔法の本を読み聞かせ魔法を試してみる事を勧める。
皇太子妃の状態は、悪くはない。特に楽師を後宮に召して美しい音色を聴くのはお気にめしたようだ。下り物の多い日が続く。気にはなる。しかし破水防止の薬は与えているのだ。特に害のあるものではない事を祈ろう。
妊娠9ヶ月を超えた。なるべく安静にしている様に伝えた。診察も寝た状態で行う。皇太子妃に文句を言われる。
「前回は運動しろ練習しろと言われ続けたのに、今回は運動するな練習するな寝ていろですもね。可怪しなものですね。」
皇太子妃は拗ねた子どものように、膨れ面を見せる。可愛い。
「今回は胎盤も産道も軟らかいですからね。安産が確実なのです。寧ろ早産や破水が心配なのです。下り物もありますし安全第一なのです。」
皇太子妃は拗ねた面は止めた。
「あなたのいう事は常に正しいと信じていますよ。だけど不安なのです。こんな虚弱な私が皇太子様の御子が産めるのかと。一度はあなたの奇跡で救われたけど、奇跡が二度も続くものかと。」
アリサはなんとなく皇太子妃の不安が判った。皇太子妃は自分の虚弱さを理解している。自分が子どもが産めないと思っている。ある意味それは正解だ。確かに始めは子どもが産める身体ではなかった。今でも容易く子どもの産める身体ではない。だから敢えてアリサはいう。
「奇跡じゃありません。皇太子妃様の努力の賜物です。私の起こした奇跡なんかじゃありません。皇太子妃様と側近達と後宮医師と私の努力の賜物です。皇太子妃様の努力なくしては成し遂げられませんでした。今回も皇太子妃様は努力してみえます。こんなに頑張っている人の努力が報われない筈はありません。必ず成功します。」
皇太子妃の涙腺が決壊した。止まらない涙を拭う事もしない。側近達は皇太子妃の涙を拭った。皇太子妃は、
「そうよね。奇跡じゃないわ。皆んなの努力で私は再び子どもが産める。」
妊娠10ヶ月になり、早産の薬を止めた。それを待っていた様にその晩に陣痛が始まった。明け方に女の子が産まれた。安産だった。
アリサは女の子にも読み聞かせをする。傍らには長男様がいる。
皇太子妃は自分の様な虚弱な者に奇跡が再び訪れるか不安だという。アリサは奇跡じゃない。皇太子妃の努力だという。