1-3 超能力
「この今流したキーワードから、未来に起こる事件や事故を阻止して欲しいんです。」
沢合は彼が言ったセリフを脳内再生して考えてみたが、答えはクエスチョンマークしか出てこなかった。
「待て待て単刀直入すぎるだろ。説明が足りねぇよ。」
眉間に深い皺を寄せながら、高岸は詳しい説明を求めた。
「そうですね、わかりました。少し長くなりますが、説明します。」
彼は椅子に深く腰を掛けて、話し始めた。
「その、実はこの録音の主は私の娘です。娘は時々、このように何かのキーワードのようなことを呟くんです。
これは娘が4歳の頃からの現象です。……最初にこれを聞いた時、娘の頭がおかしくなったのではないかと思って小児科に行きました。しかしどれだけ検査をしても、異常は無いとの事でした。先生に『しばらく様子を見るしかない』と言われたのでとりあえずその通りにしました。
それから半年後、娘がまた謎のキーワードを呟き始めたのですぐスマホに録音しました。それでふと気になったんです、このキーワードは一体何を指しているのかと。ですが情けない話、考えてみてもさっぱり分からなくて……。それからしばらく経ったある日にニュースを見ていると、電車の脱線事故が報道されていました。」
その事故を聞いて、沢合はピンときた。
「それって数年前に起きた大事故っすよね?」
数年前、通勤通学ラッシュの時間帯に電車の脱線事故が起きてしまった。
電車内の死者やけが人はそれぞれ数百人を超え、外を歩いていた数十人も巻き込まれてしまうという"史上最悪の事故"だった。
当時、沢合は顔を洗いに自分の部屋を出ようとしたタイミングで事故のニュースが速報として流れた。
テレビ局のヘリコプターが事故後すぐの様子を中継していたが、まさに地獄という他なかった。
生涯、忘れることはできない。
雨瀬は暗い顔をしながら頷き、そのまま話を続けた。
「そのニュースを見て、とても悲しい気持ちになりました。同時に何故か、聞いたことあるなと思ったんです。すぐに私は録音をもう一度聞きながら、ニュースを見て一つ一つ確認していきました。……すると、娘の言っていたキーワードはその事故に関する事だったというのが分かったんです。つまり、娘はあの事故を予言していたんです。」
「……なるほどな。……じゃあよあんた、証拠はあんのか?わかってるとは思うが、その悲惨な大事故を話に持ってきてんだ。半端な証拠持ってきたらぶっ殺すぞ。」
高岸は鋭い目で雨瀬を睨んで静かに怒っていた。
今の彼なら、本当に殺しかねない。
「証拠は、今からお見せします。壽さん。」
高岸からの殺気に怯える事無く答えると、壽の名を呼んだ。
彼女は呼ばれると思っていなかったのか、「ぇぁ、えっとはい。」と驚きながら顔を上げた。
「今からその事故を予言していた録音を流します。最初に聞いてもらった録音と同じぐらいの長さなので、メモをとってくれませんか?聞き取れなかったところなどがあれば巻き戻します。」
「ゎ、わかりました…。」
何故自分なのだ、とでも言いたそうな顔で彼女は頷いた。彼女は制服の横ポケットから小さいメモ帳とボールペンを取り出してメモをとる準備をした。
一方その間に雨瀬はスマホをテーブルの真ん中に置いたまま、当時の録音を探した。
そして、再生ボタンが押された。
『ゃの中……雨ふってて、うんてんしゅ、さんが…ねむたそうに、してて……トンネル、出てすぐの、わかれみちで……でん、しゃが、よこに……スーツの人、とか、せいふくきてる人が……いっぱい……………………』
録音はここで終わった。一番最初に聞いた時よりも声が若干幼い。
「……ぁあの、このメモ、どうすれば……?」
おずおずと聞いてきた壽を安心させるかのように、雨瀬は爽やかな笑顔で答えた。
「その事故のネットニュースを調べて、このキーワードが合ってるかどうか皆さんで確認してみてください。」
「ぅぇ…は、はい。」
柔らかい指示が逆効果だったのか、彼女は少し苦手そうな顔をして返事した。
彼女はテーブルにあるメモ帳とボールペンを端に寄せると、なんの躊躇いも無く椅子の横に置いていたリュックからノートパソコンを取り出した。
まさかいつも持ち歩いているのだろうか。
テーブルの上でパソコンを開いてすぐ、事故当時の記事を探しだした彼女の顔からは、あの自身無さげな表情が消えていた。
キーボードを打つ指が速すぎて、沢合は思わず「おぉ…。」と声が出た。
これは仕事に活かした方がいいレベルだ。
1分も経たない内に「ぁありました。」と言って彼女はパソコン画面をみんなに向けた。
「メモしたやつ見せな。」
「ぁぇと、は、はい……。」
先程まで殺気が溢れ出ていたのを壽も感じ取ったのだろう、メモ帳を高岸に渡す時の手が少し震えていた。
彼は無言でメモを受け取ると、自分にしか見えないような持ち方でメモを見ていた。
沢合はこの態度を見て、さすがに文句が出た。
「ちょっと、オレたちにも見してくださいよ。」
「俺が今からこれを読み上げてくんだよ。合ってたら言ってくれ。いくぞー。」
まるでうるせぇとでも言うような言い方で返され、半ば強制的に進められた。
(なんやこいつ…)と沢合は思ったが、効率の面で考えるとそっちのやり方が良いなと納得して落ち着いた。
「ん、この最初のやつは…『電車』か?」
高岸はメモを雨瀬に見せると、「多分そうですね。」と答えた。
きっと雨瀬の娘が急にこれを呟き始めたから、最初の部分が撮れなかったのだろう。
そういえば、一番初めに聞いたあの録音は、最初からハッキリときれいに撮れていた。何故だろうか。
沢合はそう疑問に思っていると、高岸がキーワードを読み始めたので、意識をパソコン画面へと向けた。
最後のワードの確認が終わると、高岸は乱暴にメモ帳をテーブルに置いた。
妙な気まずさが部屋に漂う。
「ぜ……全部当たってるっすね!」
沢合は声を明るめにして言ったが、返事をする者は誰もいなかった。
気まずかったのか、それとも、信じたくなかったのか。
まあそうなるのも無理はない。
『ほぼ当たってる』『かすってはいる』
なんていうレベルでは無い。
『全て完璧に当てはまっている』
という表現が正しかった。
超能力を見たり聞いたりするのが好きな沢合でも、これには少しだけ引いた。
「……録音した日付は。」
不貞腐れたように高岸が聞くと、雨瀬はなんの動揺も無くその場でスマホを少し操作して「この日です。」と言って日付を見せた。
表示されていた日付は、この事故が起きる約半年前だった。
「疑う余地は無し、か……。」
高岸は諦めたかのように深いため息をついた。
また気まずい空気が流れるのかと思いきや、それを防いだのは、椅子から立ち上がった雨瀬だ。
「起こってしまった事件や事故を変えたくても変えることはできません。被がい者の皆さんは、そういうどうにもならない現実と向き合っていると思います。身近な人の死を受け入れられる時もあれば、やっぱり受け入れられないという時もある。そのような後悔や悲しみを感じている時、きっと自分自身にこう言い聞かせている人はいるんじゃないでしょうか。"もう仕方が無い"と。」
ヤジが飛ぼうが何されようが、"絶対にブレない"という強い意志が彼の顔と声から感じ取れる。
これがまさに、"真剣な表情"と言うのだろう。
「私は、」と雨瀬は話を続ける。
「私はわかっています。助けられる命は限られているし、全てを助けることは神にもできないことだと。でもこの予言で、誰かを助けることができるのなら、私は助けたい。ですが情けない話、私一人の力じゃ難しいです。なのでどうか、力を貸して頂けないでしょうか。」
お願いします、とガラステーブルにおでこがくっつきそうな程に深々と頭を下げた。
"大人"と言われる年齢になるとだんだん、体を張ったり、はしゃいだり、誰かに頼ったりすることが少なくなってくる。
"もう大人だから"と自分に言い聞かせ続けていたら、そうなってしまうのだ。
沢合の親はそういう人達だ。自分らが何かをしでかしたり、反論したりすると口癖のように出てくる。
もちろん親だけではない。
先生、バイト先の社員さん、近所のおじさんやおばさんもそうだった。
『大人だからいいのよ!』
『もう大人だから、仕方がないんだ』
『あなたも大人になりなさいよ』
『お前はもう大人だろ?』
『大人だから』
『大人でしょ』
『大人なんだろ』
『大人になれ』
『いい加減大人になってよ!』
『大人』
『大人』
『大人』
『大人』
もう聞き飽きた。
バカの一つ覚えのようにこうやって言ってくる人達が大嫌いだった。
だが彼は、雨瀬は違う。
"大人"というワードなんてただの区別の意味でしかないのにカッコつけるかのように都合よく使い、自分を正当化している人たちしか見たことがなかったが、この人なら……
「オレっ……ったぁ!」
ぶつけた。勢いよく立ったせいで両太ももがガラステーブルの端にガァン!とぶつけてしまった。
それと同時に雨瀬の頭が上がる。
彼だけでなく、みんなから心配の目が向けられてるのが見なくてもわかった。
ダサいし恥ずかしすぎる、が、それでも、
「っ…オレ!手伝います!寧ろ手伝わしてください!なんかこう……手伝いたいんすよ!」
着いていきたいと心から思ってしまったら、勢いをとめる訳にはいかなかった。
「………まあ俺も、様子見ってことで1回ぐらいはな。」
仕方なさそうに言った高岸の顔からは、あの殺気が消えていた。
「…まあ、そうね。私も1回ぐらいならいいわ。」
一切表情が動いてないのでなんとなくだが、高岸と同じく仕方なさそうな雰囲気が清正から感じ取れた。
ちなみに、「あ、聞いてたんや」と沢合は思わず口から出そうになったが、無理やり飲み込んでいたのは彼自身しか知らない。
「ぇ、えー…と……。じゃあ、私も……。」
目をキョロキョロさせて自身無さそうに手を挙げた壽。
みんなに流されて言った感じが隠しきれていない。
まさかの4人全員が雨瀬の頼みを了承するという展開に少し驚いていると、「皆さん」と落ち着いた声で再び、深く頭を下げながらこう言った。
「本当に、本当にありがとうございます。」
彼の声は、少しだけ震えていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




